塚本青史 日本放送出版協会 04.2.25
春秋の末期、超大国晋は6氏族(六卿りっけい)によって、事実上国は分割されていた。
趙・韓・魏・中行・笵・知の6家である。特に知氏は晋を左右した実力者である。
晋公室は形だけであった。これは周王室が形だけ存在したのに似ている。
まず、笵氏・中行氏が他の四家によって亡んだ(追放された)。その後知氏は韓氏・魏氏を集めて趙氏を攻めた。
趙は晋陽城に籠城する羽目になる。籠城は三年に及んだ。ついに食糧が尽き、子のいる人は、他家の子と交換して食ったという。(おそらく子を食うの前に女たちも食ったのではないか、書いてないのは中国人にとって当然だから、と思うのだが)
趙氏は韓氏・魏氏と密議し寝返らせ、協力して知氏を滅ぼした。
そして、前403年、晋は趙・魏・韓の三国に分割された。これをもって戦国時代の始まりとする。
知氏は敵役であるが、そこに仕えた予譲は、仇を討とうと趙襄子を狙った。
この時の話が、 「士は己を知るもののために死に、女は己を愛するもののために化粧する」 として、伝わっている。
(以上、「戦国策」を基にした)
その趙氏の長が、この本の趙襄子(ちょうじょうし)である。
趙襄子の名は趙毋、「ちょうむじゅつ」と読む。毋は母(はは)ではない。「なかれ」である。中国の笑話にも母と間違える話がある。
なお、晋陽城とは今の山西省の太原である。数年前、建城二千五百年祭があった。
舞台は、子産が亡くなっで間もなく、そして孔子が魯を追放されたころである。
趙家で15人いる子供たちの中から、誰を総領にするかという、総領選びの話から始まる。
庶子であった趙襄子が十代半ばにして総領に据えられる。
晋における六家の消長。クライマックスは晋陽の籠城戦であるが、あまり重きを置いているとはいえず、そこに到までの軋轢こそ、この本の真骨頂である。
そして超大国晋が三晋(趙・韓・魏)となるまで。
さらに予譲の仇討ち。中行氏に仕えたのに、待遇が悪いので何もせず、悪役の知氏は待遇がよかったので、それに報いようとする。
だが、それだけではなかった。数代前に趙は滅びかけた。
趙夙(ちょうしゅく)から順に−趙共孟−文公に仕えた趙蓑(ちょうし)−趙盾(ちょうとん)−趙朔、この時一度滅びている−趙武(趙文子)が再興する−趙景叔−趙鞅−そして趙毋(趙襄子)と続く。
趙武は嬰児のとき殺されそうになる。
それを他人の子を犠牲にして、助かったのだった。その他人の子とは予氏だったという。予譲の恨みは、そこから来ているのであった。
同時に思想集団の冥家が道家・農家・墨家に別れる話もはいる。
うっかり書くと単独で成立してしまう話を、巧みに絡めて、必然性をもたしている。
著者塚本青史は「霍去病」「白起」など中国史における準主役クラスを克明に書いている。この趙襄子を含め、わたしは霍去病や白起の行跡を20歳前後に知ったが、詳しいことは全く判らなかった。塚本青史の筆によってようやく彼らの全体像がつかめたのである。
塚本青史の筆は無駄がない。息が詰まる人もいるかも知れぬ。だが、この方面に興味のある方は、寝食を忘れて読むのではないか。