2019年12月27日

本当はブラックな江戸時代

本当はブラックな江戸時代
永井義男   辰巳出版   2016.11

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 かなり前だが、あるグループで、江戸から明治になり、生活は却って苦しくなった、社会は悪くなったという人が多かった。わたしは、かなりよくなったと思うと言ったのだが、賛同者はいなかった。
 多くは時代劇の影響であろう。杉浦日向子さんは、「お江戸でござる」でよい部分を多く取り上げていたので、その影響があったのかもしれない。
 だが、いろいろ考えてみると、明治時代の方がいいことがほとんどであると思える。
 たとえば犯罪だが、江戸は犯罪の少ない町のように言われているが、本当は多かった。ただ南北の奉行所が受け付けなくて、あるいは町民が届けず、自分たちで処理したため、公の記録に残らず、少なくみえるのが実情らしい。
 現在でも、ある権力者は、いくつかの犯罪の証拠をもみ消そうとしているように思える。報告の受け取りを拒否して、無かったことにした権力者もいる。
 指摘されて、急いで書類をシュレッダーにかけて、書類は無かったことにしている人もいる。
 江戸の犯罪も、そうして無かったことになっている例が多いらしい。

 この本はそんな江戸の錯覚されている部分に焦点を当てている。
 目次を見よう。
第一章 江戸はブラック企業だらけ
第二章 安全ではなかった江戸の町
第三章 食の安全・安心などはなかった
第四章 きたくて残酷だった江戸の町
第五章 高い識字率のまやかし

 企業の休日は年2日だけであり、藪入りという。
 大店では関西の本店で採用され、江戸に来て、9年目でやっと休暇が出て家に帰れる、初のぼりという。
 奉公している間は結婚できない。独立出来るころは四十代になっていよう。
 店の主人の言うことは絶対であり、そして多くの人は若いうちに死んでいる。
 他に就職先がないからである。失職すると乞食になることが多い。
 女性なら吉原などに売られ、ほとんどは若いうちに死んでいる。
 
 現在、田舎には病院が少ないが、病人が少ないのではない。
 江戸町奉行所の警備役も24人しかおかず、犯罪が頻発すると、「自分たちで犯人を捕まえろ、殺しても構わない。結果を届け出よ」という通達を出すだけ。
 だから24人で済んだのは、犯罪が少ないのではなく、警備をしなかっただけなのだ。

 食べ物にしても、旬の食べ物を…と言うが、それしかなかったのだ。そして、米だけでおかずはほとんどない。魚など庶民の手に入る頃には腐り始める。

 トイレは汲み取り式であり、夏など強烈な匂いがしたであろう。ゴミも収集されたようだが、それまでに生ものは腐り始める。運河はゴミで埋まって、舟が通れなくなるほど。もちろん水は汚れている。

 識字率が高かったというが本当か。豊かな家や商人は文字を習ったが、多くはせいぜいひらがなカタカナくらいである。10歳を過ぎれば仕事に就くので、学ぶのはその前の2〜3年である。しかも下級武士社会の教養もこの程度であった。
 一部を除けばそれほど高くはない。

 江戸時代は社会的弱者には冷酷だった。
 これらの原因はほとんどが「貧しさ」からきている。衣食住が最低限でなんとか生きていた。
 トイレ事情とか、識字率とか、外国の庶民と比べると良いようでも、全体的には威張れるほどではない。
 蟻地獄のごとく、全国から若者を吸い上げながら、多くは独り身のまま、老いる前に死んでしまう。
 過去の時代だから劣悪は当然で、「江戸はユートピアではない」ということ。
 現在、日本の教育は劣化していて、先進国では最低と言われている。もはや先進国ではない、という人もいる。この本に書かれていることは、現在も一部分当てはまるかもしれない。
posted by たくせん(謫仙) at 07:41| Comment(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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