2015年07月25日

「楊家将演義」完訳刊行記念トークイベント

 2015.7.17
「楊家将演義」の完訳刊行記念トークイベントを聞きに行ってきた。
 開演前に岡崎先生と話をする機会があった。
楊家将について、
 もともとは、小説として書かれたものではなく、講談などの種本なので、現代小説から見るとあちこち物足りないところがあるでしょうね。講談や芝居など、いろいろある話を演者によって作者によって変えたり膨らましたりして、いつの間にか原本とはかけ離れたものになってしまう。それを次の世代に原本と勘違いした作者が、それをさらに手を加える。こうなると名前だけ楊家将でも全然違った話になる。テレビドラマでも同じ。

 こんな話をしてから、トークイベントの会場に向かった。
 松浦智子さんも来ていて、話に加わった。若い女性なのでびっくり。それだけに今までになかった話を聞けたりした。
 たとえば、何々軍とは独立した小領主の自分の軍隊で、国の傭兵部隊となり、高い報酬に引かれて、移動してしまう。もともと忠義心などないに等しい。その本拠地は「村」と訳したが大きなかたまった一軒(一群?)の家に一族何千人もの人が暮らしている。岡崎先生もご存じだったがわたしには聞く機会がなかった。
 楊家将の一部分で封神演義みたいになるが、中国では常に仙界の話は身近にあるので、どんな時代に出てきてもおかしくない。諸葛孔明の八卦陣もそれに近いのではないか。
 さらに土屋文子さんもいらしていた。岡崎先生の師妹(正しくは学妹)である。いつもながら、武侠関係者に女性がなんと多いこと。
 秋梨惟喬さんは芥川龍之介の「鼻」の例をだして、その基になる話があるが、その30倍にも膨らんでいる。昔の人は簡潔な文から30倍もの情報を得たのではないか、という。
 「馬に踏み殺された」。その文だけで、戦って何度も傷を負い苦しみながら落馬して、結局何度も馬に蹴られたり踏まれたりして息絶える。そこまで説明なくても想像できたのではないかと。
 岳飛伝もそうだが、燕雲十六州を取り戻せという主張がある。しかし、その思想はこれらの物語の作られた明代の主張を反映していると思われる。
 終わってから、岡崎由美さん秋梨惟喬さん松浦智子さんを含めて、11人で二次会。
 秋梨惟喬さんには「矢澤潤二の微妙な陰謀」という著作がある。
 トンデモ本というのがある。そこに書かれたことはもっともらしいが、常識を働かせれば、多くは素人でも嘘を見破れる。
 この連作短編集は、各編の主人公たちを、矢澤潤二がトンデモ情報をもっともらしく解説し、説得するのだ。
 この小説の続きは書いていますか、と訊いたところ、書いてはいるのだが、一冊にまとまるのはまだだいぶ先になりそう、と言っていた。
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              九年花雕酒
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2015年07月11日

国立西洋美術館

 国立西洋美術館には若いときに入ったことがある。その後は、この前の通りを毎年何度も通っているのに、なぜか入らなかった。

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 この建物を世界遺産に登録しようとしている人たちがいる。わたしには価値の判らないものの一つ。
 前庭には、ロダンのブロンズ像作品が並んでいる。
 オーギュスト・ロダン(フランソワ=オーギュスト=ルネ・ロダン)
 1840−1917
 19世紀を代表する彫刻家である。
 ロダンを代表する彫刻が「地獄の門」であるがこれは未完成であるという。
 「弓を引くヘラクレス」はブールデル(エミール=アントワーヌ・ブールデル)作。

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 ご存じ、「考える人」である。思考の重さに体が押しつぶされそうだ。
 地獄の門の上部にあり、地獄で苦しむ人をを見ながら思考する。

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 カレーの市民
 百年戦争のとき、イギリスのエドワード王は包囲したカレー市が飢えて降伏するとき、6人の市民の出頭を要求した。志願した6人である。

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 志願した有力者6人は、痩せ衰えて裸に近い姿で、首に縄を巻き城門の鍵を持って、死ぬ覚悟をして出頭した。しかし、エドワード王の妃が嘆願し助命された。

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 弓を引くヘラクレス
 へラクレスが怪鳥ステュムファリデスを射るために渾身の力で弓をひき、まさに矢を放とうとする瞬間。

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 アダム(Adam)

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 エヴァ(Eve)
 地獄の門の両脇に、少し離れてアダムとエヴァがいる。

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 地獄の門
ウィキによれば、ここ国立西洋美術館と、静岡県立美術館など世界で7点展示されている。
 門の頂には
   我を過ぐれば憂ひの都あり、
   我を過ぐれば永遠の苦患あり、
   我を過ぐれば滅亡の民あり
   義は尊きわが造り主を動かし、
   聖なる威力、比類なき智慧、
   第一の愛、我を造れり
   永遠の物のほか物として我よりさきに
   造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ、
   汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ

 という文が書かれているという。(もちろん日本語ではない)

 わたしが初めてこの美術館に入った頃は、「松方コレクション」という別名があった。今では松方コレクションの名は見えない。
 この美術館は松方コレクションを基礎に、広く西洋美術を展示するために、1959(昭和34)年4月に発足した。
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2015年05月17日

神田祭

神田祭
 秋葉原駅の近くに、神田明神がある。江戸鎮守の神社である。
 今年は遷座400年になる。5月の4日〜15日に神田祭が行われた。
「天下祭」として知られる神田祭は、江戸時代に山王祭(赤坂・日枝神社)と隔年で斎行することになり、今でもその伝統は守られている。今年はその例祭の年だ。
 江戸時代は江戸城内に祭礼行列が練りこみ、将軍・御台所の上覧があったという。
 5月10日に見に行ってきた。
 大小200の神輿が練り歩くさまは壮観である。もっともわたしが見たのはそのうちの30〜40基くらいだろうか。
 粋でいなせという江戸っ子の姿を見ることができるが、江戸っ子ばかりではあるまい。
 元気の良いかけ声は祭りを華やかにする。
 写真が多いが、分けずに一回で載せる。

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 秋葉原駅の駅前に、御輿や太鼓が飾られている。駅から一歩踏み出せば、祭りの中になる。

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 万世橋という町があるのか。台の彫刻もよい。

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 秋葉 VS アキバ
 神田祭の間は秋葉の勝ちのようだ。

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 中央通りを、御輿が練り歩く。

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 小さな御輿が一基。まわりで子供たちが休んでいたので、子供御輿であろう。
 中央通りから直角に曲がったこの前の道を行くと、神田明神の方へ向かう。
 写真の正面は中央通り。

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 神田明神の方から御輿が来る。練り歩いているので動きはゆっくりだ。

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 神田明神下あたり。

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 神田明神の入り口だが、付近は身動きできないほど。境内には裏道から入れるはず。境内では和太鼓の演奏などが行われている。今回は行かなかった。

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 引き返すと電気街に向かう御輿がいる。

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 これは山車(だし)。なんで山車と書くのだろう。
 山車は本来牛が引いたというが、今では人が引く。
 もう数は少なくなったらしい。多額の費用がかかり、各町内だけでの維持は難しい。

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 昼時、アキバらしい寿司屋。入ろうとしたが、開いていなかった。

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 山車の上には、太鼓・笛・鉦の鳴り物演奏者と、ひょっとこが乗り込む。
 本来神田祭りは山車が中心だった。今では御輿が中心である。

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 単調なリズムのなかでひょっとこが視線を集める。

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 こんな豪華な彫刻もある。火事の多い江戸では、そのたびに作り直さねばならなかった。
 戦災で全滅したが、こうして何基か復活している。

P5107419.JPG サムネイルにした。
 混雑は人も御輿も。

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 奴姿が持っている竿の先には、町名の書かれた提灯があったと思うが、記憶が曖昧。
 その前に浴衣姿の大人。

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 駅前に戻った。御輿が表に出ていた。

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 御輿は屋根と台が立派だが、胴は細いもの。

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 神社と同じような、唐破風(からはふ)の立派な屋根。

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 龍や鳳凰の彫刻もある。
 この御輿は、ヨドバシビルと駅の間の狭い道に入ってきた。御輿の屋根の上の鳳凰がアーケードの屋根にぶつかってしまう。そのため少し低くして駅構内に入れた。担ぎ手も苦しそう。無事入ると、まわりから拍手。
 祭りはこれからと思うものの、秋葉をあとにした。
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2014年11月29日

角のない鬼

角(つの)のない鬼(鬼子母神)

 鬼子母神(きしもじん)は各地で祀られているが、有名なのに、「恐れ入谷の鬼子母神」がある。
 夏になれば、入谷朝顔まつり(朝顔市)が開かれるが、この入谷鬼子母神前が中心である。朝顔市は明治時代から。
 法華宗本門流の寺院。仏立山真源寺(しんげんじ)という。万治2年(1659年)の開山。地下鉄日比谷線入谷駅からすぐ。

 近くに「びっくり下谷の広徳寺」があったが、関東大震災で崩壊して練馬区へ移った。いまは下谷にはない。

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 入り口の壁に埋め込まれた表札。鬼の字に角がない。右下はムではなく人になっている。

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 入り口右には角を取ったわけの説明がある。

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 この小さめな社に鬼子母神は祀られている。

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 入り口から入った右には、福禄寿、下谷七福神の一つ。七福神は道教の神で、よく仏教寺院に祀られているが、仏教とはどんな関係があるのだろう。
 
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 入り口から数歩進むと左にこどもを抱いた地蔵菩薩像。

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 道の向こう側の細い道を入ると、狭い路地の下町が残っている。失礼してひとコマ写真を撮らせていただく。
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2014年11月09日

浅草寺境内

浅草寺境内
 既に紹介したところと一部重複します。

 菊花展を見て境内を散歩する。
 金龍山浅草寺は、都内最古の寺で聖観音宗(せいかんのんしゅう)である。
 元は天台宗であったが、戦後独立し、聖観音宗となった。その総本山というが、末社はあるのかな。

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 名を知らぬ花。

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 いつも通り過ぎるだけだが、久しぶりに参拝した。

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 昔は火事に備えたが。

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 本堂の天井、中央に龍の図。

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 本堂の天井、龍の両脇には天人の図。

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 中央に御宮殿(ごくうでん)がある。ご本尊の聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)を納める。
 秘仏であり、見ることはできない。長い間見ることがなかったため、明治二年に役人が調査したところ、20センチほどで焼けた跡があり、両手両足がなかったという。
 落語では一寸五分という話が出てくるが、上の話が本当なら、それよりはだいぶ大きい。
 それにしても、それからは誰も見たことがないらしいので、実際はどうなのか。

 本堂を出て浅草神社に行く。浅草寺の境内にあるのだが別法人。通称三社様。

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 浅草寺の裏手に回る。銀杏の大木、幹の半分が枯れている。

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 大谷米太郎夫妻。大谷米太郎は戦前「鉄鋼王」と言われ「日本の三大億万長者」になったという。後にホテルニューオータニを建設。浅草寺では宝蔵門を寄贈した人である。
 この向こうは浅草寺病院。

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 浅草寺病院に沿って、植え込みがあり、各種の像などかある。

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 本堂の方を見ると、広い土地にほとんど人がいない。表側の混みようとは別世界。

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 9代目市川團十郎

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 「暫」の像というが、わたしは歌舞伎に疎いので、説明抜き。

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 この塀のつきた向こうが本堂の裏手になる。塀の中は影向堂(ようごうどう)など。
 これで今回の浅草寺は終わる。
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2014年09月17日

メールソフト

メールソフト
 いま使っているメールソフトには、迷惑メールが毎日20〜40通くる。半分は迷惑メールに指定済みであり、ソフトが区別してくれるので一括削除だが、あと半分は新しいアドレスからのメールだ。一件ごとにワンタッチで迷惑メールに指定して区別、これは簡単ながら毎日となると面倒になる。
 これらをすべて自動的にGメールに送る設定にした。Gメールの迷惑メールフィルターは、こちらで指定しなくても選別してくれるので助かる。実はかなり前にもそういう設定をしたのだが、Gメールは毎回ログインしなければならないので、かえって煩雑となるのでやめていたのだ。最近、毎回ログインせずにすむ方法を知って再設定した。
 この設定によって、iPadでもメールを見られるようになった。iPadは迷惑メール選別ソフトがないので、事実上Gメールしか使うことができないのだ。

 多くのソフトは、バージョンアップするたびに少しづつ設定方法が変わり、いつの間にか見知らぬ設定方法のソフトになっている。だから初期設定は生涯一度きりと言っても過言ではない。前の経験があまり役に立たないのだ。そのたびに初期設定の迷路を読み解かねばならない。
 今回は偶然に近い発見で解決方法を見つけた。同時にGメールのメール以外のいろいろな機能に気がついてびっくりしたりした。
 たとえば検索統計を見てみる。なんとヤフーで検索したがGoogleでは一度も検索したことがない項目がある。
 ヤフーがGoogleに頼っていることを実感した。こうなると、ヤフーを使う意味がなくなる。お気に入りから削除するか。
 その後は「快適」の一言、数日は物足りないほどだった。
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2014年09月14日

ホームページの引っ越し

HPの引っ越し
 9月6日、OCNから連絡があった。2015年2月28日をもってHPサービスを終了するという。
 引っ越し先の紹介もあった。引っ越し先では、「OCNから引っ越しする方法」の紹介もある。
 わたしのHP程度では有料のサービスにする気はないし、広告が入るのは嫌だ。無料の広告なしという条件で、「FC2」を選んだ。
 翌日、ちょうど暇だったので、早速FC2に申し込んだら、わたしのアカウントがあるという。パスワードなどの情報を教えてもらう。
 6年も前の話だが、ブログの引っ越しを検討したことがあった。そのときのアカウントであった。
 引っ越しを始めたが、FC2で用意したFTPツールでは、1ファイルずつ送らねばならず、ちょっと面倒。
 アカウントを作ったビルダーのある古いパソコンで送ろうとしたら、信頼度が低いので念のためと、認証用コードが送られてきた。これでなんとかつながった。しかし、なぜか、ビルダーではファイルを送れないし、FFFTPでも送れない。一休みして、二日後に再挑戦だが送れない理由が不明。
 10日になって、FC2から「3日が経ちましたが、ホームページ作成は順調でしょうか?」と連絡が来た。「作っている途中で疑問が出てきた場合には…」
 ようやく、アカウントのパスワードとFTPのパスワードが違うことに気がついた。この3分後、OCNと同じHPがFC2にもできたのだ。
 内容から考えても、新しいビルダーを買うほどのことはないし、古いパソコンが使えなくなったら、無料のHP作成ソフトを使うつもり。

 そんな訳で2月28日までは両方に窓口があることになる。
 新しいHPはこちら たくせんの小部屋 です。もちろん右上の たくせんの小部屋 でも行けます。
posted by たくせん(謫仙) at 08:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 山房筆記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月26日

味の素は

【味の素(グルタミン酸ナトリウム)の恐怖】を読んだ。数行をそのまま引用。

諸外国で「味の素」すなわちグルタミン酸ソーダ(MSG)の毒性、有害性を指摘する学術論文が多いことに、驚かされる。「生後10〜12日目のマウスに体重1s当たりMSGを0.5g経口投与すると、その52%に、1g投与で100%に神経細胞の損傷や破壊が起こった」(70年、ワシントン大学オルニー博士)。「味の素」が「脳細胞を破壊する」という衝撃的報告だ。脳生理学の分野ではMSGを「神経興奮毒物」(ニューロ・トクシン)と呼ぶ。

 びっくりしたのは「体重1s当たりMSGを0.5g経口投与すると…」
 70キロの人なら35グラム。味の素のある1ビンが35gだ。二日続けてこんなに摂取したら、体か悪くなるのが当然ではないのか。
 わたしは一度も味の素を使ったことはないので、その魅力が判らないが、味の素を使う人は毎日1ビンづつ使っているのだろうか。まさかねえ。どんなに多くても10分の1以下の気がする。
 塩でさえ、1日10g以下にせよと言われている。これを毎日35gも使用したら体を悪くしそう。まして100gも摂ったら悪くなるのが当然。
 医者に処方される薬も、一度に指定量の10倍も飲んだら、処方した医者が青くなりはしないか。
 記事の基本姿勢は納得しても、この実験では説得力はない。

 砂糖や鰹節や昆布は贅沢品だった時もあった。そんなときの味の素やサッカリンは救世主だった。でも今は本物がいくらでも手に入る。
 わたしなど自分では味の素を使わなくても、外で食べたりするとかなり摂取していると思われる。大量に使われると、嫌な味がしてすぐに判るが、わずかだと判らない。そのくらいで健康云々とは思えない。
「神経興奮毒物」だそうだが、毒はわずかだと薬になることが多い。食物を食べるとおいしいうれしいと思うのは神経が興奮するからだ。
 適切な実験が望まれる。

元記事はこちらです。
http://blog.livedoor.jp/camcamcamc-camcamcamc/archives/36711259.html
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2014年07月17日

金言

金言
 
 トルストイは貴族なのに、最も貧しい人たちと同じ生活をしようとした。あるアメリカ人が「立派なことだが、それで貧乏は理解できない。金品の不足ではなく、今後の生活への恐怖が貧乏なのだから」と言った。
と、星新一「気まぐれ遊歩道」にある。
 これを読んで、わたしは「今後の生活への恐怖」を感じなくなったのはいつだったろうか。その理由なども考えてしまった。

 世界は平等ではない。裕福な人と貧しい人と、裕福ではないが「今後の生活への恐怖」を感じないですむ人と。
 わたしも裕福になりたいが、「裕福だから幸せ、とも限らない」という意見もある。一応は賛成なのだが、しかし、それを言っている人が、裕福で幸せな人だと、向こうを向いて舌を出しているのではないかと勘ぐってしまう。
 それはあくまでも例外であって、つまり「とも限らない」のであって、幸せと裕福とは密接な関係がある。

 幸せと裕福とは関係ないという金持ちもいたようだ(金持ちの多くは…、かも知れない)。安立スハルは次の短歌を残している。

   金にては幸福はもたらされぬといふならばその金をここに差し出したまへ

 「今後の生活への恐怖」の意味が判る人の言葉である。
 作者は安立(あんりゅう)スハル、珍しい名だが本名である。
1923−2006
 幸福は金では買えないという。しかし、不幸の多くは金で解決する。幸福は金で買えることがほとんどなのである。
 金で買えない幸福も例外的にある。しかしそれを一般的のごとく「幸福は金では買えない」と言われると反発してしまう。
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2014年06月28日

翠玉白菜

翠玉白菜
 2014年6月24日から2014年9月15日まで東京博物館で、
   特別展「台北 國立故宮博物院−神品至宝−」
が開かれる。
 國立故宮博物院については、たくせんの中国世界−中国文物図説 国立故宮博物院手冊 で紹介した。これらの至宝がどうして台北に、ということも書いたので、ここでは省く。

 わたしが最も注目しているのは「翠玉白菜」である。
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  わたしは1980年代に7回ほど見ているが、何度見ても見飽きなかった。
 今回かなり混むことが予想されるので、見に行けるかどうか。今では台北の故宮博物院でもかなり混んでいて、見るのが大変だという。1980年代は空いていてじっくり見ることができた。そのとき何度も見ることができたわたしは幸運かも知れない。

 さて、今回フェイスブックで奇妙な記事を見た。
 今回の展覧会のポスターでは「國立」の文字が抜けていた。東京博物館のホームページでは「台北 國立故宮博物院」といっているのでポスターだけである。
 そのため、國立故宮博物院から、抗議の声が上がってきたという。
 昨日上野の駅でポスターを見たら、「國立」の文字を貼り付けて訂正してあった。わたしはフェイスブックの記事を読むまで「國立」が抜けているのに気がつかなかった。抗議の内容は「國立故宮博物院」は固有名詞なので省くな、ということ。
 わたしの感覚では(感覚だけですよ)どうでもいいことなので、だから気がつかなかったのだ。もし、同じような博物院が市立でもあった場合、区別するために「国立」は省けない。今回は同じような博物館が北京にもあるので、区別して「台北」は省けない。
 上野の博物館は東京博物館といわれるが、正式名は「東京国立博物館」だった。この文を書くに当たって、正式名称に「国立」が入っているかどうか確認したほど。
 どうでもいいようだが、今回の展覧会の正式名称は「台北 國立故宮博物院−神品至宝−」 なので、ポスターでもつけるのは当然だ。名称決定でも「國立故宮博物院」は固有名詞ということは確認したはず。当然訂正せねばならないだろう。こういううっかりミスは困りもの。

 前に紹介した「月(ゆえ)と日本語」に、矢澤真人という国語学者が、外国人は「我が国は…」とよく言うとか。日本人ではそういうとき「日本は…」と言う。つまり国に対する表現の感覚が違う。それがこんなことにも表れているのかと思った。
posted by たくせん(謫仙) at 17:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 山房筆記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月04日

札幌らーめん北の大地

2014.5.4 追記
2011.7.23 記

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2014.5.4 追記
 久しぶりに新宿の「北の大地」に行った。
 三度目になる。今回も碁会の前によった。碁会に参加する棋友も一人来たが、待ち合わせた訳ではない。

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 入り口

 今回は味噌ラーメンを食べた。白味噌である。
 最初は醤油ラーメンだった。

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 シンプルなメニュー。気づいた方もいよう。醤油を正油と書いてある。
「どういう訳か北海道では正油と書くことが普通。それなのでそのまま正油と書いています」
 その方が北海道らしい。

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 今回食べた白味噌のラーメン。「おいしかった」だけでは小学生の作文。(^。^)
 しかし、前回も書いたように、ラーメンは滅多に食べないので、他との比較は控える。
 また行きたいところだ。

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2011.7.23 記
 先日、久しぶりにラーメンを食べた。
 どのくらい久しぶりかというと、七年以上、おそらく十年ぶりくらいかな。
 7月18日に新宿の囲碁サロン喜楽で、ある碁会があった。喜楽はビルの7階にあり、ビルの屋上に小さな部屋があって、そこを個室として、碁が打てるようになっている。時々ここに集まって碁会を開いている。
 その碁会は1時からであり、家を出る前に食事するには早すぎる。新宿に行ってから昼食を済まして、喜楽に向かうことになる。
 その昼食にラーメンを食べたのだ。長い間食べなかったのは、別に嫌いだったわけではない。ラーメンは自分では作れないし、外で食べるときは別なものを食べるので、ラーメンを食べなかったに過ぎない。
 今回行った店は、札幌らーめん「北の大地」。位置としては三越の裏側をもう一路ずれたあたり。
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 新宿三丁目28−2、フクモトビルの1階にある。エレベーターなどの入り口のスペースの奥になり、小さな店なので表からはあまり目立たない。
 ここの経営者はわたしの碁友である。碁はわたしの方が少し強いと思う。その碁友はこの日は休みであり、若い男たち三人で営業していた。
 基本的にラーメンの専門店。各種のラーメンがあるが、それ以外は無いに等しい。酒類もビールだけ。
「札幌ラーメンと銘打ったのはうちが最初じゃないかなあ」それだけに経営者のラーメンにかける想いは熱い。先日、その話を聞く機会があった。出汁の取り方から具まで、北海道に拘っている。
 この日わたしは醤油ラーメンを食べた。一番普通のラーメンだ。出汁が濃厚な美味いラーメンだった。わたしが前に食べた普通の街のラーメンとは別物。次回にはその他のラーメンを試してみたい。
posted by たくせん(謫仙) at 10:49| Comment(8) | TrackBack(0) | 山房筆記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月09日

酒は文化なり

 先日、今年になって、二度目のつくし碁会。根津権現の近く「晴れ晴れ家」である。
 昼の十二時過ぎに到着したら誰もいなくて、一人で昼食を頼む。
 本来1時から5時までの予約であるが、「昼食を食べる人は12時からでもいいですよ」という店主の言葉に甘えて早出した。

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 一月早々の第一回目の時。
 晴れ晴れ家は盤石を備えているが、小さなレストランである。暖かいときは外でコーヒーを楽しむ人もいる。
 本日、1/9(木)13:00より貸し切りです。
の張り紙がある。

 もちろん今回も一応貸し切りであるが、例外はいる。徐々に人が集まってきて、最終的には13人だったか。

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 碁盤の脇にあるのは酒(日本酒)である。うれしいじゃありませんか。
 ここ「晴れ晴れ家」では、このような器で優雅に飲むことができるのだ。
 現在多くの店で酒は小さなコップを受け皿の上に置き、コップから酒をあふれさせて受け皿まで満たす。これを多くの人が「犬飲み」をしている。コーヒーでもワインでもカクテルでもそんなみっともない飲み方はしない。茶道でもそんなお茶の飲み方は教えないはず。日本酒の消費量を減らす強力な方法である。
 最初に経験したのは京都駅で、皿の中は水だと思っていた。二度目は八戸で銘酒をこんなに捨てるとはなんともったいない。と思ったものである。そのときは、受け皿にこぼれたものまで飲むという発想がなかった。今は………。

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 これは別な居酒屋であるが、酒に合わせて、こんな器を出してくれた。
 また別な居酒屋であるが、コップに七分目ほど入れて、出してくれた。それなら何の問題もなく、飲みやすい。

  酒はその国の文化である。
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2014年02月20日

パソコン VALUESTAR G W その2

パソコン VALUESTAR G W その2
 2011年6月に パソコン VALUESTAR G W を買った。
 それから2年後、iPadを買った頃から動きがおかしくなった。もともとCドライブが小さかったが、iPadのために1Gほど使う。Cドライブは55.8G。使用領域は55.4G。それで残り0.3Gしかなくなった。反応が遅く自由に動かない。
 それで、あまり使わないソフトをアンインストールした。しかし、十日ほどでまた足りなくなった。
 さらにiPad関連のソフトをXP機に移す。
 それでも十日もたつと残り少なくなる。ほとんどのソフトをアンインストールし、残りはWin7・テレビ・一太郎・セキュリティだけ。それでも2ヶ月後には残り約0.6G。Cドライブのメモリーはいったいどこに消えてしまったのだ。もちろんCドライブのクリーンアップはそのたびにした。
 NECのサービスセンターにも相談したが、手の打ちようがない。Cドライブを大きくすることもできないという。これは疑問。タワー型ならわたしでも簡単にできることなんだが。
 結局、Cドライブを再セットアップすることにした。
 データーのほとんどはDドライブに入れてある。
 デスクトップのデーターとメールとアドレスをコピーして他のドライブに移す。
 このとき、一太郎の辞書データーをコピーしなかったのが失敗。
 再セットアップをした。インターネットはコードをつなぐだけで通じた。メールの番号を一括で戻す。一太郎などのソフトをインストール。
 お気に入りを戻す。これはHPに入れてあるので簡単に再構築できた。このときにATOK辞書のデーターがないことに気づいたのだ。具体的にいうと、「謫仙」の文字が出てこない。
 それ以外に一太郎のアイコンのショートカットが出てこないものがある。「再計算」など。これがないと家計簿が使いにくい。わたしは一太郎の罫線モードで、家計簿を作成している。これは「Ctrl+R」でやることにした。
(2/27追記: 計算・再計算は別なグループにあった。それで別なツールボックスとして表示した)

 Aeroの余計な機能を殺すのもやっかい。もう完全にやり方を忘れている。これができないと、実に使いにくい。一太郎も連番や括弧補完やインデントなど機能しないようにする。
 一応3日で復活したが、前とはかなり違うデザインになっているソフトもある。
 肝心の使用領域は43Gで、空きが13Gになった。いままで何に使われていたんだろう。これで一年保つのかな。
 処分するはずだったXP機は処分できず、続けて現役で使うことになる。それで久しぶりにディスクのクリーンアップをした。それからデフラグをすると、併せて6時間以上かかった。
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 すっきりしたデスクトップ。右上のXPはXP機とデータのやりとりするため。その下は書きかけのこの記事。ほとんどのアプリとデータは一括して左上のホルダーへ。
 整理のしすぎ?
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2014年02月08日

理想の靴

理想の靴
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 ヨネックスの靴。わたしの足にピッタリ一致する。
 特に右の側面が膨らんでいて、小指への圧迫がない。親指のところも膨らんでいて、圧迫しない。これでもわたしの足指は少し内側へ曲がっているのだ。
 2006年にこれと同じデザインの靴を買い、気に入って翌年にもうひとまわり大きいサイズを買おうとしたら、製造中止になって店先からなくなっていた。
 それで仕方なく、それに似たヨネックスの1サイズ大きい靴を履いていた。しかしちょっと狭く、両側の「親指と小指の外側」が少し痛かった。
 昨年、千春さんのブログで、このデザインが復活している事を知り、隣の駅近くのヨネックス品を取り扱っている店に行った。
 そうして見つけたこの一足。
「このデザインは製造中止になって、ここにあるきりなんです」と言われた。
 その中にちょうど足に合うサイズがあった。しかも値段は1万円弱ではないか。もう一足欲しかったが、それはない。
「希望者が多くいると復活すると思います」
 期待しよう。それはともかく、外反母趾内反小趾でない人が履ける靴はなかなかありませんねえ。
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2014年02月03日

AUN J クラシック・オーケストラ

AUN J クラシック・オーケストラ

 昨日の晩は和楽器コンサートを聞いた。ところは日本橋三井ホール。この日一日限り。
 尺八・箏・三味線・篠笛・和太鼓・鳴り物による八人のグルーブ。それぞれにレベルが高くプロの集団。当たり前だが。
 文化交流史として、各地で演奏したり、地元の人とジョイントコンサートをしたりした、「AUN J クラシック・オーケストラ」の凱旋ライブと謳っているが、その報告会コンサートのようなもの。東南アジア各地の様子などの話も交えての一時間半。

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 たまたま誘いがあり、和楽器の演奏とはどんなものだろうという興味もあり、行ってみる気になった。
 およそ、音楽とは縁の遠い生活をしているわたしでも、楽しいコンサートだった。
 和楽器演奏でも当然ながら新しい曲ができている。わたしにはその評価はできないが、なんと、あの「BOLERO」が上記の楽器で演奏された。30年以上前にレコードで何度も聞いた曲だ。それを和楽器で聞くとは。
 東南アジア各地の曲を採り入れたりして、新しい和楽器演奏の道を開拓していると思った。

 参考 http://www.aunj.jp/  AUN J クラシック・オーケストラの公式HP
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2013年12月22日

竹の塚彫刻の道

 竹ノ塚駅前から広い道を少し歩くと竹の塚彫刻の道を横切る。

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 右が駅からの広い道。それを横切るように左右に彫刻の道がある。
 少ないとはいえ自動車の通る道で、歩道は充分に広い。

 右に行く。

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 グロテスクだが。

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 軟体動物を思わせる。

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 道を挟んで門番のように。

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 わたしには判りません(^。^)。

 歩き始めに戻って、反対側の左の方へ行く。

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 手作り郷土賞 故郷の風景にとけこむ道 平成五年七月。

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 水を飲む狼

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 頭部

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 そばの椅子

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 風を感じますか。

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 炎と煙かな。この道の終わりまで来た。
 最後のここまで来て作者名や作品名もあることに気づいた。

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 人通りは少ない。作品も少ないのでわざわざ行くほどのところではないが、ついでがあったら歩いてみよう。
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2013年12月08日

カメラ散歩晩秋

カメラ散歩晩秋 11月28日。

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 夏みかんかな。柑橘類は種類が多く似ているため区別がつかない。もちろん区別するほどの根本的知識がない。

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 夏みかんよりかなり大きい。だいだいなら夏みかんほどのはず。枝には棘がある。

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 炎天寺の隣の八幡宮の公孫樹。晴れていても輝きがいまひとつ。かなり散っているのに、青みが残っている。
 参考 炎天寺と小林一茶(下) 輝いていたとき。

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 裏手の若木、少し輝きがある。

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 桜も紅葉、茶色に近いか。

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 これだけ緑が残っていた。他の葉は全て茶色に変わっていた。

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 残った小さな赤い柿の実といえば晩秋の風物詩だが、少ないと寂しさが先に立つ。

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 秋の終わり。
 今年は夏が長く、冬はいつも通り。そのため秋が短かった。それなのに雨が多く、散歩もできにくかった。カメラを持って外へ行ったのはこの日一回だけ。

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 近くの公園。陽が陰ってしまった。ここは八幡宮より綺麗に見えた。

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 散った葉も青みかある。
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2013年11月30日

鳩啼時計

 小松左京に鳩啼時計という短編がある。
 その中に西条八十のこんな詩がある。一部かな付きなのだが、読みにくいので右にまとめた。

   鳩啼時計

鳩啼時計今啼きぬ  (はとなきどけい いまなきぬ)
冬の夜ふけの十一時
凩さむき戸外には  (こがらしさむき そともには)
利鎌のごとき月冴えて(とがまのごとき つきさえて)

過ぎし日君と一つづつ
銀座の街に購へる  (ぎんざのまちに あがなえる)
鳩啼時計いま啼けば
うれいは深しわが心

昔恋しきシャンデリア
運命は恋を割きたれど(さだめはこいを さきたれど)
心は常に君と住む
鳩啼時計かうかうと
冬の夜空を呼びかわす

 初めてこの本を読んだとき、妙に感じるところがあって、始めの8行はその場で覚えてしまった。もう25年も前の話だ。
 鳩時計の音を「かうかうと呼びかわす」と表現したのにも驚く。
 冬の夜ふけの十一時では、太陽は地球の裏側にある。利鎌のごとき月は見えるはずがない、なんてことも思っていた。
 電子ブックで今読んでみると記憶と違うところがある。
 では西条八十の原作はどうか。ほんとうに西条八十はこんな詩を作ったか。SFなので、小松左京が作った可能性もゼロではない。
 ネットで捜したが、はっきりしない。少し違う詩があったが、記憶していたというので、こちらが正しい可能性が大きい。
posted by たくせん(謫仙) at 07:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 山房筆記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月07日

作曲家村田真生 ライブ

 昨日は原宿の某所で、作曲家村田真生(むらたまさお)のライブを聞いてきた。

<出演アーティスト>
Vo. 高島みほ、八木映美、安西美貴、平良和輝
Key. Vo. 村田真生、Gt. 寺屋ナオ、Bs. 細野慎平、Ds. 西村匠平

 わたしは音楽方面に暗いので、このメンバーがどれほどの者か知らない。もちろん初めて聞く名前ばかり。もしかしたら音楽好きな人に、「この人知らないのー」と莫迦にされるかもしれない。
 村田真生さんは弱冠を過ぎたばかりの二十三歳。今年の夏、囲碁クラブ「千寿会」の会員になった。名刺に6段と書いているだけあって、天下六段。千寿会のトップクラスの打ち手である。
 わたしはそこで今回のライブを知り、千寿先生を含め千寿会メンバー7名で聞きに行った。
 いつもながら生演奏というのは迫力がある。特に艶のある歌声が大きくのびるのは、生演奏ならでは。
 機会があったらまた行きたい。

 レストランなので、少し早めに行って、夕食代わりにパスタをとり、アルコールを飲みながらの観賞である。高いのは仕方ない。飲んだのは、梅酒ロックと赤ワイン。
 梅酒ロックは三分の一ほど梅の味がしたが、半分以上はただのアルコールの味。混ぜてないカクテルだったか。
 わたしはワインはほとんど飲んだことがないが、この赤ワインは、他では味わったことのない何か渋みとは違ういやな味がした。もしこれが普通のワインの味なら、飲みたいとは思わない。(状況によるのかも知れない)
 パスタは美味しかった。食感がいまひとつだが、そういう種類のパスタなのであろう。わたしが無知なだけのはなし。食べてる途中で水を貰った。
 メニューを見ても判らないので、他の人に聞いて同じものを注文した(^。^)。
posted by たくせん(謫仙) at 08:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 山房筆記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月31日

ジルコニウム火災

フクシマでジルコニウム火災が起これば世界が滅ぶ。この高い可能性。
ぜひ読んで下さい。

信じられないけれど現実に起こっている世界へ

11月8日から燃料取り出し−日本は前人未到の領域に入る
http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-2432.html
posted by たくせん(謫仙) at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 山房筆記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする