写真も大きくして新たに数枚加えた。
那須 茶臼岳 1988年11月20日
那須登山は吹雪に遭った。
探花登山会は六人でパーティを組み、三斗小屋温泉を目指した。初めての冬山であった。
このコースは距離は長くても、難しいことはほとんどない。まあ、峰の茶屋の峠を越えるのが、ちょっと大変ではある。
リーダーが初めての冬山にこのコースを選んだのは間違いではなかった。しかしどんなにやさしいコースでも、吹雪になると話は別である。
峰の茶屋の峠は風が強い所で有名である。なお、この峠には地図上では名前がない。峰の茶屋があるので、わたしがそう呼んでいるだけだ。
空中ケーブルでも行ける茶臼岳(1915)。
朝日岳(1896)は鋭角的。
目指す峠は、朝日岳と茶臼岳の鞍部にある。
遠く峰の茶屋が見える。そこから右に朝日岳、左に茶臼岳への登りとなる。峰の茶屋はもちろん営業していない。
一日目は吹雪のために道を見失い、五六歩歩いては強風のため立ち止まって風の弱まるのを待ち、また七八歩歩いては立ち止まった。
ドンという爆発音がして、わたしのリュックに挟んでおいた銀マットが吹き飛ばされた。
折り畳んだ中に風が入ったのだ。それは頭上高く舞い上がり、数秒で見えなくなった。
やむをえず引き返し、ふもとの民宿に泊まることになった。そのとき他にも同じようなグループがあった。
この後、登山会では会合のたびに話題となった。
「もう少しで、無謀登山で六人遭難と新聞に出るところだったな」
「なにしろ、完全に冬山の用意をしていた者が、一人もいなかったからな」
こんなとき誰かが「反省!」と叫ぶと、上げていたオダが下がることになる。この「反省!」は猿の次郎より先である。山男はやはり毛が三本足りないようだ。
もっとも口で言うほど深刻ではなかった。リーダーは慎重派である。無理と判るとさっさと引き上げを決めた。
翌日吹雪が止んで、問題の峰の茶屋の峠を通り茶臼岳に登ったが、まるで散歩のような楽な登山であった。
三斗小屋温泉は遠く行けないので、茶臼岳登山に切り替えたのだ。
この写真はすべて二日目のものである。
道は茶臼岳の中腹を巻くようについているため、朝日岳がよく見えたが、茶臼岳は全く見えない。
峠が近づく。
三斗小屋温泉の方向。ここから先が長い。
峠の標高 1725メートル。茶臼岳へはここから190メートル登ることになる。
峠は風で積雪がない。
茶臼岳は活火山である。今でも噴煙を吹き上げている。岩肌には季節風によって、氷が横に風上に向かって伸長する。噴煙の水蒸気であろう。「蝦のしっぽ」といわれる。
茶臼岳より朝日岳を望む。
雪が張り付く。氷かもしれない。
茶臼岳の噴煙。活火山なのだ。
ケーブルで下山した。下の駅で昼食。自分たちで作っていると、売店のおばさんたちが見に来た。私たちは三斗小屋温泉を目指していたので、食料が余っていた。
「最近は作る人は本当に珍しい」
そばに食堂があるのだ。冬場は人が少ないとはいえ、観光地なのだった。
もう登れなくなって久しいのですが、美しい世界ですね。
那須は福島県側から阿武隈川の源流の沢を歩いたことしかありません。
山仲間は東京なので良くひとりで冬にあるいていました。
誘われたこともあるのですが、当時はこちらからは行くのが大変で行きませんでした。いっておけば良かったなと、この写真を見ながら思っていました、
釈迦に説法ですが、冬山は極地と同じようなもの、街中では見ることのできない景色が魅力ですね。
近頃では、簡単に行けるので、低山歩きの格好で行く人が多くなったとか。もっとも山ガールなる話を聞かなくなったので、もとに戻ったのかな。
私たちもこのときは、装備は完璧ではありませんでしたので、他人のことはいえません。(^_^)
私たちにしても、もう二度と行けない所ですので、大切な思い出となりました。