2008年01月12日

炎天寺と小林一茶(下)

 小林一茶(1763〜1828)は、江戸時代を代表する俳諧師の一人。本名小林弥太郎。長野県柏原宿の農家の生まれ。
 十五歳で江戸に行く。二十歳のころ俳句を学びはじめる。二十九歳の時故郷に帰る。
 三十歳から三十六歳まで俳句修行の旅。
 三十九歳の時故郷に帰り(三年間はどこに)、また(三度?)江戸に出て(いつ?)〜五十歳に故郷に戻り、永住する。

 わたしはいままで、小林一茶は信州の人だと思っていたが、長い間江戸にも住んでいた。
 竹の塚はすまいではなく、遊びに訪れたことがあるだけだ。しかし、炎天寺(六月村)や竹の塚で発句している。そのため、1962年に炎天寺に「蝉なくや…」の石碑が建てられ、一茶まつりが始まった。翌年1963年から、全国小中学生俳句大会が始まっている。
 炎天寺に小さな池があり、そのまわりは一茶にまつわるコーナーになっている。

15-07.12.22 010.jpg
   蝉なくや六月村の炎天寺   一茶

10-07.12.4 052.jpg
 小池ありあちらこちらに石蛙。
   やせ蛙まけるな一茶是にあり  一茶

11-07.12.4 053.jpg
 この像が一番大きい蛙かな。

13-07.12.22 011.jpg
   一茶いてなんの力ぞやせ蛙   謫仙

14-07.12.22 017.jpg
 殿様も小さな池を一望す。

18-07.12.4 051.jpg
 一茶像、黄金の光に包まれて。美しい黄葉でしたがお隣さん。

   黄銀杏の一茶まつりの子にあまねし   吉本忠之

28-07.12.4 049.jpg
 大木の銀杏はとなりの八幡宮。


   むら雨や六月村の炎天寺
もここで発句したといわれているが、句碑はなかった。

次は一茶発句全集より。
痩蛙まけるな一茶是に有 七番日記 化13 (出)『浅黄空』前書き「たゝかひを見て」
『希杖本』前書き「むさしの国竹の塚といふに蛙たゝかひありけるに見にまかる四月廿日也けり」

 生涯に二万句以上。

 掲載の写真は、黄葉のころと葉が落ちた後とが交じっています。

追記
 長野県小布施のある寺の説明に、その寺で4月20日の蛙合戦を見て読んだとある。無断転載禁止とあるので引用しませんが。
posted by たくせん(謫仙) at 14:50| Comment(6) | TrackBack(0) | 山房筆記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
竹ノ塚にある炎天寺は蛙がたくさん居ますね〜そう言えばお寺さんって蛙とか亀などの置物が多い気もしますね。
身近な場所を改めてデジぶらしてみるのも楽しめますね♪

一茶いてなんの力ぞやせ蛙
たくせんさん、素晴らしい力作"^_^"


Posted by 千春 at 2008年01月14日 17:38
このあたりは千住の在といわれて、農村でした。
だから、蛙などいくらでもいたことでしょう。しかし、今は住宅地に囲まれてしまいました。
20年前、わたしが越してきた当時は、まだ田畑がいっぱいありましたよ。今でも畑はあちこちにあります。
もっとも蛙が住む環境ではなくなりました。
亀や蛙の置物は、お寺に放生池があったなごりでしょうか。
わたしが注目したのは、ひとつの敷地に神社と寺が並んで建てられていること。ふつう狭くても分けていますよね。
Posted by 謫仙 at 2008年01月15日 08:24
小布施の岩松院では「痩せ蛙まけるな一茶これにあり」は
岩松院で作られたといっていますね。
作ったとされる日には岩松院にいたと・・・
作った日が正確か・・・

病弱な長男が病気に負けないようにと・・・
この池は小さな池です。
本堂に色とりどりのカエル・グッズのコレクションが
あります。

岩松院は福島正則の菩提寺ですが、一茶や福島正則より
葛飾北斎の書いた、本堂の21畳の大広間の天井の
鳳凰図のほうが有名です。
何度も見ていますが、みごとなものです。

一茶は晩年は北信濃ですが、江戸にいたほうが長いですね。
信濃の片隅では地方俳人で終っていたのでしょうね。

西新井大師には行きましたが、炎天寺はしりませんでした。
それにしても、たくさんのカエルがいますね。
東京で一茶を大切にしているお寺があるということは、
信州人として、嬉しいことです。
Posted by オコジョ at 2008年01月15日 15:30
日付は竹の塚で蛙合戦を見た4月20日の2年前の4月20日ですね。
偶然の一致でしょうか。桜や紅葉とは異なり、4月20日では江戸も信州も似た気候でしょうから、今から検証するのは難しそう。竹の塚では見たとだけで、句を作ったとは書いてないようです。
>葛飾北斎の書いた、本堂の21畳の大広間の天井の鳳凰図
これはかなり前ですが見たことがあります。先に部屋に入った人が寝転がって天井を見ている。「こうして見るんだ」と。
最近はこのスタイルは禁止していますね。訪れる人も多くなったのでしょうか。
北斎晩年の傑作。90歳ころではなかったかな。
Posted by 謫仙 at 2008年01月16日 09:26
ここで一茶の像に出会えたとは、有難い。
俳画を描くのに参考になります。
小田急線ですから、竹塚へ一度スケッチに
出かけます。
有難うございました。

中村 作雄
Posted by sakuo at 2008年08月23日 13:33
中村 作雄さん。
炎天寺は住宅街の中で昔の面影は失われているかも知れませんが、吟行に訪れる人が多いようです。都内では一茶に一番縁の深い寺でしょう。
駅から歩いていけるので、ゆっくりどうぞ。近くの長屋門も一見の価値があります。その前の道はむかしの奥州街道だったとか、近くなので足を伸ばしてみてください。
Posted by 謫仙 at 2008年08月24日 07:10
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック