2017年10月21日

建長寺

臨済宗建長寺派 大本山
巨福山建長興国禅寺(こふくさんけんちょうこうこくぜんじ)

 本尊が地蔵菩薩であるのは珍しい。
 建長5年(1253年)の創建で、鎌倉五山の第一位。
 鎌倉五山の第一位とは、禅宗寺院の順位であって、鎌倉寺院の順位ではない。

IMG_1213.JPG 案内図
 最初の門(外門)を通ると駐車場であった。この案内図は駐車場にあった。
 右側に赤い点線で囲まれて地域がある。修行道場で立ち入りは禁止である。
 
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 駐車場から総門を入る。

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 山門(三門)、円覚寺では山門を通るとき、中央に高い敷居があった。ここではそれを削って平らにし、通りやすくしてあった。

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 国宝の梵鐘、山門の脇にある。

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 この寺も柏槇(ビャクシン)の巨木が多い。

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 この崇山門内は立ち入り禁止、案内図の赤い点線で囲まれた地域である。

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 仏殿前の柏槇
 開山禅師のお手植えという。樹齢は約七百六十年。

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 仏殿
 この前で僧侶が団体の参拝者に、説明をしていた。わたしが聞いたときは徳川将軍家との関係など話していた。
 仏殿は1647年に芝の増上寺から移築した。

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 仏殿に入る。
 本尊の地蔵菩薩坐像。

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 天井や周りの絵はかなり傷んでいるようだ。

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 法堂(はっとう)
 他宗派では講堂という。修行の中心の建物であったが、現在は修行道場は案内図の赤い点線内の地域になっている。まあ寺全体が修行場ではあるが。

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 法堂に入る。
 手前の釈迦苦行像(レプリカ)は2005年にパキスタンから寄贈されたもの。
 付け加えれば、釈迦は、苦行は正しい修行方法ではないと苦行をやめ、中道を進むことになる。

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 天井画は新しい。小泉淳作筆の雲龍図。

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金ピカの唐門、この奥が方丈である。
禅寺にふさわしくないのは、芝の徳川秀忠夫人崇源院霊屋から移築したものだから。

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 法堂を横から。

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 方丈庭園

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 少し戻って、案内図の左側の道をさらに奥へ行く。
 図の外になる。突き当たりから山登りになる。

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 寒山拾得(かんざんじっとく)
 山登りの前に、少し広いところがある。そこにある碑の一つ。

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 半僧坊
 階段の道を登ると、半僧坊大権現にいたる。建長寺の鎮守である。1890年勧請という。建長寺は何度かの火災で創建当時の建物を失っている。徳川時代に徳川家の援助で再建した。そんな歴史を思わせる。
 左上に天狗、その他あちこちに烏天狗の像がある。
 このあたりが建長寺の最上部か。

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 半僧坊からさらに登る。勝上献、海抜145メートル。

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 建長寺を見下ろす。右上の四角い建物は鎌倉学園。
posted by たくせん(謫仙) at 08:13| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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