2007年03月04日

人間を高める?

05.3.8記
   
 先日NHK 「人間ドキュメント」を見た。棋士藤沢秀行さんが放送された。その妻モトさんの話ともいえるほどモトさんの逸話が多い。それはともかく。
 秀行さんの言葉。
「碁は芸である。相手より芸が勝っていれば勝負に勝ち、劣っていれば負けるだけのこと。勝負は結果に過ぎません。弟子たちに、『碁っていうものは人間が打つもんだから、人間を高めなけりゃ駄目なんだぞって教えてやる』」
 名言である。しかし、それが秀行さんの口から語られると、わたしは素直に頷けない。秀行さんといえば、わたしのイメージでは、酒や博打などに才能を浪費した大天才で、もし身を慎んで勉強をしていたら、古今を絶する大名人になれたかも知れないと思うのだ。テレビに出演するのに、酔って口が満足にきけない状態だったり、ズボンの前が開いていたり。放送された家庭問題だけでも、とても人間が高いとは思えない。
 そんな人に「人間を高める…」といわれても「ホントかなあ」。だが、わたしが聞いたあるプロ棋士は、「それは並の人の話、秀行先生の遊びは碁を高めこそすれ、マイナスにはなっていない」という。
 実際、わたしのような凡人の秤で量れる器ではないことは承知している。秀行さんのいう人間と、わたしのいう人間とは意味が違うであろう。それでも、もしも……と思ってしまうのだ。
 この言葉がたとえば呉清源さんの口から出たのなら、大きく頷く。

 秀行さんは毎年若手を集めて秀行塾を開いてる。プロ棋士の、それも一流棋士まで含めた棋士たちの指導である。三日間にわたっての合宿。それはわたしたちも行った「杉の宿」で行われている。それ以外にも、送られてくる棋譜を検討して指導したり、早くから中国の擡頭を予言し教育したりした。そして才能のある人には国籍や所属の別なく指導している。それを称して、「人間を…」というのなら、少し違うぞと思う。それは碁に対する情熱であって、人間が高いとはいわない。
 NHKも、そこは本人に言わせて、ナレーションでは言わなかった。この微妙さ。
 秀行塾には、孔令文先生も参加していたが、秀行さんの肩を揉む役だった(^_^)。
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連続持碁

05.2.9記
   
 持碁とは碁の引き分けのこと。なぜ「持」と言うのか知らないが、古くからある言葉だ。どのくらいの確率で生じるのだろうか。理屈から言えば30局に1局くらいはあってもおかしくないが、たとえばわたしはWWGoの自由対局で200局以上打っているが、持碁は一局もない。
 一般には、指導碁ならばともかく、勝負を争うときは、半目というハンディ(コミ)をつけるので持碁は生じないようになっている。わたしの行く近所の碁会所では持碁は白勝ちというルールである。一段差はコミ6目であるが持碁白勝ちのため実際のコミは6目半である。
 6日はその碁会所で2局続けて持碁が生じた。わたしの黒番である。と言うことは、2局続けて半目負け。なんかプロみたいだ(^_^)。悔しいより、滅多にない持碁が、2局続けて現れたことにびっくり。おそらく、もう二度とないであろう。ついていない日で、その後も必勝の碁を2局続けて逆転された。
 雪辱を期して退却である。
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二面打ち

05.1.30記
  
 昨日は明友会の碁会。千寿会の4人とハッピーマンデー8人の指導碁対局となった。一人で2人を相手にしての二面打ち。二面打ちは、これが二回目である。
 去年、最初に打ったときは、混乱して碁とはとてもいえないような状況だった。三子以上力が落ちた感じだったな。その経験から、打ち方を考えて、なんとか形になった(^_^)。とは言っても、三局目(五・六局目)は打ち終わった後では、ほとんど内容を覚えていない。
 若い女性たちが、会うたびに強くなっていくのを実感。わたしの行く街の碁会所は、わたしが一番若いのかといえるほど高齢化しており、最近女性は見たことがない。それが場所が違うと、女性たち(男もいるが)が自分たちでサークルを作って、我々と楽しく碁を打っている。いまだ不思議な気がする。
 棋院からはまた差し入れがあった。
 「ヒカルの碁」の扇子
 囲碁文庫「攻め合いの達人」を何冊か。
 わたしは扇子は遠慮して本をいただいた。
 その後は近くで新年会。この時も笑い声が絶えなかったが、省略。
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2007年03月03日

杉の宿囲碁合宿

05.2.27記
   
 また、囲碁合宿に誘われた。なんとか仕事をやりくりし、25日は休暇をいただく。名古屋から I さんもきてくれた。 I さんの棋力は県代表クラス、千寿会の先輩も歯が立たず、わたしでは三子の指導碁になってしまう。それも二面打ち。こういう方に打って頂けるのはありがたい。
 この会の中心になった若い女性たちは、二人がわたしに二子で、これは真剣勝負だ。二年ほどでここまで強くなった、脱帽もの。他の人は四子以上置かせる。これは指導碁になってしまう。わたしはこの指導ができないのだ。もちろん碁は指導碁として打っていくのだが、局後に並べ直して、解説することができない。むしろ指導されるはずの女性たちがよく覚えていて、逆に「ここはこうでしたが、どうすればよかったでしょう?」と指導されてしまう(^_^)。
 この女性たち、実に囲碁情報通で、わたしが教わることばかり。ケータイの強みだな。
 25日の正午に湯河原の駅で集まり、昼食後バスで幕山公園まで。杉の宿はそのすぐ近くだ。到着して部屋に荷物を置き直ちに対局開始。今回は新館であった。道を挟んで新旧の館がある。食事は旧館に行くことになる。
 夕食後、屋上の露天風呂に入ったが、わたし一人で独占。この時期なのでガラス戸を立ててあり、露天とはいうものの内風呂と同じ。なお湯河原だが温泉ではない。
 その後囲碁再開だが、遅くなって遅れた二人が到着。12時近くなると猛烈な眠気がした。部屋に引き上げようとしたが、美女たちに対局を要求され、深夜の二時までつきあって対局。
 26日は快晴だった。寝床から抜けて道路を見ると渋滞している。幕山公園の梅林見学の客である。朝食をとりに旧館へわたるのが大変なほど。バスもこの時期だけである。我々は、もちろん天気に関係なく対局。昼食を挟んで午後三時まで。チェックアウトが午後三時という、信じられないような制度の宿である。
 昼食時に雪がちらついていたが、三時頃にはかなりな降りになった。それでも梅林に見学に行った。風か弱いので寒さはそれほどでもない。午前中晴れていたせいか花の香りがする。甘酒を飲んだ。なんとかささぎさんは雪の中でアイスクリームを口にしている。 亜Qさんと I さんは酒を。
 ここまで集中して碁につかったことは初めてかな。
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2007年03月01日

第6回 ふれあい囲碁大会

04.12.5記
    
 3日から5日まで、箱根でのふれあい囲碁大会に行ってきた。わたしにとっては三回目である。成績は、(^_^)。(^_^)。(^_^)。
 5日のニュースでは、嵐のため、首都圏のあちこちの電車が止まっていると伝えていた。東京に帰れるのか、と心配はしなかった。どうやら午後には回復しそうであった。ダイヤは乱れていたが、なんとか帰れた。新潟中越地震に続いての災難(といううほどてもないか)。
 1 (^_^)。
 三段の部、七勝一敗で準優勝。同成績が二人いたのだが、二人の対局でわたしが負けていたので、準優勝ということになった。過去2回は三勝五敗なので、友人たちもびっくり。
「強くなったと思っていたが、何がきっかけだった? 何かあったはず」
 碁は強くなるときなにかきっかけがある。心境の変化などだ。ところがわたしの場合、思い当たるふしがない。たまたま調子がよかった、ということでなければいいが。
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明友会の初碁会

04.10.2記
    
 イチローが新記録を達成したこの日、わたしたちは日本棋院の7階応接室に集合。明友会の発足碁会である。(10:00〜18:00)
 メンバーは杉の宿の碁会に出席した八人プラスハッピーマンデーから三人で十一人。
 あみだくじで対戦相手を決めて対局。昼食を挟んで再開、最後は全員の連碁。棋力の差があるため、予定外の手が続出した。
 非勢の我がチームはヨセ劫ながら劫の形を作り、劫立てをする。ところがこの劫立ての意味を錯覚した相手が、劫を終わりにしてしまった。そこでわたしが劫立てでアタリの要石一目を取って大逆転。大盤での対局は、けっこう錯覚する。
 その後、時間がなくなり、双方の最強者が代表で小ヨセを打って終わりにするはずだったのに、錯覚して再逆転。わたしたち見ている人は誰もが気づいているのに、最強者が気づかない。大盤ゆえの錯覚であろうか。
 会長はミタニさん。ミタニさんは「ヒカルの碁」のアキラ君のファンで会の名を明友会と名付けた。
 棋院から三本の扇子をいただき、あみだくじで当たった人へ。
   山下敬吾・張栩  サインいり
   川端康成      深奥幽玄の書
   ヒカルの碁     ヒカルとsai の絵
 「深奥幽玄」はわたしがいただいた。
 当然ながら、近くで二次会。個室だったので、まわりが閑かで、話し声がよく聞こえた。ありがたい。なんとラムネがありました。
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第5回 ふれあい囲碁大会

04.6.14記
   
6月11日〜13日  富士箱根ランド
 指導棋士
笠井浩二 六段
小林覚  九段
孔令文  四段
万波佳奈 三段(女流棋聖)
瀬戸大樹 五段
 インストラクター  伊勢  木下
 第四回に続いて今回も参加した。小田原駅に集合するとすぐにバスが出て、時間通りにホテルに到着。食事後、時間通りに挨拶があって、対局が開始された。総勢130名ほど。級位者は2クラスに分けられていた。しかも別室。前回より40人も増えて、入りきれなくなったのだ。千寿会の会員4名、ハッピーマンデーの人も十数人。
 初日の午後に3局。二日目は午前2局、午後2局。三日目は午前2局(1局は手空き)打ち解散。わたしは三段の部で3勝5敗。まあそんなところだろう。その中で、間違えて勝ってしまったのが一局。間違えて負けてしまったのが一局。
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杉の宿

04.9.26記
    
 23日一泊の囲碁合宿に行った。千寿会の四人とハッピーマンデーの四人。湯河原「杉の宿」である。湯河原だが温泉ではない。駅からタクシーで1300円ほど。「杉の宿」は三階建てで、二三階が客室。そして一階には、碁や将棋の部屋があった。食堂と同じ部屋で、しきりで区別する。最高100人も対局できようか。わたしは初めてだが、この世界では有名らしい。廊下など、すべて絨毯を敷き詰めてあり、スリッパなどはなく、裸足で歩く。トイレは例外。
 23日の午後早々に着いたが、盤石の用意ができていた。さっそく打ち始め夕飯を挟んで夜中まで。翌24日も朝食前から始めて、午後三時まで。満足満足。
 わたしが二子の人が三人とわたしの四人が千寿会会員。わたしが二子を置かせる人が二人、その人から二子が一人、またその人から二子が一人、この四人がハッピーマンデーのメンバー。
 特にAは始めてから一年半で、わたしに二子までになったのに驚く。
 B女もそれに準ずる。C女は数ヶ月前まで、ようやく打てる程度だったが、今回ははっきり碁になっていた。D女も始めたばかりで、もうわたしに七子。
いずれも、上達が早く、特にAとBはわたしが20年かかったレベルまで、1〜2年で届いている。追い抜かれるのも時間の問題か。
 夕食のとき日本酒を頼んだが、これが本醸造であったのが、そのう…。帰ってから、久しぶりに酒屋に行って、純米吟醸原酒を。
 ほろほろと飲みました。
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プロを目指す少年2

04.9.12記
   
 わたしがたまに行く碁会所がある。きのう久しぶりにいった。そこは子供教室が中心のようで、昨日は他に一般客はいなかった。小学生に6子置かせて対局した。今年の春先、ここに行ったとき、プロを目指す少年がいた。2子置かせて対局した。先二くらいと思われた。少年には珍しく、一手一手に長考する。席亭も「早く打て」というしかり方をしていた。
 二ヶ月後、向こう先で対局、しかし、先は抜けていた。わたしの先だったかもしれない。
 さらに二ヶ月後、わたしの先で対局。おそらくわたしが二子であろう。
 そして、きびきびと打つようになっていた。意味のない(?)長考をしなくなっていたのだ。このとき、席亭から、日本棋院の研修生になることになったと聞いた。院生になる前段階である。
 いま中学一年生。ちょっと遅いのではないかと思うが、可能性はある。そしてきのう、その少年はいなくて、すでに研修生になっていた。だが、席亭の言葉にびっくりした。
「いま、研修日は月に五回しかない。これでは勉強にならない。このままではプロになるのは無理だ……」
 前に、プロになるのなら、学校の勉強などしている時間はなくなる、それくらい碁の勉強をしないと駄目だ、と教えていたのを聞いている。わたしは毎日のように鍛えられるのかと思っていたのだ。千寿先生をはじめ木谷道場の勉強ぶりは、広く知られている。そんな様子を想像していた。
「研究会に行かせたらいかがでしょうか」
 わたしは千寿会にくる少年たちや劔持先生の研究会のことを思いながら言った。
「それが、研究会には派閥があって難しい。……」
 いまのわたしの知識では、それ以上の助言はできないが、そんなにも日本では碁の勉強がやりにくいのか。中国や韓国との差がさらに開きそうな気がしてきた。
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2007年02月27日

死活

 高川囲碁読本の第5巻「ヨセと死活」に死活の基本形として次のような図が載っている。別々に載っているのをわたしが集めた。
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碁会所の廃業

06.12.10
 わたしが時々行っていた近くの碁会所が門を閉じた。
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観戦雑感

06.11.17
 ネットで張栩対山下敬吾の王座戦第2局を見ていた。結果は山下の1目半勝ち。
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マナーとチャット

06.10.17
 幽玄の間に入るとき、まずどこのサーバーに入るかという画面が出る。
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第4回ふれあい囲碁大会

 三日間にわたって箱根で行われた、ふれあい囲碁大会に行ってきた。三段で申し込んで、個人戦3勝5敗。ペア碁は一局で快勝。指導碁は小林覚先生に2局打って頂き、孔令文先生に3局打って頂いた。
 参加者は90名をこえた。千寿会からは、わたしと・かさぎさん・亜Qさん。ハッピーマンデーから4名の若い女性(カオルさん・マヤさん・ミタニさん・ネコさん)。
その中で印象に残ったことのいくつかを。
  
 ホテルで同室になったIさんは、五段の部で全勝優勝。風邪をひいて薬を飲みながらの対局で、この成績はすごい。亜Qさんは、「Iさんは強い。十番打っても十番とも負けるだろう」という。
 なんと、千寿会のHPを見ているそうで、かささぎさんや亜Qさんの名を知っていた。かささぎさんも同室で、一日目の夕方に登場。
 わたしの黒番の対局でのシーン。お互いに模様になって、黒が僅かにリードと思えた。白模様に踏み込んで戦いになり、二十数目の白石を打ち上げた。同時に死んでいた黒石十目が生き返った。劫替わりと差し引いて、それで盤面七十目以上のリードか。
 白氏「これは負けたなあ」
 わたし「ここの四目を取ったときリードしたと思ったので、打ち込んだのは死んでも問題なかったのが、生きてしまった」
 白氏「それがなければ勝っていたと思いますよ、ここが良かったので……」とあるところを指す。
 わたしは「そこは…」と石を崩した。そこを石を並べて検討しようとしたのである。
 白氏「わたしはまだ投了していませんよ」
 これには呆れてしまった。阿吽の呼吸の合わない人と言い争う気はない。
「それでは、わたしの投了にしてください」
「そんなわけにはいかない」
「あなたが、投了していないというなら、わたしが崩したので仕方ありません」
 マヤさんにも似たようなことがあって、カオルさんにこぼしていた。
「わたし、ちゃんと確認したのに……」
 これだけ人が増えると、マナーにも問題があるのか。続きを読む
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そこまでするか!

04.7.26記
    
 25日、もう一度日本棋院に行った。なんと土日は一般手合いはお休みなのであった。へえ〜。
 八重洲囲碁センターはやっているというので八重洲に行った。八重洲口会館の9階にある。かなり広く、もちろん手合係がいて、手合いを決め結果を記録する。
 さて、ここでの三人目、互先で、わたしの黒番になった。
 白さんはかなり時間をかけて打つ。それはそれでかまわない。こちらもゆっくり考えて打つ。だが絶えずぶつぶつつぶやいている。わたしは聞いてはいない。
 40分ほどした頃、白の35目もの大石を殺してしまった。盤面120対50で70目ほどリードか。残ったところは全部譲っても、50目の勝ちは堅い。さあもう一局と思ったところ、そこからまた白さんは考え出した。どうでもいい手を10分も考える。結局10手30分以上使った。こちらは見た瞬間に打つ。10手で20秒ほどしか使わない。
 ついに、投了を催促する意味で白に深く踏み込んだ。中で生きてしまえば、盤面80目以上もの差になってしまう。このころはすでにキレていて、相手の考慮中は新聞を読んでいた。ようやく白さんが投了したときは、「もう一局」と思ってから50分近くたっていた。
 白さんは 「手合いカードはわたしが書きますから」と言って書いていたが、わたしは勝った方が手合係に申告すると思っていたので、二人のカードを要求した。そして手合係に出そうとして見ると、なんと白さんの ○ になっていた。
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日本棋院に行く

04.7.20記
 
 昨日は初めて日本棋院に行った。なんと一般手合いは休み。たまたま同じような人がいたので、対局をお願いする。二段というので向こう先で対局したが、手合い違いであった。3連勝して、2子局にするが、それでも2連勝した。そして3子局にしても勝てた。ここで終わりにした。この3子局を始めたとき、ハッピーマンデーのミタニさんとささやんが登場。対局終了のあと、ふたりに様子を話すと、
「ここの段級位は甘いから…」
 早めにハッピーマンデーの部屋に行き、ミタニさんに紹介してもらい、見学者として名札をもらう。時間まで二人を相手に二面打ちを行う。早打ちの二面打ちはきつい。先日は井目だったのを5子局してもらっても1勝1敗であった。今度は時間をかけてゆっくり打ってみたい。それなら5子局でもこなせるのではないか。まず、高梨聖健八段の講座があったが、これがかなりのレベル。その後対局。
 ここは10級以下の教室のはずだが、強い人は先ほどの二段子より強い。なによりヨミがしっかりしているのが目についた。ただし、状況判断が甘いため、必勝の碁をひっくり返される人が多い。これは経験を積めば強くなりそうだ。ひとり取り上げよう。高梨八段に井目で指導碁を受けていた若い女性がいた。間もなく大ヨセというところで十数目の石が危うくなっていた。この生き死にが勝負である。それをなんと二十分近く考えて生きた。
 「生きた」ことより、そこでそれだけの時間をかけて考えることができることが素晴らしいのだ。
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プロを目指す少年

04.6.7記
 
 昨日は日本棋院足立支部に行った。北千住の駅の近くにある。最近見つけた碁会所なのだ。禁煙なので折を見て行くようにしている。そこには、プロを目指すという中学生がいる。
 三ヶ月前、向こう二子できついかなと言うくらいの力であった。それが一ヶ月前に一局打ったが、同じくらいの力になっていた。そして昨日、互先で二局打ったが完敗した。布石の感覚は歯が立たないほど。戦いはまずまずで、よせに入る頃には打つまでもなくというほど差があった。わずか三ヶ月で三段以上上達している。長足の進歩だ。
 こう見るとかなり有望のようだが、中学生でわたしと比較する程度では遅すぎるのかなという気もする。少なくとも中学を卒業する頃には、わたしに五子を置かせるほどにならないと無理だろう。今が勝負のときだ。
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