2014年12月08日

万能鑑定士Qの事件簿 T U

2014.8.9記
松岡圭祐   角川書店   2010.4

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 松岡圭祐の本はトンデモ本化しているので、しばらく読まなかった。偶然古本屋で目にして、読んでみる気になった。
 おもしろいことはおもしろいのだ。しかしこの本でも根本的に受け入れがたいことがあって、ここで紹介するかどうか迷ってしまったほど。逆にそこがおもしろいところと思う人がいるかも……。

「千里眼」では、電波に対する無知から、本全体が成り立たなかったほど。後に訂正したらしい。参考 書庫 千里眼
 自閉症の少年が行方不明になり、なんと盛岡で、フーゾク店すれすれの水商売の店長になっていたり(自閉症の少年にできるわけがない)。これは紹介していない。
 東京の上空に静止衛星を置いたり。(千里眼の死角)
 東京湾沖の水面近くで起こされた700メガトンの核爆発(広島原爆の50000発分)を、泳いで小船の船底の下に潜り込み助かるなんて話もある(千里眼 堕天使のメモリー)。おそらく船は木っ端みじんになり、まわりの水とともに主人公も蒸発してしまうのではないか。放射線でも当然死に至るはず。
 その他もある。(当「書庫」の松岡圭祐の本で紹介)

 さて、主人公の凜田莉子は高校まで劣等生であったが、偶然就職先で感化されて、数年のうちに大天才なる。これはあり得ないが、この小説の設定なので問題ない。
 20兆円もの偽札(?)事件がおこる。一万円札が信用をなくし、あっという間に(1〜2日)ハイパーインフレになる。たとえば「ジャンプ」が2ドル、6千円。JRの一区間が9千円。人心も荒廃し、数日で街は荒れ放題。ここまででもう、まさかと思う。
 そんなに簡単にハイパーインフレになるはずもなく、人心もこんなに短期間には荒廃しない。
 さらに問題は、本題の20兆円と思われた偽札(?)だ。これは本物と同じで、区別がつかない。
 20兆円分もの一万円札の印刷を隠れて行おうとしても、印刷機械・製版技術・特殊インク・紙など、どこかで気づかれてしまう。それが誰も気づかないうちに日本中に出回っている。まさか。
 紙など、そのために育てた広大な林の伐採と特殊な製紙工場が必要になる。それだけでも不可能。だから20兆円もの偽札はあり得ないと作中人物も気がつくはず。特に銀行券の製紙関係者は。
 ここでは警察や政府があまりに無力だ。
 そして死者がいない。書いていないだけともいえるが、これだけのインフレなので数十万の死者がいてもおかしくない。しかもオチは卑小。
 この一般的知識に穴のあるのが、著者の特徴なのだ。トンデモ本と評されるゆえん。
 たとえばP168に、「風呂なし、台所共用、築五十年の三畳一間」の家賃が7万円という会話がある。そう言った人がいて、主人公も同意するが、これが著者の家賃の相場感覚かと唖然とした。こういう感覚のずれが小説全体を覆っているのだ。
 凜田莉子の推理もご都合主義で、たまたま特殊なことを知っていただけで断定するが、あまりに牽強付会で同意できない。他の状況もいろいろ考えられる。

 本来の事件で一冊、凜田莉子がそうなるまでを一冊。この二冊を切れ切れにして二冊本にしたようだ。そのため話が間延びしていていらいらする。
 まだ読んでいないが、Vではもとの日常に戻るという。ハイパーインフレで混乱し劣化した社会・経済の立て直しは簡単ではない。前の状態に戻ることはできないであろう。

 例を挙げると、
 資本主義社会のすべてを支えてきたシステムが消失した。今の日本はまさに無法地帯だ。
 普通の人がコンビニのガラスを割り商品を奪う。止める人はいない。
 パトカーのサイレンはひっきりなし。一一〇番はほとんど通じない。
 タクシーの初乗り四万五千円だが、利用者はいない。
 銀行では20万円までしかおろせず、それでは弁当三個しか買えない。
 日本はアジアの最貧国になった。
 つい数日前まで、なんの問題もなく過ごしてきたであろう社会人たちが、途方に暮れて項垂れている。


 もっとあるが、二十兆円の偽札があると誤解しただけで、数日でここまでになるとは思えない。そしてここまでに至った社会は、簡単に元に戻れない。
 多くの人が生活手段を失い、ひとり暮らしの老人や、病弱者は生きるすべを失ったと思われる。
 それでも時間がたてば、すべての物価がそれにならい、元には戻れなくても、それなりに秩序が整うだろう。
 アマゾンの書評で、元に戻ったのがこのシリーズの最大の謎だと言った人がいた。同感。

 それからご都合主義について。
 わたしはご都合主義は嫌いではない。金庸小説では、たまたま聞き耳を立てると、自分の知りたい情報が手に入る。あるいは今までのあらすじを語る人がいる。それでもそういう設定なのでかまわない。でもこの本はそういう設定ではない。
 最初の鑑定の時、たまたまその方面に興味を持って調べていた、とでもすれば、(私的には)問題がなくなる。
 100冊すべて記憶でも天才だが、そればかりでなく、鑑定士の事務所を構えてから五年間でも学んだであろう。その内容がどこかアンバランスなのだ。それは主人公が未熟なんだが、それは著者のアンバランスさに由来すると思われる。
 それでも、小説そのものはおもしろいのだ。

 ある間違いををただすと小説が成り立たないようなミスは、つい批判してしまう。
 たとえば、鎌倉時代に鉄砲があれば、鉄砲を作った人もいなければならない。というような合理性を求めてしまう。
posted by たくせん(謫仙) at 10:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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