2012年09月18日

呉清源回想録 以文会友

呉清源   白水社   1997.6
    fumitomo.jpg

 わたしは04.10.9に「天龍八部の碁」という一文を書いた。
 参考07.02.27 天龍八部の碁
 金庸老師の棋力を推測した。そして08.3.19に次のように追加した。
 岡崎由美先生は碁を打てないのであるが、「きくところによれば、金庸さんはプロ並みに強いそうです」と、教えて頂きました。

 今年の8月3日と4日のこと、台湾の方から次のようなコメントが入った。

金庸先生の棋力はアマ六段ですよ。
呉清源先生、林海峰先生と中国の聶衛平先生など大棋士たちはみんな金庸先生の友達です。
実は、呉先生の伝記「以文会友」の中国版「天外有天」も金庸先生の前書きを載っています。


金庸先生の棋力はたしかにつよいけど、プロ並みではありません。
「以文会友」の前書きは橋本宇太郎先生のものですが、金庸先生の前書きをまた追加していません。そして、ちょっと残念ですが、その前書きも中国バージョンしかありません。


 そこで図書館で捜して、この本を借りだした。
 発行 1997年6月である。
 ところが、前書きに橋本宇太郎師の文があり、昭和五十八年十二月とある。1983年だ。
 1983年に序文を書いてもらって、14年後に発行とはなんと悠長な、と思っていたら、これは新装版であった。年譜は平成9年(1997)まで載っていた。

  自伝である。呉清源さんが自らペンを執ったのか、それとも呉清源さんの言うことをライターがまとめたのか、あるいは原文が中国語でこれは翻訳か。
 わたしは金庸六段説の根拠を知りたいと思ったのだが、この本には金庸老師のことは一言も書かれていない。
 従来、諸説あったもろもろの件を、呉清源さんはどう見ていたか、が興味の中心となる。
 来日の経緯、宗教活動、囲碁規約の見解、独自な囲碁活動、家庭や家族のこと、などなど、かなり詳しい。
 もっとも、1983年発行ならもう三十年近く前の話なので、いままでこの本を知らずにいたのだから、もったいない話だ。
 呉清源さんには世間知らずなところもみうけられる。これは一藝に秀でた人にときどき見られる特徴だ(呉清源さんなら一藝ではなく、三藝くらいかな)。わたしなど凡人でもちろん世間知らずだが、凡人ゆえ問題になることは少ない。呉清源さんは教養豊かで、意志の強い人である。それで落差に驚く。
 例えば日本棋院除名問題について、
 除名ではなく、師の瀬越が辞表を提出したのであった。つまり自ら離れた形であった。そして読売新聞と専属契約を結んだ。

P222
 しかし、私としては戦後の日本棋院の規約など誰も教えてくれなかったし、名誉客員なる称号は、それが何であるかもわからないまま、突然持ち込まれたものである。私は戦後、爾宇から箱根、さらに小田原と、東京を離れて住んでいたため、棋士との交流もなく、日本棋院の事情もよく判らない。しかも、私の手合出場については、すべてマネージャーを務めてくれた多賀谷氏に任せてあったので、日本棋院が私を除籍したのなら、何を措いてもその事実と理由を本人に通知すべきであろう。通知さえあれば、その時点でいくらでも解決策があったはずである。その点を問い正すと、渉外部長の返答は途端に要領を得なくなるのである。

 棋院はそれを本人が承知しているかどうか、確認しなかった落ち度がある。
 しかし、呉清源さんも日本棋院の規約を守っていない。それなら普通の組織では除名となるのが普通で、呉清源さんも問題がありそう。私の疑問は、
★日本棋院に所属しながら、その規約を知らないこと。もちろん守っていない。
★読売新聞と専属契約を結んでいながら、棋院の棋士であると思っていたこと。
★誰も教えてくれなかったというが、読売新聞と契約するときは棋院に行く機会もあったはず、そのとき訊くべき。
★すべてマネージャーを務めてくれた多賀谷氏に任せたこと。それなら棋院は、本人ではなく多賀谷氏に連絡すれば、手続きは済んでいる(責務は果たしている)ことになる。
★二十年も前のことを現在の渉外部長に聞いても、要領を得た返事は無理なこと。訊くなら当時の責任者だ。
★名誉客員とは何か訊かなかったこと。(これは棋院を離れた呉清源さんに、棋戦の出場を許すための措置だった)
★瀬越師にそれを問いたださなかったこと。

 呉清源さんはあちこちで、このような、よく言えば鷹揚な態度で通している。
 わたしの推測では、棋院の規定に外れた呉清源さんを除名しようとなったのを、瀬越師が将来のために(囲碁界に復帰できるように、あるいは碁だけは打てるように)辞表を出すという形にしたのではないか。生き方が違うので、こういうのは、ほとんど「余計なお世話」になる。

 碁の話も取り上げる。高川師との手入れ問題について。
P206
 そこで高川さんは、「もう打つところはないから私は着手を棄権する」と言った。私は、「それでは私も棄権すると答えた」。すると高川さんは、次に「では私はコウを取る」と言う。私は「あなたも私も打っていないからコウは取れない」と答えた。そこで初めて高川さんも「なるほど、これは問題になりますね」と納得した。

 同じような問題が前に呉清源対岩本戦あって、それは逆の立場で、手入れしなかった。呉清源さんの主張は、碁の根本的な問題である。
 わたしの受けた印象では、高川師は碁の根本的な問題とは理解しても、自説が正しいと思っていたようだ。
  現代の名局8 高川格  P106及びP127

 現在ルールでは、 日本囲碁規約逐条解説 の「第七条−2」の解説に、次のように書かれている。
2 着手放棄後は新たに劫が取れる
 劫を取られても、着手放棄(通称パス)を行った後は、対局の再現と同じになり、新たな劫取りとして可能となる。


 呉清源さんは人生でもこのような根本的な問いかけをするのだが、人の世は理論的にできているのではないので、あちこちに除名問題のような漏れがあって苦しむことになる。その様子を詳細に記述している。それでも精神的にはいつも高みにいて、不幸とは思えないのが素晴らしい。

 この本の中国語版の題名は「天外有天」で、序文を金庸老師が書いている。

 《天外有天》金庸序−−崇高的人生境界−−
某夜,在閑談中,一位朋友忽然問我:「古今中外,你最佩服的人是誰?」
我衝口而出的答覆:「古人是范蠡,今人是吳清源。」
 ……

 友人に「古今東西もっとも感心する人物は」と問われて、即座に「いにしえは范蠡、いまは呉清源」と答えた。
 これは客観的に考えたのではなく、個人的な好みだ。
 最も敬うのはシャカムニ、人情に通じて感心するのは老子、文学で好きなのは司馬光の資治通鑑。そのとき范蠡と呉清源を言ったのは親しみがあるからだ。
 范蠡は「越女剣」の主人公。呉清源さんは、私も碁が好きで、不世出の天才を仰ぐ気持ちから。
 囲碁は中国で発明され、近数百年は日本で盛んになった。ただし、二千年の中国碁史上、おそらく呉清源さんと肩を並べるような第二位の棋士はいないだろう。
    ……
   正確な訳文ではないので、間違っても引用するなかれ。

 追記: 先の中国旅行中に知った未確認情報ですが、金庸老師の棋力は名誉六段ということでした。名誉の意味はいろいろ解釈できますので、これ以上のことは差し控えますが、すでに高齢(八十八歳)なので、実際に力を入れた対局は難しいようです。
posted by たくせん(謫仙) at 07:16| Comment(6) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こにちは:)

古本屋のあかしやには「以文会友」の1983年版あるはずとおもいますが、一回しか見なかったです。

中国語版はこの1983年版の翻訳ものです。台湾の囲碁サイトで調べれば、中国語版の由来は次のように書かれます。

=====
這本吳大國手日文原著的回憶錄《以文會友》,最早的中文譯本其實是我們台灣這邊出版的,書名就叫做《天外有天》,是泰國的華僑企業家蔡緒鋒先生(與吳大國手私交甚好)1987年時在徵得吳大國手的同意後,委託台北的"獨家報導"雜誌社以中文出版的. 至於"天外有天"這個書名則是著名學者何懷碩先生建議的,蔡先生認為這一書名不但切中圍棋藝術的奧秘,也符合吳大國手一生篤信禪道的理念,而吳大國手後來在得知後也欣然同意. 敝人這本《天外有天》是1988年初版發行問世的,除了金庸先生的序之外,還有楊振寧、沈君山、何懷碩以及橋本宇太郎九段(吳大國手的師兄)等先生寫的序,另尚有諸葛青雲先生的獻詩與蔡緒鋒先生的文章"天外有天與我".
====

かなり面白そうですが、いま台湾でもその「天外有天」も売れないです。@@

Posted by こうぼくけい at 2012年09月18日 11:52
こうぼくけい さん
おそらく、わたしのパソコン以外でも文字化けしていると思いますが、一般の人向けの翻訳はしません。あしからず。必要なところのつまみ食いです。

1987年に呉清源さんの許可を得て、台北の"獨家報導"雜誌社が中文で出版した。
天外有天の名は、何懷碩さんが考え、呉清源さんも同意した。
1988年に初版を発行した。
金庸さんの他…… 橋本宇太郎九段(師兄)などの序文があり、……

日本語版が1983年に発行され、5年後に中文版が翻訳出版されたことになる。

またまた貴重な情報、ありがとうございます。
わたしのように興味のある人には面白いと言っても、興味のない人には無理な話で、数が売れる本ではなさそうです。


Posted by 謫仙 at 2012年09月18日 17:37
ごめんさない、文字化けの字は「呉」です。日本語の「呉」は中国語の「吳」(Wu)と微妙の差があるため、文字化けしやすいですね。

ちなみに、僕自身も「以文会友」(1997年版)が持っていますけど、「天外有天」が持ってません。(見たこともないです。)

謫仙さんの翻訳は正しいです、感心します。:)
Posted by こうぼくけい at 2012年09月19日 11:53
古本屋のあかしや は大阪ですね。

この中文を一度ウェブにのせて、本来の文にして、それを取り込みました。
本文だと文字化けしないのですが、コメントは文字化けします。
日本でも昔の少数出版本は手に入りにくくなっています。図書館で捜すのがもっとも速いようです。
最後の手段は国会図書館ですが、そこまではなかなかできませんね。
Posted by 謫仙 at 2012年09月20日 07:17
ちがいます。あかしやは東京にあります。

下記のリンクをご参考してください。
http://www.akasiya-shoten.com/

Posted by こうぼくけい at 2012年09月20日 17:08
碁将棋関係の専門書店ですね。
いつか機会を見つけて行ってみることにします。
わたしがインターネットで調べたとき、大阪の店しか出ませんでしたので、大阪に住んでいる方かと思いました。
まだまだインターネット力が足りませんねえ。
Posted by 謫仙 at 2012年09月20日 21:05
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