来年の大河ドラマは紫式部。それでこの本を思い出した。紫式部が碁を打っていたことは知られている。源氏物語を読んでいても、碁の場面があり、記述は正確だという。ただし訳者が碁を知らないと、変な訳になることがある。
現代でも小説で碁を記述するシーンがあるが、碁を知らない人の記述は、どこかおかしいことが多い。
わたしは大河ドラマに期待している。
篠田達明 徳間書店 1998.12.
烏鷺寺異聞−式部少納言碁盤勝負
前に、次のような文を書いた。
わたしの完敗した一局を紹介しよう。わたしの黒番である。
……。もうひと隅の小目の黒に、白は「氷河倒瀉」でかかってきた。わたしは「朝天一柱香」で受けたが白は「千里流砂」に変じた。
そうなると「朝天一柱香」の位置がなんとなく重いので、「白砂青松」でかわそうとしたが、白は「及時驟雨」で追撃してくる。
このアイディアは自慢であったが、なんと同じアイディアですでに本が書かれていた。(ちなみにこれらの技の名は架空である)
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紫式部と清少納言による囲碁五番勝負である。
時は…、もちろん両者の活躍していた時。
当時すでに碁が盛んであったことは、「源氏物語」や「枕草子」で知られている。
さて。
高明流の名手で、胸突き式部といわれる紫式部。
伊勢流の凄腕で、殺生納言といわれる清少納言。
この二人が烏鷺寺で五番勝負を行うことになった。
この理由は、占いが力を持っていた平安時代ならでは。
つまり、この碁に勝つと、皇子を授かるとか。
政界の実力者、藤原伊周(これちか)と左大臣藤原道長の争いに巻き込まれたが、巷ではあちこちで大金が賭けられ、どちらが勝っても大騒ぎになりそうな雰囲気である。
「鴎の墜落」、「烏の大崩し」、「雀の小崩し」、「寝たきり鷲」、「狂乱家鴨」、「女郎花の散策」、「戦う鴛鴦」、「桔梗の嘲り」、「頬白踊り」、「仏の座の転落」といった技が駆使され、盤上では熱い戦いが繰り広げられるが、なんと、これが二人の相談による八百長勝負。その目的は、道長の強引なやり方に対する反発。言葉や行動ではその場で消えてしまうが、棋譜に残せば永久に消えない。
そこで碁盤に文字を書こうとするのだ。
途中、双方からの買収や妨害工作などに邪魔されながらも打ち終え、道長の魔の手から逃れるため都落ちする。
夢中になって読んでしまった。
いくつかのキズを指摘できる。だがそのキズを補ってあまりあるアイディアがある。
まずここでいつもの如く5目半のコミ碁が打たれること。コミ碁は昭和になってできた制度で、平安時代にはなかったはず。公平にするため立会人が考え出したとすればよい。
上手が白をもつこと。この時代は上手が黒を持ったのではないか。異説もあるが、少なくとも白とは決まってはいなかったはず。
「そもそも、二人が仲良しだとか、その二人が碁を争ったり、碁の流派や技の名があるとか、無理な設定があるのを無視して、そんなことを批判しても…」、という意見もあろうが、それはこの本の設定であって問題ではない。上のようなことは本の設定では決められないことだ。
というわけで、こういう枝葉のことをきちんとしておくと、本筋の大嘘が生きてくる。
碁に興味のある人にはお勧めである。
なお、烏鷺(うろ)は碁の別名。手談(しゅだん)・爛柯(らんか)も同じく。