2017年04月02日

姫路城1984年

姫路城1984年
 姫路城は、別名の白鷺城で親しまれている。1993年にユネスコの世界遺産に登録されている。
 江戸時代初期に建てられた天守や櫓などの主要建築物が現存し、国宝や重要文化財に指定されている。建て直したものではない。
 現在の規模になったのは、関ヶ原の戦いの後に城主となった池田輝政による。
「姫路城跡」として国の特別史跡にも指定されている。
 2009年6月〜2015年3月にかけて、大天守保存修理工事が行われた。
 この写真はその修理の前である。といっても変わるわけではない。

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 ここから姫路城に入る。

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 大手門、戦の備えというより、権威を示す門構えだ。

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 三の丸跡、三の丸広場。

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 三の丸広場にはほとんど人がいない。

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 天守に近づく。姫路城は大天守と小天守3棟を四角く連ねた連立天守である。

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 姫路城の縄張りは複雑。天守閣までかなり距離がある。
 この日は天守閣に登ることができなかったので、内堀の外側を左回りに一周した。
 裏側は石垣ではなかった。

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 五位鷺のようだ。昔から鷺が多かったらしい。

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 一周して、ホテルに引き上げる。

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 元日の朝、天守閣を目指す。

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 左の方から、ジグザクに登っていく。天守閣に背を向けることもある。

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 鉄砲狭間の階段。

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天守閣の下を回り込む。

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 天守閣の下を一周して出入り口に至る。

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 天守閣の西側西の丸跡など。

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 南側。三の丸広場と、その向こうの大通りは姫路駅の方角。

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 東南の方向。下の広場は備前丸跡。備前丸は姫路城の本丸にあたる。

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 三国堀は写っていないが、その向こうに天守閣。

 こう見てみると、天守閣に至る道は複雑で、攻めにくい。しかし、三の丸や西の丸に敵兵が満ちて、天守閣で守るようでは、負け戦で籠城戦にもならない。援軍が来るまでの時間稼ぎくらいか。
 現実的には、敵軍が山陽道を通るのを防ぐのが目的。常に大軍を擁したので、藩の経済的負担は大変だったらしい。
posted by たくせん(謫仙) at 07:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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