2014年11月09日

浅草寺境内

浅草寺境内
 既に紹介したところと一部重複します。

 菊花展を見て境内を散歩する。
 金龍山浅草寺は、都内最古の寺で聖観音宗(せいかんのんしゅう)である。
 元は天台宗であったが、戦後独立し、聖観音宗となった。その総本山というが、末社はあるのかな。

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 名を知らぬ花。

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 いつも通り過ぎるだけだが、久しぶりに参拝した。

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 昔は火事に備えたが。

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 本堂の天井、中央に龍の図。

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 本堂の天井、龍の両脇には天人の図。

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 中央に御宮殿(ごくうでん)がある。ご本尊の聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)を納める。
 秘仏であり、見ることはできない。長い間見ることがなかったため、明治二年に役人が調査したところ、20センチほどで焼けた跡があり、両手両足がなかったという。
 落語では一寸五分という話が出てくるが、上の話が本当なら、それよりはだいぶ大きい。
 それにしても、それからは誰も見たことがないらしいので、実際はどうなのか。

 本堂を出て浅草神社に行く。浅草寺の境内にあるのだが別法人。通称三社様。

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 浅草寺の裏手に回る。銀杏の大木、幹の半分が枯れている。

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 大谷米太郎夫妻。大谷米太郎は戦前「鉄鋼王」と言われ「日本の三大億万長者」になったという。後にホテルニューオータニを建設。浅草寺では宝蔵門を寄贈した人である。
 この向こうは浅草寺病院。

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 浅草寺病院に沿って、植え込みがあり、各種の像などかある。

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 本堂の方を見ると、広い土地にほとんど人がいない。表側の混みようとは別世界。

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 9代目市川團十郎

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 「暫」の像というが、わたしは歌舞伎に疎いので、説明抜き。

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 この塀のつきた向こうが本堂の裏手になる。塀の中は影向堂(ようごうどう)など。
 これで今回の浅草寺は終わる。
posted by たくせん(謫仙) at 07:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 山房筆記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
東京にいたころは、親類が上京すると浅草に行きたい・・・
十代でしたからね。そのころは何であんなところへ・・・
そのなことで東京時代は一度参拝しただけ・・・
こちらに来てから二度ほど行きましたが、庶民信仰の良さが有りますね。
個人的には浅草神社とその近くの小さな門が印象に残っています

聖観音宗・・・
同じことを考えますね。私も調べたことが゜あります。
支院25ヵ寺,末社18舎とか・・・

この近くで食べたもんじゃ焼き美味しかったです。
Posted by オコジョ at 2014年11月10日 15:50
聖観音宗という名が珍しく、一寺で一宗派という不確かな情報の記憶があって、調べて見たのですが、末社はいくら探しても見つかりませんでした。支院もあるのですか。
待乳山の名が出てきましたが、聖観音宗といっても同じ宗派に属するのか。
塔頭は判りますけど。
案外判らないものですね。
信仰参拝と娯楽を兼ねていますから、そしてその娯楽とはあの雰囲気に浸ること。だから参拝者はその宗派など気にしません。日本的といえば日本的。
わたしはいつも一人なので、食べ物の記憶はほとんどありませんねえ。
Posted by 謫仙 at 2014年11月11日 11:17
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