2014年06月05日

唐玄宗紀

小前 亮   講談社   2013.2
     tougensouki.jpg

 玄宗皇帝といえば、楊貴妃を知る前は名君、楊貴妃を知ってからは暗君、のイメージがある。しかし傾国の美女といっても、女ひとりで国が滅びはしない。
 玄宗には宦官の高力士がいつもそばにいた。その高力士を語り手とした、玄宗の一代記である。
 則天武后の時代が終わり、中宗の4年目に玄宗と高力士がであう。
 中宗は暗君だったため、韋后が則天武后のまねをして、権力を手にした。しかし形だけまねても、あちこちに隙がある。
 そこで高力士が何度も李驫(後の玄宗)に決起を促す。李驫は気の優しい男で、ようやくクーデターを起こし、権力を手にする。
 このあたりどうも今までのイメージとは違う。
 そうして盛唐といわれた玄宗皇帝の御代となる。玄宗が君臨する間にも何度も権力者が現れては争い消えていく。
 あくまで政治的権力を持たなかった高力士の視点なので、有能な臣下たちを評価するのも、ずれを感じることがある。
 著者らしく知られていない人物も詳しい。
 気になったのは乱丁気味なこと。時々後に思ったことが顔を出す。
 たとえば、安禄山の反乱で、安禄山が長安に攻め入ろうとしているとき、息子に殺される。
「思い切った設定をしたものだ、後は影武者か。あるいは死を秘密にして、発表の時期を歴史に合わせるのか」
 と思っていたら、まもなく生きた姿で再登場、さっき死んだはずだのに……。
 このあたり、一応歴史を知っているから疑問に思ったが、知らない人は素通りしてしまうか。

 表紙の絵は玄宗と楊貴妃だ。楊貴妃は太っていたことで有名だか、実際はどうだろう。見たときは違和感があった。文中では太っていたことに関する記述はない。
posted by たくせん(謫仙) at 07:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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