2024年08月20日

民主の国とは

 幸福な監視国家・中国 の続きを、加筆して独立させた。

 以下はわたし(謫仙)の考えていたことである。
 中国といえば共産主義国家と思う人が多い。だがそれは違う。支配する中国共産党は、組織の看板として共産主義を掲げているだけだ。
 中国共産党が共産主義になれない理由は判っている。
 共産主義にはまず民主化しなければならない。民主化が共産主義のスタート台だ。これができていない。そして国民の生活を支える経済力だ。
 日本はすでにそこから踏み出している。第一歩は、国民皆健康保険だ。第二歩は年金だ。それから失業保険。これら社会保障はソ連と向き合っていたころ充実させた。そして経済力が勝るため、ソ連を遙かに凌駕する共産主義政策となった。
 最近ではベーシックインカム(ベーシックインカムとは)が考えられている。しかし、そのマイナス面もあり、導入は当分ないだろう。
 将来生産は全てロボット化して、失業率が3割を超えるようになると、導入が必要となろう。もっと前かな。
 専制主義→ 資本主義→ 社会主義→ 共産主義、だが、自称「共産主義国」はいまだ専制主義のままである。共産主義社会は視界にも入っていない。
 西方極楽浄土や天国では、資本主義が機能しているとは考えにくい。共産主義に思える。当然ながら名前は異なるだろう。このことから共産主義は実現不可能に近い理想社会と思える。

 警察は無犯罪を目指し、消防は無事故を目指す。達成するのは不可能だが、無駄ではない。
 多くの人は自由平等を目指す。達成するのは不可能だが、その運動は無駄ではない。
 共産主義は社会の目指す理想でもある。しかし不可能ではないか。不可能であっても目指す意味はある。目指す努力を怠ると、専制主義に逆戻りしてしまう。

 漢民族の支配者は4千年(実際は3千年程度ではないか)の帝国主義思想に支配されていて、帝国主義の範囲でしか考えられない。民主でも法治でも、帝国主義の範囲内での話になる。
 もっとも台湾や香港や華僑は西洋的な民主を考えることができる。
 中国ではしばしば、警察組織が、反社的組織と親しく思えることがある。そのため地元警察は信用できなくて、中央に訴え出ることがある。
 ただし、中央政府も信用されているわけではない。

 現在では中国外の西欧的な市民社会にも、非民主の陰が忍び寄っている。民主疲れとでも言うか。負担軽減(つまり利益)を求めすぎてしまうのだ。原因はソ連が崩壊し、非民主国との競争の必要度が低くなったことだ。
 日本の総選挙では表面だけでも一千億円以上かかる。選挙を止めれば一千億円が浮く。全てにそう考えると、経済的負担は軽くなるが、国家機能に大きな傷ができる。民主化していない中国ではこの傷が大き過ぎるように思える。

 日本でも、国民の生活を支える経済力に陰りが出ている。放漫財政のためだ。企業の体力が弱くなると、株価は下がる。これを強引に株価だけ上げても体力は回復しない。原因と結果を取り違えたのが、現状ではないか。
 かつてインフレ率2%を目標にしていたが、仮にそれが正しいにしても、2%は経済を健全にした結果としてそうなるべきで目標ではない。
 インフレ政策の目的は、借金(国債)の事実上の返済だ。

 医者が熱を出している病人の温度計を37℃にしても、いや体を冷やして体温だけを正常にしても、病人は回復しない。病人を回復させた結果、体温が正常に戻らねばならない。

 間接的ではあるが、
 サピエンス全史 ホモ・デウス 続き に続く。
posted by たくせん(謫仙) at 08:01| Comment(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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