小田原の手前の駅で、派手な衣装で派手なメイクの若い女性たちが乗り込んできた。衣装の背側には「疾風乱舞」の文字が躍っている。
小田原の駅で、9月14〜15日の二日間、「第21回えっさ“ホイ”おどり」のイベントがあることを紹介していた。

ホテルに荷物を預け、小田原城へ向かう。

お堀の外側を正門の方へ歩いて行くと、様々な衣装の人たちに会う。その人たちは、この「学橋」から入っていく。
わたしは少し先の馬出門から入る。

この辺りに来ると、あの歌をアレンジした、歌声が繰り返し流れてくる。
♪えっさほいさっさ
♪えっさほいさっさ
♪えーさ、えーさ、えっさほいさっさ
「えっさ“ホイ”踊り」はこの歌を基調にした踊りだったのだ。

馬出門から馬屋曲輪へ

住吉橋

銅門を通ると、ここが第二会場だった。

100チームを遙かに超える予定表があるが、1チームが2回ないし3回出ているので、チーム数は判らない。50チーム以上と思える。4年前に50チームを超えたという。

銅門に上る。

木立の向こうが二の丸跡で、第一会場。
第一会場には屋台が多く、テントの向こうに舞台が設置されている。
お堀端通り会場(15日のみ)と栄町会場もあるが、様子は判らない。
イベントはここまでにして、天守閣へ向かう。
イヌマキの巨木の脇を通り
常磐木門
新しくなった天守閣
城が大きいのに天守閣は三層なので、小さく見える。しかし、各地の天守閣と比べると、小さくはない。
手前の広場は本丸の跡。
手前の松に気をとられたが、向こうの巨木は何だろう。写真を見て気がついた。
天守閣に入る。模型があった。これで見ると昔は学橋はない。
手前の鉄塔が建っている山が一夜城の石垣山。
実際には築城は約八十日かかったらしい。それを隠していたのが通説らしいが、本当に北条方は気づかなかったか、疑問に思っている。
真鶴半島、その向こうに霞んでいるのは伊豆半島。
大島ははっきりしなかった。
遊園地の近く。天守の裏の方の石垣や土塁。
正面とは趣が異なる。
北入口の道の脇、よくぞここまで育った。
城内の郷土文化館前のクスノキ
郷土文化館の見学者はわたしひとり。
市中も歩いた。ここはかまぼこ通り。趣のない街だった。
昔はこの通りが繁華街だったのではないか。工場は残っても販売所は移動したか。
浜が近い。浜は砂ではなく小石の浜であった。
これは実用の鐘であったが、わびしく立っている。
昔日の大手門に近い辺り。本来の位置からここに移した。
山王川
この川に沿って歩き、途中から駅に向かう。
途中は細い道が不規則に通る。古い区割りだが、家は新しい。