2015年01月18日

ガリレオ詭弁

 最近ガリレオ詭弁という言葉を知った。「わたしだけが知らなかった言葉」かも知れない。
 疑似科学や創造論でよく使われる詭弁にGalileo FallacyあるいはGalileo Gambitと呼ばれるものがある。
 言葉がかたいが引用する。読みやすいように行替えをした。

 ガリレオは笑われたが、正しかった。
 私は笑われたので、私は正しい。


 実際にガリレオ詭弁を使う時は、もっと回りくどい言い方をして目くらましをするが、論理はこれである。
 笑われたのは、叩かれたのは、正しかったからではない。間違った、おかしい、と思われたからである。ではなぜガレリオは正しいのか。
 後に、正しいことを証明した、あるいは科学的に正しいと思われた、からである。

 ガリレオ詭弁とは自分の考えがフルボッコにされたら、それ故に自分の考えが正しいはずだというものである。これは、当時の正統な聖書字義解釈に対抗して太陽中心説を擁護したためにローマカトリックによるガリレオ・ガリレイ迫害に言及する。
 代替医療支持者の中にはガリレオではなくイグナーツ・ゼンメルワイスに言及する者もいる。ただ理解されないときより、重大な批判を受けたときに、人々はこの詭弁を用いる。
 悪しき科学的コンセンサスに対抗する創造論者や同様に地球温暖化否定論者にありがちである。
 多くの人々を苛立たせたから、ガリレオがガリレオだったわけではない。誰も同意しない、学界が激しく反対した、新しい考えを持っていたから、ガリレオがガリレオだったわけではない。
 ガリレオがガリレオだったのは、何をおいても、彼が正しかったからである。
 ガリレオは、我々が世界について知っていると思っていたことをひっくり返す新しい考えを、ただ持っていたのではない。我々が世界について知っていると思っていたことを、うまく、ひっくり返す新しい考えを持っていて、それが正しかったから、ガリレオがガリレオだったのである。
 彼には証拠があった。彼は研究した。彼は計算した。そして彼は正しかった。正しいことは、学界が同意しないとか、人々が苛立つとかよりも、はるかに困難なことである。

  参照  ガリレオ詭弁
posted by たくせん(謫仙) at 10:41| Comment(4) | TrackBack(0) | 言の葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
小泉首相が嫌いというわけではないですが、
大量破壊兵器がイラクにあると言ってアメリカに協力したあと、
それが見つからなかったら、「ないという証拠があるのか」と反論した時は
論理を分かってないなぁと思ったものです。
意図的な目くらましだったんでしょうけど。

そういうの多いですね。
言葉の問題でもお詫びしたいと述べました。なんてNHKのニュースでやってますが、じゃ、実際はお詫びしないのかと突っ込みたくなります。
何々したいというのはできないから「したい」であって、金持ちになりたいと言っている人は金持ちじゃないわけですから。
Posted by 小関栄造 at 2015年02月13日 23:10
 小関栄造さん
 小泉首相の場合は、論理が判っていたので口を封じる問答無用の強権発言と思えました。 お詫びしたい、と言うのはできないと言うより、それでお詫びをしたつもりなんでしょう。何しろ本人に向かって言う場合もありますから。
「はい、謝ってもいいですよ、いまここで謝ることを許可します。その上で許すかどうか考えます」と言ったら、相手が黙ってしまった。と書いた人がいました。本当に言ったのかどうか、創作だったのかも知れません。論理が判っている発言ですね。
 ガリレオ詭弁という言葉を知ったのは、えせ医療の話でした。怪しげな医療法など、まわりじゅうから叩かれますが、本人は「本当のことを言うと叩かれる。これで正しさが証明できた」なんて言っているわけです。 
 巧妙な詭弁はなかなかその破綻に気がつかなくて、あるいは反論するのに時間がかかって、その間に事態は進んでしまう、のが問題です。原発事故がそうと思えます。
Posted by 謫仙 at 2015年02月14日 08:31
原発関係は、むしろ反原発側(特に放射脳と呼ばれるような過激派)にガリレオ詭弁が蔓延ってる印象ですけどね

まともな根拠を伴わないまま、科学的データを無視した過激な発言が繰り返されていて、否定されると「否定されるということは、自分の意見が正しいはずだ」となってしまって更に過激になっていく…

とは言え、根底には陰謀論が非常に強く、今でも原発に有利な論文が出る度に「御用学者」「捏造」「工作員」とレッテル貼りで議論になりませんが
Posted by 名無しのイカちゃんネル! at 2016年09月21日 09:50
名無しのイカちゃんネル! さん
反原発側の……、という発言を、わたしは寡聞にして聞いたことがありません。
まともな根拠を伴った反原発説なら、よく聞きます、読みます。
「御用学者」「捏造」「工作員」とレッテルを貼られるのは、わかりきったことに判らないふりをするからでしょう。それでは議論になりません。

たとえば今日の新聞、もんじゅ廃炉で、
臨界の翌年にナトリウム漏れ、2012年に一万件の点検漏れが発覚。
投資1兆円で運転実績はほとんどない。今後も見通しが立っていない。
故に廃炉にすべし。

福島の廃炉費用8.3兆円を国民負担させる。今でも汚染が続いていて、処理費がいくらになるか見通しさえ立っていない。
事故になる前は0円と算定して、電気料金を算定していた。それで安いと言って消費者を騙していた。

たったこれだけでも、根拠を伴った反原発説と思います。

原発推進論で、まともと思ったのは、塩野七生さんの、
日本はエネルギー資源がない。だから生きていくための苦渋の選択として、原発を推進し、今度事故が起こったら、日本中が心中する覚悟で生きるべし。
 と言ったことくらい。わたしは反対で、別な道を探すべし。と思います。
 
 ただし、研究が進み、将来、ほぼ安全と言えるようになったら、原発を再開してもいいと思います。おそらく半世紀はかかるでしょう。そのときは現在の原発を安全に処理して全廃し、そのあとに新しい原子炉となるでしょう。その前にウランが枯渇するかな。
Posted by 謫仙 at 2016年09月22日 12:56
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