2015年10月29日

南八ヶ岳3

南八ヶ岳3 1991年8月

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 阿弥陀岳は赤岳以上に急峻

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赤岳の斜面をしばらく登ると、急斜面の広いガレ場になった。どこが正しい道ともいえない。
わたしは道を探しながら慎重に登る。しばらくすると、妙高が黒潮に道を教えている声が聞こえた。ガレ場を登っているときは道が見えなくなってしまうのだ。妙高はいつもながら余裕がある。
 わたしもときどき足元の石が流れることがある。下には誰もいないことが判っていてもドキリとする。
ガレ場を過ぎると、切り立った尾根の上である。左右にある登山道は鎖場であった。急なため、鎖を伝わって登り降りするのである。

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 まだハイマツ登山が届かない。何千年かかるか。

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 火山の噴火は何度もあったであろう。

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 道が見える。一歩踏み外すと奈落の底へ落ちそう。

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 切り立った尾根を歩く。

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 頂上が見えた。まだ距離はある。
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 頂上小屋が見えた。

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 続く登山者は一息ついている様子。道を捜しているのか。

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 下には行者小屋が見える。

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ようやく頂上小屋にたどりついた。見たところ黒潮の消耗が激しい。わたしは甲斐と顔を見合わせた。
黒潮はリーダーの甲斐よりよほど強いのだ。ゲンジ梯子以来、危険な所が続き、緊張のあまり消耗したらしい。

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 もし縦走路を先に進むと、この肩の小屋に降りる。その先は横岳になる。

つづく

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転載にあたりコメントも載せます。


大きく下って登りなおす上にに、岩場も多く滑りやすい砂礫は尾根・・・
ここは体力的に厳しいところですね。

権現岳から赤岳にかけての東側は地獄谷というのですが、若い頃はこの谷の岩場に夢中でした。
15くらいのルートを登りました。奈落の底から這い上がった(笑)
時には友とザイルを組んで、時には一人で・・・
私の山の青春の中で、一番充実したときを作り出した懐かしい場所・・・
懐かしく、見させていただきました。
Posted by オコジョ at 2013年02月17日


オコジョさん
地獄谷 名前からして恐ろしい(^_^)。
尾根歩きを楽しんでいたわたしたちはいつも西側ばかりでした。東側に下りたのは、本沢温泉コースとか稲子湯コースくらいかな。
地獄谷には無人小屋があったと思いますが、それから先のコースは、じふんで決めなければなりませんね。レジャー登山ではなく、本格的なスポーツ登山となり装備も大変。
それぞれに自分の体力に合ったコースで山を楽しむ時代でした。今では夜行列車もなくなり、新宿や上野の駅の長蛇の列もなくなりました。
最近登山が復活しているそうですが、八ヶ岳も行っているのでしょうか。
Posted by 謫仙 at 2013年02月18日
posted by たくせん(謫仙) at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 登山・ハイキング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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