2020年12月01日

飛刀定石と羋氏飛刀

飛刀定石と羋氏飛刀
 先日、ふとしたことで知った名前、飛刀定石とは。
 検索したら、知らない人のための説明がなくて、何が何だか判らない。飛刀定石とは何だろうか。その中の「羋氏飛刀」、名前だけ気に入った。

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 この20手目が「羋氏飛刀(みしひとう)」だという。飛刀定石のひとつの型だと思うが名前のイメージが合わない。
 黒13や白14が飛刀なのかなと、勝手に想像してみた。
 わたしの知っている飛刀は、「多情剣客無情剣」の有名な話、
    小李飛刀に仕損じなし である。

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 この写真は横店の撮影所、「清明上河図」で撮ったもの。小李飛刀の的宛てである。台湾ばかりでなく、中国でも人気がある。
 さらに検索してみると、「羋氏飛刀」だけを集めたというコンテンスがある。

 図の20手目を「羋氏飛刀」と言います。「飛刀定石」(flying dagger定石)の中から「羋氏飛刀」のみを集めてみました。

 そうなると、羋氏飛刀ではない飛刀定石があると言うことになる。
 調べた結果、(羋氏飛刀- 维基百科)2018年8月1日、芈c廷と童夢の対局で、下図が打たれた。その後この20手目が流行し、「羋氏飛刀」または「小羋飛刀」と言われた。簡称では「羋刀」とも。「小羋飛刀」なら「小李飛刀」が頭に浮かぶ。

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 それでは20手目と言っても前の図と違うではないか。本来はこちらであろうか。その前、2017年7月に李世乭が打ったのが最初という。

 先日の千寿会で、ゲスト講師の蘇耀国九段が「飛刀定石」の説明をしてくれたが、いまひとつ物足りない。ここまで書いて、わたしの疑問が明確になってきた。

  「羋氏飛刀」と「飛刀定石」の違いはなにか。

 蘇耀国先生にこういう形で問えば、説明も違っていたか。もっとも蘇耀国先生の説明がないとこの質問は出てこない。

 興味ないかもしれないが、「多情剣客無情剣」の著者古龍について。
 台湾の小説家。生年不明、戸籍では1941年、没年は1985年。ヤクザの出入りで大けがをし、輸血による肝炎で5年ほど苦しみ亡くなる。
 作品は160ほどだが、100以上は名前だけ。著作一覧を見るとほとんどが「誰々の代筆」となっている。
「多情剣客無情剣」は古龍自作である。
 翻訳者の岡崎由美先生は、「古龍の小説はまるで映画の台本のようだ。映画を見ると小説のシーンがそっくりそのまま出てくる。その点、金庸小説は映画にしにくい」と。
 誰が言ったか、「古龍小説の女性はキャバクラ嬢、金庸小説の女性は美少女」

 当ブログ 参考  多情剣客無情剣
posted by たくせん(謫仙) at 09:14| Comment(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月19日

「昔はコミ五目」について

「昔はコミ五目」について
 囲碁  日本の名随筆1 中野孝次 編(1991年)を読んでいてある疑問が生じた。
 p152に呉清源先生の次の文があった。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 昔はコミ五目と定められてをりました。近頃は大体、四、五目が行はれてをりますが、私はこの五といふ数は自然に適つてゐるのではなゐかと思ひます。
   ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 わたしは今まで、昔はコミがなかったという前提でいろいろ書いていたが、間違っていたのだろうか。気になった。
 ウィキでは
 江戸時代には座興で打たれる碁のような場合を除き、基本的にコミというものはなかった。……略……連碁などでコミが採用される場合には先番5目コミ出しのケースが多かったことから、当時から先番の有利さはこの程度と見られていたことがわかる。
 これをもって「昔はコミ五目と定められてをりました。」と言えるのか。
 原文は1942.9砂子屋書房「随筆」である。(巻末に記載)これは名人戦のコミ5目の成立前である。

 コミの歴史である。
1934年 試験的に導入されたが、コミ2目半であった。
1939年 第1期本因坊戦は、互先コミ出し制で対局する日本で最初の棋戦ともなった。コミは4目半であった。
1942年 「随筆」が書かれた。
1961年 名人戦が始まり、コミ5目ジゴ白勝ち、そしてジゴ白勝ちは通常の勝ちより劣る。俗に“半星”といわれた。
1964年 ほとんどの棋戦がコミ5目半になる。(本因坊戦は1974年まで4目半)
2002年から 順次コミ6目半となった。
 韓国では2000年から7目半。中国では制度が違うが2001年から実質7目半である。米国では7目半。
 それにしても1942年の段階で、「昔はコミ五目と定められて」と言い切ったことに驚く。そう言わせた何かがあったはずである。

 当時は書き手が別にいて、呉清源先生が直接ペンを持つことはなかったという。
 書き手が言葉の解釈を間違えたのかもしれない。
posted by たくせん(謫仙) at 08:41| Comment(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月04日

ジャンボ大会〜月組〜

 2月23日、第49回ジャンボ大会〜月組〜 という、宝塚と間違えそうな囲碁の大会があった。わたしは初めて参加した。
 日本棋院主催のアマチュアの大会で、1チーム15人の団体戦だ。4回戦制である。33チームが参加した。
 
 例年なら持ち時間40分の切れ負け制らしいが、今回はコロナウィルス問題があって、持ち時間30分に短縮された。さらにマスク着用。持っていない人には棋院から配布された。国の要望もあり、これ以降の碁会は全て中止している。コロナウィルス問題が落ち着くまで待つしかない。
 私たちのチームは、目標が1勝。1勝59敗なら祝勝会をしようという、大胆な計画。それほど多くのチームはレベルが高い。
 結果はチームとして1勝3敗。大満足である。

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 3月2日発行の「週刊碁」にその記事が載っていた。
 この記事中の文

 結局、優勝決定戦に駒を進めたのは、中園清三さんを擁する全日本学生囲碁連盟を破った大熊義塾と、囲碁ファースト飯田橋Aチームに勝利したバトりアヌス帝国。

 難解ではないが誤読しそうな文章だ。文字数をできるだけ少なくしようという努力の現れであろうか。わたしなら次のような文にしたい。まだ工夫する余地があるにしても。

 結局、優勝決定戦に駒を進めたのは、大熊義塾とバトりアヌス帝国。大熊義塾は中園清三さんを擁する全日本学生囲碁連盟を破っての進出。バトりアヌス帝国は囲碁ファースト飯田橋Aチームに勝利して進出。

 下記の「ジャンボ大会-ある終局の問」はこのとき発生したのだ。
 それから、いつも言われるあることが言われなかった。(^_^)
 最近は言わなくなったのかもしれない。わたしの経験不足で、すでに常識か?
「石を取るとき、取り上げてから時計を押してください」。正しくは取るではなく抜くだが、誤解する人はいない。
 大石の自殺手を放って、それを取り上げる間の時間切れ狙い作戦? を考えたら、「時計を止めて取り上げてよい」と先輩に教わった。
posted by たくせん(謫仙) at 08:41| Comment(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月26日

ジャンボ大会-ある終局の問題

 ある終局の問題、わたしの感覚が古かった。

 2月23日に日本棋院で、ジャンボ大会という碁会があった。15人一組で34組4回戦制である。
 そこでちょっとしたトラブルがあった。原因はわたしにある。
 終局を宣言し、相手も同意した。そして数えるためにいくつかのダメを詰めて、最後のダメを相手が打った。1−1だ。終局に同意していたため、考えず1−3に継いでしまったが、わたしの地中に手段が生じたのである。一目で判る1−4だ。

   2020.2.25.jpg
 このあと、手段があれば、「手入れをしてください」となって手入れをして終わる。いつもそう打っていた。もちろん終局に同意したときのみだ。
 ここでも冷静に3目を助け2目を捨てればよかったが、3目を捨て2目を助けたので半目の負けになった。

 さて、問題は、手段が生じたとき、相手が打ったことである。
 わたしは審判員を呼び、「終局同意後にこうなったが、どう判断するか」と訊いたのである。審判員は「その後も打っているので試合は復活している」と判断した。
 わたしはここで投了したが、相手は納得出来ないようなので、「試しに数えてみましょう」となり、半目負けあるいは中押し負け、が確定したのである。
 復活したのはどこからであろうか。復活したのなら、“復活を要求した人の相手の手番”で始まるはず。この考え方が、「手入れをしてください」につながるのだが、今では非常識になってしまった。
 2002年のあの事件を思い出す。終局に同意したかどうかでもめた棋聖戦第五局である。
 その後、 終局に同意を求めるのはアジが悪い となって、日本棋院では、ダメ詰めなど最後まで打って終局とする、と試合規定が変えられたらしい。
わたしの頭には、
対局の停止→ 死活の確認→ その結果の処理をして終局。という手続きがあった。

第九条−1(終局)
一方が着手を放棄し、次いで相手方も放棄した時点で、「対局の停止」となる。

今回は終局の同意がこれに相当する。

第九条−2
対局の停止後、双方が石の死活及び地を確認し、合意することにより対局は終了する。これを「終局」という。

第九条−3
対局の停止後、一方が対局の再開を要請した場合は、相手方は先着する権利を有し、これに応じなければならない。


「終局の同意は対局の停止とは認められない」あるいは
「その後も打っているので継続している。復活ではない」
という判定が欲しかったンですね。それなら納得だ。
posted by たくせん(謫仙) at 08:49| Comment(8) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月25日

天頂の囲碁7に挑む

 16年前、わたしがインターネットで禁煙の碁会所を探していたとき、千寿会を見つけた。
 参加してみたら碁会所とは全く違う碁会であった。指導碁が中心で、その間に各人が自由に対局する。
 その指導碁であるが、はじめは6子だったか。慣れてくると、小林千寿師父は3子の置き碁を勧める。理由は一隅を空けてあれば、そこでいろいろな手段を試みることができるからだ。4子以上では、単調になりやすい。上手く打てたときは、勝利という褒美を頂ける。
 さて、指導碁では3子でも勝つことがあるが、実力はどうであろうか。思うに井目でも勝てそうにない。実際に、ここでこう打たれれば潰れていたという場面が何度もある。
 そこで潰さずに、いろいろな手段を考えさせるのが指導碁だ。
 あるとき会員の中に、わたしが5子も置かなければならない八段子がいた。その八段子は、「プロが本気になったら井目でも勝てないだろう」と言う。
 それなら、わたしなど井目風鈴でも勝てないかもしれない。これを試す機会ができた。

 11月に「天頂の囲碁7Zen」という囲碁ソフトが発売された。実力はプロ九段の域に達したという。評判はけっこう高い。
 本当だろうか。その母体の「DeepZenGo」は確かにプロ九段のトップレベルに勝っているが、市販された「天頂の囲碁7Zen」にそれだけの強さがあるか。
 CPUだけ取り上げても、DeepZenGoは E5-2699v4 2個(22コア 44スレッド×2  2.20GHz)を使っている。1個57万円、2個で114万円だ(12月調べ)。
 わたしのパソコンのCPUは4コア4スレッドで、2万円台である。これで上記の実力を発揮できるだろうか。
 九段とは言わないまでも、プロ入段程度の実力を発揮するかもしれない。これで上の問題の解答が示されるか挑戦してみよう。

 最初は黒番で20手ほど。このときは「天頂の囲碁6」と変わらない感触だった。もっともわたしが気がつかないだけで、すでに首が飛んでいたのかもしれない。
 次は9子局で試みる。このとき驚いたことが二つ。
1.ほぼ終局と思っていたら、これでも投了せず続けて打ってくる。どの場面でも圧倒的に黒がいい。9子の力の差があっても、もはや逆転できない処まで打つ。もちろん、そうでなければ、わたしのような凡アマには意味がない。
 開発者は、置き石の数によって、投了のタイミングに差を付けたという。
 地に差があるからといって、早めに「清く一礼」はない。
2.これだけ差があるのに、alpha go のようなうろたえた手はなかったこと。死期を自ら早めるようなことはなく、最善を尽くす。
 この2点だけでもわたしには商品価値がある。
 わたしの設定は60秒である。それでも20秒〜40秒程度で返ってくる。手どころでは40秒を越える。早いときは10秒もかからない。いつでも60秒考えるわけではなかった。

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 この図は一例である。この場面では黒が80目ほどリードしていると思う。
 下辺を下がってしまえば良かったと思うが、ここでも一目でも得しようと光っている点に打ってしまった。この光は検討しているときの光だ。

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セキになりそうになり、セキ崩れで下辺一帯を全部取られそうになった。コウでなんとかしのいだが、このヨセの強さはさすがと思った。
 9子でも勝つのは容易ではない。
 高川秀格師は、「プロでも布石の下手な人、戦いの苦手な人はいる。しかし、ヨセの弱い人はいない。ヨセが弱くてはプロにはなれない」といっていた。
 「天頂の囲碁7」を相手に、勝ち碁を勝ちきる難しさを痛感している。だからこのような場面でも、終わりにせず最後まで打つ。
 逆にリアル碁では「清く一礼」を目指している。
 その後だが、9子局2勝2敗、8子局5連敗。勝つときも負けるときも差は80目以上。一局だけ8目差があった。
 どうやら、わたしのパソコンでもそれなりの力が出ているようだ。
posted by たくせん(謫仙) at 05:04| Comment(2) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月04日

コミなしのハンディ

 コミなしのハンディはどのくらいか。

 週刊碁には新初段シリーズという企画がある。新初段がコミなしの黒番で先輩の胸を借りる。
 2017年6月19日発行の「週刊碁」の新初段シリーズの記事の中で、「先」の手合いのハンディはどのくらいのものか? つまりコミなしの場合のハンディについて、言及していた。
 大手合の通算成績では、黒28945勝21729敗で、黒の勝率5割7分1厘だという。
 大手合は九段は出場しない特殊棋戦とはいえ、意外な気がした。
 その話の中で、もしトップ同士なら黒の勝率はと訊かれた中野九段は「9割」という返事をした。そして0.571という数字には驚いたものの、「実は僕も白で5割以上勝っていた」という。
 コミなしで黒の勝率57%。この数字もトップレベル同士では当然変わる。おそらく中野九段の「9割」ではないか。しかし、総互先になった今では、検証の機会はなくなった。
 本妙寺−本因坊家の墓 でも安倍吉輝九段が秀和の墓の前で言った。
「コミのない時代に、(井上)幻庵因碩は白番で本因坊家の若き秀才を抑えようとした。無理ですよ」
 十九歳の秀和は、跡目とはいえ、すでに師を凌いでいたという。低段ならともかく、半目を争うトップレベルである。コミなし白番で勝つことは難しい。(秀和の黒番四目勝ち)

 これが現在の棋士の感覚である。
 今では、一般の棋戦では新初段も互先で打ち、それなりの成績を上げている。新人のレベルは昔と比べて、かなり上がっているという。
 新初段シリーズは新初段のコミなしの黒番である。昔の2段差扱いということになる(下記参照)。

 現在のコミは六目半、以前は五目半、コミ出しを始めた当時は四目半だった。四目半では黒有利といわれていた。当時の棋士の多くは黒を持ちたがった(黒番で対局)。
 それで五目半にし、それでも黒有利といわれていた(数字上では51%)。六目半になって、有利不利の声は少なくなった。むしろ白が有利の声が大きいか。

 2003年に廃止した、日本棋院での大手合の手合割り。
段差  手合割り
0段差 互先
2段差 先(1子に相当)
5段差 2子
8段差 3子
 3段差が1子であった。今では素人目で見てもこんなに差はない。また段位が実力を現しているわけではなく、過去の実績に対する名誉のような意味合いが強い。
posted by たくせん(謫仙) at 06:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月11日

「幽玄の間」終局問題

「幽玄の間」終局問題

 先日、インターネット碁「幽玄の間」の対局で、おかしな事件(?)が起こった。
 わたしはすでに10年5千局以上打っているのであるが記憶にない。それが2日続いた。過去にもあって、管理者に解決してもらっていたのかもしれない。

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 黒がわたしである。いま▲を打ったところ。その前の一線の白も問題だが、それは無視。
ここで白から何度も“終局要請”のメッセージが送られてきた。
一度目は“拒否”、二度目は「今は終局場面ではない」と書いて拒否、ちょうど管理者がいない時間帯だったので、三度目は「投了か引き分け要請かを押しなさい」と書いて拒否。
五回目で、自動的に“保留”になって終了した。

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 続いて次の日にも別な人だが同じことが起こった。
 これもわたしの黒で、この場面で白から数度の“終局要請”、そして自動的に“保留”になって終了。
 自動的に保留になる機能があるなんて知らなかった。

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 画面の右下にはこんなボタンが付いていて、ここをクリックするのだ。

 管理者から、丁寧な連絡を頂いた。こんな事が起こりやすいので、解決策を考えているという。
 ネット碁になれた方なら、事の意味が判り、解決策なるものも推察できよう。
 そうでない方のためにちょっと詳しく書く。

2017.2.9.4.jpg
終局図
 これはまだいくつかダメがある。しかしこれで終局である。中国サーバーでもダメが空いた状態で終局しているので、終局には問題はないだろう。
 問題は、ダメが無くなったとき手が生じる可能性があることだ。それを片方が気づいていて、片方が気づいていないとき、どうするか。
「終局ですね」「……」となれば、「終局ですね」と言った方も、相手が同意しないのでまだ手があることに気づく。
 かと言って、相手は同意してしまっては、その手を打つことができず、勝ちを逃がすことも考えられる。
 こんな場合を考えて、プロは対局ルールが変わった。終局ですねと同意を求めることはやめて、黙ってダメを打つ。ダメがなくなったとき手の生じることに気づけば、その時点で手入れをする。気づかなければパスし、相手は打ってしまってよろしい。
 しかし、アマでは、今でも「終局ですね」と同意を求める。それが幽玄の間では“終局要請”だ。
 だから、この終局図はお互いが同意した結果の終局なのだ。幽玄の間はこれで勝敗が決まる。碁盤碁石を使うリアル碁では、この後にダメをつめ整地して地を数える。

 わたしは終局要請の時は“パス”をすることにしている。相手もパスをすれば終局である。だが手があると思えば、相手は続けて打ってよい。それがパスだ。
 これで上の問題の半分は解決できる。つまり終局要請に等しいが、相手は拒否ができ、着手権が手に入り好きに打ってよい。これでも悪意のある時は防ぎきれないにしても。
“終局要請”は着手権が移動せず、そこで止まってしまうのが問題だった。
 つまり解決策の一つは、双方“パス”による終局である。
 いまでは、パス(終局要請)したのに、相手からあらためて“終局要請”が来ることが多い(笑)。
 幽玄の間の解決策とは、別な解決策かもしれない。
posted by たくせん(謫仙) at 19:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月23日

天頂の囲碁6

天頂の囲碁6 Zen
      2016.10.22-1.jpg
 碁や将棋のソフト(アプリ)の進歩はめざましい。
 チェスではかなり前から最高レベルの棋士に勝っている。将棋でも数年前から最高レベルのプロ棋士に勝てるようになった。
碁界でも、あと十年もすればといわれていたのが、AlphaGoの登場によって、一気にトップ棋士に勝てるようになった。
    参考  AlphaGo
 ただし、AlphaGo は特別で、一般的にいえば現在の最高レベルは「天頂の囲碁6」などでアマ七段程度という。
 このアマ七段というのが、実は曖昧であって、場所によって、会によってかなりのばらつきがある。中には買った(勝ったではない)段もある。
 そうは言うものの、それでも私たちにはある程度の目安がある。たとえばネット棋戦などの段だ。

 わたしも遅ればせながら「天頂の囲碁6」を買い求めた。一万円弱である。
 確かに強い。打ってみると不自然な手が見当たらない。まるで人が打っているみたいだ。(「天頂の囲碁2」の時は、強くとも不自然な手も多く、打っていて飽きてしまった)

 天頂の囲碁6は定石もしっかりしていて、周りの状況によって定石を外すこともある。
 自分の棋譜を並べ、ここでどう打つか「検討」させると、わたしの打った手を検討の対象とさえしないことがある。そっぽを向いた手と指摘されたわけだ。そのときわたしの弱点や間違いを指摘されたと思う。
 特に判断に困った場面を検討させると、わたしの思いもよらない点をしめす。発想が違うのだ。わたしは小利をえて負けを確定することが多い。
 そして、天頂の囲碁6の打った手が理解できるレベルなのもいい。これがプロレベルになると、「なぜこの手を打たないのか」「なぜその手を打つのか」とわたしには理解できないことが多いのだ。
 そんなわけで、かなり重宝するソフトである。
posted by たくせん(謫仙) at 07:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月15日

AlphaGo

AlphaGo
 日本囲碁界では現在、井山裕太が七冠獲得なるか、注目されている。同時に、李世ドル対AlphaGoにも注目が集まっている。
 AlphaGoとはgoogleの開発した囲碁ソフトである。
 AlphaGoが注目されているのは、今までの囲碁ソフトの進歩が毎年一段ぐらいで、アマ六段ぐらいになったといわれ、これからが難しく、プロのレベルにあと10年と思われていたのに、なんとAlphaGoは一気にプロ高段のレベルに達したからだ。

第一局 黒李世ドル 白AlphaGo  勝AlphaGo
第二局 黒AlphaGo 白李世ドル  勝AlphaGo
第三局 黒李世ドル 白AlphaGo  勝AlphaGo
第四局 黒AlphaGo 白李世ドル  勝李世ドル
第五局 黒李世ドル 白AlphaGo  勝AlphaGo
 結果はAlphaGoの四勝一敗だった。

 わたしが注目したのは、はじめの四手。
 ほとんどがスミの星で、わずかに小目。下の図参照。
 第一線はともかく、三三・天元・高目・5七・7七、なども検討しなかったはずがない。にもかかわらず、一度も打っていない。検討した結論は星が最強となったのか。
 わたし個人は小目がほとんど、たまに星にも打つ。高目・5七・7七などが、小目や星より優れているとはとても思えない。もしかしたらAlphaGoはそれを決定づけたか。

 AlphaGoの性能はどの程度か。
 公式発表数はCPUを1202個、GPUを176枚、使用している。
 ある試算によれば、サーバー利用料は2年で六〇億円。あまりに概算過ぎて、真実性が薄いが、ともかく零細ベンチャー企業では手が出ないほどの高額である。これから考えても、今までのソフトとは別物である。
 Googleでは人工知能の研究の一環として、AlphaGoを作成した。私たちが使えるようになるのは、まだまだ先の話である。
   画像はサムネイル
2016.3.15-1.jpg 2016.3.15-2.jpg 2016.3.15-3.jpg
第一局           第二局           第三局
   
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第四局           第五局

参考 AlphaGo https://ja.wikipedia.org/wiki/AlphaGo
posted by たくせん(謫仙) at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月29日

K嘉嘉と謝依旻

K嘉嘉と謝依旻

 フェイスブックを見ていたら、
 不做小龍女!圍棋界的小東邪 K嘉嘉:我因為快樂才下棋
という記事があった。その中に、
 報道機関では、K嘉嘉を「棋界の小龍女」というが、嘉嘉は「わたしは郭襄」という。

 どれほどの人がこれでイメージが沸くだろうか。武侠ファンには、郭襄は小東邪の名で親しまれている。わたしも嘉嘉さんは小東邪のほうにイメージが近いと思う。
 現在、K嘉嘉六段は台湾の女流トップ棋士。
 その記事の途中にあった、嘉嘉さんが依旻姐姐(いーみんねえさん)と呼んでいる謝依旻六段の言葉、

「人生でもっとも素晴らしい碁は今打っている一局だ」
謝依旻:「人生最好的棋,在下一盤」

 棋力はもちろんのこと、心身共に充実していて、今打っている一局に全身全霊を傾けている姿が想像できる。常に過去を超える碁を打ちたいという意欲が伝わってくるではないか。
 箱根の碁会での話。わたしの指導碁を終えたK嘉嘉さんが、謝依旻さんに解説して貰おうと「依旻姐」と呼んだが、謝依旻さんは指導碁で考え込んでいて、呼ばれたのに気がつかないほどだった。

参考 K嘉嘉と謝依旻については 2013ファンフェスタin箱根-Second
   小龍女と小東邪については 神雕侠侶の世界
posted by たくせん(謫仙) at 09:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月17日

中国の碁のルールの変遷 追記

2013年10月12日 記

 王銘琬(おう・めいえん)九段が、メイエン事件簿の「地とはなんだろう」(第50話・第51話)で、地をコンピューターに理解させるには、などという、地に関する興味深い話を展開していた。(注:現在このHPは無くなってしまった。)
 この中でわたしが特に注目したのは戦前の中国ルールだ。

 2011年5月に 中国の碁のルールの変遷 を書いたが、そう書いてあるコンテンツがあったという報告で、内容の検証はしていない。その中に次のような文を、多少の疑問を感じながら書いた。

>この中で、180.5を基準とするのは、清末と思って今まで書いていたのだが、三の明代にはもうあったという。石+地を数えるようになったのは、近年と思っていたが清末だという。
 戦後の棋士(高川 格)の文に、中国ルールに言及していて、「切り賃」が出てきた。それで切り賃がなくなったのは近年だと思っていたのだった。おそらく清末に完全に切り替わったのではなく、実際には戦後まで、切り賃のあるルールが主流だったのではないか。

 王銘琬九段は、今のルールは戦後1966年に決められたルールと言った。(この行は2018.12.9追記)

 戦前の台湾では填空法(日本ルール)と数子法(中国ルール)が同時に行われていた。
 しかも、台湾でのルールは「数子法」でも、最後に黒が打つと黒から一目引き、結果は日本ルールと同じになったという。

   …………………………………………
 2015年2月16日 追記

 2月7日に千寿会が開かれた。講師として王銘琬九段が来てくれた。
 わたしは用意しておいた、今までの数々の疑問を訊いてみた。
 上の台湾での、「最後に黒が打つと黒から一目引く」数子法は、ご当地ルールではなく、昔の一般的なルールだったと言う。
 中国ルールと日本ルールの差はいろいろいわれているが、「最後に黒が打つと黒から一目引く」ことは、王銘琬九段が書くまで見た聞いたことがなかった。それなら両ルールの混在が許されるわけだ。
 このことは昔の中国ルールと日本ルールを比較する時において、是非付け加えて欲しい説明である。数え方の差のもっとも判りやすい説明であるからだ。
 さて、そのことが判ってみると、今までの多くの疑問が解決するではないか。
 その他のこともあり、下記の記事には訂正を入れておいた。

   還珠姫の碁
   還珠格格の碁
   天龍八部の碁
   中国の碁のルールの変遷

 それからなぜ日本ルールから中国ルールに変わったのかについては、「中国の碁のルールの変遷」の内容と同じ説である。

 元明のころ民間では賭け碁が盛んになる。ハマを巡って問題が起きやすい。そのためはっきりしたルールを求めた。その結果数子法ができたのではないか。“廟堂君子”は填空法(日本ルール)で打っていても、“市井小民”は数子法(中国ルール)で打っていた。

 それが中国では一般化したわけだ。そのせいか、今では中国では立会人が整地して数える。
 日本ではそれぞれが相手の地を整地して数える。それはお互いがごまかさないことを前提としたルールである。

   …………………………………………

 戦前のルールが本当に日本ルールと同じか、確認してみた。五路盤なので25目、半数は12.5である。
     画像12.jpg

  白10で終局した場合。
填空法では、黒地10目、白地5目。差は5目である。
数子法では、黒石5+黒地10目=15目。白石5+白地5目=10目。差は5目で2.5子に相当する。
現在の計算方法では、「15−12.5=2.5子」、で問題ない。
  黒11で終局した場合。
填空法では、黒地9目、白地5目。差は4目である。
数子法では、黒石6+黒地9目−1(黒で打ち終えたので)=14目。白石5+白地5=10目。差は4目で2子相当である。
「14−12.5=1.5子」、という現在の計算法では同じにならない。
「黒15−12.5−0.5子(1目相当)=2子」と計算することになる。
 数子法が出現したいきさつ(填空法で計算されていたときに、数子法が出現した)から、白黒の差で計算したと思われる。
 これ以外にも、切り賃とか、セキのダメとかの問題もあるが、それも含めて具体的な方法は枝葉末節。考慮の外。基本的な考え方と還珠格格の疑問が解決すればよい。
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2015年02月16日

中国の碁のルールの変遷

2011.5.7 記
「還珠姫の碁」の続きですが、内容は独立しています。

 わたしには、疑問が二つあった。
問題1 「180.5プラスマイナスα」のαを勝負の数とするルールはいつできたのか。
問題2 「石の多い方が勝ち」から「石+地の多い方が勝ち」になったのはいつか。

 結論
問題1 は元から明にかけて、明清数子法による。ただし、生きるための二眼は空点として折半した。還棋頭(切り賃)で調整。
問題2 近代数子法。清末〜民国のころ、生きるための二眼も子として計算するようになった。
 ただしこれらが一般化していたわけではない。

 これで先の還珠格格の碁や還珠姫の碁を考えた。コミはない。

一局目 半子  1目(翻訳は半目)
二局目 一子半 3目(翻訳は1目半)
三局目 一子  2目(翻訳は1目)
四局目 一子  2目(翻訳は1目)
 ということになる。翻訳が間違っていたと言えるのかな。しかし、これを誤訳と言うのは気が引ける。「アルプス一万尺」を「アルプス三千メートル」とはいえないように、一寸法師を三センチ法師とはいえないように、半子を1目にするには抵抗がある。半目とせず半子のままでよかったと思う。
 逆に金庸ドラマで「半」がなく、三子を3目としたのは、江湖(在野)の話なので、別なルールと考えたい(これの方が正当かも知れない)。おそらく各種のルールがあったと思われる。例えば三子と言っているが、それは三目に相当したとか。故に誤訳とは言いきれない気がするのだ。玄宗皇帝の時代の碁でも◯子と出てくる。単位は正しくは路でも子と表現したのか。中国でもこのあたりの表記はあまり正確ではないのかな。このような時代考証はあまりしていないのだろうか。
   …………………………

 還珠姫の碁で疑問を投げかけたところ、次のサイトを探してくれた方がいた。
 囲棋天地−「中国囲棋勝負計算法及其演変(趙之雲)」 に詳しく書かれている。一九九三年記述。 (2015年現在このコンテンツは削除されている)

 わたしが憶えていた碁の計算方法の歴史は、
一、古くは奕(エキ)と言われ、これは古い中国ルール。(子か)
二、後にいわゆる日本ルールに換わり、それが日本にもたらされた。(地−ハマ)
三、中国では古い中国ルールに戻った。(明代始めころ)(子)
四、日本の影響を受けて現代の新しい中国ルールとなった。(清末から民国)
五、近年、日本ルールとほとんど同じくらいに改編された。
 この中で、180.5を基準とするのは、清末と思って今まで書いていたのだが、三の明代にはもうあったという。石+地を数えるようになったのは、近年と思っていたが清末だという。
 戦後の棋士(高川格)の文に、中国ルールに言及していて、「切り賃」が出てきた。それで切り賃がなくなったのは近年だと思っていたのだった。おそらく清末に完全に切り替わったのではなく、実際には戦後まで、切り賃のあるルールが主流だったのではないか。
 満州・華北・江南・四川・広州・台湾・海外華僑、かなりの時間差があると思われる。

 以下の文の赤字は「中国囲棋勝負計算法及其演変」のつまみ食い的な抜粋である。古い時代の「奕」についての記述はほとんどない。なお、著者は棋士にして作家。忙しいため、改訂の時間がないという。改訂したいところがあるのかも知れない。

序文
 一般に計算方法は二種類あることが知られている。
 填空法と数子法である。数子法は中国で用いられ、填空法は日本及びその影響を受けた欧米諸国で用いられている。古今の計算法は4種。
 一、唐宋填空法  二、日本填空法  三、明清数子法  四、近代数子法

唐宋填空法
 唐代あるいはそれ以前に我国
(中国)で用いられた。日本などで用いられる填空法とは区別する。(記録から推理して)填空法は“以空為地”だが、その地域観は今とは完全に一致するわけではない。
 アゲハマで相手の地を埋める。地の差を計算する。これは日本填空法と同じ。助数詞は路、日本では目。
(一路一目)
 日本填空法とはっきり違うのは、セキの場合、埋めずに済む欠け目は地と数える。隅四の処理。
 珍型(長生や多数劫など)は日本と同じ。

明清数子法
 填空法に代わり数子法を取り入れたのは一大進歩である。しかし、近代数子法との差は少なくない。唐宋填空法から変わったのは元か明のころ、はっきりしない。元に「子」の記録がある。数子法の始まりを示すかも知れない。その後長期間、填空法と数子法が共存したらしい。
 数子法は“子多為勝”、双方の子(石)の多少で勝敗を決する。

終局手続きは、
 ダメを打ち終わって終局、死石を取る。空に石を入れる。
 唐宋填空法で数えない空は折半して数える。
(セキのダメを言っているのかな)
 生き石には二眼が必要。それは空になるので折半する。だから一子相手に与える。“還棋頭”という。「切り賃」のことであろう。近年日本の影響を受けたこともあり、現在ルールではなくなった。
注: 別な中国のサイトで、「日本は二目の還棋頭がある。碁の本質をわかっていない」と書いてあるのを見た。ウップ。
 一方の全子数を180子半と比較。そして勝負の数を出す。
注: 問題はその数え方だが、基準との差つまり181−180.5=0.5(子)としたのか、白と黒の差つまり181−180=1(目、ただし表記は子)としたのか。肝心の所が読み取れない。(180子半と比較と書いてあるので基準との差と考えるべきか)
 他のサイトで181−180=1、とあった。ただし、日本の碁の説明に間違いがあり、そのため、その他の記述も全面的に信用することはできなかった。こんな計算法もあったのだろう。
 元明のころ民間では賭け碁が盛んになる。ハマを巡って問題が起きやすい。そのためはっきりしたルールを求めた。その結果数子法ができたのではないか。“廟堂君子”は填空法で打っていても、“市井小民”は数子法で打っていた。
 明清数子法は唐宋填空法の改正とはいえ、“子空皆地”と“以空為地”は根本から違う。

注: 明清数子法は“子多為勝”のはずだが、“子空皆地”とも書いてある。“子空皆地”なら切り賃はいらない。

1 唐宋填空法は自分の地中に打てば地は減る。明清数子法は減らない。
2 唐宋填空法は持碁が出やすい。明清数子法はセキができないと持碁にはならない。
3 数子法となり、ダメも手入れ。填空法では手入れしなかった。


 近代数子法は清末民国初のころ。このころ日本の影響を受けてルールは混乱している。
“子空皆地”つまり“石”と“地”の両方を数える、となった。近年更に改良され、日本填空法との差は小さくなった。

中国の碁のルールの変遷 追記 に続く。
   …………………………
 調べていて判った中国語の囲碁用語です。
ヨセ   官子
ダメ   単官
置き碁  譲子棋
9子局  譲九子
アタリ  叫吃
セキ   公活
コミ   貼目
欠け目  做眼
ダメ詰め 緊気
手入れ  収気
ポンヌキ 提子開花
生き   活棋
一局   一盤   続きを読む
posted by たくせん(謫仙) at 07:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月10日

「星空のカラス」の時計問題

「星空のカラス」の時計問題

 「星空のカラス」を読んでいて、最初は気づかず、二度目に読み返した時に気づいたことがある。
 ある時計の問題。第二巻の……あれページがない。

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 中学生の全国大会で、ほとんど同時に黒が打ち白が打ち、二人の手が時計に行って、ほとんど同時に黒が押し白が押す。
 碁に詳しくない見ている人が、「あっ ぶなー」 … 「相手が押す前に押しちゃうかと思った」
と言うのだが。
 アマの大会ではよく見かける光景なのだが、ルールではどうなっているのだろうか。
 このシーンのように、白が打ってから黒が時計を押すのはルール違反と思うのだが。
 懸念の、「相手(黒)が押す前に(白が)押しちゃう」というのは、白が打ってから、(次に黒が打つ前に)白が押すことになり問題ないはず。

 打ったら時計を押す権利が生ずる。相手が打ったら時計を押す権利は相手にあり、こちらは押してはいけない、という意味のルール(具体的な文章は知りませんが)があると思うがどうか。
 アマ同士の対局で、このようなことを問題にした話は聞いたことがないのだが、あらためて考えると、この状況を「可」とするその根拠は何だろうかと思った。
 厳密に対応すれば、片方が極端に早打ちだと、相手は時計を押す暇がないということになりかねない。黒が打つ、黒が時計を押す前に白が打つ。これを繰り返されると、黒は時計を押せなくなる。
 プロの場合はどうか。多くは秒読みかあるので、このような問題は生じにくい。しかし訊いてみると、別な形で時計の“問題”が生じているという。
posted by たくせん(謫仙) at 08:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月20日

持時間と投了

持時間と投了の時
 碁は時間との勝負でもある。わたしは「幽玄の間」では、「持時間20分、切れたら30秒の秒読み1回」にしている。
 時間の使い方は人による。布石で時間を使う人もいる。わたしは布石では時間を使わないようにしている。戦いのためにとっておく。
 あるとき、相手が残り0分、わたしが残り12分という状況で、わたしが非勢であった。長考に入った。残り3分になった頃、管理人が入ってきて、「打たないという苦情が…」という。
 わたしは「残り時間を見てください、相手の方が時間を使っています…」と返事をした。基本的に、相手より消費時間が短いなら苦情を言われる筋合いではない、と言うのがわたしの考えである。そのために布石では時間を使わないようにしているのだ。
 これは手合い時計を使っていない時は問題になる。
 次の話は記憶は正確ではないが、趣旨をくみ取って欲しい。
 あるアマの対局で、相手が長考しほとんどの時間を使ってしまい、気分的には相手が50分、こちらが10分で、1時間を過ぎたと思える頃、いきなり「時間なのでこれから秒読みで…」、といわれたという話がある。冗談じゃない!
 それならはじめから時計にすべき。試合の途中でルールを変えるな。

 先日、某氏に大石を殺され負けてしまった。問題は投了できず、長々とそのあとも打ったこと。
 反省半分だが、それがわたしの碁だと開き直る気持ちが半分。
 相手が長考派で布石に時間を使うと、同じくらいの時間は投了せずに使ってもいいのではないか、と思うことがある。
 これには事情がある。よく「勝ちました。投了してください」と確認のつもりで打った手が、なんと敗着になることがある。つまり、わたしのレベルでは読み切れないのだ。してみると殺されたと思っても、もしかしたら読み違いで生きる手があるかも知れない。だから確認できるまで打ってみよう、と言う気があるのだ。それで投了せずに打つことになる。
 これは時計のない場合では、相手が長考してわたしよりかなり多くの時間を使っていると思える場合のみ。

 ある対局、黒がわたしである。

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 形勢判断は30目以上の勝ちとみていた。この後40手ほど打って、なんと投了する羽目になったのだ。誰がどう見ても理解に苦しむだろう。
 こんなことがあるので、確認するまで打ちたくなる。もっとも人によれば、「図から先は碁ではない」と言うかも知れない。
posted by たくせん(謫仙) at 09:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月07日

日本棋院打ち初め式

 1月5日は囲碁の日である。碁界でそう決めた。
 日本棋院では打ち初め式が行われた。わたしは初めて参加した。

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 1月5日の囲碁の日を祝してくす玉割り。

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 棋士の挨拶では、本来タイトル保持者から挨拶するのだが、今回は東京にはいない。
 向井千瑛・謝依旻の女流タイトル保持者がいるのみ。
 写真は挨拶する謝依旻二冠

 最初に挨拶に立った某氏が、新年冒頭の挨拶文をつっかえつっかえ読み、しかも途中で読めない文字があったようだ。一度目を通しておけ、読めない文字があったら、書いた人に聞いておけ。
 棋院を代表する冒頭の挨拶の重みをこの程度に考えているのか。
 その中に、新棋戦の創設など将来を明るくさせるような話もあった。能力に期待しよう。

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 続いて新年記念対局。小林覚九段対謝依旻六段。

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 右上で定石が進行したが、左上が空いているので、白は三間ではなく、5−三に開いたのがわたしには参考になった。
 解説の王銘琬九段が「わたしの好きな手である」と言う。

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 打ち掛けで終わりとした。形勢は五分、白が打ちやすいという声もある。

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 右から向井千瑛五段・林海峰九段・大竹英男九段・謝依旻六段
 しばらく、酒を飲んだり、食べたりして歓談。

 一時半から指導碁を受ける。先生は台湾出身の郭求真六段である。二面打ち。わたしが行ったときは、隣ではすでにかなりのところまで進行していた。
「請多多指教」
 わたしは右には秀策流に小目に、左には星で、四子局をお願いする。
 終局後、
「先生の詰め碁の本を小林千寿先生に薦められて買ったのですが、まだ見終わっていません」
 なんて話から少し雑談をした。
 そして「やさしい手筋特訓」という郭求真六段の本をいただく。しかもわたしの名前を含めてサインしてくれた(^。^)。さらに色紙とそれを入れる手提げ袋まで。

 わたしたち七人は満足して棋院を後にした。駅の二階で二次会をする。近くで先ほど歓談をした人たちのグルーブが盛り上がっている。こちらのグルーブのふたりが挨拶に行った。
 ビールとワインで盛り上がっているうちに、隣のグループは先に帰ったが、帰りにはなんと、わたしたちの方の会計も済ませてあったではないか(^。^)。感謝感謝。
posted by たくせん(謫仙) at 09:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月17日

ファンフェスタ余話 指導碁

 ある二段子がいた。黒嘉嘉に指導碁を打って貰っている。見ると二十目強の石が死んでいる。十目ほどが取られている。わたしが見たとき、さらに二十目弱の石が死んだ。合計五十目ほど。
 それでもまだ打っている。死石が大きくなるだけ。六十目を越えた。ようやくそこを諦めてヨセを打ち始めた。
 黒嘉嘉は時々顔を上げて、二段子の顔を見る。
 あとでその二段子と話す機会があった。
「どうして投げなかったの。ジャージャが時々『どうして投げないの』という表情でみていたのに」
「指導碁なんだよ。勝負を争っているんじゃない。お金を払って教わっているんだ。負けるのは当たり前だ。負けだからと投了するものではない。ヨセだって教わりたいんだ」
 これは微妙な問題だ。百目以上の差があってヨセの勉強になるだろうか、という以前に、指導碁のあり方の問題。これは意外に曖昧だ。時間なのか局数なのか。
 ここでは一局だが、一局とした場合4時間かけてもいいのか。わたしは他の場所で実例を知っている。一局ではなく一時間半としよう。三十分で終わったら時間までもう一局打つか、一時間講評や解説をするか。
 このあたり、阿吽の呼吸でやっていては初めての人はとまどう。
 あっという間に潰されてしまって「これで終わりです」では、お金を払う身には納得できない。かといって延々と時間をかけられては先生が困る。
 このように理屈をこねて、先生の機嫌を損じては、おざなりに打たれてこれまた勉強にはならない。

 中山典之さんが書いていたことがある。手元に本がないので趣旨だけを理解して欲しい。
 日本棋院では一局一時間半で◯千円、というように決まっていた。(現在はどうか判りません)
 ある時、先生が長考を繰り返した。一時間半が過ぎていく。「延長するには追加のお金がかかりますが」と係りの人の声。
 指導を受けている人は、「冗談じゃない。先生がひとりで時間を使っているではないか。わたしは払いません」と言って支払いを拒否した。

 黒嘉嘉はテキパキと強く打っていく。
 この会の指導碁は無料で、特別ゲストの有料というのは、ある所に寄附するため。決して黒嘉嘉に払うわけではない。有料といっても寄附するつもりで払っている。しかし、二段子のように「有料の指導碁」と思う人がいてもおかしくない。現実にそうなのだから。
 慣れた先生なら、大差ならば、先生の方から「このくらいで、終わりにしましょう」と声をかけるところ。それはいまの黒嘉嘉には無理。
 さらに一局や二局打って貰っても(教わる、という)、それで強くなるわけではない。楽しく過ごさねば意味がない。

 指導碁についていろいろ考えさせられました。

 Mさんがわたしに言う。
「ジャージャー(嘉嘉)さんて、いつもあんなにブスッとしているの」
「いや、そんなことはない。日本語が判らないので、雰囲気が飲み込めないんじゃないかな。食事の時、コーヒーのコーナーに来たので、『コーヒーですか』と言ったら、にっこりしたよ。指導碁の時だって、ニコッとしたもの」
posted by たくせん(謫仙) at 07:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月10日

2013ファンフェスタin箱根-Second

 今年の6月に四段で優勝して、今回は五段で参加することになった。家賃が高くてどうしようもないが、こういう大会で少し強い人と対局できるのはありがたい。めったにない機会だ。結果は2勝4敗。1勝は相手のミスによるもので、実質は1勝5敗だ。
 今回は女流棋士が多かった。それなので女流棋士を中心に紹介する。

時 12月6日〜8日
所 スコーレプラザホテル(ホテル富士箱根 別館、いつもの所です)
  小田原と三島に集合、バスで送り迎え
指導プロ棋士 孔令文七段・倉橋正行九段・下島陽平八段・瀬戸大樹七段・謝依旻六段・山本賢太郎五段・下坂美織二段・万波佳奈四段
特別ゲスト 黒嘉嘉(Hei1 jia1 jia)六段

 前回、孔令文さんから黒嘉嘉さんを招待するつもりと話があった。今回の案内状にも「台湾の……」とあった。それでわたしたちは知っていたのだが、黒嘉嘉さんが12月2日にフェイスブックに「後天和依旻姐姐到東京~~」(あさって依旻姉さんと東京に行く)と書いてあるのを読んで、黒嘉嘉さんが本当に来ることを実感した。

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 開会式、黒嘉嘉さんの挨拶を翻訳する謝依旻さん。

 第1局目は白番、盤十くらいの差がどうしても縮まらない。最後まで、勝ち目のない碁であった。
 2局目まで間があるので指導碁会場に行く。わたしは早打ちなのだ。
 黒嘉嘉さんが3人を相手に打っていた。間もなく1人が終局し、依旻姐が講評を訳す。空席になった。さっそく申し込んで、(事務局の管理で有料)指導碁を打ってもらう。

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 黒嘉嘉、美人ではあるが「かわいい」が先に立つ。現在19歳。
 孔令文さんが6月に「くろ・かか」と言ったので、会場ではそう呼んでいるひとが多いが、「こく・かか」の方が自然。中国語読みでは「Hei1 jia1 jia」だが、台湾でもこれでいいのかな。
 請多多指教。
 指導碁には慣れていないらしい。相手のレベルに合わせて打つのは上手くないようだ。容赦なく打ってくる。
 講評では、依旻姐姐を呼ばずになんとか。

白黒の手談を交わす思い出は 君には一局我には一生  謫仙盗作改作

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 夕食後のトークショー、面白かったがここで再現できない。

 謝依旻さんの指導碁を受ける。終局のころには左右に人がいなかったので、少し話ができた。
 台湾ではこのようなイベントがないので、jia1 jia(黒嘉嘉)に体験させたかった。本人も乗り気だったという。

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 2日目の朝、外へ出る。
 低いとはいえ山の上。流石に寒い。草の上に霜が降りていた。氷もあったが、陽があたると瞬間に融ける。

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 山茶花を一輪。あちこちで咲いている。

 午前中に1敗1勝。
 この一勝は相手が間違えたもの。わたしの二箇所の大石が死にかけ、無理やり2劫に持ち込んだら、相手が勘違いして、劫をついでしまった。この劫に勝っては二箇所とも生きて大逆転になる。間違いを指摘したら相手は投了した。

 久しぶりに孔令文さんの指導を受けた。やり過ぎて自滅したが、「布石がかなりよくなってきた」と講評を受ける。よく記憶している。なにしろ小学校低学年で数学オリンピックの銀メダル。雲の上の存在だ。それでいてわたしのような凡アマにも熱心に指導してくれる。
 第五回ふれあい囲碁大会(ファンフェスタの前身)では三十数面打ち。それを全部覚えていて解説していた。
 今でも忙しく飛び回っていて、この大会が終わると、すぐ中国に跳び2日後に黒嘉嘉さんと会うとか(閉会式の挨拶)。

 万波佳奈さんが日帰りながら登場した。
 この日、昼食後、女流棋士たちの特別取材があった。詳しいことは覚えていない。
 わたしは午後の2局目、最終局にしてようやく1勝した。(形の上では2勝目)

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 2日目、宴会の夕食。食べ終わるとプロ棋士のゲーム。

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 一番左はおなじみ万波佳奈さん。
 何をするかというと、男女で別れてチームを組み、ある場面でどの手を選ぶか。その理由(2分間)と相手への批判(1分間)。例えば、
黒「その定石は古い、化石のようなもの」
山本「化石かも知れませんが、判りやすい。皆さんならこう打ちませんか」
 ファンの拍手で勝敗を決める。

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 下島さんが考えたという、十三路盤に黒が八子置いてここで白が生きるかどうか。黒がもう一子加えると白は生きられないという。これは女性が黒、男性が白で連碁対決。

 3日目、朝食後、手空きなので早めに指導碁会場に行き席を確保。待ち時間が長いので、Aさんと対局しながら下坂先生の登場を待つ。
 
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 11時過ぎの閉会式での下坂美織二段。英語も話せて、トークショーの時は黒嘉嘉さんの通訳をやったりした。

 今回はアマの人たちでもびっくり。孔令文七段のご子息、山下九段のご子息その他で、同じくらいの年齢(小学生)の少年が、3人とも上位のクラスで賞を受ける。それも圧倒的。
 第七回2005年6月のこと(八年半前)、孔令文さんの奥様が生まれたばかりの子を抱いて来たことがある。この子がここまで成長した。

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 わたしたちは七名が参加したが、そのうちのひとりはアマではトップクラス。微妙な立場である。指導碁は受けなかった。事務局の人は知らなかったが、プロ棋士は知っている人がいたと思う。
 一番上のクラスで出たら、優勝したら名前をカップに書かれるので「味が悪かった」かも知れない。

   …………………………

コウボクケイさんが、この文を繁体字中文に翻訳しました。
http://koubokukei.blogspot.tw/2013/12/2013.html
謝謝
posted by たくせん(謫仙) at 13:26| Comment(8) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月27日

隅のマガリ四目

隅のマガリ四目で死

 先日、二日続けて「幽玄の間」で「隅のマガリ四目」ができた。
前に 珍型(2008.3.16) で、隅のマガリ四目を紹介したが、それ以来の隅のマガリ四目だった。それが二日続けてできた。相手はいずれも韓国人らしい。漢字やカナが判らず、ハングルで書いてきた。あいにくわたしはハングルは読めない判らない。

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 わたしの白番で、これが最終図である。白11目勝ち。その前にわたしは何回かパスしている。黒さんは黒▲を打ったように、「隅のマガリ四目」を知らなかったらしい。言葉が通じないので、最終的には管理人を呼び出して終局にして貰った。

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 この「隅のマガリ四目」は開始早々にできている。黒1は黒2にすれば劫である。しかし、この段階ではこう打つ手もあるかも知れない。まわりがどうなるか判らないからだ。
 だが、終局図の結果となってみれば、隅のマガリ四目を知らなかったから、こう打ったのかも知れない。

 次の日。

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 わたしの白番、白17目勝ち。
 左側、黒はダメが詰まると、危なそうな形をしているが、それは無視して終局要請、つまりパス。この碁もここまで何回かわたしはパス(終局要請)を繰り返している。
 右上、黒は一線のハイを打たなかったところを見ると、黒死と判っているようだ。

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 白2は白7でよかったはず。それなら問題なかった。黒9は黒10と打って劫にした方がよかったであろう。間違えたか。上辺から中央にかけての白を一眼にして、セキにまたは劫にするのは無理だ。
 終局の死石指定では問題なかった。

 「隅のマガリ四目で死」、ルール上はどうなっているか。
第七条−2 第九条の「対局の停止」後での、死活確認の際における同一の劫での取り返しは、行うことができない。ただし劫を取られた方が取り返す劫のそれぞれにつき着手放棄を行った後は、新たにその劫を取ることができる。
 この碁では、今はマガリ五目だが、ダメを詰めた後、マガリ四目にし(4目にして抜かせる)、劫を決行する。この劫は白勝ちになる。ということ。
 それなのでダメを詰める前に、黒死と認定するのだ。
 韓国ルールや中国ルールではどう扱っているのだろうか。
 中国ルールでは、地中に打ってダメを詰めるのはマイナスにはならないので、合意がなければ、実際に抜いてしまえばよい。しかし、コウダテがあった場合の処理の仕方を、わたしは知らない。
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2013年06月11日

2013ファンフェスタin箱根

 久しぶりに箱根の囲碁大会「2013ファンフェスタin箱根」(6/7〜9)に参加した。
 前回は2010年だった。
 今回は優勝した。初めてのことだ。今まで三段で何度も優勝同点の準優勝があった。優勝すると段位を上げて参加するのがルールになっている。わたしは優勝はなかったが四段に上げて、これで四回目かな。これまで等外と準優勝と敢闘賞だった。

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 賞状と賞品(名前は変えてあります)
 さらに会場となった富士箱根ランド「スコーレプラザホテル」の二名一泊招待券。

 これで次回からは五段で申告しなければならない。はっきり言って家賃が高すぎる。とても払えそうもない。というのも今回の五勝一敗の内容は次のようだったのだ。
 第一局、残りは一目のヨセ二カ所。負けを覚悟して先手一目のヨセを打った。両当たりがあるのに、相手は最後の一目ヨセを打つ。
「えっ、今どこに打ちました」「ここへ…」「ここ打つと、両当たりですよ」
 第二局、20目以上の差で必勝の局面だと思っていた。相手の勝負手に対応手が見えていたつもりなのに、生かしてしまい投了。
 第三局、勝負手を打ったのに、相手はわたしが生きられないと思ったか手抜き。そこで生きて逆点。
 第四局、わたしの大石が死ぬ寸前、相手の勘違いで繋がった。相手は投了した。検討では、勘違いの手では、このあたりに7手ほど候補があるが、この場所以外はどこでもよかった、ここだけが悪かった、で一致した。
 第五局、最後までリードして(いたと思う)決めた。
 最終局、勝った方が優勝の一局で、相手は10分遅れ。時計を10分進めてはじめる。これはルールにはなかったと思うが、わたしは要求した。
 相手はほとんど時間を使わず打ってくる。押されっぱなしだったが、こういう早打ちは、どこかでミスをする。そこを捉えてなんとか逆転した。
 とても五段の藝ではない。ちなみにわたしは「幽玄の間」では二段か三段である。

 前回参加時にはなかったことだが、指導碁が4局に制限された。これはありがたい。今まで、席の奪い合いになったので、待つことが多かった。今回は待たずに済んだ。

 今回の指導棋士は、孔令文七段・下島陽平七段・瀬戸大樹七段・謝依旻六段(三冠)・大澤健朗二段・清成真央初段・若手女流ふたり。万波佳奈四段も2日目に日帰りで登場した。
 スペシャルゲストに結城聡九段(十段)。   続きを読む
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2013年01月31日

双方の錯覚

双方の錯覚

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「幽玄の間」での一局、わたしの黒番である。
 黒▲を打って終局するはずだった。実際は打つ前に終局宣言をするのが普通。黒▲は空いていても地には数えない。

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 白さんは、白1とダメを詰めた。黒はパス。つまり終局宣言である。
 白3、黒パスで再び終局宣言。白8、黒6(白8ヌキ)、白7、黒8、白9、黒10と進む。
 ここで白11と打ったので、黒はパス。みたびの終局宣言である。白も終局に同意。そうなると白11は1目損の不要の手であったことになる。
 本当は黒は10の下に打たなければならなかった。
 結果はなんと黒の半目勝ち。して見ると白が11を打たなければ白の半目勝ちであった。
わたしが終局宣言をした時点では半目負けていたのだ。
 白11に黒は手を抜いて終局したが、手を抜いてはいけなかった。10の下に白がノビたらどうなるか。検討してみたら、なんと白の花見コウになるようだ。
 結局どう打っても黒の負けだった。お互いが錯覚したために黒の勝ちになったのだ。
 わたしのレベルではこんなことがよくある。

 千寿先生の「詰め碁をやりなさい」という言葉が頭の中に響き渡る。幻聴だろう。幻聴はわたしにはよくあること。
posted by たくせん(謫仙) at 07:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする