2009年12月16日

役名詐称

05.12.11記
変人奇人3 役名詐称

 津山宏一の小説に「屋根屋狂躁曲」という本がある。
 主人公が勤めていた会社は鈴木重工業有限会社という。あの自動車会社と間違える人がいるかもしれないが、屋根屋なのである。会長の名前が鈴木重太郎で、鈴木重工業有限会社と名付けた。従業員は社長の息子が3人と主人公ともう2人の6人である。
 ある時、重太郎がつぎのような名刺を配った。重太郎が「会長」で、長男が「代表取締役社長」、次男が「業務及び営業担当常務取締役」、三男が「第一業務部課長」。そして、主人公が「第二業務部業務四課業務係り係長 杉並支社」、もう2人は「本社第三業務部部長」と「第七業務部業務七課業務係り主任 西船橋支社」。
 これでは役名詐称ではないか。これから考えても判るようにユーモアドタバタ小説だ。
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2009年12月14日

パワハラ

05.12.9記
変人奇人2 パワハラ
 中学二年生のとき、教師を殴った事がある。学校が荒れていたわけではない。
 わたしはそのころ既に耳が悪かった。補聴器も持ない時だ。英語の発音など聞き取れはしない。特に無声音は一切聞こえない。先生の英語は聞き取れないから発音の真似などできるはずがない。できないと殴られた。他の男子は一回だけだが、わたしだけ授業毎に2回づつ殴られていた。ある時殴り返したのである。その教師は真っ青になって声が震えてしまった。ただしそれ以後はわたしの教室では、その教師は誰も殴らなくなった。
 その教師は震える声で、「あとで職員室に来い」と言った。
 わたしは職員会議の時を狙って(二人だけではあとでごまかされる可能性がある)、行った。
「用事はなんだ」
 何も言われず無罪放免になった。クラスの担任の先生にはだいぶ面倒をかけたと思うが、詳しいことは知らない。
 わたしが高校を卒業したとき、すでに家は引っ越しして中学校のある村は、遠かったが、家に帰る前に回り道して、中学の担任だった先生に挨拶に行った。喜んでくれた。
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2009年12月13日

ある会計処理

05.12.8記

 変人奇人1 ある会計処理
 小泉首相のことを変人奇人という。それが正しいかどうかはともかく、わたしが仕事上で知った人には、変人奇人がけっこういる。その第一はわたしだが、自分のことは棚に上げて、何人かを紹介しよう。三回に分ける。もっとも事情が判ってみると、変人奇人というイメージではない。

 わたしが経理の仕事をしていた会社がある。その会社の社長は経理のことを知らず、税金減らしのために元税務署員を経理責任者に雇った。ところが結果的に、150人ほどの会社で、20人分ほどの賃金に相当する金を毎月使われてしまった。それなりの金額が、社長の懐にも入ったのだが、それはまともに経営すれば入る金額より少ないのだ。
 社長は食い物にされてしまったことに気づき、わたしを経理部員にした。そして元税務署員を解雇し、責任者に公認会計士を依頼し、経理の改革を考えた。わたしには会計士に全てを話しなさいと言う。
 結果、決算では年間利益200万円の会社で、◯億円という追加の税金を払うことになり、裏の金も表の金もスッカラカンになってしまったのである。
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2009年12月09日

絵のプロとは

05.3.6記
 一月に銀座で出版美術家連盟の「麗」展を見た。行ったところ、偶然会長の濱野さんがいらして、言葉を交わすことができた。濱野さんたちが帰ってしまうと、客はわたし一人、作者のひとり小玉さんがいて、説明してくれた。そのとき「プロとは」という話になった。アマでもプロ並みの絵を描く人がいる。
「売れるのがプロ、売れなければアマ」と言う人もいると思うが、問題はなせプロの絵が売れてアマの絵が売れないか、だ。
 小玉さんは、
「注文に応じられるかどうかですね」
 たとえば20歳・25歳・30歳の人物を描くとき描き分けられるか。あるいは老人像。
 アマの方は自分の得意なものはプロ並みに描けるが、それ意外の注文に応じられない。挿絵や表紙の絵はそれを求められる。それが市場価値をつくる。
  
「アマの方のいい絵があって、欲しいなと思うでしょう。でもそれがお金を出してまで欲しいとは思わない。無料なら欲しいんだけど、と」
 その絵を10万円で買うとすれば、10万円の価値を要求する。お金を出すと言うことは、寄付するのでない以上、それだけの市場価格を求める。
 もちろんその絵が欲しければ、売る人の要求する金額を払わねばならない。ただいい絵だなと思う程度で思い入れがなければ、買うのをやめるだろう。
というような話だった。

 かなり前だが、パリだったかローマだったか、ある画家が、路上で絵を売っていた。その金額が、何千億円とか。最高の絵は値段が付けられないが、1兆円なら売りますと。
 もちろん誰も買う人はいない。この画家はプロといえるのか。わたしはアマではないかと思う。プロならばたとえ売れなくても、自分の絵の市場価値を知らねばならぬ。
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江戸しぐさ

05.5.29記
地下鉄で見かけたポスター。
      東京にはイキなマナーが似合います。
     edo.jpg
  イキな思いやり 江戸しぐさ
蟹あるき
 狭い路地では、お互いにサッと横歩きし、道をゆずり合う。
傘かしげ
 雨の日にすれ違う時、しずくがかからないように、お互いに傘を外側にサッと傾ける。
うかつあやまり
 人ごみで足を踏まれた時、踏んだ方はもちろん、踏まれた方も、「こちらこそうかつでした」とサッと謝る。


2014.9 追記
 この江戸仕草は本物ではない。というはなしがあった。
 つまり後に作られた歴史的知識である。そんな資料はどこにもないらしい。まあないことの証明は難しいが、あったという証明は簡単。それが存在しないという。
 とはいっても、これは現在でも望ましいマナー。
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2009年12月04日

神舟五号と社会格差

04.1.4記

 2003年10月15日、中国で有人宇宙船を打ち上げた。ソ連アメリカに次いで世界で三番目である。とりあえずは「おめでとう」と言おう。
 大ニュースなのだが、感銘がない。感銘のない理由を問えば、中国の目的が軍事目的であることもあるが、日本やヨーロッバが有人衛星を目指していないことの方が大きい。それゆえ42年もたっても、三番目となれたのだ。その前にやらなければならないことがありゃしませんか。

ある投稿
 ソ連やアメリカも軍事目的であるのは明白ですから、中国が軍事目的であることを隠さないでいるのは、正直であると考えられませんか。私には軍事であることを正面に出さなければならない現実が、有るのではないかと思います。
 たくせん兄はその現実をさして、やらなければならないこととおっしゃっているのでしょう。私はおめでとうと素直に言うことにします。

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2009年12月02日

箱根の関所

 10月の末に囲碁大会に参加するので、箱根に行った。その帰りに箱根峠でバスを下りて、関所まで歩いた。
 箱根峠は、箱根から三島側へ下りる時通る峠だ。山下りなので、三島まで四里の間坂道が続く。
 箱根峠から箱根へは、挟石坂・風越坂・明石坂と三つの坂を下って湖畔の芦川に下りる。

PB012700.JPG
 こんな坂が四百メートルほど続いている。三つの坂がどこで区切られるのか判らなかった。朝のうちは霧が深かったので、石がしめっていて滑りやすい。石の上に乗らないように気を付けて歩く。
 東海道でも、このように石を敷き詰めてあるのは坂道だけであった。この坂は、1680年に石畳になった。
 芦川は旧箱根宿の一つであった。知らなかったが、関所の向こう側にも宿があって当然だ。
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2009年11月28日

結晶釉の美しさ

03.4.21記
 結晶釉とはいわゆる焼物の釉薬(うわぐすり)の名称で、それがそのまま、焼物の名称として使用されている。
 第一人者の孫超氏が、15年の歳月をかけ1981年に研究開発したもので、宋の時代(1000年頃)の消艶釉を、現代に大きく花開かせたものが、基となっている。
 結晶釉にも色々種類があり、チタン、コバルト、マンガン、亜鉛結晶などがある。


 以上 「ぎゃらりーふかうら」及び「結晶釉の小部屋」より。
 わたしは二十年ほど前に、台北の博物館で、結晶釉の展示を見た。展示室に入ると、その美しさに呆然としてしまった。大型の壺の表面に、3〜5センチほどの菊の花を隙間なく並べたような見事なもの。それが数十個並んでいる。ただそれらの壺は、みな同じようなイメージであった。
 韓国の陶芸家による作品展であった。
 説明書に「日本で作品展を開く予定はない。あのすぐに真似をする日本人に見せると技術を真似されてしまう、云々」とあって、苦笑してしまった。当時は韓国と台湾が偽物天国で、日本をはじめ世界の特許権者の悩みの種だったころだ。
 続いて、温度管理が難しく、何度も失敗した。このノウハウは秘密である。旨の記載があった。
 模様が大きかったのは、作品の大きさにもよったのであろう。高さ50センチから1メートルを超えるものまで、殆ど大型の壺で、日本人の好む湯飲みや茶碗に使用しても映えないと思ったが、それはおいといて、美しさを堪能した。
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2009年11月27日

人騒がせな死体たち

津山紘一   集英社   1982.7

 表題作をはじめショートショート集である。
 ショートショートは意外なオチだけでもっているような短い小説。中身についてあまり印象が残らない。この本のオチは意外性も弱く、それほど面白い気がしない。
 いま読み返してみると、全41話で記憶にあるのが一話だけ。読み進んでいるうちにいくつかは思い出すが、なつかしい気もしない。しかし、初めて読んだときは面白いと思ったので、ここで紹介しておく。
 星新一のショートショートに夢中になっていたころ、星新一とはひと味違うショートショートだったので、面白いと思ったのかも知れない。全体的にユーモア感が漂い怪奇性もあるが、今のわたしには意外性を感じない。感覚が摩耗したか。

 著者には「時のない国 その他の国」という連作短編がある。これを紹介したかったのだが、図書館にない。
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2009年11月25日

ガンダーラとマトゥラー二つの彫刻展

02.11.25記
パキスタン・ガンダーラ彫刻展・インド・マトゥラー彫刻展
 東京国立博物館 平成館
 本来これは一つの展覧会となるはずであった。ところが両国に争いが生じ、二つの展覧会としなければならなくなった。

 両地方の特徴には一目見て判る違いがある。例えばガンダーラ仏像はギリシャ彫刻のような彫りの深い表情で髭を蓄えている。しかし、この二つの彫刻展、どちらもほとんど仏像(及びその関連)であり、一つ一つは貴重なものであろうが、それぞれ全て似たような印象のものなので、いらだちを覚える。
 ウーン、以前はこのような気持ちになったことはなかった。どれもこれも見たことがあるような気がするのだ。そうすると前に見た物と比較して、あれのほうが良かった、などと思ってしまう。新たな感動が涌かない。
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2009年11月23日

幹部が来たぞ

02.4.1記
 
幹部が来たぞ、どうしよう。
酒と料理を用意しろ。
酒は足り腹は満ちたぞ、どうしよう。
ダンスホールで踊らせろ。
汗が臭うぞ、どうしよう。
サウナに行って、流させろ。
流した後はどうしよう。
小姐を呼んで按摩しろ。

女房に知れたぞ、どうしよう。
クリントンのようにやる。
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2009年11月21日

藤あや子ショー

02.6.8記

 1999年6月12日にコマ劇場で藤あや子ショーを見た。その一週間前、足に骨が見えるほどの大怪我をしたが、その日も何とか終わることができた。その後も休まず続けていた。ただし動きは冴えない。特に洋装のダンスは無理で形だけである。本人も言っていた。
「ようやくダンスに参加してみました。もう十日もすれば踊れるようになると思います」
 後半の歌はいつものように華がある。あやちゃんコールに「はぁーい」答えた声は艶があって、怪我を感じさせなかった。
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藤あや子 源氏物語


02.6.5記
1999年 ソニーミュージック。
源氏物語 全12曲
作詞 下地亜紀子
作曲 小野彩(藤あや子の作曲名です)
編曲 それぞれです。

 題      ヒロイン
華の宴     藤壺
忍ぶ草     花散里
恋待桜     紫の上
薔薇のほほえみ 女三の宮
篝火      六条御息所
螢川      葵の上
空蝉      空蝉
夕顔      夕顔
夢かげろう   朝顔  SPEED に歌わせるつもりで作曲したという。
朧月夜     朧月夜の君
夕凪      明石の君
浮舟      浮舟
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2009年11月18日

プーアル茶

 プーアルは地名である。普ji-2.jpgと書く。
 いにしえより茶の産地として知られ、国内ばかりでなく、遠く外国まで輸出されている。その道は「茶馬古道」、南のシルクロードと言われている。
 今年の夏、雲南を旅行したとき、大理でプーアル茶を買った。金額は覚えていないが、二百何十元かしたように思う。こういうのは上を見ればきりがないので、適当なところで手を打つしかない。
 買ったのは小さな箱入りだが、裸のままそのあたりに積み上げてあるものもある。大家では、その巨大な塊を買い、家の倉庫に何年も置いておき、熟成させる。

cha09-1.jpg
 入れ物の麗々しさ。
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2009年11月17日

司馬遼太郎と法華経

01.11.1記

 わたしは司馬遼太郎を夢中になって読んでいたことがある。その前に、「項羽と劉邦」「空海の風景」「韃靼疾風録」「妖怪」などを読んでいたが、明治維新ものまで手を広げた。
 そして司馬遼太郎の代表作といわれている「坂の上の雲」を読み終えたのが、96年2月12日午後9時前である。これで図書館にある氏の小説はすべて読み終えた。この日司馬遼太郎が亡くなっている。2月12日午後8時50分。72歳。享年74であった。
 世に法華経という仏教の経典がある。日本の仏教世界ではもっとも多く読まれているのではないかと思う。わたしも若いときに読んだことがある。
 前半は、「これから妙法蓮華教というすばらしいお経を説きますよ、よく聞きなさい」という言葉を延々と連ねている。後半は、一転して「いま妙法蓮華教というすばらしいお経を説きましたよ、よく守りなさい」という言葉が連なる。前書きと後書きだけで本文のない不思議な文である。
 あるとき法華経を信仰する2団体の十数人といっしょになった。もちろん知っている人たちである。みな数百回ないし数千回法華経を読んだと言うので、わたしは前記の疑問を口にした。更に次の質問を用意していた。
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2009年11月16日

グインの小部屋

01.10.20記
(09年追記:数年前に無くなったが、当時「グインの小部屋」というHPがあった)

 ここは栗本薫の小説「グインサーガ」に関する掲示板が中心で、わたしが最も多く見たり書いたりするところである。
 いろいろあるが、わたしが利用しているのは「グインの広場…」と「新刊…」の掲示板で、これはもう、グインファンならではの、楽しい鋭い書き込みが、読み切れないほど書かれている。
 疑問などを書き込むと、その日のうちに答えが返って来るので目を離せない。
 わたしの書き込みが、誉められたこともあった。チョット紹介する。(赤字がわたしの文)
     言い得て妙。
つらつらと読んでいたのですが・・・。
ヤオイは著者の寝床だと思っています。しかし寝床芸なら捨ててしまうところですが、芸域はプロの域に達しているので(当たり前だ)つい読んでしまいます。
この文章を読んで思わず書き込み。(^_^;)
うまい!うまいっすよtakusenさん!ザブトン1枚!!
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2009年11月15日

米国テロ事件−9月11日

01.9.15記

 9月11日、ニューヨークの超高層ビルに、ハイジャックされた2機のジェット機がぶつかり、巨大ビルが崩れ落ちるという大惨事が発生した。犠牲者は1万人にもなりかねない。(09年記:死者2993、負傷者6291以上といわれる)
 そのニュースを見ていると鳥肌が立ってくる。ところが、ブッシュ大統領が、
「アメリカと民主主義への攻撃……」
などというと、まだ救助活動も続いているのに、多少不謹慎かも知れないが、
「冗談じゃない、アメリカへの攻撃であって、民主主義への攻撃ではない」
と言ってしまう。こういう牽強付会的な発言を聞くと、反発を感じてしまう。現実には日本や韓国も攻撃される可能性があったらしい。しかし、アメリカの友好国だからであって、民主主義の国だからではない。
『両国は民主主義だから攻撃する、民主主義をやめれば攻撃しない』ということには、ならないと思うのだ。こういう事件には、民主主義でない国も怒りを覚えるのが、普通であろう。
 大統領の発言中に翻訳文を見ながら、そんなことを考えてしまった。アメリカではこれほどの大惨事まで政治的に利用するのか。日本の政治家にはとてもできない。
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2009年11月14日

高齢者の登山

01.3.17記

 通常、山のシーズンは黄金週間の初めから10月の終わり頃までである。11月になると冬山といわれ、夏とは様子が一変する。わたしのような体力のない者が行けるところではない。
 現在高齢者の登山者が多くなり、しかも有名な百名山に集中し、評判が悪い。たとえばルールを守らない。知識がない。事故が多い。などである。
 しかし、わたしは別な意見を持っている。大部分の高齢者は若いとき遊ぶ余裕がなかった。毎週一日の休みさえ満足に取れずに働き、子供を育てた。高齢になってようやく時間とお金の余裕ができたが、できることは限られる。そのような人には登山は格好の遊びである。体力さえあれば誰でもでき、慣れてくれば知識も身につく。友人を作る社交の場でもある。
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2009年11月11日

物語る女(栗本薫)

01.3.3記

 わたしが最も影響を受けた作家は栗本薫である。特に初期の作品における点の打ち方は、教科書代わりにしたほどである。ワープロを使うようになり、点の打ち方に乱れが生じたが、現在では手書きのころのように打つ。
 驚くのは多作である。囲碁の坂田栄男氏が作家が集まっているとき、「プロなら年に一冊ぐらい長編を書いて見ろ」と言って、皆の首をすくめさせたとき、川端康成氏は「年に一冊、そんなに書けますか」と問い返したそうである。根拠のない坂田氏はそれ以上は言えなかった、という話がある。
 栗本薫は年に二十冊以上の長編を書く。一冊書き終わらないうちに、次の小説が頭の中にできあがっているという。そのため次から次へと書いても、尽きることがない。結果が、毎月二冊もの長編を書くことになる。いったいどこでそれだけの知識を得たのか。
 司馬遼太郎は長い記者生活があった。だが栗本はいきなり小説家になっている。
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2009年11月09日

落語と談誌

01.2.17記
 小朝が言っていた。
「お客様が、『わたしは落語が好きで寄席にもちょくちょく行くよ』とおっしゃる。だから、最近はいつ行きましたかと訊くと、それが十年前であったりする」
 わたしもその口で、行かなくなってすでに十五年近い。新宿末広亭・上野鈴本・池袋演芸場など何度も行った。人形町末広がなくなった後だったと思う。
 上京して間もなく、新宿末広亭や上野鈴本に通った。一度は講談定席の本牧亭にも行ったことがある。だが、後に寄席では漫談しか聞くことができなくなり、足が遠のいた。すでに落語は寄席からホール落語に移っていたのだ。何度か東横落語会を聞いたが、ここも廃止になった。
 その後は池袋演芸場に行くようになった。その池袋演芸場だが、初めて行ったとき、客は三人しかいなかった。終演間際に七八人まとめて入り、ようやくツ離れした。話によればこれが常態であったという。きちんと落語を聞ける寄席ではあるが、とても楽しめる雰囲気ではなかった。こんな池袋演芸場でも、立川談誌が主任になると立ち見が出る。
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