2019年06月01日

京都6 大河内山荘庭園

大河内山荘庭園

 鎌倉時代の歌人藤原定家が、小倉山荘(時雨亭)で小倉百人一首をまとめたとされるが、場所は特定されていない。
 その小倉山の南部に大河内山荘庭園があった。亀山公園(嵐山公園の一部)のとなりである。

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 突然、大河内山荘庭園の門に出会う。
 大河内とは往年の映画俳優、大河内傳次郎のことだった。こんなこともいままで知らなかった。
 造園家でもあった大河内傳次郎が、30年かけて作り上げた庭園である。

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 不鮮明だが、おおよその位置が判る。

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 緩やかな坂道を上ると開けた。右へ行くと、お抹茶席がある。入園料には「お抹茶」も含まれている。

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 庭園は山の斜面であり、ほとんどの道は、こうして石畳となっている。

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 中門

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 大乗閣
 ここが、生活の中心だったか。

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 大乗閣前の庭、ここでは珍しい芝生の広場だ。

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 嵐山を借景として広大な雰囲気がある。

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 大乗閣も新緑の中にある。

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 石畳の道を登っていくと、小さな堂の前に出た。
 形は大乗閣に似ているが、大きさは茶室より小さい。こもって思考したという。

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 周囲に展望はないが、植木は小さく明るい空間である。

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 少し暗い道を歩いて滴水庵に行く。

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 滴水庵
 茶室であるが、常識的な茶室よりかなり広い。

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 嵐峡展望台
 滴水庵のすぐ近くに嵐峡展望台があった。
 向かいは嵐山で、すぐ下の小枝の間から、亀山公園の道が見える。手に取るほど近い。

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 大悲閣の月見台はここより少し高そうだ。

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 嵐峡展望台から市内展望台まで、この山荘の一番高いところである。

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 市内や東山が一望できる。
 左にひときわ高いのが比叡山、緩やかなカーブを描いて、中央右に高くなっているのが大文字山。
 付け焼き刃の知識だが、両山ともホルンフェルスの山だ。熱による変成(接触変成作用)によって生じる接触変成岩。堅い。
 間の低い曲線は花崗岩。風化しやすくここまで低くなった。花崗岩は全体的に白く見え、これが真砂化して、黒い雲母は薄く剥がれて流れ、白い部分が砂となって残った。例えば白川の河底だ。
 東山のこの稜線から流された白い砂が、枯山水の庭に使われ、京文化を形づくった。
posted by たくせん(謫仙) at 06:39| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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