2007年11月22日

呉清源

   江崎誠致  新潮社  1996.2
 坂田と並び、囲碁史上の1・2位を争える棋士である。
 昭和三年の秋十四歳の時、瀬越憲作七段などの労によって来日した。ところが来日して間もない昭和六年に満州事変が勃発した。いかに囲碁修行に専心しようとも、十七歳の中国の少年に、影響を与えないはずがない。
 碁の修行をしながら宗教にも力を注ぐようになる。
 宗教に関しては理解してやれる日本人は少ない。

 呉清源はこう言っている。
 指導碁で先生に勝てたのは、本当に勝ったのではない。それを気付いているかどうかが、勝負になっている。本当に勝ったのと思うのは迷信である。
 宗教に対しても、
 欲望に基づいた信仰は迷信である。

 呉清源は木谷と一緒に新布石を打ちだした。
 従来の記憶による上達法から思考による上達法へ、碁を進化させたという。
 その後数々の十番碁をことごとく勝ち抜き、時の第一人者本因坊さえ、打ち込んでしまった。
 戦後の碁界は十番碁は脇役になり、タイトル戦が中心となる。ところが名人戦が始まるとき、昭和36年に交通事故にあう。その後遺症もあり、成績は良くても、トップに立つことはできなくなった。そのため、称号はない。
 現在も高齢ながら、新しい碁を目指している。
posted by たくせん(謫仙) at 20:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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