2014年06月22日

流星ひとつ

沢木耕太郎   新潮社  2013.10

 藤圭子の一代記のノンフィクション小説(?)である。歌手を引退した頃のインタビュー形式による半生記が中心になっている。中心はもちろん歌手の時代だ。
 藤圭子と言えば、独特のムードを漂わした演歌歌手のイメージがある。それはガラガラ声(低いドスのきいた声、という人も)に特徴があったから。
 声をためて絞り出すような声と表現している。子供の頃から声がよく出なかった。無口と言われたのは、話すことに声を使ってはもったいなかったから。歌う声に残しておきたかったから。という。
 (1974年)声が出なくなり、苦しくてのどを手術した。そしたら声がきれいに素直に出てきた。
P177「……あたしの歌っていうのは喉に声が一度引っ掛かって、それからようやく出て行くとこに、ひとつのよさがあったと思うんだ。高音でも同じように引っ掛かりながら出て行った。ところがどこにも引っ掛からないで、スッと出て行っちゃう。……」
 その瞬間に藤圭子ではなくなってしまったと自覚した。
 歌は並の歌手には負けないと思っても、
P179「……でも、残念なことに、あたしは前の藤圭子をよく知っているんだ……」
 普通のインタビューでも心をこめてしゃべるのだが、同じ質問が出てくると、もう同じように心をこめてしゃべるのができなくなる、という話も新鮮だった。スターならあちこちで同じ質問をされることだろうに。
 子供時代からデビューまでの話も、引退後の話もすさまじい。
 離婚しても前川清を、人柄も歌もすばらしいとほめているのが、さわやか。歌は「…絶対に日本一だよ」

 わたしがいちばん気に入ったところ。
P159〜161 昭和48年に紅白に漏れたとき。マネージャーに
向こうが出さないっていうんだから、こっちも出るのをやめようよ。来年のNHKのスケジュールをとるのはやめよう、って。そうしたら蒼くなってそんなことはできないっていうわけ。でも、あたしは筋を通したかったんだ。……どうしてあなたたちには意地っていうものがないの、って
 紅白歌合戦に何の魅力も感じなかった藤圭子にも、落選になれば、それなりに筋を意地を通したいという意思かあった。
 営業マンとしては困ったであろう。しかし藤圭子は給料いくらで雇われている現場の作業員なのだ。通らないにしても、地位や金銭を無視して意地を通したいという希望が強かった。

 わたしは芸能界情報には全く疎いのだが、始めに芸能界情報のいい加減さ酷さを列挙している。わたしには驚くことばかり。
 1979年から既に三十年以上たっている。その間封印していたのは藤圭子の将来のためで、出版をあきらめていたという。
 たとえば父親のDVから盲目の母親を守るため、かなりのお金を使って離婚させている。という話もある。当時は大変な噂が飛び交ったらしい。
 さまざまな噂の中での、噂からかけ離れた、「水晶のような硬質で透明な精神」の像を知ることになる。

   …………………………………………

 後日談があり、既に離婚していた宇多田氏(宇多田ヒカルの父)がこの本のことで著者に訴訟を起こしたという。
 内容や時期に問題があるのかな。藤圭子自殺(?)の直後(約二ヶ月後)であり、まるでこの日を待って用意していたようなタイミングの発行である。また藤圭子を美化しているかも知れないが、フィクションではないだろう。だからこそ問題?。
 藤圭子が承知していたかどうかが最大の問題点なのだが、三十年以上も前の話なので、たとえそのとき承知したと言っても、今でも有効なのか。
 わたしは沢木耕太郎という名を初めて知ったといえるほど無知なので、事情を知らないのだが、詳しく知っている人は答えが出ているのかな。
posted by たくせん(謫仙) at 18:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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