2009年11月05日

WWGo

02.4.14記
       
 インターネットに加入したが、わたしの使い方の中心は、ネット碁である。ネット碁には各種のサイトがあるが、現在(02年当時)加入しているのは、WWGoであり、会費が一月500円のコースに入っている。無料のコースもある。
 人気漫画「ヒカルの碁」でネット碁が行われるが、そのサイトはこのWWGoである。
 今まで碁会所に行っていたが、問題があり、やめて、ネット碁にした。
 碁会所の最大の問題はタバコの煙である。形勢が悪くなるとタバコの煙を相手の顔に吹き付けるなどは、論外であるが、そこまで行かなくても、けっこう無神経な人が多い。かといって、禁煙の碁会所は知らないし、困っていた。
 もう一つは時間である。無制限であることがほとんどなので、時間を駆け引きに使う人がいる。10分・20分と相手がいらいらするまで時間を使って打つ人もいれば(長考ではなく、いらいらさせるため故意に)、大差の碁で2目のヨセを15分考える、なんて人もいる。
 これらの問題が、WWGoのネット碁で、すべて解決してしまう。
 なおそこでも、ハンドルネームは takusen のままで、掲示板によく投書している。最初は言葉の問題であった。全て英語、会話まで英語使用という規約であるが、「日本人にも判るようにしてもらいたい」
 現実には日本語で会話する人がかなりいて、わたしもそうしている。
 今のところ規約違反の苦情はない。
 操作ミスないし故意の悪質な行為があり、それに対する意見、最近ではルールに関する問題など、議論のうちに認識を高めることがある。
 なお、匿名で投書する人も多い。ハンドルネームは匿名みたいなものだが、それさえ出さないのだ。わたしは意見を述べるとき、署名するつもりで、必ずハンドル名で投書している。

注:後にWWGoをやめて、日本棋院「幽玄の間」に加入した。09年の現在は「幽玄の間」で打っている。
 WWGoの最大の問題は日本人だけ有料という制度だ。囲碁普及のため外国人は無料というたてまえだが、現実味がなかった。現在(09年)はどうなっているだろう。
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中国ルール

02.4.7記
   
 脇道であるが、中国ルールの体験談を。
 もう十年以上前の話だが、わたしは台北に行くと、必ず台北駅前のYMCAに泊まることにしていた。
 ここでは、大きな声では言えないある種の煩わしさがないので、気に入っている。
 ここの受付で碁会所を調べてもらった。少し遠いが、信義路にある碁会所が判りやすかったので、そこに行くことにした。中正記念堂の脇の道が信義路である。あるビルの二階である。千寿会のある数寄屋橋の碁会所ほどの広さであった。そこでは有段者は無料である。
 わたしは当時碁会所の1級だったので、5級で申請した。これでも少しきつい。正しくは6級程度であろう。
 まずアゲハマを返す。これはもちろん知っていた。問題は数える時である。
 終わった時点で、黒を数えるが、分かりにくいところは、ゴケから黒石を出して詰めてしまう。そうして地を30目とか40目など、きりのいい数字にする。その後、石を全て崩してしまい、おはじきのようにして10個ずつに小分けする。地と石の合計が181以上ならば黒勝ちとなる。
 この数え方はカルチャーショックを受けた。
 数年前、テレビで「ゼイノイ」さんが、中国ルールの数え方を説明していたが、その時は白石は崩さなかった。
 夕方近くなると、小学生が10人以上入ってきた。
 そこでは小学生に碁を教えていたのであった。
 その時は、ゲタでとる方法とか、シチョウとかの説明をしていた。
 千寿さんがやっていることを、台湾の棋院は十数年前に、組織的にやっていたのである。
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終局の仕方

02.4.7記
   
 二月(02年)に、囲碁史に残りそうな盤上の大事件が発生した。棋聖戦第五局、王立誠棋聖は、終局後(?)に石を取った。もちろん、王立誠は「終局に同意していない」と主張した。だが、お互いにダメを打っているので、素人目にも終局していると思える。
 厳密に言えば王立誠の主張が正しいらしい。しかし、日本の棋界では、阿吽の呼吸で終局しており、柳七段が終局したと誤解するのは無理もない。
 わたしのレベルでも、こんな時は、「アタリですよ」と、声をかける。わたしの今までの感じでは、王立誠はそんなレベルの人だったとは思えない。もしかするとその前に、王立誠がそうしたくなるような、何かがあったのかも知れない。
 千寿さんが、ある高名棋士に訊いたとき、
「海外の対局ならボクも取るだろう。でも日本ではウーン…」
 なお、中国ルールでは、盤上の石を数えるため、ダメの詰め終わりを以て終局となる。わたしこれを台湾で経験している。今回の事件も中国ルールなら当然で、何の問題もない、と思ったが、ネットで拝見すると、中国でもダメの空いている状態で終局している。
 NHKでもダメの空いている状態で「終局になりました」と言う。
 理論的には、対局の停止をして、死活の確認をして終局となるが、対局の停止で終局と言うのが普通。プロには死活の確認で変更することがないので(全くないというわけではなさそうだが)、停止即ち終局となる。
 アマの場合、秒読みのない時計の問題がからんで複雑になる。もし停止に同意せず、ダメ詰めで時間が切れたら……。時間切れを狙って、意味のない手を打ち込んだら……。
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跡目になれぬ少年は

02.3.28記
   
 江戸時代から昭和の初めまで、棋家の当主は有望な子供たちを預かって、碁を教えたが、目的は封建時代の自家の存続である。だから、その中から一人だけ一人前になって、跡継ぎになればよかった。他の人は跡継ぎに万一のことがあった場合のスペアである。逆に見れば、跡継ぎになれなかった少年の末路は哀れである。そして当主はその者に対して責任を持たない。封建時代はそれが当然とされた。
 これは現代も問題で、プロを目指したがプロになれなかった少年はどうなるのか。現代は職業の種類も多く、それなりの仕事に就けようが、もし、碁以外のことを全く知らないような少年が、プロ試験不合格になったときのことを考えると恐ろしい。少子化の現在、子供がプロを目指し高校に進学しないと選択すれば、まず両親が反対しよう。実際に院生になってもプロになれない人の方が圧倒的に多いのだ。
 学校で、野球以外のことをしたことのない高校球児たち。
 高校にも進まず、取的のまま廃業する、力士を目指した者たち。
 封建時代と違うところは、優れた者は、当主になれなくても、それぞれに生活できることである。もちろん能力の無い者が篩い落とされるのは、今も昔も変わりはない。
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2009年10月16日

井山名人誕生

 囲碁界に現れた新星井山裕太八段が新しい名人となった。名人になると同時に九段に昇進する。今年20歳。史上最年少の名人である。
 一昨日と昨日は、日本棋院幽玄の間(ネット)でずっと見ていた。もちろん途中で碁を打ったりしていた。
 立ち上がりはともかく、黒番張名人がいいと思っていた。だが、両対局者をはじめ、観戦者の多くは、ずっと白がいいと思っていたという。
 下は封じ手。
  go09.10.15-1.jpg
 右下の白は活きたが、わたしには中央の白の活きが見えない。ところがプロには白の活きが見えている。生き死にの問題ではなく、どうやってうまく活きるかの問題で、ただ活きただけでは不満という話だった。
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2009年07月13日

水間七段と行く囲碁旅行会

 6月28日(日)〜30日(火)に、千寿会の講師でもある水間師叔による、囲碁旅行会があった。千寿会には、29〜30日の誘いであったが、わたしは28〜29日に参加した。30日は仕事だったのだ。
 場所は陣谷温泉、陣馬山の麓である。藤野駅に1時に宿のマイクロバスが迎えに来ることになっている。
 チェックインは1時半、チェックアウトは11時。その間、温泉に入り、宴会をして碁を打ってという予定。

 わたしは朝早く発ち、朝八時前に相模湖駅に着いた。そこから明王峠をえて陣馬山に登り、陣谷温泉に下りた。この時、下りる道を間違えてしまい、陣馬山登山口まで下りて、そこから陣谷温泉へ向かった。陣馬山登山口までは藤野からバスの便もある。そこから登り道を二十分ほど歩いて陣谷温泉に至る。
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2009年06月03日

「奔流」の碁

 田中芳樹の小説に「奔流」がある。時代は南北朝の梁の武帝(在位502〜 549)の時である。
 この時代に淮河の中流域の鐘離で、鐘離の戦いという、中国史上最大級の戦いが行われている(506〜507)。梁の建国まもないころである。
 北朝の魏軍八十万。対する南朝の梁軍二十万は、降り続く雨を味方にして、陳慶之らの活躍で魏軍を撃退した。
 この陳慶之だが、武帝(蕭衍しょうえん)に建国前から仕えていた。子供のとき、蕭衍の雑用をしていたのだ。(以下赤字は原文のまま)

P23
 ある日、蕭衍は退屈をおぼえ、庭園に出たところ陳慶之が孔雀に餌を運ぼうとするのに会って、囲碁の相手をさせることにした。
 武芸と同じく、囲碁は、初心者が熟練者に勝つことはまずありえない。蕭衍としては本気で陳慶之と勝負するつもりなどなかった。どこまでも時間つぶしの遊びのつもりで、石の置き方を教え、白石を持って悠然と打ち始める。かるくあしらううちに、油断して、まずい一手を打ってしまった。
「こいつはまずい手を打ったな。ここを突かれれば私の負けだが……まさか子雲めが見抜くことはできまい」
 そう蕭衍が思っていると、黒石をつまみ上げた陳慶之が、実に自然な動作で、盤上にそれを置いた。蕭衍は愕然とした。陳慶之が黒石を置いたのは、そこに置かれてはまずいという唯一の場所であった。
 いささかあわてて、蕭衍は次の手を打ったが、互いに五手ほど打ち合うと、蕭衍の形勢がいちじるしく悪くなった。ついに蕭衍は追いつめられ、敗北してしまったが、むろん納得できるものではない。

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2009年05月03日

「石の猿」の碁

石の猿   ジェフリー・ディーヴァー  訳 池田真紀子

 この小説は探偵ものといったらいいのか。シリーズで4作目。
 新井素子さんが「サルスベリがとまらない」の中で紹介していた一冊。碁を知らなければそんなものかと思うが、碁を知ったら……、と疑問を呈している。
 車いす生活の、元警部補で犯罪研究者リンカーン・ライムを中心にした一団が、中国蛇頭の殺し屋、ゴーストといわれるクワン・アンを探し逮捕する話。アメリカの、深刻な大量の密入国者問題と科学犯罪捜査技術を扱っている。
 小説のできはかなりいいらしい。わたしの好みではないので、小説については書かない。

 ソニー・リーという中国公安局刑事が、ライムに碁をやろうと持ちかける。ライムは碁を知らない。そこで教わってやることになるのだが、その文を紹介する。
P204〜205。以下赤字は原文通り。
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2009年04月13日

碁神の孤独

 ヒカルの碁 余聞
 碁神は一柱だろうか。そもそも神は何柱いるか。キリスト教や回教では神は一柱だから碁神は存在しないか。
 碁はライバルがいてこそ楽しい。孤高の存在というのは酷く寂しいのではないか。
「碁の神様って孤独だな」
「だって自分と対等の相手いねェじゃん」
というヒカルの科白がある。この科白は新鮮だった。そんなこと思ったことなかったな。
 江戸時代、名人碁所になると勝負が禁じられた。公式手合いを打たないだけで、それなりに打っているのだが、この状態はヒカルの科白にちかい。そう言えば名人は九段であり、別称「入神」。
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2009年03月29日

花のない花見

 昨日は理研の庭で花見をしながら碁を打つ予定であった。
 理研の庭には桜の大木が連なり、一年に一日だけ、花の時期の土曜日に解放し、誰でも桜を楽しめるようにしている。それが昨日だった。
 それが昨日は真冬なみの寒さ。10時過ぎに理研に入ったものの、花見をしている人は誰もいない。このところの寒さ続きで、桜も開くのを止めてしまい、ほとんどの花は蕾のまま。咲き始めました、という程度。一週間後の方が良かったかも知れない。
 我々も、庭に盤石を広げる気にならず、畳の部屋に入り、部屋の中での碁会となった。 入り口には馬酔木の大木が咲いているがちらと見ただけ。窓の外には椿の花が見えた。椿の花には雪が似合うが、寒いといっても雪が降るほどではない。シジュウカラが地面を突いている。メジロが一瞬顔を見せた。ヒヨドリが2羽横切った。肝腎の桜は遠くに木や枝が見えるだけ。飲んで食べて碁を打つことになった。
 碁のできは最悪、内容は5連敗だが、不思議なもので、あまり悪いと相手が油断するのか、なぜか3勝した。
 一局目は相手の二子。一団の白石が危うくなった。生き死にが読み切れず打ったところ、相手が間違えて、生きてしまった。
 先輩の厳しい叱責の声。「そんな勝ち方では意味がない。勝ったとは言えない。まして二子置かせた相手ではないか」
 四局目は、最後の最後で相手がダメ詰まりに気が付かず7目ほどを取って一応勝つことになったが、それはナシにして数えてみると、思った通りかなり足りない。この局はわたしの二子なので、叱責はなかった。
 五局目、相手が勝ったつもりになって手がゆるんだところ、死中に活を求める必死の劫を仕掛けた。それが偶然一手違いで勝ち、碁も勝てた。「偶然」というのは、読めていないというだけではなく、投げ場をもとめて劫にしたという意味もある。本来は相手の花見劫になったところ。
 勝った三局、どれも人様にお見せできる内容ではない。もっとも、どうどうと勝てるならそれは手合い違いであろう。
 いつもなら、四時過ぎには寒くなるので終わりにするのだが、昨日は七時まで暖房の効いた部屋にいた。外は暗くなっていた。
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2009年03月13日

千寿さんの碁の授業

文化庁から文化交流使に指名され、欧州で碁の普及に努める小林千寿さんの間接的な報告。

インターナショナルスクールで“数学”の授業!

囲碁を知らない数学の生徒に碁の集中講座、面白い話があります。
文中のチーママとはもちろん千寿さんのこと。
千寿会参照。
こんな手もあるんですね。
このフランスの先生にも脱帽します。
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2008年04月23日

時間制

 それほど遠くない所で行われた囲碁大会に出席した。
 朝9時に集合というので、8時50分くらいに着くように出かけた。
 ところが、9時15分過ぎにようやく開会式。それがなんと来賓の挨拶などで、一時間もかかってしまう。これは拷問だ。一日の会で開会式に一時間とは。20分を過ぎるころからイライラしてくる。40分を過ぎるころには、心の中では切れていて、本を出して読み始めた。こんな状況では絶対に勝てないものだ。
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2008年02月15日

山下敬吾王座就位式

 12日は帝国ホテルで山下王座の就位式を見てきた。
 王座戦は持ち時間三時間で、国際棋戦に合わせた持ち時間になっている。日程も一日おいてすぐに打ったりして、国際棋戦に近い。山下さんは完全に復調したようだ。
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2008年01月05日

ヨセが強い人は碁も強いか

 ヨセに強い人は碁も強い。よく聞く言葉だし、間違いとは言いにくいのだが、よく考えると少しずれを感じる。
 プロはともかくアマの場合、強いといってもたかが知れている。
 初段のころでは、ヨセだけ見ると三段ぐらいに思える人がいる。そうヨセに強い人だ。
 もし布石や中盤の戦いが、ヨセにふさわしく強ければ、三段になっているはず。それがなっていない。なぜかと言えば、どこか弱いところがあって、平均して初段なのだ。
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2007年06月26日

封じ手予想に当選

 日本棋院ホームページに「幽玄の間」というインターネット囲碁がある。
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2007年06月21日

第11回ふれあい囲碁大会

 遅くなりましたが、第11回ふれあい囲碁大会の報告です。
 掲示板に書いたのですが、やはりここにも書いて記録に残しておこうかと。
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2007年06月06日

手筋一閃


kenshouuchi1.jpg 
 前に紹介した「懸賞打ち」での旗謙介と鮫島の対局である。
 白が謙介、黒が鮫島。
 盤の右側だけしか出ていないが、10目近く黒がリードしているという。
 今黒が右下▲と出たところ。これでワタリと読んだ。
 これを見た瞬間、謙介の頬が紅潮した。そして逆転の手筋を放ったのだ。プロの修業をした人は一瞬で読むという。
 わたしの棋力ではとても読めないが、これを実戦でも正しく読める人はどれくらいの棋力の持ち主だろうか。問題として提出されれば、アマでも高段者なら読めそうな気がする。

碁盤を表示する。
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2007年05月28日

手談を交わす

 手談とは碁のこと。だから碁を打つことを手談を交わすという。
 昨日27日は明友会の碁会が1時からあり、日本棋院に出かけた。
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2007年03月22日

最短手数

 先日の幽玄の間の対戦である。わたしの対局では最短手数を記録した。
 相手が定石を間違えたのだ。幽玄の間では20手以内は公式記録にはならない。これは21手で終局。公式の最短である。
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2007年03月05日

杉の宿合宿

06.9.2記
   
 報告が遅くなったが、9月の17・18日は湯河原の杉の宿でいつもの如く囲碁合宿。
 8月8日に紹介したAさんも参加してくれた。
 碁を覚えてまだ数年のB君がまた成長していた。前回は二子を置かせて打ち分けていたのに、今回はわたしの白で、おさえられない。もうわたしより上かも知れない。
いつもは絶対に勝てないC・D・Eには二子局ながら一局ずつ勝てて満足(^。^))。名前を出すと今度の千寿会でいじめられるので大奥○秘。
 この三人はAさんと同格だが、わたしはAさんには三子で歯が立たなかった。「基本がしっかりできていないから…」。そうなんだよな、わたしは誰かの型を覚えているわけではない。わたしの碁は、かたなしなんだ。

 そのあと、わたしが5目も置かせている級位者に、Aさんが教えているのをそばで見ていたが、
 星から桂馬に開いているときは、こう打ちなさい。
 大桂馬に開いているときは、こう。
と、盤上に一例を示し、そのあとの数手も打って、基本的な型を示していた。
 わたしは見ていて、「なるほど、なるほど」。わたしはそんなことも知らなかったんだな。
 わたしはよく5子・6子置かせている相手から教わることがある。相手は教えているとは微塵も思っていないだろうが、わたしの思いつかない打ち方をされたときが、わたしが黙って教わる時だ。
 本格的に教わっている人には、たとえ6子置かせても侮れない。

 この時は台風が日本海を通り、湯河原でも大雨がふっていた。風がないときの雨は心を落ち着かせる。わたしたちは安全な部屋の中で囲碁三昧。

 湯河原の温泉宿では廃業した人が多いとか。帰りのタクシーの運転手(女性)の話だ。
 温泉宿は一般に高いし、ひとりでは泊めてくれないしで、わたしは使用しない(できない)。もしかするとこのイメージは古いかも知れないが、バブルの夢を追いかけていては廃業も無理はない。
 杉の宿は温泉ではない。にもかかわらず続けていられるのは、碁や将棋のお客が中心という、新しい営業形態を習得したからだろう。他の旅館にこのような吸引力はないだろうな。続きを読む
posted by たくせん(謫仙) at 13:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする