2007年06月28日

方針を間違えては

 戦国策にある話である。
 戦国策は国毎に別れているが、これは魏策にある。魏王が趙の邯鄲攻めようとしたとき、家臣の季梁(きりょう)がそれを止めさせる話である。
 なお魏は黄河沿いのいわゆる中原の国であり、土地の大部分は黄河の北側だが、都は南側の「大梁」にあった。
 楚は長江の中流から淮水にかけての南方の大国、「楚は中国ではない」というほど中原から遠い。都は長江沿いにあった。

 今、帰ってくる途中、道で一人の男に会いました。車を北に走らせながら、
「楚の国に行くつもりだ」と申します。
「楚の国に行くのに、なぜ北に行くのか」と聞きますと、男は、
「馬は良馬だ」と申します。
「良い馬かも知れんが、道を間違えている」こう申しますと、
「旅費もたっぷりある」と申します。
「そうかも知れんが道を間違えている」重ねて言いますと、男は、
「いい御者がついている」と答えます。
こう条件が整っていれば、ますます楚から遠ざかって行くだけです。


 方針が誤っていれば、能力があればあるほど努力すればするほど、目的から遠ざかってしまう。
 こう例を示して、覇業の道を歩むには邯鄲を攻めてはならないと説く。この説得の細かい話は載っていないが、説得には成功した。
 政治の世界では、方向を間違えて努力している人のなんと多いこと。しかも有能な人が多い。極端な例が独裁。独裁者のほとんどは天才的な能力の持ち主。
 独裁の国が、一時的に素晴らしい成果を上げても、間もなく失敗するのは、方針が国(民)のためにから、独裁者のためにと、すり替わってしまうからだ。それは少しづつずれていく。少しだと思っているうちに、戻せなくなってしまう。
 それに近いことは、あちこちに見受けられる。
posted by たくせん(謫仙) at 06:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 山房筆記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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