2006年10月20日

北海道12 釧路・石川啄木

 釧路駅前の交番である。ロシア語の標識、さすが釧路だ。
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 ロシアに占拠されている北方領土に住む人たちは、査証なしで日本に入れたと思う。日本からも行ける。釧路はロシアに最も近い所と言えるかも知れない。ある意味さいはての街でもある。
 函館の項で書いた明治40年の大火で、石川啄木は函館の職を失った。小樽にも行ったが、明治41年には釧路新聞社にも勤務したことがある。極寒の時期だ。滞在はわずか76日だけで、春には東京に戻っている。
 それにもかかわらず、街を歩いているとあちこちに啄木の記念がある。かつての繁華街南大通りは啄木通りの別名を持つほど。

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   さいはての駅に下り立ち雪あかりさびしき町にあゆみ入にき

 これが釧路の第一声か。もっとも作ったのがその時とは限らない。

   小奴といひし女のやはらかき耳朶なども忘れがたかり

 これは帰るころの気持ちを詠んだか。小奴は啄木の文章力を高く評価したことで知られている。

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 駅から大通りを南へ1キロほど歩くと釧路川にかかる幣舞橋を渡る。北海道の三大名橋の一つだという。片側3車線もあり、両側の歩道が広く、橋の欄干には彫刻もあり、歩きやすい橋だ。写真の右上の方が市の中心部になり、駅に至る。左の方の道が啄木通りである。
 この通りは至る所に啄木の歌がある。記憶ははっきりしないが、電信柱毎に歌が書かれていたと思えば、当たらずといえども遠からずだろう。
 小奴の碑の前を通り、しばらくすると啄木ゆめ公園という小さな公園がある。
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 公園内には「さいはての駅に下り立ち雪あかりさびしき町にあゆみ入にき」の歌碑がある。
 米町公園まで歩く。ここの灯台のような展望台から港が一望だが、霞んでいてはっきりしなかった。
 海沿いの道を帰る。釧路川にぶつかる所に、啄木が勤務した釧路新聞社の跡がある。
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 この赤煉瓦の港文館は釧路新聞社の建物を復元したもの。啄木の原稿や書簡などを展示している資料館である。履き物を脱いで上がると一階は喫茶店である。
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 港文館の隣に啄木の像がある。「俺は歌謫仙だ」と言っているように見えませんか(^。^))。
 釧路には25基の啄木の歌碑があるという。三首を紹介する。

   浪淘沙ながくも聲をふるはせてうたふがごとき旅なりしかな
 浪淘沙は詞牌。詞および詞牌についての説明は拙文「李清照」を参照してください。
 明治時代に浪淘沙が日本で歌われていたのであろうか。

   北の海鯨追ふ子等大いなる流氷来るを見ては喜ぶ

   神のごと遠く姿をあらはせる阿寒の山の雪のあけぼの

……………………………………………………

 わたしが最初に覚えた啄木の歌は次の二首です。「東海の…」より先に覚えました。中学生のときでした。
  不来方のお城の草に寝ころびて 空に吸はれし十五の心

  己が名をほのかに呼びて涙せし 十四の春にかえるすべなし


 それにしても啄木は若くして世を去りました。

明治19年 2月20日 誕生。
明治35年 尋常中学校を退学して上京、文学での立身を目指す。
明治38年 「あこがれ」を出版、この年に結婚している。
明治40年 函館・小樽などに勤務。
明治41年 釧路新聞社勤務。
明治43年 「一握の砂」を刊行。
明治45年 4月13日死去。

 享年27、年齢26歳1ヶ月でした。
posted by たくせん(謫仙) at 09:17| Comment(8) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
啄木のは函館の宮崎大八郎と盛岡出身の金田一京助に捧げられていますね。北海道との強いつながりを感じます。
「一握の砂」の後半が北海道ですが、元々、暗めの歌が陰惨になっていくようです。
釧路の歌碑は、その点を配慮して、暗くならないよう苦労しているようです
ね。
「一握の砂」の最期の歌は特に悲しいですね。
  かなしくも 夜明くる間では残りゐぬ 息きれし児の肌のぬくもり
素晴らしい歌人ですが、忘れたころにしか、歌集を開きたくない歌人です。

通俗的ですが
  やはらかに柳あをめる 北上の岸辺目に見ゆ 泣けとごとくに
が一番好きです。
Posted by オコジョ at 2006年10月20日 18:41
啄木の歌は全体的に暗い感じがします。
いわれてみると釧路の歌碑は確かに陰惨な感じがしませんね。
このころの歌は佳句の連発ですが、それでも読んでいてつらいこともありました。
手元に歌集がないので、確認したいこともできないのですが、北上川あたりを歌った歌は、つらい中にもどこか希望を感じる気がします。
Posted by たくせん at 2006年10月21日 07:58
マスコミの流行病に振り回されて自分を忘れる昨今に詩情豊かな文学の薫りに満ちたこの道に迷い込んだ一時に悦びを禁じえません。
北海道の古き面影と啄木の詩歌を辿る風景写真の数々、いいですね。

明治維新を目前にしながらも時代の動乱に散った五稜郭の戦にまつわるエピソードを交えての写真集をタクセン女子の感性で描いて欲しいです。
Posted by 流浪花 at 2006年10月28日 14:25
 流浪花さん、コメントありがとうございます。
 リンクが間違えているようで、お返事ができませんm(__)m。
 五稜郭の出来事も貴重な歴史の一こまですが、わたしの知識はたとえば「新撰組血風録」とか「壬生義士伝」のような小説で知った知識がほとんど。歴史を語るのは手に余ります。
 またいらしてください。
Posted by たくせん at 2006年10月29日 06:21
 牢屋壮一です。私は冬・春・夏の『年3回』旅行に出かけます。なぜ年3回なのかと言うと冬休み、春休み、夏休みの年3回発売される普通列車専用の特殊乗車券である『青春18きっぷ』とJR北海道とJR東日本のエリアのみ有効な同じく普通列車専用の特殊乗車券である『北海道&東日本パス』の発売期間と有効期間に合わせた旅行をしているからです。
 私も『釧路』に行きました。この項目の一番上に掲げられている釧路駅前の交番ですが、私〈牢屋壮一〉はこの交番に『警察官』がいるのを見た事はありません。釧路駅前交番の目の前には『釧路駅前バスターミナル』があるのは御存じだと思います。そして釧路駅前バスターミナルがある場所には『スーパーホテル』と言う名前のホテルがあるのも御存じだと思います。
 この項目の『2枚目』に掲げられている路線バスの写真ですが、この項目でも取り上げられている『石川啄木』の名前を路線名に付けた『たくぼく循環線』と言う路線バスが走っているのも御存じだと思います〈私も『たくぼく循環線』に乗車した事があります〉。
 これも知っていると思いますが、釧路市動物園で生まれつきの障害を持った2頭の『アムールトラ』がいる〈いた〉事もおそらく御存じだと思います。『タイガ』と『ココア』と言う名前です。残念ながら『タイガ』は餌の肉をのどに詰まらせて窒息死しましたが、ココアは今でも障害を抱えた不自由な体で元気で健気に生きています。私も釧路に行った時に『ココア』を見に行きました。この生まれつきの障害を抱えたアムールトラの『タイガ』と『ココア』のニュースは全国に報道されて大きな感動を呼びましたから御存じだと思います。
Posted by 牢屋壮一〈評論家〉。 at 2012年09月07日 16:59
そういえばあの交番にはおまわりさんはいませんでした(^_^)。
わたしはこの街は二日ほどですが全て歩いたので、バスは判りません。でも大きく啄木を書いているのは、素晴らしい。啄木もわずかの日数しかいなかったのに、大変な取りあげられ方でした。
丹頂を見に行ったのですが、動物園に行くには、一度市内に戻り別なバスで行かなければならないので、断念しました。
もう一度行きたいところです。
Posted by 謫仙 at 2012年09月08日 07:55
 牢屋壮一です。この項目で取り上げられている『釧路』ですが、知っての通り釧路空港から釧路市内中心部までの公共交通アクセス手段は『連絡バス』しかありません。私は釧路空港から釧路市内中心部までの公共交通アクセス手段は連絡バスだけでは足りないと思います。空港から市内中心部まで連絡する『鉄道』も必要だと思います。釧路を通る鉄道路線はJR北海道の『根室本線』ですが、根室本線の釧路駅から釧路空港まで分岐する空港連絡鉄道を新しく建設すべきだと私は思います。
 この事は同じ北海道にある『稚内空港』にも言える事です。稚内空港と稚内市内中心部を連絡する公共交通アクセス手段はやはり『連絡バス』しかありません。やはり稚内空港と稚内市内中心部を連絡する『鉄道』が必要だと私は思います。稚内空港の近くを通る鉄道路線はJR北海道の『宗谷本線』ですが、宗谷本線から分岐して稚内空港と稚内市内中心部を連絡する新たな空港連絡鉄道を建設すべきだと私は思います。
〈もちろんその空港連絡鉄道は飛行機の到着そして出発に合わせて列車運行ダイヤを組む事は言うまでもありません〉。
Posted by 牢屋壮一〈評論家〉。 at 2012年10月17日 13:29
牢屋壮一さん
提案するならもう少し具体的に。利用者数は何人とか、費用はどのくらい、売上はどのくらい、採算取れるか。
わたしも採算だけで論じるつもりはありませんが、無視できません。
ちなみに釧路空港の利用者は年間で六十万程度。
1日あたり千六百人ほど。
これで採算がとれるのか。疑問に思います。

試しに稚内についてはあなたが試算してください。
そこまで書かないと、論としては認められませんよ。
Posted by 謫仙 at 2012年10月17日 19:58
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