2017年11月07日

永福寺跡

浄土庭園の永福寺跡(ようふくじあと)

 永福寺は鎌倉時代初期、源頼朝が中尊寺の二階大堂、大長寿院を模して建立した寺院で、鶴岡八幡宮、勝長寿院とならんで当時の鎌倉の三大寺社の一つであった。二階建てであった事から二階堂ともいわれた。
 源義経や藤原泰衡をはじめ、奥州合戦の戦没者の慰霊の為に建てられた寺で、建久3年(1192年)に本堂が完成した。応永12年(1405年)の火災ののち廃絶した。

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 南に(左)阿弥陀堂、中央に二階大堂、北に薬師堂。回廊で結ばれ、南北に翼廊があり、先端は釣殿となっている。
 浄土庭園である。中央が狭くなったひょうたん型の池があり、池の中央の狭い部分には橋がある。庭石があっても樹木はない。
 2017年6月つまり今年、整備が完了し公開された。
   http://www.bukenokoto-kamakura.com/yofuku-ji/cg.html にCGにより復元された永福寺の姿がある。

 十円銅貨の図である宇治の平等院も浄土庭園である。両翼のある鳳凰堂の前に池、そして前庭には樹木はない。
  http://www.byodoin.or.jp/ja/guide.html 平等院

 他には平泉の毛越寺(もうつうじ)も浄土庭園だった。

 鎌倉宮から少し歩く。

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 この道を行くと、「永福寺跡へ近道」の表示がある。

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 この道を通る。

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 狭くなってきた。右はテニスコート。この一部も永福寺の池の一部であると思われるが、調査は済んでいない。
 近道といってもほとんど変わらない。

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 敷地であり、建物の跡は基壇を設けて判りやすくしている。
 右手が池である。

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 水草が繁茂しているが、浄土庭園の特徴である池がある。

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 近道をせずに来るとこの先に出る。むしろそちらの方が近いか。地図では遠そうだが。
 この右がテニスコートで、池はそこまで広がっていたかもしれない。(未調査)

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 中央の二階堂の跡である。この名から地域名も二階堂となった。

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 ここが池のくびれているところで橋があった。

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 堂と池の間には樹木はない。

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 壇の隙間の向こうが北の釣殿の跡である。

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 ここから池に水が流れ込む。昔は遙かに水量が多かったという。

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 西北の高みから。

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 池の反対側から。堂は南北に連なり、東に池がある。東から西に向かって遙拝することになる。

 浄土庭園は、いわゆる日本庭園とは異なり、独特の雰囲気や表情をもつ。枯山水とも異なる。余計な飾りはないようでいながら、かなり手をかけている。
 浄土式庭園は、極楽浄土(西方)の阿弥陀が中心となるのが普通。ここでは南の堂が阿弥陀堂である。
posted by たくせん(謫仙) at 09:24| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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