2012年06月07日

日本酒離れ

乞食注ぎと日本酒離れ

 もやしもんで日本酒離れに言及した。
 日本酒離れについては、 リキュールは酒ではない  夏子の酒  書庫うまい日本酒はどこにある? でも書いた。

 もうひとつ、「乞食注ぎ」「乞食飲み」の問題がある。これはわたし(謫仙)の造語。 雲外の峰謫仙楼対局 形だけでは に書いた。これはフィクションなので、必要なところを引用する。

謫仙「そうだろうな、オレも合成酒は不味くて飲めなかったし」
靖 「アル添酒(アルコール添加酒)は、うまい酒もありますけど、形だけ酒で実は…というのもありますから」
謫仙「飲み方では形もなっていないということがあるなあ。居酒屋で飲むでしょ。小さいグラスにいっぱいに入れ、こぼして受け皿までいっぱいにする。コップを持つと雫がぼたぼた。みっともない。もっと大きなグラスに入れれば済むこと。たとえばコーヒー、受け皿にまでコーヒーを入れる喫茶店はないでしょ。ワインにしてもカクテルにしても受け皿なし。料亭でもそんな出し方はしなかった。酒はその国の文化なんだから。形だけでも品良くして欲しい」
靖 「受け皿は万一こぼれたとき、まわりを汚さないため。それでは逆効果ですね。それが嫌で、ますます日本酒離れ。何かの誤解から始まったのかな」
聖姑「日本酒は色が付いていないので、テーブルや服を汚しても、気が付きにくいことも原因でしょうか。着物を着ていたらもう手が出ませんね」
謫仙「日本酒の伝統なんて言う人がいるがそれはない。最近は片口を使う店が出て来ました。それなら伝統と言えますね。あれは雫がぼたぼた落ちなくていい。落語でも江戸庶民は片口が普通でしょ。燗ならちろり」


 このような、受け皿までいっぱいにするのを乞食注ぎ、カップを持ち上げられず、口でお迎えにいくのを乞食飲みと命名した。
 食器を持たない文化の国でも、カップは持って飲む。
 解決策は? もっと大きなカップに入れれば良いこと。乞食注ぎの店でもお茶などはそうしている。
 小さな瓶でそのまま出す店も多くなった。自分で封を切る。
 ちょっと視点が違うが、猪口でもいっぱいに注がれるのは好ましくない。こぼさないように九分目くらいにすべきだ。もっともぼたぼたと自分の服を汚しながら飲むのが好きな人は、そうしてもいっこうに差し支えない。他人に強要しなければ問題ない。

追記
 この飲み方は一般では「犬飲み」と称するらしい。犬食い犬飲み、みっともないの代表ですね。
posted by たくせん(謫仙) at 07:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 山房筆記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
高い酒は滅多に飲めないけれど、日本酒が一番いいですね。

「乞食注ぎ」「乞食飲み」は賛成です。
ワインをなみなみとなんてないですよね。
酒を飲むなら雰囲気も大切ですね。

個人的には、手酌でマイペースが一番・・・
注がれるのは嫌なので、滅多に注ぎません。 

いずれにしても「酒は静かに飲むべかりけり」です。

謫仙さんは素敵な酒飲みなのでしょうね。
Posted by オコジョ at 2012年06月08日 19:57
初めて、乞食注ぎにあったとき、受け皿の中を酒とは思いませんでした。水だと思っていたんですよ。
ところがあるとき、それをカップにあけて飲む人をみて、酒だと気づいた。
これは正月の京都駅での話。
わたしも手酌が一番です。今は家では、去年の九州旅行で手に入れた、薩摩切り子のグラスを使っています。九分目くらいでちょうど一合です。
昨日の酒は、「李白 特別純米生原酒」島根の酒でした。
Posted by 謫仙 at 2012年06月09日 10:41
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