白 小龍女
盤上には、小龍女の好きな「天羅地網勢」が完成している。
黒▲を打ったところ。小龍女はしばらく考えて白1、ここが劫になっては争えないと思ったので黒2。
近頃の碁石は白と黒ばかりではないようだが、碁石は基本的には白と黒だ。白と黒といえば結婚式の色でもある。白無垢の花嫁と黒服の参列者。
白無垢の花嫁衣装を「どんな色にも染まります」という意味だ、という俗説があるが、白は死の色である。死者には白の経帷子を着せる。修験者や巡礼が白い着物を着るのも無縁ではあるまい。
花嫁は死者として白無垢を着る。そして生家を出て、婚家でお色直しをしてよみがえる。
龍ちゃんはいつも白い服を着ている。それでわたしたちは小龍女と呼ぶことにした。
小龍女の棋力はわたしとほぼ同じくらいと思えるのに、5級の人と打っても、盤面に差はない。
聖姑は「小龍女は勝ちたいという意欲がなかった」と言う。まるで持碁を目指しているようだ。それがわたしと打つようになって変わってきた。勝つ喜びがよみがえったのだ。そして今日は、小さな赤いリボンで、腰まで届くような長い髪をまとめていた。
白1・黒2、黒はここではもう盤面でも怪しい。こんなのんきな手を打っている場合ではない。それどころか投了の場面だ。
「左辺をなんとか先にヨセて、この劫をがんばっていかねばならなかったなあ」
コウダテもないのにそんなことを思っていると、白3がきた。
ここに至ってもまだ判らないのは、我ながらめでたい(涙涙)。
黒4白5になって、ようやくこの一団の黒が死んでいることに気がついた。
隣にいた聖姑は言った。
「もう三十手も前からそこには手があって、いつ気がつくかと思っていたけど、ついに気がつかなかったわね。もっともそこが生きても、とても勝てないんだけど。龍さんは、前なら、外から詰めて活かして数えたんだけど、今は勝っていても殺しに来るようになった。白無垢の巨大な地ができあがった」
だが30手の間、細かいヨセを打っていたのは、黒の一団を活かして数えたかったと思える。わたしが気がつかないので、仕方なく取りかけに来た。そう思えるのだ。