黒 靖
今日は珍しく靖さんの登場。
棋力はわたしに先二くらい。いつもわたしの白番で白コミ出しで打っている。
この半劫が最後で、細かいながら白リードしていると思う。
靖さんは北陸の酒蔵の営業をしている。年に数回東京に出てくる。ご存知のように酒を造っている蔵元の製品は一種類ではない。有名な◯◯舞でも下は四合瓶で千円程度から上はン万円のものまである。
靖さんのところでは最高級品の「桃花有情」はかなり高価で売れているが、◯◯舞には手が届かない。しかし、挑戦はしている。その試作品に「謫仙」と名を付けた。非売品である。始めたのは創業130年のとき。それで「謫仙酒130年物」と称している。
試作が始まったころ、まだ東京では「桃花有情」も売れない時に試飲したわたしは、その場で「桃花有情」を10本買って、専用の冷蔵庫に保存した。それ以来、毎年試作品の「謫仙」を届けにくるのである。非売品と言っても相当の謝礼は出す。今回は5本。
「謫仙」は「桃花有情」よりうまい。よくできた原酒のうまさだ。少量しか作れず、毎年味が変わるので、一般に売り出せないという。味が変わるのは毎年工夫を加えているからだ。
その試作のおかげで、他の酒の質が上がった。そのため「桃花有情」などが今でも値崩れせずに売れている。
さて、わたしが白1と打つと黒2とのぞかれた。前に読んでいてここは手がないと思いこんでいて、手拍子で白3と打った。そこで黒4。うわっ耳赤になりそう。それは読んでいなかった。もう無条件活きはないようだ。コウダテも少ない。投了した。
「靖さん、この間のメールだが」
「インターネットで次のような話を見つけた。正しいだろうか」という靖さんからの問い合わせが数日前にあったのである。
…………………………
「ルール問題に詳しい方なら巨大墓場というのをご存知かと思われますが…、」と言い、ここで終局した、黒は規約によって活きであるというのだ。その根拠は、
第七条(死活)
1 相手方の着手により取られない石、又は取られても新たに相手方に取られない石を生じうる石は「活き石」という。活き石以外の石は「死に石」という。
つまりこの黒石は打ち上げられても、そのあとに「新たに相手方に取られない石を生じうる石」である。たとえば次の図(謫仙作)はおそらく黒は活きるであろう。
だから規定により元の黒は活きと主張する。
…………………………
「それで考えてみたのだが、この規定はウッテガエシを想定している。石の下などは石を取って取り返して終局になる、実戦処理だな。そこで次の規定を考えてみた」
第八条(地)
一方のみの活き石で囲んだ空点を「目」といい、目以外の空点を「駄目」という。駄目を有する活き石を「セキ石」といい、セキ石以外の活き石の目を「地」という。地の一点を「一目」という。
第九条−1(終局)
一方が着手を放棄し、次いで相手方も放棄した時点で、「対局の停止」となる。
第九条−2
対局の停止後、双方が石の死活及び地を確認し、合意することにより対局は終了する。これを「終局」という。
第九条−3
対局の停止後、一方が対局の再開を要請した場合は、相手方は先着する権利を有し、これに応じなければならない。
「これからすれば、対局の停止のあとダメを詰める。これによって生死を確認する」
ダメを詰めなければセキ扱いだ。
「ダメが詰まれば巨大墓場の黒石は打ち上げられますね」
「黒がそこで手があるから対局の停止場面で活きと主張すれば、白は対局の停止の場面に戻って、対局の再開を要請することになるだろうな」
「白が再開を主張すれば黒番ですね」
「おそらく黒はパスするだろうなあ」
「そうなると、白はダメを詰め、打ち上げ、黒はたとえば左上星と、対局は続けられることになりますか」
聖姑は言う。「そうでしょう。すでに40目(アゲハマ+地)の差があって、勢力は白が圧倒しているので、黒が勝つことは至難の業でしょう」
「現実にありえないので、ルールは問題ない、か」
対局の停止 −地の確定のためのダメ詰め −死活の確認 −合意が得られなければ対局再開、これを繰り返して、合意すれば終局となる。
この解釈で間違いは無いだろうか。諸先達のご高評をいただきたい。
小龍女が「それは巨大墓場って言うんですか」と言う。
「初めて聞くがそうらしい」
「わたし、子供のころ大きなお墓に住んでいたんですよ」
「ええっ」「お墓?」
一同が小龍女を見た。
「白い服もそれが原因かい」
小龍女は首を振ると台所に立って、小東邪(未紹介)と食卓の準備を始めた。
「靖さん、車は」
「もうホテルの車庫に入れてきました」
「では今年の謫仙酒の味見をするとするか」