2007年05月28日

手談を交わす

 手談とは碁のこと。だから碁を打つことを手談を交わすという。
 昨日27日は明友会の碁会が1時からあり、日本棋院に出かけた。
 第28回世界アマチュア囲碁選手権戦が28日〜31日にあり、その前の交流碁会が開かれていた。そのためか、いつもの一般対局室が使えず別な部屋になった。
 もともと市ヶ谷の一般対局室の利用者は少ないので、問題はなく、わたしたち以外は2組10人にも満たない。
 しばらくすると近くで少年たちのグループが検討会を開いている。他の部屋で打った碁の検討だ。指導しているのは蘇耀国八段らしい。

 この少年の中にわたしの知っている顔を見つけた。
04年 囲碁雑記−プロを目指す少年 で書いた少年だ。思わず側により声をかけた。だがわたしの顔を覚えていなかった。当時のわたしは耳が隠れるほど髪を長くしていたので、印象が違ったのかも知れない。

 その少年に碁を並べさせて、先生は言っていた。
「君はこの碁をどう思っている。いいと思うか、悪いと思うか」
まわりの少年たちの反応を見て、「ではそこでどう打てばよかったのか」というと、相手の少年と共に考え込む。
「碁を打った後で検討してないのか。ここで検討しなさい」と言って先生は席を外す。
その後もう一度覗きに行くと、先生の声に対して、少年たちはほとんど声を出さずに石を置く。
黒 この手がいいと思います。
白 それはこの手があってよくないでしょう。
黒 こちらに来れば…。
白 こうなって駄目です。
黒 そうかではもとに戻して、思い切ってここまで伸びてはどうか。
白 それのほうがいい。しかしそれでもこう打つと難しいのでは。
黒 それはこう打って対抗できます。
 こういう会話が無言で交わされているわけだ。そこでも大勢のこどもたちの無言の声の中で、わたしの知っている少年は無言の声が小さい。碁会所でも無口であったが、手談でも口数が少ない。
 とにかくこうして、元気に碁の勉強をしていることを知ってホッした。
posted by たくせん(謫仙) at 08:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
碁は生き死にがわかる程度ですが、奥が深いですね。
私はアウトドアに目が行って、会社で昼休みに打っていたのを眺めたり、
休んだ時の代理で打ったくらいです。
打つといっても、1級の人に4目置いての置き碁ですが・・・
将棋と違って、可能性の大きさを感じます。

それも、30年前のことです。

若い人がどんどん、こうした、世界に入っていくと良いですね。
Posted by オコジョ at 2007年05月28日 09:49
最近は院生も増えて、100人ほどいるらしい。人数が増えるとレベルも上がりすでにプロ級の人もいると言います。韓国では院生のような人が20万人もいるとか。
100対200000では勝負になりませんが、それでも増えてきて、レベルが上がってくれば希望があります。
数が増えると競争も厳しくなる。結果ほとんどの人はプロになれないわけですが、そうなると親としては判断に苦しむことになるでしょうね。でもたとえプロになれなくても、一芸を身につけることは人生を豊かにしてくれると思うかな。転身が難しくなるのですが。
Posted by 謫仙 at 2007年05月29日 07:34
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