2010年04月10日

多才な碁友

 昨日、4月9日の朝日新聞に碁友の小林さんが出ていた。
    欧州のLHC 最強加速器、そろり始動
 フランスとスイスの国境に、山手線ほどの円形のトンネルを掘り、粒子加速器が作られていたが、ようやく本格実験に入ったという。一年以上前に始まるはずだったのが延びていたのだ。
 運転開始を喜ぶ、ホイヤー、小林、ベルトルッチ、三人の写真もある。
 この小林さんは千寿会の会員でもあるのだが、ここ二年ほどは、この実験のためスイスに出張していることが多く、ほとんど日本にいなかった。
 今年の正月、新宿の白龍館での 新年会 で、二年ぶりに小林さんと碁を打つことができた。
 すぐにまたスイスに行かねばならないと言っていた。

 碁は別智という。碁は頭のいい人がするという偏見がまかり通っていたが、碁を知る人は碁の頭脳は別で、頭の良し悪しは関係ないという。
「小学校も満足に卒業していないわたしでさえ碁が打てる」というのは、わたしを知らない人にはなんの証明にもならない。まあ、あたまの良し悪しのはかり方が疑問でもあるが。
「ヒカルの碁」第二巻で、部員集めのとき、ヒカルが「頭の良いヤツにあたってみる」と言うと、部長の筒井は「アタマの良し悪しはカンケーないよ」という。あかりが反論すると、筒井は「だったら新藤くんがなんで打てるのさ」
 あかりは「あ」と同意する(^。^))。ヒカルはむくれ、佐為は吹き出す。

 小林さんは前にも紹介したことがある。趣味のクラリネットでPeter Ovtscharovと共奏したのを聞いたことがある。 あるピアノコンサート
 欧州では、仕事以外にこんなつきあいで親交を深めているのだろう。
 小林さんを見ていると、「頭がいい人は碁が強い」が正しいのではないかと思えてくる。碁は別智というのは間違いではないか。わたしという例外を除いて。
「例外ではない。たくせんさんは頭は悪いし、碁も弱い」というのは誰だ!

 話を戻して、この小林さんとは棋風が似ているのか、二年前までいつもぎりぎりの勝負をしていた。向こう二子で白6目コミだしながら、持碁・一目負け・二目勝ちというような、コミの勝負であったのだ。だが、二年ぶりの今年の正月の対局では、中押しで負けてしまった。次回からはコミなしにして貰いたいと思っている。
posted by たくせん(謫仙) at 09:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月03日

幽玄の間

06.6.25記
10.2.3追記
   
 インターネット幽玄の間に正式に入会した。有料である。
さて、幾つか気づいたことを。


 駄目を空けておくと、欠け目を地に計算する。気がついたら、対局モードに戻して欠け目を埋めてから再度終局にするのだが、先日それができず困った。勝敗がひっくり返るわけではなかったので、そのまま終局にした。
 これは一般的らしいが、KGSの対局では、欠け目を計算しないようになっていて、これに慣れていたのではっとした。


 三千局も打っている22級の人がいる。これはありえない。
 普通、一段差一子だと、初めての人、つまり四つ目取りが判って終局が判る人は25級程度らしい。二三局経験すれば1級は上がるので十局も打てば22級程度にはなれる。それからは難しいと言っても20級程度まではあっという間のはずなのだ。
 20級にもなれない人が、三千局もの対局をするほど、碁に興味を持ち続けることができるのか。
 万年井目党という言葉がある。いつまでたっても初段に井目の壁を突破できない人のことだ。だが、それでも建前は10級くらい。その10級に井目が20級だ。
 普通の点数制度はゼロサムゲームなので、強くなっても、全体が強くなっては、打ち分けることになるので、級位は上がらない。これはときどき調整する必要がある。しかし、「幽玄の間」は加点減点が一定ではないので、調節機能もある。三千局で22級は不可解。
もしかすると個人ではないのかも知れない。
   続きを読む
posted by たくせん(謫仙) at 07:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月04日

囲碁梁山泊

 囲碁梁山泊という季刊誌がある。
 名前の通り、官に対する野のような、建前よりも本音を出している碁の雑誌だ。
 去年、筆者の一人である長谷川さんが、千寿会に来たとき紹介してくれた。それを10月の「2009ファンフェスタin箱根」で頂いた。頂いたのは「2009 冬」通算52号。「2009 朱夏号」54号。「2009 白秋号」55号。

        ryouzanpaku.jpg
 インターネットでは「2009 春」が紹介されていた。
 春から夏にかけて、号名が変わったのか。おそらく、今度の冬は「玄冬号」春は「青春号」となりそう。
 内容はかなり濃い。はっきり言って、わたしの棋力では読み切れないほど。
 読んだ三巻では、藤沢秀行九段と井山裕太九段の記事が多い。秀行さんは亡くなり、井山さんは名人になったので当然。しかも名人は関西。そう、この雑誌は大阪の「関西社会人囲碁連盟」の発行である。発行人は正岡徹氏、囲碁に詳しい人なら、一度は名前を目にしているだろう。
   
 わたしが注目したいくつかの記事を紹介。
52号 以前千寿会HPでかささぎさんが紹介した、釼持師が解説した詰碁の原型がある。間違いがあって、釼持師に指摘されたとか。
52号 秀行さんの書展のこと。この書展は千寿会でも見に行って、秀行先生と写真に収まった。
54号 藤沢秀行さんの追悼特集号で秀行さんの記事で埋まっている。
54号 80歳から碁を始めて、88歳で八段に登った方の話。普通は七段までだが、特別に許可をしたとか。奇蹟のような話だ。もちろん試験に合格したもの。名前だけではない。もっとも碁を覚えたのは15歳の時という。それなりに強かったであろう。
55号 弱冠20歳の井山名人誕生。
 弱冠20歳という言葉がこれほどピッタリすることは他には無い。周では20歳になると冠をつけたので、20歳を弱冠という。井山さんは20歳で名人の冠をつけたではないか。
55号 宋麗五段のこと。宋麗さんが関西棋院に入ろうとしたところ、中国から横槍が入り、庇いきれなかった。しかし、瓊韻社の五段を許されたよし。
 芮廼偉(ゼイノイ・ゼイダイイ)さんのことを思い出した。詳しい経緯は知らないが、韓国で活躍している。

 自分で購入していないのに紹介するのも気が引けるが 参考:サロン・ド・ゴ をどうぞ。
posted by たくせん(謫仙) at 08:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月06日

2009ファンフェスタin箱根(下)

 わたしの最終局で、ある問題が起こった。わたしの黒番である。
 局面は覚えていないので、判りやすく似たような例図を作ってみた。図は異なるが趣旨は変わっていないはずだ。盤面は40目程度黒が勝っている。
  go09.11.3.3.jpg
 ここまできてわたしは声をかけた。
謫「終わりですね」
白「まだ終わっていない」
謫「ではパスします」
 白はAに打った。意味のない手だ。もしここに手があったとしても「終わりですね」と黒が声をかけて白が同意してしまえば、黒は何か手に気がついても、それ以上は打てないところ。
 さらにパスすると白はBと打つ。白の意を察して、黒C・白D・黒E・白Fと打つ。
再び「終わりですね」と声をかけた。
   続きを読む
posted by たくせん(謫仙) at 06:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009ファンフェスタin箱根(上)

 10月30日から11月1日まで碁会で三日間箱根にいた。

 07年の6月に「第11回ふれあい囲碁大会」があり、この会はこの後中断していた。
 今回、孔令文さんなどの努力が実って、あらためて「2009ファンフェスタin箱根」として、再開したのだ。
 参加のプロ棋士はいつもの孔令文六段・倉橋正行九段・下島陽平七段・瀬戸大樹七段・万波佳奈四段と、特別ゲストとして清成哲也九段。そしてその息子の清成真央(まお)初段。
 いつもの小林覚九段・笠井浩二七段やインストラクターの木下かおりさんなどがいなかった。このあたりにふれあい囲碁大会とは変わったことを感じる。
 人数は百人を越えた。前は一段あたり、2部作ったが、今回はほとんど1部。
   続きを読む
posted by たくせん(謫仙) at 05:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月05日

プロ棋士ペア囲碁選手権

02.12.7記
 
 恵比寿ガーデンプレイスで「プロ棋士ペア囲碁選手権2003」を見てきた。
 ペア碁は男女二人ひと組で、交互に打つ。
 小林千寿さんは、先週千寿会で「決勝戦にも応援に来てください」と言っていたが、残念ながら、1・2回戦で敗退してしまった。対局開始前に体調が悪いことが見て取れたが、プロにとっては体調管理も勝負の内なのだ。
 場内には女性の姿が多い。
 会場風景を幾つか。
 風弟が時計係をしていた。落ち着いてこなしていた。
 風弟は自称初段であるが、わたしより強い。学生は世間とは秤が違うので対局には注意すること。
杉内寿子八段
 高齢ながら衰えは見せず、小林千寿組を圧倒した。2連勝して勝ち残る。
梅沢由香里五段
「ヒカルの碁」でお馴染みのあのキュートな笑顔が、対局時は一変して泣き顔になる。碁を見ると優勢なのだ。勝ち残る。
   続きを読む
posted by たくせん(謫仙) at 18:00| Comment(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中国棋士

02.4.14記
   
 ヒカルの碁第16巻では、中国の碁界の一部が紹介されている。天才のひしめくかなり厳しい世界で、三十歳代になると活躍するのが難しいほどである。
 千寿さんの話によれば、これは中国ルールも理由のひとつらしい。
 最期のダメ詰めまで神経をつかい、三十代になるともう保たないという。
 日本のように、中高年がいつまでも活躍しているのは、中国では考えられない。これは生活の問題もある。
 先日、某棋戦で日中台韓の棋士が団体で競ったが、日本チームは全滅して最下位であった。これは常態となっており、トップレベルは完全に抜かれている。もっとも差は紙一重なので、どこの地域も、ひとり天才が現れれば、トップに立てそうなほどである。
 ヒカルの碁の16巻48頁に孔令文さんが紹介されている。中国人であるが、日本の棋士である。千寿会にも顔を見せたことがある。ここまで国際化すれば、もはや地域に拘ることはあるまい。
posted by たくせん(謫仙) at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

段級位の決め方は

02.4.14記
      
 段級の問題で熱くなったことがある。
 WWGoでは、アマは六段が最高となっており、プロは七段からである。ところが六段では、上と下では三段以上の差があるらしいのである。ここで、アマでも強い人は七段以上にしても良いのではないか、という提案があった。
 そこから議論が始まり、点数制の提言もあった。わたしはこれに賛成した。
「例えば名人に二目おかせるような人がいればアマプロに関係なく十一段でよろしい」
 つまり、アマプロに関係なく強さだけで段級位を決めるべし、と賛成票を投じたのである。ところが、ほとんどの人がこれに反対なのである。反対の理由に、「そんな人がいるはずがない」などという意見まであった。
 もし、いたらどうするか、という話をしているのだ。いるはずがないどころか、現実に六段を超える実力の人もいるのである。そこからこの議論が始まったのだ。現実派と理想派の対決みたいな事になったが、現実派の意見が圧倒的であった。マァ心情は判らなくはない。
 わたしは点数制も経験し、台湾の碁も経験し、段級の数字など、たんなる目安としている。数字に未練はない。ただ、なんとかして世界的に統一できないものかと思う。それが点数制であってもよい。この実力の世界では、免状などなんの意味もない。五段の免状を(買って)持ってても、5級の実力なら、初段に勝つことはほとんど不可能である。
 他の碁会所や外国に行って、五段をなのれば、恥をかくことは間違いない。買って持っているのは恥の上塗りである。
posted by たくせん(謫仙) at 16:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

WWGo

02.4.14記
       
 インターネットに加入したが、わたしの使い方の中心は、ネット碁である。ネット碁には各種のサイトがあるが、現在(02年当時)加入しているのは、WWGoであり、会費が一月500円のコースに入っている。無料のコースもある。
 人気漫画「ヒカルの碁」でネット碁が行われるが、そのサイトはこのWWGoである。
 今まで碁会所に行っていたが、問題があり、やめて、ネット碁にした。
 碁会所の最大の問題はタバコの煙である。形勢が悪くなるとタバコの煙を相手の顔に吹き付けるなどは、論外であるが、そこまで行かなくても、けっこう無神経な人が多い。かといって、禁煙の碁会所は知らないし、困っていた。
 もう一つは時間である。無制限であることがほとんどなので、時間を駆け引きに使う人がいる。10分・20分と相手がいらいらするまで時間を使って打つ人もいれば(長考ではなく、いらいらさせるため故意に)、大差の碁で2目のヨセを15分考える、なんて人もいる。
 これらの問題が、WWGoのネット碁で、すべて解決してしまう。
 なおそこでも、ハンドルネームは takusen のままで、掲示板によく投書している。最初は言葉の問題であった。全て英語、会話まで英語使用という規約であるが、「日本人にも判るようにしてもらいたい」
 現実には日本語で会話する人がかなりいて、わたしもそうしている。
 今のところ規約違反の苦情はない。
 操作ミスないし故意の悪質な行為があり、それに対する意見、最近ではルールに関する問題など、議論のうちに認識を高めることがある。
 なお、匿名で投書する人も多い。ハンドルネームは匿名みたいなものだが、それさえ出さないのだ。わたしは意見を述べるとき、署名するつもりで、必ずハンドル名で投書している。

注:後にWWGoをやめて、日本棋院「幽玄の間」に加入した。09年の現在は「幽玄の間」で打っている。
 WWGoの最大の問題は日本人だけ有料という制度だ。囲碁普及のため外国人は無料というたてまえだが、現実味がなかった。現在(09年)はどうなっているだろう。
posted by たくせん(謫仙) at 15:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中国ルール

02.4.7記
   
 脇道であるが、中国ルールの体験談を。
 もう十年以上前の話だが、わたしは台北に行くと、必ず台北駅前のYMCAに泊まることにしていた。
 ここでは、大きな声では言えないある種の煩わしさがないので、気に入っている。
 ここの受付で碁会所を調べてもらった。少し遠いが、信義路にある碁会所が判りやすかったので、そこに行くことにした。中正記念堂の脇の道が信義路である。あるビルの二階である。千寿会のある数寄屋橋の碁会所ほどの広さであった。そこでは有段者は無料である。
 わたしは当時碁会所の1級だったので、5級で申請した。これでも少しきつい。正しくは6級程度であろう。
 まずアゲハマを返す。これはもちろん知っていた。問題は数える時である。
 終わった時点で、黒を数えるが、分かりにくいところは、ゴケから黒石を出して詰めてしまう。そうして地を30目とか40目など、きりのいい数字にする。その後、石を全て崩してしまい、おはじきのようにして10個ずつに小分けする。地と石の合計が181以上ならば黒勝ちとなる。
 この数え方はカルチャーショックを受けた。
 数年前、テレビで「ゼイノイ」さんが、中国ルールの数え方を説明していたが、その時は白石は崩さなかった。
 夕方近くなると、小学生が10人以上入ってきた。
 そこでは小学生に碁を教えていたのであった。
 その時は、ゲタでとる方法とか、シチョウとかの説明をしていた。
 千寿さんがやっていることを、台湾の棋院は十数年前に、組織的にやっていたのである。
posted by たくせん(謫仙) at 14:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

終局の仕方

02.4.7記
   
 二月(02年)に、囲碁史に残りそうな盤上の大事件が発生した。棋聖戦第五局、王立誠棋聖は、終局後(?)に石を取った。もちろん、王立誠は「終局に同意していない」と主張した。だが、お互いにダメを打っているので、素人目にも終局していると思える。
 厳密に言えば王立誠の主張が正しいらしい。しかし、日本の棋界では、阿吽の呼吸で終局しており、柳七段が終局したと誤解するのは無理もない。
 わたしのレベルでも、こんな時は、「アタリですよ」と、声をかける。わたしの今までの感じでは、王立誠はそんなレベルの人だったとは思えない。もしかするとその前に、王立誠がそうしたくなるような、何かがあったのかも知れない。
 千寿さんが、ある高名棋士に訊いたとき、
「海外の対局ならボクも取るだろう。でも日本ではウーン…」
 なお、中国ルールでは、盤上の石を数えるため、ダメの詰め終わりを以て終局となる。わたしこれを台湾で経験している。今回の事件も中国ルールなら当然で、何の問題もない、と思ったが、ネットで拝見すると、中国でもダメの空いている状態で終局している。
 NHKでもダメの空いている状態で「終局になりました」と言う。
 理論的には、対局の停止をして、死活の確認をして終局となるが、対局の停止で終局と言うのが普通。プロには死活の確認で変更することがないので(全くないというわけではなさそうだが)、停止即ち終局となる。
 アマの場合、秒読みのない時計の問題がからんで複雑になる。もし停止に同意せず、ダメ詰めで時間が切れたら……。時間切れを狙って、意味のない手を打ち込んだら……。
posted by たくせん(謫仙) at 09:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

跡目になれぬ少年は

02.3.28記
   
 江戸時代から昭和の初めまで、棋家の当主は有望な子供たちを預かって、碁を教えたが、目的は封建時代の自家の存続である。だから、その中から一人だけ一人前になって、跡継ぎになればよかった。他の人は跡継ぎに万一のことがあった場合のスペアである。逆に見れば、跡継ぎになれなかった少年の末路は哀れである。そして当主はその者に対して責任を持たない。封建時代はそれが当然とされた。
 これは現代も問題で、プロを目指したがプロになれなかった少年はどうなるのか。現代は職業の種類も多く、それなりの仕事に就けようが、もし、碁以外のことを全く知らないような少年が、プロ試験不合格になったときのことを考えると恐ろしい。少子化の現在、子供がプロを目指し高校に進学しないと選択すれば、まず両親が反対しよう。実際に院生になってもプロになれない人の方が圧倒的に多いのだ。
 学校で、野球以外のことをしたことのない高校球児たち。
 高校にも進まず、取的のまま廃業する、力士を目指した者たち。
 封建時代と違うところは、優れた者は、当主になれなくても、それぞれに生活できることである。もちろん能力の無い者が篩い落とされるのは、今も昔も変わりはない。
posted by たくせん(謫仙) at 09:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月16日

井山名人誕生

 囲碁界に現れた新星井山裕太八段が新しい名人となった。名人になると同時に九段に昇進する。今年20歳。史上最年少の名人である。
 一昨日と昨日は、日本棋院幽玄の間(ネット)でずっと見ていた。もちろん途中で碁を打ったりしていた。
 立ち上がりはともかく、黒番張名人がいいと思っていた。だが、両対局者をはじめ、観戦者の多くは、ずっと白がいいと思っていたという。
 下は封じ手。
  go09.10.15-1.jpg
 右下の白は活きたが、わたしには中央の白の活きが見えない。ところがプロには白の活きが見えている。生き死にの問題ではなく、どうやってうまく活きるかの問題で、ただ活きただけでは不満という話だった。
   続きを読む
posted by たくせん(謫仙) at 09:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月13日

水間七段と行く囲碁旅行会

 6月28日(日)〜30日(火)に、千寿会の講師でもある水間師叔による、囲碁旅行会があった。千寿会には、29〜30日の誘いであったが、わたしは28〜29日に参加した。30日は仕事だったのだ。
 場所は陣谷温泉、陣馬山の麓である。藤野駅に1時に宿のマイクロバスが迎えに来ることになっている。
 チェックインは1時半、チェックアウトは11時。その間、温泉に入り、宴会をして碁を打ってという予定。

 わたしは朝早く発ち、朝八時前に相模湖駅に着いた。そこから明王峠をえて陣馬山に登り、陣谷温泉に下りた。この時、下りる道を間違えてしまい、陣馬山登山口まで下りて、そこから陣谷温泉へ向かった。陣馬山登山口までは藤野からバスの便もある。そこから登り道を二十分ほど歩いて陣谷温泉に至る。
   続きを読む
posted by たくせん(謫仙) at 09:30| Comment(4) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月03日

「奔流」の碁

 田中芳樹の小説に「奔流」がある。時代は南北朝の梁の武帝(在位502〜 549)の時である。
 この時代に淮河の中流域の鐘離で、鐘離の戦いという、中国史上最大級の戦いが行われている(506〜507)。梁の建国まもないころである。
 北朝の魏軍八十万。対する南朝の梁軍二十万は、降り続く雨を味方にして、陳慶之らの活躍で魏軍を撃退した。
 この陳慶之だが、武帝(蕭衍しょうえん)に建国前から仕えていた。子供のとき、蕭衍の雑用をしていたのだ。(以下赤字は原文のまま)

P23
 ある日、蕭衍は退屈をおぼえ、庭園に出たところ陳慶之が孔雀に餌を運ぼうとするのに会って、囲碁の相手をさせることにした。
 武芸と同じく、囲碁は、初心者が熟練者に勝つことはまずありえない。蕭衍としては本気で陳慶之と勝負するつもりなどなかった。どこまでも時間つぶしの遊びのつもりで、石の置き方を教え、白石を持って悠然と打ち始める。かるくあしらううちに、油断して、まずい一手を打ってしまった。
「こいつはまずい手を打ったな。ここを突かれれば私の負けだが……まさか子雲めが見抜くことはできまい」
 そう蕭衍が思っていると、黒石をつまみ上げた陳慶之が、実に自然な動作で、盤上にそれを置いた。蕭衍は愕然とした。陳慶之が黒石を置いたのは、そこに置かれてはまずいという唯一の場所であった。
 いささかあわてて、蕭衍は次の手を打ったが、互いに五手ほど打ち合うと、蕭衍の形勢がいちじるしく悪くなった。ついに蕭衍は追いつめられ、敗北してしまったが、むろん納得できるものではない。

   続きを読む
posted by たくせん(謫仙) at 06:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月03日

「石の猿」の碁

石の猿   ジェフリー・ディーヴァー  訳 池田真紀子

 この小説は探偵ものといったらいいのか。シリーズで4作目。
 新井素子さんが「サルスベリがとまらない」の中で紹介していた一冊。碁を知らなければそんなものかと思うが、碁を知ったら……、と疑問を呈している。
 車いす生活の、元警部補で犯罪研究者リンカーン・ライムを中心にした一団が、中国蛇頭の殺し屋、ゴーストといわれるクワン・アンを探し逮捕する話。アメリカの、深刻な大量の密入国者問題と科学犯罪捜査技術を扱っている。
 小説のできはかなりいいらしい。わたしの好みではないので、小説については書かない。

 ソニー・リーという中国公安局刑事が、ライムに碁をやろうと持ちかける。ライムは碁を知らない。そこで教わってやることになるのだが、その文を紹介する。
P204〜205。以下赤字は原文通り。

 ライムはリーが紙袋から取り出してベッド脇のテーブ
ルに置いた碁盤を見つめた。格子状に線が引かれ、垂直
の線に番号が振られていた。次に紙袋から現れたのは、
二つの袋だった。片方には白い小石が、もう一方には黒
い小石が何百個も入っていた。
 ライムは俄然やる気になった。ルールとゲームの目的
を説明するソニー・リーの生き生きとした声に、全神経
を傾けて聞き入った。
「ふむ、簡単そうだ」ライムは言った。二人のプレーヤ
ーが順番に盤に右を置いていく。敵の陣地を囲んでいっ
て、盤を広く占めたほうが勝ちだ。
「圍棋もほかの面白いゲームと同じだよ。ルールは簡単
だけど、勝つのは難しい」リーは石を二つの小山に分け
た。分けながら続けた。「古い歴史のあるゲームだよ。
偉大な棋士をいつも研究してる。名前はファン・シピン。
西暦一七〇〇年代の棋士だ。ファンほど強い棋士はいま
だに出ていない。スー・ティンアンという、同じくらい
強い棋士とよく試合をした。たいがいは引き分けに終わ
ったが、かならずファンが幾目か勝っていた。だから、
総じてファンのほうが強かったわけだね。どうして強か
ったかわかるかい?」
「さあ、どうしてかな」
「スーは防御の棋士だった。だけどファンは……つねに
攻めていた。いつも前進を続けた。直感的だった。大胆
だった」
 ライムはリーの熱意を感じ取った。「きみはよくこの
ゲームをするのかね?」
「故郷では同好会に入ってる。そうだね、碁はよく打つ
よ」彼は一瞬押し黙り、切なそうな表情を浮かべた。ラ
イムはなぜだろうかと首をかしげた。やがてリーは脂っ
ぼい髪をかきあげると、言った。「よし、始めようか。
疲れた顔をしてるね。ゲームは長くなるかもしれない
よ」
「疲れてはいない」ライムは答えた。
「俺もだ」リーは言った。「そうだ、あんたは初心者だ
から、俺にハンディキャップをつけよう。最初に三個よ
けいに石を置いてやるよ。大した違いに思えないかもし
れないけど、圍棋では大きな違いだよ」
「いや」ライムは言った。「ハンディキャップは要らん」
 リーはライムの顔をちらりと見て、ライムは身体の障
害のせいでハンディキャップをつけてもらったと思って
いると考えたらしい。そして真剣な声で付け加えた。
「あんたは今回が初めてだから、ハンディキャップをつ
けるだけだよ。理由はそれだけだ。場数を踏んだ棋士は
たいていそうする。慣例だよ」
 ライムは理解し、リーの気遣いをありがたく思った。
しかし、断固たる口調で宣言した。「ハンディキャップ
は要らない。きみが先手でいいぞ。さあ、始めよう」
 リーは二人の間に置かれた碁盤に目を落とした。


 ここで碁の話は終わり。この記述、著者が碁を知らないのではないかと思われる。
 新井素子さんは、「ハンディ三子」などに意見を書いていたが、わたしはこの記述のおかしさを考えてみたい。
 リーは同好会に入っていて、仕事で大量殺人の捜査でアメリカに出張する時も盤石を持ち歩くほど。おそらくは有段者であろう。間違っても5級以上、初心者ではあるまい。
 教えるリーが中国人なので、中国語の「圍棋」を使うのは仕方ないが、その知識は偏りが見られる。

1 格子状に線が引かれ、垂直の線に番号が振られていた。
★ 持ち歩く碁盤に「番号が振られていた。」とは驚き。そんな持ち歩きの碁盤があるのか。これはわたしの知識の狭さを感じた文章。

2 片方には白い小石が、もう一方には黒い小石が何百個も入っていた。
★ 黒石181個、白石180個、それぞれ200個に満たない。これを何百個というか。
 まあ、両方合わせれば361個なので、「何百個」相当するが。

3 「ふむ、簡単そうだ」ライムは言った。
★ 一度説明されただけでゲームが理解でき、「簡単そう」と思う人がいるだろうか。確かにルールは簡単だが、聡明な人ならゲームは複雑で難しいと思うだろう。

4 敵の陣地を囲んでいって、盤を広く占めたほうが勝ちだ。
★ 「敵の陣地を」ではなく、空き地を囲む。

5 リーは石を二つの小山に分けた。
★ 初めから白黒に別れていた。なぜここで分けるのだ。

6 偉大な棋士をいつも研究してる。名前はファン・シピン。西暦一七〇〇年代の棋士だ。ファンほど強い棋士はいまだに出ていない。スー・ティンアンという、同じくらい強い棋士とよく試合をした。
★ ファン・シピンとスー・ティンアンは実在の人物だろうか。このあたりに著者の知識の偏りと限界が見える。日本の碁を知らなかったのか、あえて無視したのか。

7 たいがいは引き分けに終わつたが、かならずファンが幾目か勝っていた。
★ 引き分けたのか、かならずファンが幾目か勝っていたのか、どっちなんだ。
 おそらく著者の頭にチェスがあって、同じくらいなら引き分けると思ったのではないか。コミのない時代、プロレベルの同じ棋力の人同士で、引き分けることはほとんどない。プロなら二段差以上ありそうだ。仮に同程度で引き分けることが多くあったとすれば、この二人のレベルはアマ高段程度か。間違っても「ファンほど強い棋士はいまだに出ていない。」などというハイレベルではない。

8 「スーは防御の棋士だった。だけどファンは……つねに攻めていた。いつも前進を続けた。直感的だった。大胆だった」
★ それは棋風で、それだから勝った、とは言えない。棋風の説明と考えるか。

9 「そうだ、あんたは初心者だから、俺にハンディキャップをつけよう。最初に三個よけいに石を置いてやるよ。大した違いに思えないかもしれないけど、圍棋では大きな違いだよ」
★ おいおい、ハンディなら井目(九子)にすべきだろう。まあ、ここはライムが碁を理解するまでの練習だから、それで三子でもかまわないが…。それに「余計に石を置いてやる」とは白も石を置くつもりか。初めにタスキに石を置いてからゲームを始めた戦前の中国の碁のルールを基にして考えているのか。

10 「あんたは今回が初めてだから、ハンディキャップをつけるだけだよ。理由はそれだけだ。」
★ それなら井目だろう。このあたり著者が置き碁の意味を理解していないと思える。教えるためなら互い先で問題ないはず。

11 場数を踏んだ棋士はたいていそうする。慣例だよ」
★ 場数を踏んでなくてもそうする。

 本当に碁を知っているのだろうか。碁の説明書を読んで、それを基にして、理解しないまま書いたとしか思えない。

   …………………………
 章の扉に次の説明がある。小説全体を碁に見立てているようだ。その説明を読んでいると「どこか違うなあ」と思ってしまう。

第一部 蛇頭
 圍棋(囲碁)という語は、二つの中国語からなる。“圍”は包囲することを“棋”は陣地を指す。よって圍棋は、生存を懸けた闘いを象徴する。“戦争”ゲームと呼んでもいい。
  −ダニエル・ペコリーニ&トン・シュー『圍棋』−
(以下同じ)
★「棋」を辞書をひくと、現代中国語辞典 香坂順一編著 では、
  象棋〔将棋〕・圍棋〔囲碁〕など。
学研漢和大辞典 藤堂明保編では、
  1 四角い盤の上で打つ囲碁。また、碁石。
  2 四角い盤の上で打つ将棋。また将棋のこま。
  四角い木の盤
とあり、いずれも陣地の意味はない。

第二部 美しい国
 勝敗を決めるのは、いかに先まで見通す事ができるかどうかである。相手の動きを読み、戦略を見抜いて攻めた者、相手の防御策をあらかじめ予測した上で攻めた者が勝つ。

★ 「……で攻めた者が勝つ」とは限らない。間違っているとは言えないが、ずれを感じる。わたしなど読み勝って碁に負けることはよくある。

第三部 生者と死者の名簿
 圍棋の試合は……二人の棋士が何もない碁盤を挟んで座り、有利と思われる場所に石を置くことから始まる。何もない升目は試合の進行とともに消えていく。やがて二つの勢力はぶつかり合い、攻防は激しさを増す。ちょうど現実の世界で起きる戦いと同じように。

★ 升目ではなくて交点。いつも「やがて二つの勢力はぶつかり合い、攻防は激しさを増す。」わけではない。

第四部 悪鬼の尾を切る
 圍棋の試合は、対戦する棋士の実力が拮抗していればいるほど面白い。

★ これは、その通り。まあ、このリーのように弱い者いじめ(初めての人に三子局を申し出、結局互先で三連勝)で楽しむ人もいるが。

第五部 待てば海路の日和あり
 相手の石を有効に取るには……相手の石の周囲に隙を残さず完全に囲わなくてはいけない……完全包囲されて初めて部隊の兵士が敵の捕虜となる実際の戦争と全く同じである。

★ 「有効に取る」とは何だろう。有効でない取り方があるのか。翻訳のミスかな。それに完全に囲んでも、二眼で活きている石は取れない。これが実際の戦争とは全く異なる。
posted by たくせん(謫仙) at 09:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月13日

碁神の孤独

 ヒカルの碁 余聞
 碁神は一柱だろうか。そもそも神は何柱いるか。キリスト教や回教では神は一柱だから碁神は存在しないか。
 碁はライバルがいてこそ楽しい。孤高の存在というのは酷く寂しいのではないか。
「碁の神様って孤独だな」
「だって自分と対等の相手いねェじゃん」
というヒカルの科白がある。この科白は新鮮だった。そんなこと思ったことなかったな。
 江戸時代、名人碁所になると勝負が禁じられた。公式手合いを打たないだけで、それなりに打っているのだが、この状態はヒカルの科白にちかい。そう言えば名人は九段であり、別称「入神」。
   続きを読む
posted by たくせん(謫仙) at 09:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月29日

花のない花見

 昨日は理研の庭で花見をしながら碁を打つ予定であった。
 理研の庭には桜の大木が連なり、一年に一日だけ、花の時期の土曜日に解放し、誰でも桜を楽しめるようにしている。それが昨日だった。
 それが昨日は真冬なみの寒さ。10時過ぎに理研に入ったものの、花見をしている人は誰もいない。このところの寒さ続きで、桜も開くのを止めてしまい、ほとんどの花は蕾のまま。咲き始めました、という程度。一週間後の方が良かったかも知れない。
 我々も、庭に盤石を広げる気にならず、畳の部屋に入り、部屋の中での碁会となった。 入り口には馬酔木の大木が咲いているがちらと見ただけ。窓の外には椿の花が見えた。椿の花には雪が似合うが、寒いといっても雪が降るほどではない。シジュウカラが地面を突いている。メジロが一瞬顔を見せた。ヒヨドリが2羽横切った。肝腎の桜は遠くに木や枝が見えるだけ。飲んで食べて碁を打つことになった。
 碁のできは最悪、内容は5連敗だが、不思議なもので、あまり悪いと相手が油断するのか、なぜか3勝した。
 一局目は相手の二子。一団の白石が危うくなった。生き死にが読み切れず打ったところ、相手が間違えて、生きてしまった。
 先輩の厳しい叱責の声。「そんな勝ち方では意味がない。勝ったとは言えない。まして二子置かせた相手ではないか」
 四局目は、最後の最後で相手がダメ詰まりに気が付かず7目ほどを取って一応勝つことになったが、それはナシにして数えてみると、思った通りかなり足りない。この局はわたしの二子なので、叱責はなかった。
 五局目、相手が勝ったつもりになって手がゆるんだところ、死中に活を求める必死の劫を仕掛けた。それが偶然一手違いで勝ち、碁も勝てた。「偶然」というのは、読めていないというだけではなく、投げ場をもとめて劫にしたという意味もある。本来は相手の花見劫になったところ。
 勝った三局、どれも人様にお見せできる内容ではない。もっとも、どうどうと勝てるならそれは手合い違いであろう。
 いつもなら、四時過ぎには寒くなるので終わりにするのだが、昨日は七時まで暖房の効いた部屋にいた。外は暗くなっていた。
posted by たくせん(謫仙) at 11:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月13日

千寿さんの碁の授業

文化庁から文化交流使に指名され、欧州で碁の普及に努める小林千寿さんの間接的な報告。

インターナショナルスクールで“数学”の授業!

囲碁を知らない数学の生徒に碁の集中講座、面白い話があります。
文中のチーママとはもちろん千寿さんのこと。
千寿会参照。
こんな手もあるんですね。
このフランスの先生にも脱帽します。
posted by たくせん(謫仙) at 06:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月23日

時間制

 それほど遠くない所で行われた囲碁大会に出席した。
 朝9時に集合というので、8時50分くらいに着くように出かけた。
 ところが、9時15分過ぎにようやく開会式。それがなんと来賓の挨拶などで、一時間もかかってしまう。これは拷問だ。一日の会で開会式に一時間とは。20分を過ぎるころからイライラしてくる。40分を過ぎるころには、心の中では切れていて、本を出して読み始めた。こんな状況では絶対に勝てないものだ。
   続きを読む
posted by たくせん(謫仙) at 07:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする