2007年05月22日

水滸伝と日本人

 水滸伝と日本人 江戸から昭和まで
   高島俊男    大修館書店    1991年
 江戸時代の初めに水滸伝が日本に入ってきた。それ以来の出版の歴史をたどる、解説書である。
            suikodento.jpg
 日本に入ってきた小説は普通4段階をえて庶民に親しまれる。
第一は 原書 
 これは彼の地で発行されたものを輸入したものである。もちろん漢語で書かれているが、白話文が多く、理解にかなりの知識を要す。
第二は 和刻
 早く言えばコピーのようなものである。ただし返り点などを付けて、読みやすくしてある。
第三は 翻訳
 ただし、原文の漢字を大事にして、書き下し文にちかい。
第四は 翻案
 日本の小説に仕立て直す。
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 水滸伝は、原書が入ってから百年くらいしたころ、岡島冠山(1674〜1728)の和刻「忠義水滸伝」がでた。享保十三年(1728)に初集五冊。死後に続刊が出ているが、怪しい。
 さて、その後は戦後までいろいろ出版されているが、この岡島訳を抜くものがない。
 滝沢馬琴が、庶民に判るように訳したのが、特筆されるが、それとて岡島本を出ない。馬琴訳の特徴はふりがなである。これによって誰でも読めるようになった。
 戦後、吉川幸次郎訳と駒田信二訳が出た。
 吉川幸次郎訳は間違いが多く、竜頭蛇尾に終わっている。蛇尾どころか、途中で投げ出している。文芸作品としては勧められない。(ただし、研究者にとっては価値が高い)
 駒田信二訳は、逐語訳で間違いが少ない。在野に近い立場の駒田信二訳に間違いがあっては、徹底的に叩かれるであろう。故にひたすら正確性を心がけている。ここにいたって、ようやく岡島訳を越えるものが現れた次第。
 水滸伝には百回本・七十回本・百二十回本の三種ある。
 元は百回本であるが、それを削ったものが七十回本、そして追加したものが百二十回本である。駒田訳は百二十回本である。百回を超えるころから、ひたすら退屈になる。

 わたくし(謫仙)は、駒田信二訳を読んでいる。正確に覚えていないので、評価は控えるが、駒田信二は、当時神の如き存在であった吉川幸次郎に異議を唱えた希有な人である。
 「漢詩百選」でも、吉川幸次郎訳に異議を唱えている。
 駒田信二は軟文学で有名であるが、実は硬骨漢であることが判る。
posted by たくせん(謫仙) at 19:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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