2008年04月10日

楊家将

   北方謙三  PHP研究所  03.12
 中国では「三国志」と人気を二分する「楊家将」。あまりのスケールに誰も手をつけられなかった物語が、新たなる命を吹き込まれ、いま動き始める!!
 建国の苦悩の中にある宋国を懸命に支える楊一族の熱き戦い。

 というのだが。
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 時は、太平興国の4年(979)ころ。五代十国の最後の北漢が滅びようとしていた。その北漢に仕えていた楊家の当主楊業とそれぞれに特徴のある七人の息子。当時楊家は北漢の武力の要であった。
 ところが北漢は宋に攻められ滅びようとしていたのに、出陣命令がなかなか来ない。楊家に手柄を立てさせたくない、官僚のねたみ心である。
 国土は蹂躙されて、ようやく出陣することになったが、すでに遅し。しかも楊家軍が宋と戦っている時、楊業は都の皇帝に呼び出され、殺されそうになる。忠義のかいなし、と楊業は宋に下り、ここに北漢は滅びる。

 以後楊家軍は宋の北方の守りの要となり、遼(契丹)と対峙する。
 宋を占領しようと狙う遼には名将耶律休哥がいた。この耶律休哥と宋を守る楊家軍の壮烈な戦いのドラマである。
 北漢滅亡の戦では、宋軍は2代目太宗が親征していたが、そのナンバー2が八王で、初代太祖の子である。そして将軍の中に潘仁美がいる。
 太宗は、楊業に「遼に占領されている燕雲十六州を取り戻したい」という希望を言う。しかし耶律休哥がいる限り、それは不可能であった。

 ここでは三千とか五千とかの騎馬隊を動かすシーンがあり、圧巻である。北方小説の特徴がそこに凝縮されている。
 わたしは原本を知らないので、迷うことがある。イキイキとした登場人物は「楊家将」の常識か、著者が付け加えたのか。
 三国志では、非常識で乱暴者、気にくわない側近はやたら殴り殺して劉備に注意された張飛が、北方三国志では部下思いの名将となった。
 水滸伝ではアウトローの群れが二十世紀後半の情報戦を思わせるほど緻密に活動する。まるで精神構造がタイムスリップしたような展開だ。通常の水滸伝と北方水滸伝は別物である。
 そこでこの楊家将だが、通常の「楊家将演義」にメリハリをつけたものか、別物か。それが判らないと楊家将の話をしにくいのだ。まして北方楊家将だけに登場する人物がいたとすると、話が合わなってしまう。
 まあ史実はどちらに近いかは、別な話になる。
 太平興国の4年(979)に北漢は滅びた。この年、宋は2代目太宗の4年目である。

 これから史実を少し書く。なお西暦と中国歴は多少の差がある。新年の時期が違うので、ずれるかも知れない。
975 南唐が亡ぶ。
 この時の宋軍の副将が潘美。
 将軍の曹彬は「自分にとっては大変な任です」というのに、副将の潘美が「こんなものお手軽です」と言ったため、太祖は将軍の曹彬に「大将の仕事は出しゃばりの副将を斬ってすてれば済むんだ」と言ったとか。
976 太祖が崩御し、二人の皇子を押しのけて、太祖の弟の太宗が即位。(太宗が殺したともいわれていて、皇位継承も疑わしい。千年のミステリー)
978 南唐後主 李U死す 42歳
 一説に毒殺されたという。言論では殺さない宋の例外ともいわれ、はっきりしない。なお中国の高官の死刑は毒死である。江戸時代の切腹に相当する。
979 北漢が亡んで、宋は天下を統一。ただし、いまの北京を含む燕雲十六州という広い地域が、遼の領土であった。
 この年太祖の子 趙徳昭 自殺。
981 太祖の子 趙徳芳 没す。(八王とは徳芳らしい)
 こう見ると、太宗はかなり問題があることが判る。しかし小説ではまるで名君のように書かれている。もちろん庶民にとっては名君ではあるのだが、史実が引っかかる。
 太宗は八王を次の皇帝として大事に扱っているが、二人の太祖の子は、太祖の死後、相次いで不審な死に方をし、それ以外に太祖の子はいなかった。
 燕雲十六州を取り返すと言って進軍するが、宋の建国の時からすでに遼の領土であり、この場合は宋が遼を侵略するということになる。遼から見れば侵略に対する防衛戦である。
 潘仁美は楊業を死に追いやる人物である。
 楊家の守りの中心は雁門関であるが、本拠地はその北方に広がる。雁門関といえば金庸の小説「天龍八部」の重要な舞台である。そのころは雁門関の北は遼の領土になっている。

 ときどきふっと思うことがある。情報の伝達手段だ。楊家と都開封の連絡手段は確保した。しかし、その他はどうか。戦場で斥候が、
「敵の全力疾走している騎馬団三千騎があと二刻(1時間)でここまで来る」
などと報告する。この斥候はどのようにしてその情報を知り、疾走する騎馬軍団より速く陣まで来ることができたか。この謎は説明されない。

 最後は、楊業が囮のようになって、敵軍を谷に引きずり込んだのに、伏せていたはずの潘仁美の軍が、勝手に逃げてしまったため、楊家軍は孤立し壊滅してしまう。もちろん楊業は戦死して、この物語は終わる。
 
 一応史実としては、潘美(潘仁美)の下で副将として出陣し、潘美が非現実的な策戦をたて、楊業を無理矢理行かせる。死を覚悟して出陣し、敵の捕虜となり、食事もとらず敵陣で憤死したといわれている。
 その後も楊家軍は五世代にわたって戦い続ける。しかも楊家将演義では女将軍が輩出する。中には実在したかどうか怪しい人もいるが。
posted by たくせん(謫仙) at 07:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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