2007年07月17日

中国武将列伝

    田中芳樹   中公文庫  2000.1
 ほとんどの人物は知りません。こんなにもわたしの知らない歴史上の人物がいることに愕然とします。
        chongguowujiang.jpg
 井上祐美子さんが、日本人は中国の歴史を知っているようで知らない、試みに知っている歴史上の中国女性の名を10人あげて見なさい。と言っていました。
 わたしは、例えば「武則天・西太后」なども名として数えて見たところ10人は越えましたが、20人にはとても届きません。
 同じことを他の国例えばアメリカ・インド・エジプト・ドイツなどでも、とても10人には届きません。1人も知らないと言っても過言ではありません。他の国も同様です。それどころか日本でさえ……、意外に少ないものです。恥ずかしながら。
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 内容は、俗説をできるだけ排除し、史実に近いことを書いているようです。
 例えば諸葛孔明について、
 諸葛孔明という人は、そもそも劉備の本営で作戦指導にあたったということは一度もありません。だいたい劉備軍団とでもいうべき組織ができあがったのは赤壁の戦い以後なんですけれども、それ以来、劉備の本営で作戦指導にあたったのは「ほう統」です。西暦208年からですね。その「ほう統」が214年に戦死すると、それ以後214年から220年までは法正が本営で作戦指導にあたります。で、この二人が死んでから、劉備はぱたっと勝てなくなるんです。
 この二人がいた間は勝っていたんです。このほう統と法正に関しては正史の「三国志」のほうにも謀将とか某臣とかいう表現が使われていますが、孔明のときはそれは一回も使われていません。

 つまり「三国志演義」の諸葛孔明は史実に遠いし、そもそも軍師でさえないということです。
 赤壁の戦いについても、
 曹操が勝っていたら南北が統一されて中国に平和が訪れた。「孔明」や「周ゆ」が余計なことをしたから乱世が続いてしまった。
という、貝塚茂樹説を紹介しています。

 それから、中国史上では名将・名宰相は沢山いるので、中国国内における諸葛孔明の知名度は低く、逆に日本人が諸葛孔明しか知らないと、知識のなさを暴露することになるようです。
「もし、坂本龍馬も織田信長も知らない外国人が、平家物語が一番おもしろいと言ったらどう思うか」
 つまり岳飛も項羽も知らない人が、三国志が一番いい、と言っても通じないわけで、「岳飛や項羽より諸葛孔明のほうが…」と言うことになれば、自分の意見と認めてもらえる、と解釈しました。
 専門家の意見はどこかで出ているのでしょうが、わたしのような凡人の目にとまることはなかなかありません。結局、売れた小説によって歴史を知ることの危うさを知り、そのことを自覚していなければ、ということでしょう。

取りあげられた人を何人か紹介します。
孫武・呉起・白起・韓信・霍去病・葦叡・蘭陵王・張須陀・岳飛・韓世忠・袁崇煥
 どこまでご存じでしょうか。
posted by たくせん(謫仙) at 07:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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