2012年10月07日

囲碁サロン爛柯

京都−囲碁サロン爛柯

 爛柯は碁の別名。 雲外の峰−爛柯 以外にもそのことをあちこちに書いている。
 8月8日は京都美術館へ行ったが、紹介するほどの展示はなかった。

P8085301.JPG
 平安神宮の大鳥居。この隣に美術館がある。

P8085304.JPG
 昼食を済ませて、白川沿いに「囲碁サロン爛柯」に向かって歩く。
    
  
P8085306.JPG
 白川は浅くてとても船で通ることはできそうもない。夜船はもちろん無理(^_^)。

P8085309.JPG P8085308.JPG 
 広い道を横切ると白河沿いに「なすありの径」

P8085310.JPG
 なすあり地蔵尊で、西へ流れる白河と別れて北へ。数十メートルで左に折れ、古門前通りを西に百五十メートルほどで爛柯につく。

P8075217.JPG
 その道を爛柯を通り過ぎて突き当たりまで歩くと、こんな看板が。
 一番上には、宮内庁御用達(ごようたっし)とある。

P8075218.JPG
 いま来た古門前通りを振り返る。爛柯は左側の五軒目。
 三条と三条京阪の駅はすぐ近く。

P8075219.JPG
 爛柯の席亭(経営者)はこのビルのオーナー。91歳翁。

P8075221.JPG
 爛柯はそれほど広くはない。これで三日間で四回目の爛柯。
 地元のファンも多く、千寿先生の話を聞きに来ていた。わたしなどは千寿会で聞いた話が多いが、京都のファンにとっては、千寿先生の話を直接聞くことができる、めったにない機会であろう。例えば
「欧州の各国で歓迎されたが、フランスではただの人扱い。こんな時、フランス人は文化が理解できないと恥ずかしい雰囲気があるので、それを利用する。こどもたちの態度が悪くても、『碁は日本の皇族の文化ですから、今日は皆さんはプリンスとプリンセスになっていただきます』と言うと、みんな姿勢を正す」とか。

 前日は席亭さんが出席してくれて、旅行団の小三少女(9歳)と対局したりした。
 この日も、千寿先生を紹介し、一緒に先生の話を聞いていた。

   参考: 千寿の碁紀行−京都と交流対局

 あるときこの小三少女が、他人の碁を見るでもなく、離れた所でお母さんと並んで座っていた。
 わたしと打ちませんかと声をかけ、五子局(だったかな)で対局した。このとき、ウソ手は打たないように緊張した。いつもなら読めなくても、「ここで手がなければ投了だ、投了しないなら打たねばならぬ」と打ってしまうが、このときはそれだけはしないように心がけた。またわざとゆるむような手も打たないようにした。一番疲れた碁だった(^_^)。
 8月8日の午後は、帰る人は順にいなくなった。わたしや先生などこの日も宿泊する数人が残った。
posted by たくせん(謫仙) at 07:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/296135358
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック