2008年03月24日

小石川後楽園

 何十年ぶりかに後楽園に行ってきた。
 正門から入ると大きな池があり、左の方に回ると高みに登ることくらいしか記憶にない。今回は東の門から入ったため、記憶とは全く違う公園に思えた。ここは梅祭りの時だけ開門。
 入ったところは内庭で、ここにも小さいが池があり、島もある。記憶とはまるで違う。
 少し奥にはいると大きな池があり、その縁を歩いて梅園に向かう。
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 九八屋(くはちや)
 説明板には、
 江戸時代の風流な酒亭の様子を復元した。この名の由来は「酒を飲むに昼は九分夜は八分にすべし」と酒飲みならず万事を控えるを良しとする、との教訓による。戦災により焼失したが昭和三十四年に復元した。
とある。「酒飲みならず」はママ。中は、中央にテーブル回りは長いすで囲む。

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 田端、手前の田は稲田で、奥は菖蒲田。
 二代光圀が嗣子綱條(つなえだ)の夫人に農民の苦労を教えようと作った田圃で、現在は文京区内の小学生が五月に田植え、九月に稲刈りを行っている。

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 ちょうど梅の時期一部満開の木もあるが、全体は梅園の名が寂しいほど。梅は木によって、時期が異なるためだ。桜のようにはならない。

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 梅園の入り口、ここが一番きれいだった。

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 梅園内では咲いていたのはここだけ。後はちらほら。

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 円月橋
 石橋である。ここから見ると満月のように見える。

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 得仁堂
 光圀が建てた、園内最古の建物。光圀が感銘を受けた、伯夷叔斉の木造を安置した。但し見えない。
 二人は殷周革命の時の人物。周の武王の革命を非難し、「周粟を食せず」と山に入り餓死した。当然、この行動には賛否両論がある。

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通天橋
 京都東山の東福寺の通天橋に見立てた。東福寺には行ったことがあるが、通天橋は記憶にない。

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 屏風岩、園内に珍しい枯山水である。

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西湖の堤
 杭州の西湖の堤(蘇堤・白堤)に見立てた。「西湖の堤」の先駆けになったという。
 確かに直線の道は日本では珍しいが、イメージは違うなあ。もっとも今の蘇堤・白堤はこの造園当時とはかなり様子が違うと思われる。

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 ここで琴と尺八の合奏が行われていた。二人ともかなりの腕前。
「首振り三年」と言う言葉を聞いた。尺八は穴が少ない。上に四個下に一個。そのままでは出せる音が少なく首を振ることにより音を変化させる。それで自在に音が出るまで三年。更に穴の抑え方でも変える。
 長短二種の尺八を使っていた。
 琴・尺八・三味線などの音楽を邦楽と言ったはずだが、先日レンタルショップに行ったら、浜崎あゆみたちまで邦楽となっていた。浜崎あゆみが邦楽百選に選ばれるかな(^_^)。
posted by たくせん(謫仙) at 07:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 探花・探鳥 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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