2007年07月02日

文化交流使

 今年に入って、千寿会報告をさぼっているが、行かなくなったわけではない。
 二次会に出られなくなったため、いろいろな情報が入りにくくなっているからだ。
 小林千寿さんは、文化庁から文化交流使に指名され、今年の3月から1年間、公費でオーストリア・スイス・ドイツ・フランスでの囲碁普及活動をはじめた。正確にはジュネーブからウィーンに根拠を移したといえよう。ジュネーブにいたころはときどき日本に帰ってきたが、今年はほとんどウィーンにいることになる。会員には欧州での様子などを知らせてくれている。
 6月30日の千寿会に久しぶりに顔を見せた。一時帰国で、またすぐに行かなくではならない。
 わたしが、「本因坊戦の封じ手クイズに当たって」というと、
「あれは敗着なの?」という。
 この一言で、わたしのブログを読んだことが判った。
 わたしは依田九段の封じ手を当てたのだが、その後は、観戦するアマには依田九段が良いという声がなかった。それで敗着と書いたのだが、もちろんアマの声とプロでは評価が違い、本当の敗着とはいえないだろう。

 講義の前に、ウィーンの様子を話してくれた。
 アパートを契約するとき、「ピアノを弾いてもよいか」「かまわない」、そこで契約したら、ピアノを運び入れる許可をくれないとか。
 怪我をしたとき、病院では包帯するだけで、化膿止めなどくれない。そこで日本の親しい薬剤師に相談したとか。
 食べ物は美味しい、特にクロワッサンは悔しいほど美味しかったとか。
 とどめは、碁でもウィーンのこどもたちは、「わたしがここはこう打ちなさい」と言っても決して素直に打たず、考え込むとか。
 千寿さんは歴史的な経緯から、「人の話をそのまま信じず自分で考える習慣があるのではないかな」と推測する。
 また帰国途中にパリによったが、そこで仕事で出張していた千寿会会員のふたりに会ったとか。
 いつもながら話題の豊富な千寿さんでした。
 本題の千寿会は、新しい人がふたり、ひとりは欧州にいた青年で、棋力は千寿会のトップクラス、元院生を上回る碁で、高梨聖健さんが絶賛。
 わたし個人のことでは書くほどのことはなく……
 受付の「ひろみ」さんかお休みで、と言っても「ひろみ」は本名でもHNでもない。亜Qさんが勝手にそういっているだけで誰にも通じないのだが、お休みで、代わりにT大大学院生がいた。久しぶりである。前にわたしが白で打ったことがあるが、その時はわたしが先二くらいではないか、つまりわたしが黒(先)か二子置くくらい彼女のほうが強いと思った。今ではもっと強くなっていることであろう。
「まだ大学にいるの」もちろん、落第したのかという意味ではない。
「いま大学院です。大学院には女の子が多いんですよ」

 終局は6時になってしまった。
posted by たくせん(謫仙) at 08:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 千寿会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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