2012年10月02日

天地明察(映画)

天地明察(映画)
 
   参考 書庫−天地明察

 渋川春海(安井算哲)と後に妻になる“えん”のラブストーリーが太い縦糸となって、安井算哲が暦の改正事業に打ち込み、新しい暦をつくる。小説の映画化である。
 圧巻は大きな観測機器を大勢の従者に運ばせながらの、算哲たち三人の学者の天文観測の旅である。雨に苦しみ、強風にあおられ、雪の中を歩き、えんとの1年後の約束の日までに江戸に帰ることができず、三人のうちの一人、高齢の建部伝内は旅の途中で亡くなった。
 そして、日蝕が有るかどうかを公卿と争うクライマックス。
 えんはひたすら待つことになる。約束の日に算哲が帰らず、嫁がねばならなくなったが、離縁され実家に戻っていた。そしてさらに三年待つ。出番は少ないのに、存在感は際立つ。

 小説で問題とした碁に関する諸々はほとんど削除され、上覧碁の話に凝縮されていた。
 有名な天元打ちの碁は新たに創作された棋譜である。それは問題ない。その碁を将軍の前で打つときのことだが、なんと道悦が予定していた別の棋譜を読み上げたのに、それを無視して算哲と道策は天元の碁を打つ。
 その算哲の頭は総髪。小説では前髪があると書かれていて、それでも問題なのに、総髪とは。
 まず棋譜の読み上げなどするはずがない。そして、算哲と道策以外の碁が打たれていない。座る場所も師の道悦が上席になるはず。
 最後に、歴史的事実とは異なる部分もある旨の説明がある。原作が小説なので当然そうであるが、わざわざ説明するのは、承知した上で変えたということか。わたしには、染めてない布まで「色落ちする」と書く過剰説明に思えた。
 なお、算哲と道策の役者に棋譜を憶えさせた。これは難しいので、碁のルールの勉強もしたと聞いた。打ち方が様になっていて、碁らしく見えた。そこまで役者にやらせながら舞台設定が不自然。
 数学の問題は、小説とは異なり新たに作られていた。招差術の問題は図だけで問題を示していない。そのため自然に見えた。
 関孝和の苦しみは説明不足と言えるかな。

 楽しい感動の映画であった。
posted by たくせん(謫仙) at 09:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 山房筆記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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