2006年12月04日

本土寺の秋 その二

 秋とはいっても暦の上ではすでに冬。今年は暖かいため、紅葉は一週間以上遅れているようだ。
 商店街を抜けると、石の柱が道の両側に立っている。門である。そこより参道となる。案内書にも、石門から参道で、仁王門から寺域になる。とあるので、石門が山門に相当するかも知れない。
 約七百年前日蓮聖人から、寺号を授かったのが始まりという。
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 渡り廊下の下をくぐり抜けて、奥の庭に入った。

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 霞網のような紅葉。偶然に近い写真だ。

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 苔に覆われた一画は皆カメラを向ける。

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 このあたりは紫陽花の木が道の両側に密集している。量も多い。

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 狭い回廊を抜けると菖蒲田が広がる。その田の向こうの高みには、大きな公孫樹の木が立っている。

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 こちらは公孫樹も楓も色が浅い。あと一週間か。上の写真の左側である。

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 菖蒲田はいまは枯れていて、面影もない。この道は通らず、左手から高みに上がる。
 堂宇の並んだあたりには入らなかったが、その堂宇のまわりを庭園が取り巻いている感じだ。
 本土寺ミニツアーに参加すれば一般に公開していない建物の内部にも入ることができる。建物の並びは直線ではないので、案内がなければ迷いそう。今回は入らなかったが、入ってみたい。しかし値段が5000円では二の足を踏む。

 日蓮宗はデーヴァダッタの流れを汲むともいわれ、仏教としては異質な感じがする。
 普通、仏教はアーナンダの慈悲と寛容の考え方が中心である。決して攻撃的な言動をとらず、その人が他の宗教のほうが幸せになれると思えばそれを勧める。幸せに暮らしているひとに、「それは本当の幸せではない」などとお節介することはない。まして貧くて困っている人に「○○を信じているからあなたは幸せである」などとは決して言わない。
 わたしは若いころ「日蓮宗以外の仏教は宗教ではない」などと、青臭い宗教論議をしたことがある。恥ずかしいm(__)m。
 
posted by たくせん(謫仙) at 10:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 探花・探鳥 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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