2019年06月04日

京都7 天龍寺

天龍寺

 天龍寺は後醍醐天皇の菩提を弔うため暦応2年(1339)に創建された。
 寺号は正しくは霊亀山天龍資聖禅寺(れいぎざんてんりゅうしせいぜんじ)と称する。

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 京福電気鉄道嵐山本線で嵐山に行く。
 始発の四条大宮駅から終点嵐山まで7.2kmの、市街電車である。

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 天竜寺の門前には躑躅が咲いていた。ちょうど遅咲き躑躅の時期であった。
 ここから入ると、両側に多数の塔頭が並ぶ。

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 少し歩いて中門を振り返る。これは前日夕刻の写真である。
 この写真だと境内のイメージだが、その他は参道のイメージだ。

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 法堂(はっとう)
 まだ時間前なので寄らずに進んだ。公開日は限定である。

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 庫裏に向かう。わたしが二番目のようだ。

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 庫裏で拝観受け付け。
 ちょうど参拝時間となった。この庫裏をはじめ、多くの建物は新しい。明治以降である。例外的に、塔頭の中には古い建物もあるので、そういう興味をお持ちの方は、塔頭を訪ねるとよい。ただし公開しているかどうか。

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 庫裏前にも、ミニ庭園。左奥が大方丈。
 左手前(写真では見えない)に庭園入り口がある。参拝券は諸堂屋内と庭園の二枚になる。

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 中に入って大方丈を見る。
 廊下を右回りに裏に向かう。

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 広大な庭園が広がる。曹源池(そうげんち)庭園である。方丈の裏庭でもある。
 この辺りに来ると、西洋人に囲まれてしまった。日本語のガイド付きの団体である。

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 大方丈を回り書院に行く。書院は小方丈ともいう。床の間には「莫妄想」。この右にもう一カ所床の間があり、達磨の絵が画ある。

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 屋内の様子。見ると縦横に区切られていて、その襖を取り払っているのが判る。
 二カ所の床の間は襖で区切られた、別の部屋である。

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 屋内から見た曹源池。

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 書院から多宝殿に行く渡り廊下。茣蓙が敷いてある。

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 ここは後に通る道。この先に多宝殿がある。

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 渡り廊下の右側は、参拝コースではない。

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 多宝殿の内部正面。

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 多宝殿の内部左側。

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 蔀戸(しとみど)をあげてある。いにしえの雰囲気。

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 渡り廊下を戻る。

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 一度外に出て、庭園に入り直す。
 大方丈の前庭、枯山水庭園。この左側に門があるが、開けることはあるのだろうか。

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 曹源池はこの庭園の中心である。二枚の写真を合成した。
 開山である夢窓国師の作庭であり、1994年に世界文化遺産に認定されている。
 池の向こうは京都盆地の西の断層崖である。

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 池の向こう側の石組みにも、禅寺(臨済宗)ならではの解釈があるのだが、わたしでは理解出来ない。

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 少し進む。

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 正面が書院(小方丈)、右が大方丈。

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 書院の前から振り返る。

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 池の向こう側にも拝観コースがある。苔のびっしり覆った一画もある。
 前に来たときは、「猿に注意」の立て札があったが、今は見当たらないようだ。
 小倉山の亀山公園付近に猿が今でもいるのかな。亀山公園も渡月橋も昔は天龍寺境内だった。

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 赤花蝋梅というが、とても蝋梅には見えない。

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 北門から出て、竹林を歩く。

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 竹林を抜けると、すぐに大河内山荘庭園だ。
posted by たくせん(謫仙) at 08:53| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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