2019年06月09日

京都8 大覚寺

大覚寺(旧嵯峨御所)

 弘法大師空海を宗祖と仰ぐ真言宗大覚寺派の本山である。正式には旧嵯峨御所大本山大覚寺と称する。
 嵯峨天皇(在位809−823)が離宮を建立した。離宮嵯峨院である。その離宮が貞観18年(876年)に大覚寺となった。
 代々天皇もしくは皇統の方が門跡(もんぜき=住職に相当)を務めた格式高い門跡寺院(もんぜきじいん)である。
 嵯峨天皇は、平安遷都した桓武天皇の息子であり、兄の平城天皇の次の天皇である。
 いけばな発祥の花の寺であり「嵯峨御流」の総司所(家元)である、というが、その方面に疎いわたしには、説明できない。

IMG_3183.JPG
 大覚寺門跡の総門の跡。現在はここから門までかなり歩く。400メートルくらいか。

IMG_3185.JPG
 大覚寺に着いた。 

IMG_3187.JPG
 宸殿(しんでん)まえの庭

IMG_3188.JPG
 宸殿牡丹の間、絵は近寄って見たいほど。
 正面
 以下の絵も宸殿の絵である。


IMG_3189.JPG

IMG_3190.JPG

IMG_3191.JPG

IMG_3192.JPG

IMG_3193.JPG

IMG_3194.JPG
 左側はいま歩いてきた廊下。


IMG_3195.JPG
 村雨の廊下辺り、建物は心経前殿(しんぎょうぜんでん)であろう。記憶が曖昧。

IMG_3197.JPG
 心経前殿(御影堂)の西側。向こうに見える小さな建物が、勅封心経殿(ちょくふうしんぎょうでん)で、
大正14年に法隆寺の夢殿を模して再建。

IMG_3198.JPG
 この写真は、具体的位置を特定できない。

IMG_3199.JPG
 心経前殿前の庭。心経前殿は大正14年建造。
 正面の勅使門は修繕中。
 
IMG_3201.JPG
 五大堂(本堂)は堀をまたぐ。大沢池がよく見えるようにベランダが出ている。
 四角く、四方がこのような堀で囲まれている。
 この塀の右(外側)が大沢池である。

IMG_3204.JPG
 観光客が少ないためか、このような庭を落ち着いて見られる。

IMG_3205.JPG
 静かで熱い日差しも涼しく感じる。

IMG_3207.JPG
 この辺りであったか、渡り廊下を歩くとかすかに音がする。鶯張りのようだ。
 通りかかった若い僧に訊いてみたが、「たまたま今この寺にいるので知りません」、と言われた。末寺の修行僧らしい。

 一度入り口に戻り、大沢池に行く。

000001.jpg
 大沢池は境内にあり、人工の林泉である。時計回りに歩く。

IMG_3212.JPG
 放生池であるが、大沢池とは細い土手で隔てられているのみ。一部つながっている。

IMG_3215.JPG
 心経宝塔。1967年建立というから新しい。
 嵯峨天皇心経写経1150年を記念して建立される。

IMG_3217.JPG
 護摩堂は池の脇、火の心配はない。

IMG_3218.JPG
 庭湖石、この池の別名を庭湖という。中国の洞庭湖を模して造られた。しかし、どうだろう。当時の洞庭湖に似ているか。心象風景なんだろうな。
 わたしなどは、洞庭湖は江湖者という言葉の元になった湖、ということを思う。

IMG_3225.JPG
 右の大きな建物が五大堂。

IMG_3226.JPG
 これで大覚寺と分かれる。

参考 大覚寺境内ご案内
posted by たくせん(謫仙) at 07:52| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。