2007年04月26日

ゴシップ的日本語論

     丸谷才一  文藝春秋   04.4
 誤解していた。丸谷才一さんについてである。
 丸谷才一は若いときから、旧仮名遣いで知られている。旧仮名に拘る理由も読んだことがあるが、わたしに言わせると無意味。それなのに旧仮名遣いに拘る人は共通した理由があった。
 戦前への回帰、天皇礼賛、国民人権の無視である。反対意見を述べると、「イヤなら日本から出て行け。なにも嫌な国にいることはない」と脅迫する。自分が国の代表のような錯覚に陥り、自分の敵は国の敵と錯覚する。
 ところが丸谷才一はそうではなかった。申し訳ない。もっとも、わたしは非難したことも、話したことも書いたこともないので、無罪といえよう。
 わたしは旧仮名遣いに抵抗はない。この本も、10ページほど読んだあたりで旧かなであることに気づいたほど。つまり旧でも新でも同じ。だから逆に旧に拘る理由がない。
 この本は日本語論と文学論と対談の三部構成だが、わたしが勧めるのはその日本語論で、70ページまで。

日本語があぶない
 高島俊男さんの「漢字と日本人」を読んで感心したという。
 その中の同音異語が多い理由をとりあげたことに対して、
 ただし、それは明治以後にできた言葉が多いとか。
 泣くのは言葉が言えない赤ん坊で、言葉が言えるようになると泣かない。だから、昔の日本人はよく泣いたが、それはあまりしゃべらなかったからとか。
 漢語も4字にすると通じる。たとえば「四苦」も「八苦」も意味が判らないが、「四苦八苦」なら意味が通じる。ウンサンもムショウも通じないが、「雲散霧消」なら通じる。
 というように「漢字と日本人」の足りないところを付け加える。
 明治に印刷技術が導入され、それによって標準語が普及したことにより、日本語に大変化がおきた。そして第二次大戦後の国語改革と、アメリカ化(外来語)、テレビやインターネットによる変化。と、2回にわたって、大変化がおきた。そして、国語能力が衰え、科学的思考力が低下した。
 学校で教えないから、国民は文章読本を読んで勉強する。しかし、若い人には、文章読本を理解できない人の方が多い。

 このあたりちょっと一方的な気がするが、言っていることは判る。ただ、昔は上の学校に行く人は成績のよい人だった。今は誰でも行ける。昔のエリートと、現在の一般の人を比較しているように思う。
 都立高校の生徒の1〜2パーセントは、自分の名前を書けないという。それはもちろん問題だが、わたし(謫仙)が不思議に思うのは、そんな生徒がよく入学試験に合格したものだ、ということだ。
 わたしの中学のころにも、名前はなんとか書けたが、字を読めない生徒がいた。もちろん高校の入学試験さえ受けられなかった。
 もう一つ加えれば、学ぶ内容が変化した。これに言及していない。


ゴシップ的日本語論
 2人の歴史家がある問題に対して同時に同じ答えを見つけた。アメリカのビックス(2000)と日本の鳥居(2002)である。
 それは「昭和天皇が皇太子の時代に受けた教育に重大な欠陥があつた」
 大正8年に摂政になったときの新聞記事に「過保護で閉鎖的な御学問所といふ社会のせいで、皇太子はほとんど人前で話すことができず」それで社交ができなかった。つまり昭和天皇はコミュニケイションの不足で情報が手に入らない。それが戦争の遠因である。そのことに他の歴史家は気づかなかった。そのことに愕然とした。と言うのだが……、

 わたし(謫仙)などそれはもう常識と思っていたので、「他の歴史家は気づかなかった」と指摘したことに愕然とした。そして、旧かなに拘る人が、それを書いたことにもびっくりしたのだ。
 それは日本人の常識だが、戦前回帰を願うような人たちが、隠して知らないふりをしていた、と思っていたのだ。それがつまり先頭に書いたわたしの誤解であった。


 マニュアルについて、わたしも大いに頷いた話がある。
 パソコンなどの電子機器の説明書は機器の一部、説明書を読んで判らないのは欠陥である、という話だ。
 マニュアルの文は意味が判らないことが多い。これは日本文明の弱点である、と。
 海老沢さんという方が、NECのパソコンの説明書を書いたことがある。そうしたら、問い合わせは一件もなかった。普通はベテラン社員を10人も電話の前に張り付けて、問い合わせに備えているのだ。マニュアルがきちんと書いてあると、それらの人が不要になるのである。
 その作り方はこんな風だった。

 オペレーターがパソコン本体とディスプレイをテーブルの上に置いた。一本の電源ケーブルを手に取つた。海老沢さんが訊ねた。「それはなんです?」オペレーターは言つた、「本体とディスプレイをつなぐ電源ケーブルです」。海老沢さんが、「君は、いま無造作に手に取つたが、どうしてそれが本体とディスプレイをつなぐ電源ケーブルだとすぐにわかつたの?」と訊いた。さうしたらオペレーターはうなだれて考へ込んぢやつた。なぜ考へ込んだのかといふと、質問の意味が判らないわけです(笑)。

 まだ続きがあるのですが、ここまで読んだだけで、海老沢さんの書いたマニュアルは意味が判りそうだと思いますね(^_^)。
 最後に、

 一国の運命は、政治と経済によるだけではなく、言語によるところが極めて大きい、あるいは政治と経済を言語が支へてゐる。言語教育は国運を左右し文明を左右する。わたしはさう思つてをります。
posted by たくせん(謫仙) at 08:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/40062860
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック