2007年07月03日

白起

   塚本青史  河出書房   1998
 白起は戦国の秦の名将である。しかし、その生涯はあまり知られていなかった。
 白起を有名にしたのは「長平の戦い」(前260年)である。
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 趙軍の投降者40万人を生き埋めにし、趙では壮年男子がいなくなってしまったといわれるほどである。
 趙はその後、国をあげて、孤児を育てたりして、国力の回復を図るが、往年の力は取り戻せず、前222年に滅ぶことになる。
 秦ではあまりの大勝に色を失ったという。この功績に報いる土地がないし、それ以上に群臣の嫉妬はすさまじい。
 ここに至る前にも、白起軍は楚の国に侵攻するが、行く先々の城を一瞬でおとしてしまう。そしてその城はそのままにして、次の城を目指す。
 中華の戦争は、おとした城を、自領とすることが大きな目的である。
 だが、白起のやり方はまるで、戦に勝つことが目的で、領土は不要と言っているようだ。これは北方塞外民族の戦い方である。
 このように戦には強かったものの、政治的には勝者とはいえない。

 白起(前330〜前257)は武安君ともいわれる。その秦の常勝将軍でありながら、悲運ともいえる生涯を書いているのだが、それよりも、その時代の国際情勢や、各国の文人・武人のありようを克明に記していて、歴史が主人公である。
 興味を引くのは宰相や将軍などが、あっちの国こっちの国とめまぐるしく動くことである。
 現在の社会で、A社の社長がB社の社長に引き抜かれ、A社ではC社の重役を社長として迎え、……とニュースになっているが、同じことが国同士でも行われていたのだ。
 この本は、白起よりむしろそのような動きが中心になっている。楚に対する侵攻など、1ページ強で終わる。そここそ細かく書いて欲しい所なのに。

 ところで、歴史は記録である。そのため事実とは異なるのは当然なのだ。特に密談やひとりごとなど。そのため考古学的新事実によって、従来の説ががらりと変わることがある。
 この小説でも、知られた事実の隙間は、創作によって埋められている。隙間どころか壁である。柱が史実、壁が創作。小説なんだと言うことを忘れないように読んでください。

 わたしはこの本を見つけたとき、20年待ってた本が届いたように思った。
posted by たくせん(謫仙) at 05:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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