2007年08月07日

雲外の峰

  陳舜臣   二玄社   1989.2
 わがブログ「雲外の峰」の名前はこの本からとった。
 わたしの好きな蘊蓄を傾ける本である。中国の歴史の教科書を読むより、よほど中国の歴史に詳しく面白い。
         ungainomimeqin.jpg
T部
「明代とのつながり」では、宋から元をえて明につながる庶民のくらしをとりあげる。
 宋の清明上河図にみられる庶民のくらしは、貴族時代が終わりを告げ、庶民の時代が始まったことを告げる。
 宋は科挙が定着したことでも知られている。それまでは貴族の子弟が優先され、庶民は学問だけではなかなか合格しなかったのだ。それが宋代になり学問だけで誰でも合格できるようになった。
 そして経済的には空前の繁栄をしている。文化も現代に通じるという。その前の時代の文化は違和感を感じるというのだ。

「明という時代」では、功臣を次々と粛正した暗黒面を解説する。
 この恐怖政治が300年もつづいたのは不思議。おそらく時代の陰湿さは、庶民にはそれほど影響がなかったのではないかと推察する。
 明の栄華の象徴は宦官の鄭和だ。ヨーロッパの大航海時代をはるかに上回る大航海をおこなった。
 そして滅亡の象徴は宦官の魏忠賢だ。魏忠賢のために有能な臣を大量に失い、国事に対処できる者がいなくなっていた。

「明朝の興亡におもう」では、上の原因となった皇帝の資質にふれる。
 王朝創建の洪武帝はもちろん有能であった。だが大粛正で暗い世になった。クーデターで皇位を奪い北京を都にした永楽帝(三代)は、鄭和に大航海を命じ、経済的負担は大きい。
 次の洪煕帝と宣徳帝は人々に休息を与えた。この10年間が明の黄金時代となった。
 それ以降は暗君ばかり。ただひとり弘治帝だけが名君といえるが、それは18年間であった。
 暗君といえば、25年間も朝廷に出なかったとか、私財を積むため官位を売却したとか、信じられない暗君ぶり。
 しかも明朝は宰相を置かなかった。皇帝が宰相を兼ねたのだ。権力の集中である。そして暗君の時代がつづけば、国の崩壊も当然。
 北に金が再興され、清と名を変え南下を始めると、皇帝は、国防の中心となっていた袁崇煥を殺してしまう。清の侵略を防ぎ、軍人の心の支えであった人物だ。疑心をもつと確認せず処刑する。続いて有能な軍人を排除しようとし、かえって、清に追いやってしまう。
 有能な軍人がいなくなり、紫禁城に賊軍が入っても、皇帝を守ろうとする者はひとりもいない有様となった。

 明朝に対照的なのが清朝であった。名君が続出して、空前の大帝国を築いた。
 たとえば摂政王ドルゴン(海東青参照)のように。
   ここまでで60ページ。

U部では、中国史の諸々に対して、蘊蓄を傾けるエッセーがつづく。紹介しきれないので題名だけを載せる。
 肩の荷・なぜ人物論か・三国志と私・詩人の旅・秦婦吟・西遊記雑感・林則徐と語学・西郷隆盛と李鴻章・茶館の時代。
 最後の茶館は老舎の「茶館」のこと。前門の近くに「老舎茶館」という寄席があります。

V部では、文化の解説である。
「魚文」では古代の美意識や、出土品などの解説。青銅器にはなせ魚の模様が少ないのか。それなのに古代は魚に関係が深いとか。焼き物に多いとか。
 日本の焼き物は個人技とみなされる。だから名工の名が伝わる。中国はシステム生産であり、窯の名が伝わる。
「黄河文明展」では汗血馬を求める話。
「壁にえがかれたもの」では屈元「天問」の話がある。天問は壁画に対する疑問を並べたもので、だから答えがないという。たとえば太公望の話がある。
 太公望が肉屋の店先で肉を捌いている。その店先に文王が来て、政治の道を聞く。その絵に対して、「どうして文王は彼を知っていたのか」
 馬王堆の絵・章懐太子墓壁画・永泰公主墓壁画・敦煌壁画などの解説がある。
「雲外の峰」を取りあげよう。
 斉白石という画家がいた。資質もあったが、たゆまぬ努力でみずからの芸術を完成させた。
 先人の絵を模写し、そこから抜きんでて、
   天地の造化を観る
という境地に至る。その心境を「雲外の峰」と形容した。
 雲外の峰は地上の人には見えにくく、しばしば誤解されることもある。同輩の罵ることも恐れず信念を貫く。だが天狗にはなっていない。

 そのほか、磁器・絵画・白鶴美術館などの解説。

W部では、日中交流の歴史を書く。
 古代のお金は宝貝であった。これは沖縄地方で採れる。当然交流があったであろう。
 倭の女王が献上した奴隷はどのような人かという推理。
 鑑真和上の来日の意味。唐招提寺の解説。なお「招提」とは私立の寺のこと。「寺」とは官立の寺のこと。
 空海の才能の背景の推察と当時の唐の様子。
など

 これらはどれを取りあげても、興味深い話ばかり。今まで書庫に取りあげなかったのが不思議なほどである。
 前に読んでから長い時間がたっていて、インターネットを始めたころには、題名だけしか覚えていなかったのだ。
posted by たくせん(謫仙) at 06:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「雲外の峰」のタイトルはいいなとと思っていました。
先人の絵を模写し、そこから抜きんでて、
天地の造化を観るという境地に至る。

良いものを、取り入れ、更に発展させる・・・
吸収するだけでも、大変な凡人とはちがいますね。

同輩の罵ることも恐れず信念を貫く。
だが天狗にはなっていない。

こちらも、こうありたいですね。
人を気にして、つい自慢したくなるのが人間の習性のようです。

「雲外の峰」・・・
おおきな峰ですね。
Posted by オコジョ at 2007年08月12日 08:54
初めは「たくせんの…」としたのですが、「雲外の峰」だけで充分と思い、たくせんのを取りました。
わたしにはできないことです。しかし、そういう具体的な箴言があれば、目標になります。努力するだけでもいいのではないか。
自慢しても天狗にはならない、そんな気でいます。

それはともかく、陳舜臣さんの書いた小説ともドキュメンタリーともいえるような、こんな話が好きです。
陳舜臣さんはミステリー作家と言われていますが、それらはあまり読みません。こういう歴史小説はずいぶん読んでいます。
日本語表記でさえ教わることが多々ありました。
Posted by 謫仙 at 2007年08月12日 17:47
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