2012年08月25日

相国寺

 寂光寺の見学を終えて、タクシーに分乗し相国寺(しょうこくじ)を目指す。相国とは宰相のこと。形式では天皇に次ぐが、実際は最高権力者である、足利義満の命により建立された。

  相国寺

 相国寺派大通院住持・小林玄徳老師のご配慮で、座禅とお寺の拝観をさせて頂く事になった。玄徳老師は俗な言い方をすれば相国寺のナンバー2という方であるらしい。
 大通院は相国寺の塔頭(たっちゅう)である。
 まず大きな畳の部屋に通され、御茶を出される。わたしは茶道の心得はないが、正座し姿勢を正して両手で茶碗を持ち、茶碗を口に運んで飲む。間違えても口を畳の上の茶碗に近づけてはいけない。
 正座は強制されたわけではない。わたしは写真がないが、小林千寿師のブログにこの時の写真がある。

 参考  千寿の碁紀行−お寺の生活を少し体験 
 一番奥が小林千寿師、隣がわたしである。
 かなり長く待たされた。ようやく玄徳老師が現れて、お話を始めた。

 ここに来ようとしたら、檀家から電話があり、檀家の方がお亡くなりになった。その葬式などの指図のため遅くなってしまった。
 葬式とは、本来僧侶のすべきことではない。日本ではそれを行う宗教がなく(神道のような例外があるが)、お寺で引き受けることになった。ところが今ではそれだけになってしまった寺もある。本来やるべきことではなく、……。
 戒名は生前にお寺のためにいろいろやってくれた人に対し、尊い名前をつけてやるのが筋だが、これこれのお金を払うから尊い戒名が欲しい、ということになった。

 僧侶からこのような話を聞けるとは。
 さらに、おかしな人がいたらすぐに注意する習慣をつけよう。と。

 もちろん長い話をわたしが趣旨だけを取り出したので、直接こう言ったわけではない。

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 部屋の外は渦巻き状の石のちいさな庭

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 この廊下を通って、座禅堂へ行く。この写真は戻ってきたときのもの。廊下には蟻がいっぱい。
 本来は踏みつぶさないように払子(ほつす、大きな「はたき」のようなもの)で払いながら歩くのが僧侶の歩き方。堅い箒では虫が死んでしまうからだ。さらに言えば、草の芽の出る時期は、草の芽を踏みつぶさないように外出は控える。日本ではそこまでする人は少ないと思うが……、いるのかな。
  
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 座禅堂の中は暗い。
 写真を撮っていると、メンバーの中に詳しい人がいて、この部屋はかってに入ってはいけない、写真も禁止のはず、という。
 わたしたちは部屋の外に出て、玄徳老師を待つ。
 写真は自由に撮ってよろしい、と言われた。ただし部屋の中に入るには、コの字型に外側を通り、裏口から入る。堂内を見学してから、また裏口から出て、外側の廊下を通り正面に戻った。今回は見学のみ。わたしは翌日の座禅はパスする。
 そして大通院の外に出る。

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 玄関前の植木もお寺らしい。

 それから寺男(有髪の僧かもしれない)の案内で法堂(重要文化財)を見学。鳴き龍で有名な堂だ。全員が1人づつ龍の真下に行き、手を叩いて、龍の鳴き声を聞く。

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 パンフレットの一部
 狩野光信の画いた蟠龍図で、高くて広い天井に書かれている。天井が湾曲していて響くようになる。近年かすれてきた龍の絵に手を加えて、線をはっきりさせた。周辺は手を加えてないので、絵なのか汚れなのかはっきりしない。雲の絵らしい。
 門やお堂の扉は全て一本の鍵棒で開け閉めする。明朝体の「7」の字型の三十〜四十センチもある大きなもの。
 法堂の扉を閉めて、続いて開山堂を開ける。このころ小雨が降り出した。
 中に入って、お庭を拝見。枯山水のまわりを川が流れる形の庭がある。ただし今は川の水は流れていないので、枯れた山水。

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 小雨で濡れた枯山水。

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 この後、間もなく大雨になる。にわか雨なのでやむのを待つ。

注:法堂や開山堂は特別展示の時しか見られないので、見たい方は、事前に見られるかどうか調べてから参拝してください。

 大通院に戻って夕食、と言ってもまだ四時半すぎ、素麺だけの夕食である。これも修行の一部。お寺の一日は一般より3時間早い。
 食べる前に、老師とふたりの僧の合計3人の読経の声で、部屋の中がワーンとうなるほどの大声である。経を読みながら多量の薬味を全部入れる。あとで好みでよいと言われたが、わたしはマネをして、全部いれねばならないと思った。
 食べ終わって、食事作法の説教。姿勢を正し、碗を持って口に近づけて食べる。決して口を碗に近づけてはならない、それは「犬食い」と言う。お茶を飲むときも…
 この話は最初の茶を飲む話と重なる。

 わたしが 日本酒離れ で書いた、「乞食飲み」と同じ趣旨の話だ。お茶や酒は、カップは持って品よく飲みましょう。
 今回の話は説教臭くなってしまった。
 食事が済んで、タクシーに分乗し金閣寺に向かう。玄徳老師も同行する。

 話は飛んで、金閣寺からの帰り道、皆は囲碁サロン爛柯に向かう。わたしはカナミさんの車に玄徳老師と共に四人で乗り、相国寺に行く。そこから玄徳老師以外はタクシーに乗ることになるのだが、老師はわたしたちを待たせて、夕刻の行に入った。

P8065185-3.JPG
 パンフレットの一部
 二階建てのような鐘楼、夕暮れの洪音楼で鐘を打ちながら経を読む。四十メートルほど離れたわたしにも大きく聞こえる大音声だ。もちろんスピーカーなど使っていない。弟子の僧は「この大声が出せないので、やらせて貰えない」と言う。大声を出すのも修行の内。
 それを終えて部屋に入ると、かなりたって、扇子を三本持ってきた。今書いたばかりという、墨の濡れている広げたままの扇子だ。小さい。長さ21センチ。手元の厚みも普通の三分の二くらい。手で持つというより指で摘む感じで持つ。わたしの頂いたものには、大きく「平常心」小さく「相国寺僧堂 玄徳」とある。
posted by たくせん(謫仙) at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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