2019年06月13日

京都9 二尊院・祇王寺・化野念仏寺・清涼寺

二尊院・祇王寺・化野念仏寺・清涼寺

 二尊院
 嵐山の近くは名所旧跡が多い。二尊院は大きな寺である。

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 総門
 小倉山の下を歩いて、二尊院に行く。

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 紅葉の馬場
 総門を入れば、伽藍のある地域まで、まっすぐな道がのびでいる。
 新緑が輝いている。紅葉も映えるであろう。

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 紅葉とは異なり、新緑は毎年輝く。
 本堂の裏ではタゴガエルの声が響いていた。
 普賢像桜があった。初めて聞く名だ。八重だが、花びらが百五十〜百六十枚もあるという。

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 本堂の前の勅使門
 簡素で優雅である。総門も簡素だった。

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 祇王寺

 平家物語の祇王が出家した寺である。明治初年に廃寺となったが、再建した。
 今は大覚寺の塔頭(たっちゅう)となっている。
 今回の旅行で「塔頭とは」と聞かれ、答えに窮したが、「会社でいえば子会社」で理解してもらえるだろうか。境内にあることが多いが、こうして遠く離れた所にもある。
 囲碁でなじみの本因坊も、寂光寺の境内の塔頭であった。今はない。

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 小さな寺で住職もいないが、苔の庭は手入れが行き届いている。

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 小さな庵に入ると、仏壇には、祇王や清盛などの像が安置されている。

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 化野(あだしの)念仏寺

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 賽の河原
 明るい光の下では、かわいさが先に立つ。
 前に来たときは、鬼哭啾々として、身が引き締まった記憶がある。
 この落差に戸惑った。
    一重積んでは父のため 二重積んでは母のため

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 清涼寺

 五台山清凉寺という。
 五台山清凉寺といえば、清朝の三代目順治帝が出家した寺として知られている。本当は病死だが、出家したという俗説があるのだ。その寺と関わりがあるのかな。
 ここは光源氏のモデルといわれる源融ゆかりの寺だ。
 霊宝館が春期特別公開されていた。二ヶ月間である。写真はないが、見てよかった。
 寺は嵯峨釈迦堂といわれるように釈迦像が高名である。

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 仁王門
 塔のような門に圧倒される。

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 庭の不思議な形の樹木。わたしには禅寺を思わせる。

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 本堂(釈迦堂)はかなり大きい。
 清凉寺の前身である棲霞寺の寺域は嵯峨天皇の仙洞「嵯峨院」の一部であった。その大覚寺まで直線距離で五百メートル弱である。
posted by たくせん(謫仙) at 08:06| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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