2012年07月01日

京劇 −「政治の国」の俳優群像−

加藤 徹   中央公論新社   2001.12

 「京劇役者が語る京劇入門」は京劇そのものに重点があったが、こちらは歴史とその時代に翻弄される俳優の人間ドラマである。
 ときの権力者に従ったり、逆らったり拒否したりして生きてきた、京劇俳優の意地が中心で、時の権力者と舞台の外で繰り広げるドラマを書いている。
 マスコミのない時代は劇はマスコミの代わりをはたしている。初期の康煕帝や乾隆帝は巧みに京劇を利用して統治した。
 意外ながら言われてみればなるほどという話がいくつかある。
 例えばチャィナドレス。旗袍(チーパオ)といわれるように、中国服ではなく満州旗人の服である、ということは知っていたが、清朝時代は庶民は禁止されていて、清朝が滅び禁止が解かれると庶民の間に流行りだした。たしかに清朝時代ドラマでは庶民は旗袍を着ていない。
 中華民国の時代になって、庶民はあこがれの旧上流社会の旗袍を着るようになった。それなのに清朝時代は旗袍以外の満州服は強制されていた。例外として京劇舞台では中国服(日本の着物のような形)が許された。
 京劇という名が定着したのは中華人民共和国の建国以降という。しかも文化大革命では大変な迫害を受けている。
 蓋叫天や梅蘭芳などの名優の紹介とか、歌舞伎との比較とか、かなり細かく書かれている。
 特に京劇の動きの激しさは特筆もの。例えばとんぼ返りなど、歌舞伎は1回で決めるが、京劇は何度も回転して、肉体を極限まで酷使する。それができなくなった時が引退の時。
 歌舞伎は圧倒されてしまう。
 蓋叫天が飛び降りたとき、足を骨折したのに、舞台に片足で立ち続けたて、劇が終わってから治療した。それも前後逆に骨を継いでしまって、あらためて足を折って治療をし直したとか。

 京劇には歌舞伎のような伝統性がない。そのため新しいことも取り入れている。女優を育てたり、オーケストラを使用したりする。歌舞伎では考えられない。
 このことは一次伝統と二次伝統として説明している。
 近代の中国では一次伝統(単に昔からそうだったというモノやコト)は豊富だが、二次伝統(共同体のアイデンティティーとして、自覚的に創造された伝統)は意外に乏しい。結果として近代中国の伝統はダイナミックに変化してきた。
 逆に日本では二次伝統を大切にする。
 京劇にも黒子がいる。歌舞伎では忍者のような黒い着物で顔も隠している。ところが京劇はジーパンなど場違いな姿で登場する。
 中国の歴史を、別な角度から見た光と影の解説書でもある。
posted by たくせん(謫仙) at 12:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
加藤徹先生は、日本で京劇、といえばこの方ですよね。
これまたこちらは未読なのですが、
きっと興味深い内容なのでしょう。

旗袍の話は面白いですね。
日本の歌舞伎も、必ずしもその時代の服を再現して
舞台衣装としている訳ではないようですが、
京劇もそんな感じで、
衣装を見ただけでは時代が特定しづらい気がします。

歌舞伎と京劇、類似点は多いですが、
似て非なる物である、という気もします。
見栄を切る動きの時、
歌舞伎は地面に対して垂直の円の動きですが、
京劇は地面に対して水平な円の動きだそうです。
比較していくのも面白そうです。
Posted by 阿吉 at 2012年07月09日 20:55
この本はかなり前に、阿吉さんに紹介されたような気がするのですが、違ったかなあ。
誰のブログだったのだろう。
衣装は時代考証はしていなくて、その人らしい雰囲気が出ればいいような扱いですね。
歌舞伎の場合は言葉で表現することが多く、京劇は動きで表現しているように思います。
孫悟空を見たとき、ジッとしているのに顔の筋肉がぴくぴく動いて、表情を変化させていました。遠くの観客席では判らなかったと思います。それは些細なこと。
身体全体を使った動きがすばらしい。刀が投げられてそれを打ち返すのには驚嘆しました。そうバットでボールを正確に打つようです。
これで京劇の千分の一くらいは判ったのでしょうか。(^_^)。

Posted by 謫仙 at 2012年07月10日 07:54
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