2016年04月05日

古い碁石

 旧聞になるが、今年の1月30日に、千寿会では新年会を兼ねてアンティ・トルマネン君の入段祝いをおこなった。その折、ある会員が古い碁石を見せてくれた。いつ頃のものだろう。

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昔の碁石は今ほど磨かれておらず、あるいは時代がついて、このように汚れが目立つのか。いずれにしても貴重な品である。ただ今では使いにくい。
 わたしは漢文や書道の教養がないが、「橘齊井上因碩」は読める。
 井上家では代々因碩と名乗ったので、名前だけでは誰だか判らない。手ががりは「橘齊」である。これで隠居後に幻庵を号とした幻庵因碩、つまり十一世井上因碩と判る。
 ネットで調べると「別号として橘齋もある」とある。さてここで問題なのが「齊」の字だ。
 齊 は整えるなどの意味があり、使い方は「一斉に…」など。
 齋 は部屋などの意味があり、 使い方は「書斎」など。
 はじめに戻って、橘齊の「齊」は「齋」が正しい。
 間違えたのか、書いた当時は、「齊」が「齋」の略字として通用していたのか。
posted by たくせん(謫仙) at 08:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 千寿会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月10日

アンティ君入段祝いとAlphaGo

アンティ・トルマネン君の入段祝い
 1月30日、千寿会の新年会を兼ねてアンティ・トルマネン君の入段祝いを行った。
小林千寿門下では、ハンス・ピーチ六段以来の入段である。(二人目)
 トルマネンの名に聞き覚えのある人がいるかもしれない。オリンピックスキージャンプ金メダルのトルマネンはアンティ君のおじさんである。
 このことは千寿会のホームページに書かれているので、そちらを読んでいただく。

 この日もう一つ話題になったことがある。
 Googleの囲碁ソフトAlphaGoがプロ棋士に勝ったというのだ。
 チェスではとうの昔に起きたこと。将棋では最近ソフトがプロのトップクラスの棋士に勝っている。碁では早くてもまだ10年はかかるだろうといわれていた。
 それがプロ二段の棋士に勝ったというのだ。トップ棋士ではないが、まがりなりにも一応プロを名乗る棋士に勝った、というので大ニュースになった。
 そして3月8日から韓国のイ・セドル九段と5番勝負という。イ・セドル九段は現在世界のトップ棋士。勝てたら本物である。
 棋譜をみたプロ棋士(アンティ君など)が、まるで人間が打っているようだ、ソフトらしいおかしなところがない、と言った。
 この強くなった秘訣だが、1日100万局自分同士で対局し、自分で強くなれる仕組みがあるという。ここでわたしは引っかかった。
 わたしは「天頂の囲碁2」を持っている。これでふつうに打つとパソコンの考慮時間が3時間近くなった。
 やむを得ず、一手30秒以内に制限して対局、それでも一局一時間以上かかった。
 それから5年、強くなっても早さはさほど変わるまい。3時間が3秒になった、あるいは0.1秒になった、ということはないだろう。実際の対局は60分プラス秒読みで打たれている。
 1局200手として100万局では2億手。1手の時間は…………0.000432秒。
 前の例から、パソコン一台というわけではないだろう。パソコン千台(もしかしたら数万台)も連ねてスパコン並みの性能にして、ようやく可能かと思える。
 3月8日に注目。

参考  Googleの人工知能開発をリードするDeepMindの天才デミス・ハサビス氏とはどんな人物なのか?
http://gigazine.net/news/20141203-deepmind-demis-hassabis/
posted by たくせん(謫仙) at 09:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 千寿会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月29日

大ナダレ

大ナダレ定石
 26日の千寿会、ユーホー先生(熊丰師叔)に教えていただいた。

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 1図
 白5に黒6と這ったところ、大ナダレに。ユーホー先生いわく、
「指導碁で大ナダレを打ったのは初めて。間違えないかと心配しました」
 もちろん、わたしが間違えないか、という意味だ。一手間違えたら序盤早々に碁は終わってしまう。
 わたしは実戦で打ったのは四十年ぶり、過去一度だけ打ったことがある。
 高川秀格の「定石」で初めて定石を学んだとき、「一間高ガカリ・ケイマばさみ」定石とナダレ型を覚えた。ナダレ型は、碁会所の相手が打ちそうなので、形だけを覚えた。
 その後、「一間高ガカリ・ケイマばさみ」は常用したが、ナダレ型は忘れてしまった。
 高川秀格も、「見ただけで気の遠くなりそうな難解な手順。もちろん覚えていただかなくても結構です。…」と言っている。
  去年、なにかのきっかけで、大ナダレを再確認しておいたのが役に立った。

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 2図
 この後は、黒は6の右にウチマガリ。白が4の右に切ってきたら、外側からアテる。
以下、高川の「定石」では、3図のごとし。

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 3図
 ユーホー先生は白9を黒10の位置に打ってきた。黒はその下に這う。
 結果をどう見るか。黒が実利を稼いだ形だ。
 この図を避けようと思えば、2図の黒4を5に打てばよい。

 さて、この大ナダレには新型がある。千寿会HPの管理人かささぎさんが、「大ナダレ最新型」 http://www.senjukai.org/Lecture/GreatAvalanche/GreatAvalanche.html で細かく解説している。
 変化はいろいろあるようだ。熊丰師叔はわたしの棋力にあわせて、間違えないように最も判りやすい図を選んだと思える。
posted by たくせん(謫仙) at 09:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 千寿会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月16日

熊丰師の指導碁

 先日の千寿会では熊丰(ゆうほう)師叔に四子局の指導碁を打って頂いた。二回目になる。
 隣ではある場面を指摘していた。三間にヒラくか中央に向かって飛び出すかという話。わたしならヒラく。しかし熊丰師叔は中央に向かって飛び出すべしという。
 わたしの碁を検討するとき、わたしの傾向は低く這うという。前回そうだったので、そのことに気を付けて打ってみた、と言いながら注意点を指摘する。

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黒丸印がすで疑問手で遅れた第一歩。上辺の黒一子が攻められることになった。
 右上の二子はすでに死ぬ心配はない。上辺の黒石を守ることを考えるべき。前回も常に下に行っていたという。そうか大名行列だったか。
 そのとき先の検討場面を取りあげてみた。
「わたしだっら三間にヒラきますが、中央に飛び出すのとの差はどのくらいありますか。その差は例えば目数では何目に相当するだろうか。三間に開いた方が勝率はよさそうです」
「目数で考えると、差はほとんどありません。四子局なら、勝率はあまり差はないでしょう。しかし二子局になると勝てなくなります。中央に飛びますと、二子局でも勝てます。当面の勝率には差がないでしょうが、碁の大局観の問題です」

 ここで、アマのAの話を思い出した。年齢は高齢者に近い。わたしが三子置いても勝てないほど強い人である。ある場面でここはどう打つか。
「僕ならここではこう打つ」
 ところがAより二子くらい下のBが、別なところを示してこう打つべきだと指摘したという。プロがそう打つと言っていたとか。
「Bさんがそう打ちたいのならそう打ちなさい。僕はそうは打ちません」
 のちにその場面が井山対張のタイトル戦で現れて、Bの指摘したように打たれた。しかし、
「あのふたりのレベルならそれが正しいでしょう。僕のレベルでは読めませんから、そうは打ちません。たとえれば、そう打つのはアマの野球選手が、160キロの速球を打つ練習をするようなものです。打てっこありません。自分たちのレベルにあった練習をすべきです」
 わたしのレベルは、中央へ向かうことを覚えるべきレベルなのであろうか。
 よく劔持師叔が、中央に向かって飛び出すよう指導してくれたが、師叔の心弟子知らず、いまだ会得できていなかった。
posted by たくせん(謫仙) at 08:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 千寿会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月24日

千寿会の新年会

 1月21日は今年初めての千寿会。
 指導棋士は久しぶりに高梨聖健八段。
 もちろん千寿先生もいて、iPadの話に花が咲く。
 先生のiPadが壊れて交換して貰ったが、データーが消滅してしまった。iPadはデーターを保存できない欠点がある、とか。
 先生は先日京都に行って舞妓さんと碁の話をした。その写真をiPadで見せて貰った。手つきが様になっている。
我「このお姐さん、碁を打てるの」
師「いいえ、そこでわたしが石の持ち方などを教えただけで、碁は打てない方ですよ『こうどすかー』なんて言いながら…」
我「いい手つきしているねえ、打てないとは思えない」
師「きっと、このお姐さんは踊りも上手じゃないかと思うの」
我「なるほど。大きな声じゃ言えないけど、◯◯さんよりいい手つきだねえ」
師「大きな声で言っているじゃない」
 本人には聞こえなかっただろうな(^_^)。
 わたしもガラスの碁石では上手く持てないことが多くなった。千寿会のハマグリと那智黒の碁石なら普通に打つことができる。
 高梨聖健八段には指導碁を打っていただく。千寿会では“貴公子”といわれている、なじみの深い棋士だ。去年の12月4日に結婚したばかり。新婦は元関西総本部の井澤秋乃四段。すでに東京の本院に移籍している。

 自由対局や指導碁が終わって講義。先日の棋聖戦の解説だった。その前に千寿先生からちょっとした情報。
 今年は碁関係の映画が三本も出る。
 天地明察 と 碁を打つ女 と 「初到東京/東京に来たばかり」 だったかな、前の二本はわたしの書庫で原作を紹介している。
 ぜひ見てみたい。楽しみにしている。

 話を戻して、井澤さんは前に箱根でお会いしたことがある。
参考 第11回ふれあい囲碁大会
 高梨八段は2009年に阿含・桐山杯で勝ち進み決勝に進出した。相手はトップ棋士の張栩(チョウ・ウ zhang1 xu3)名人。わたしたちは京都まで応援に行ったものである。
参考 阿含・桐山杯
 またわたしたちアマの合宿にも来て、指導してくれたこともある。

 碁会のあとで新年会を開いた。人数が二十人ちかくで話の輪もいくつかに別れ勝ち。向こうではどんな話をしているのか判らない。わたしは高梨八段と上のような思い出話をした。
 あんなアマの指導碁を1日に二十局も打つのにどうして棋譜を憶えられるのか。高段のプロ棋士の頭の中は想像もつかぬ。
「すべて順調に打たれるのは憶えにくい。むしろ大きな間違いをしたとか、その人にしてはハッとするようないい手を打ったとかすると、憶えやすいですよ」

 そうこうしているうちに井澤さんが登場。この日はペア碁の棋戦があり、2勝して三回戦に勝ち進んでいた。三回戦で負けてしまったが、その後の打ち上げ会に出るので遅くなるとの連絡が来ていたのだ。そちらは仕事なので優先である。
 井澤さんが登場すると話の中心は井澤さんになってしまう。
 わたしは、井澤さんがブログに書いていたことを思いだした。
我「『カレーを作ったが美味しくない。原因はタマネギを炒めるのが足りなかったので…』などと書いていたので…」
井澤「わたしが書いたンですか? 自分の書いたのを憶えていないンです」だって。で、続きを言い損ねるうちに、何を言おうとしたのか忘れてしまった。

 そんなこんなで楽しく過ごしたが、帰宅してまもなく、わたしは地獄の苦しみに遭遇した。
 この日の料理はほとんどが油もの。それを普通に食べてしまったのだ。腹が痛むのは不注意で仕方ないとしても、この痛みは尋常でない。20年も前だが、痛みに耐えかねて、救急車を呼んだことがある。しかし、今回は電話のところに行くこともできない。
 用心していたので、ここ数年は多少の油ものを食べても大丈夫だった。この日は油断して、油を断たなかったことが原因だ。三メートルほどのトイレまで這って行ったが、布団に戻ることもできないほど。朝に近い三時頃になって、ようやくまともに布団に入ることができた。
posted by たくせん(謫仙) at 08:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 千寿会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月30日

負け方三態

 千寿会でのある一局、わたしの白である。

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 白2−2に打って「はい、活きました」と宣言(したようなもの)。ところが黒は▲にくる。
 白Aに打って活きは、一目見れば判る。考えるまでもない。これは基本の死活として、前に紹介している。
 謫仙楼対局 基礎の死活

 ところが、白Aのあと黒Bとなるとその後の打ち方がなぜか読めなかった。
「どこかにおまじないを打ってそれから白Aだったかな」
 必至で考えるが盲点に入ってしまって、素直に白Aでいいことに気がつかない。手順を間違えると死んでしまうので、死んだふりをして他所に打つ。しばらく打ち合っていたが、健二師叔が見に来たとき、「ここか死んでしまって…」と言うと、笑顔で「微妙」とのたまう。
 その瞬間、黒から先にAに打たれてしまった。打たれれば、考えるまでもなく白A黒B以下の手順が浮かんだ。口は災いの元。投了となる。
 この後は、家賃が高くなっていたネット碁で連戦連敗。孔家の引っ越しである。
 その途中ではこんな負け方もした。

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 ここでパスつまり終局宣言である。左下に一目取り、つなぎがあるので早すぎたが、それはともかく相手は同意せずダメを詰めてきた。そしてダメの九手目が黒▲。

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 いきなりここへ来れば気がついたであろうが、九手もダメを打った後なので、気がつかず別なところに打ってしまった。つまりパスした。ところが黒A・白B・黒Cと一手ヨセ劫ではないか。投了となる。負け続けるとこんなことにも気がつかなくなるのだ。
 5子下がってしまった。
 行くつくところまでいってしまってとどめの大敗。
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 それでも、もう碁盤を見るのもいやだ、とはならないのが碁好きの宿命。
 千寿師父にこの話をすると、呆れ顔でなにか言っていた。聞き取れなかったが「苦労しがいのない男」とでも言ったのかな。
 その後の師父の指導は、十年前に初めて教わったことと同じ。「相手が右を打てば左へ、左なら右へ、それでなんの問題も無いでしょう」。
 これがきっかけで連戦連勝。勝ちだすと不思議なもので、負けたと思ったのに相手が投了する。どうもコミなしなのにコミが出せないと錯覚したようだった。相手が最終手で不要の手入れをしての半目勝ちもあった。そうして3子戻すことができた。定位置だ。上に上がると家賃が高くて生活が苦しくなる。

 かささぎ師兄は某氏に八子で負けて、それでもめげるどころか嬉しそうに「八子局の負け方」を書くと言っていた。これぞ碁好き。
 しかし、よほどキーボードが堅いのか、半年たつのにいまだ目にしていない。
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2010年11月28日

奇想と囲碁動画 

 最近、千寿会に参加した若い二人を紹介。

 あてこみさん。元院生である。当時の院生に大橋拓文さん(現プロ四段)などがいて創作詰碁を披露しあっていた。それを見て詰碁に興味を持ち、創作するようになった。
 今は院生をやめてしまったが、詰碁創作は続けている。あてこみさんの詰め碁は「奇想」。19路からはみだし、碁とは別な詰碁専門の世界を創造する。
謫仙:今までに作られた詰碁は多いので、詰碁を作る人は、できたものが先人と同じだったという心配はしないのですか。
あてこみ:そんなに多くはないので一応目は通します。創作者各人に特徴があるので、その人らしい特徴のある詰め碁は、ダブることはありませんね。特にわたしの詰碁は絶対ありません。
   ★奇題創作工房 あてこみ式
 自費出版の詰碁集に「詰碁・32の奇題」がある。


 岡部典孝さん。パソコンのプロである。
 碁も強いが、古今の棋譜に詳しい。最近「囲碁囲碁動画」を作った。
 ブラウザだけで見られる動画である。専用のソフトを使うわけではないので、インストールなどという手間はない。いま行ってみたら、本因坊秀策対太田雄藏の一戦を中継していた。まるで生中継の迫力。
謫仙:その膨大な棋譜入力も自分でやったのですか。
岡部:前から趣味で棋譜を集めてあったので、それを使いました。この動画のために特別に棋譜を入力したわけではありません。
 一時間一局。毎日24時間流れている。番組表もある。
   ★囲碁囲碁動画β
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2010年08月11日

冲方氏のインタビュー

七日の千寿会(後) 冲方氏のインタビュー

 フランス少年との碁を打ち終えてから、週間碁を広げる。
 7月14日に行われた、天地明察の著者冲方丁さんのインタビューが載っているのだ。
 出席者は現役最高年齢の杉内雅夫九段(大正九年生まれ)・依田紀基九段・小林千寿五段。それに司会として秋山春秋子。
 内容は当然ダイジェストであろう。実際にはもう少し濃い話があったのではないかと思われる。
 著者がこの本を書いた動機のような話が続く。
 わたしは算知道悦六十番碁(小説では二十番碁)の話に興味を持った。二十番碁を算知が持ちかけたのは囲碁界の常識にないので、どこから…という問に、春海の天文の資料の中に有ったと言う。
 これが本当なら囲碁史上に於ける大発見なんだが、続きがない。若いころ囲碁の神様と言われた杉内雅夫九段も知らない話。その資料は何か。どのように書かれていたのか。その信憑性はどうか。などなど細かい話があったと思えるのだが…。碁方と碁所の区別もできない著者なので、誤読していないか気になるところ。
 ただし、本物の資料にそう書かれていた可能性はある。一門の資料なら一応体裁を繕えるだろう。「師は本因坊の挑戦から逃げ回っていて、六十番碁を二十番しか打たなかった」とは書けないからだ。はじめから二十番碁であったかのように書くだろう。師から本因坊へ持ちかけたかのように書くだろう。
 客観的な資料になりうるかどうかが問われる。それでいままで知る人がいても無視されていたのかもしれない。
 千寿師父に訪ねたかったが、ぐっとこらえて口には出さない。千寿師父は7月30日に日本棋院の海外室と出版部を担当の常務理事に就任している。内容を勝手に漏らすわけにはいかない立場なのだ。
 碁ワールドではもう少し細かく出ると思うが、読む機会があるかどうか。
 天地明察に対して、わたしはかなり手厳しいことを書いているが、基本は褒めている。間違いを正して、安心して推薦できる本にして欲しいのだ。
 専門家の監修を入れて漫画化できれば、ヒカルの碁につぐ面白い囲碁マンガになるだろう。本因坊という名も世界に知れ渡ったところだし、世界が待ち望んでいると思う。

関連記事: 天地明察  天地明察(続き)  江戸の碁  名人碁所
posted by たくせん(謫仙) at 16:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 千寿会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月10日

フランスの少年

七日の千寿会(前) フランスの少年

 七日は千寿会だった。ゲストはフランスの少年たち5人とそのリーダー格の青年。人数が多い(合計11名)ので、半分は残してきたという。
 囲碁梁山泊の長谷川さんもきていた。その他二人という大人数。
 客員講師はレドモンド九段、「英語も話せます」(^。^)。
 アメリカ出身だが、家庭では日本語だという。日本語で話をしていて、いきなり英語でと言われると、とまどうという。
 逆に言えば、それほどに日本語に習熟していて、普通の日本人以上に折り目正しい日本語を話す。
 テレビの解説でおなじみだが、実際に目の前で解説して貰うとかなりイメージが違う。
 わたしの棋力では碁の内容まではとても紹介できない。
 さて、今回はフランスの少年14歳と互先で対局。憶えてまだ二年と言うから驚き。布石はわたしの方がかなりよかったが、少年の攻防の手筋が鋭く、わたしは懸命に活き筋を探した。わたしの大石の活きが決まったところで少年は投了した。
 途中の態度が崩れて(悪くと言いたいが少し意味が違う)5回も6回もリーダー格の青年に注意されていた。
 身体が横を向いている。
 こちらが考えているときに碁笥に手を突っ込んで音を立てる。
 打つために石を摘んでから何度も手を宙に舞わせる。
 形勢が悪くなって、盤上で迷っていると注意が散漫になるのだろう。わたしにも身に覚えのあること。
 打ち終えてから、週間碁を広げる。
   つづく
posted by たくせん(謫仙) at 15:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 千寿会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月26日

江戸の碁

 江戸の碁 囲碁史探偵・福井正明九段+名観戦記者・秋山春秋子

 7月24日の千寿会は小林千寿さんの他、福井正明九段が講師として来たくれた。
 福井正明九段は江戸の碁のスペシャリスト。著書に囲碁史探偵が行く −昔と今 碁打ちの物語− などがある。

 7月14日、いま評判の天地明察の著者冲方丁さんのインタビューが行われた。
 出席者は現役最高年齢の杉内雅夫九段(大正九年生まれ)・依田紀基九段・小林千寿五段。それに司会として秋山賢司さん、碁の解説では春秋子の名で親しまれている方だ。
 このインタビューは8月の初めころの「週間碁」と「碁ワールド」に載る。この話が聞けるかと思っていたら一切なし。発売までお待ち下さいだ(^。^)。
 その前にわたしたちはいろいろな疑問を千寿師父にぶつけてあったので、その解説者として、福井正明九段を講師に招いてくれた。

 わたしは早めに行ったので、さっそく指導碁を申し込む。三面打ち。
 打ち終わって碁を振り返って解説してくれるが、いろいろ説明されたあと、わたしは言った。
「ここに先生に打たれて、もう足りなくなったと思った」
「その判断は正しい」
 と、わたしが褒められたのはその一回だけ。まわりにいた人に笑われてしまう。
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posted by たくせん(謫仙) at 07:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 千寿会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月29日

終局処理

 誰だか言っていた。
 (なんとか)とかけて、級位者を教えるアマ4段と解く。
 (その心は)もっともらしいけどホントかなあ。

 千寿会でのある終局処理である。

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 この盤面、どうしてこうなったのかは、このさい無視してほしい。問題の部分以外は正確ではない。
 お互い「終わりましたね」と声をかけてから、黒1・白2・黒3とダメを詰めた。本来なら白が手入れをするところだが、白も気がついていないので手入れをしない。
 白は4と最後のダメを打つ。これで終わりにしそうなので、見ていたわたしは声をかけた。
「お互いがこれで終局としたら、これで終わりです。でも二人とも重大な見落としがある」
 少し間をおいて、二人とも「どこですか」とわたしに訊く。
「このあたりを考えてみなさい」、と問題のあたりを示す。
 お互いかなり考えていたが、白さんは気がつかないのかどうか、黒さんに「あなたの番です、どうぞ」という。

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 黒は5と打った。白は6と応じたが、ここにいたって、白さんは問題に気がついた。黒さんは黒7の右に打とうとする。わたしは黒7の手を示した。
「こっちからですよ」
 しかしお互いにまだ黒7の意味に気がついていなかった。白は黒5の石を抜く。黒は3目抜き。これによって死んでいた黒石10目が生き返ってしまった。ここでようやく、二人とも黒7の意味が判ったのである。それでも数えると白が2目余した。
 正しくは黒は5ではなく6からキリ、白は7ツギ。黒5で8目ヌキであろう。

 問題は、黒7の手を教えたことは除いて、この処置はこれでよかったのだろうかということ。
一 白4まで戻って、ここで終局とする。
二 こうなることが判ったので、白4まで戻って、白に手入れをさせる。
三 黒5まで戻って、黒6・白7・黒5で終局させる。
四 黒7まで戻って、黒7の右に打たせ白7ツギ・黒3目ヌキで終局させる。
五 お互い承知しているので、この処置でよい。

ルールでは、
第九条−1(終局)
一方が着手を放棄し、次いで相手方も放棄した時点で、「対局の停止」となる。
第九条−2
対局の停止後、双方が石の死活及び地を確認し、合意することにより対局は終了する。これを「終局」という。
第九条−3
対局の停止後、一方が対局の再開を要請した場合は、相手方は先着する権利を有し、これに応じなければならない。


ルールを解釈すると、
「終わりましたね」と声をかけたことで対局の停止。わたしが問題があることを指摘しても白さんは気がつかなかったようなので、次のように解釈した。
1 黒は再開を要求した。
2 白の手番で再開した。白はパスした。
3 黒は5と打って対局を進めた。

 これでよいか。かりに白から「終わりを確認した以上、それを打ってはいけない」と抗議が来たときのこの場の解釈であり、教える立場の態度の問題である。
 もちろん、その時こんな心配をしていたわけではない。間違いがあったら打ち直しながら進めていた対局である。原則はどうなんだろうと思った次第。
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2010年01月18日

新年会

 16日は今年最初の千寿会。千寿先生と会うのは今年二回目。
   kandayouko.jpg

 一回目は11日で、ピアニストの山下洋輔さんを囲む新年会。わたしは山下洋輔さんをゲストにした碁会だと思っていたが、碁の方がおまけだった。
 場所は新宿の白龍館。元院生の村井真理子さんがご家族で経営している料理店だ。店内は大きなピアノが目を引く。
 入ると何人かワインを飲みながら談笑していた。一画で一組が碁を打っている。その一人が山下洋輔さんだった。
 わたしは隣に座り覗き込む。間もなく相手が見つかり碁を始めたが、ほとんどの人は談笑のみ。
 小川誠子六段・大澤奈留美四段・武宮正樹九段も姿を見せる。隣では女性同士が対局を始めた。
 間もなく山下洋輔さんがピアノを弾きはじめた。生のピアノの迫力は、音痴のわたしでも判る。引き込まれた。武宮正樹九段のダンスなどもあった。
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2009年12月23日

王唯任老師

04.7.19記
 
 昨日は千寿会へ。千寿先生は洋行中で参加者が少なかった。自由手合いはうまく打てたが指導碁は王先生にバラバラにされてしまった。
 なお王唯任四段は台湾の出身で現在はプロ棋士であって学生。碁に関する研究論文を書き上げたという。近いうちにそのダイジェストが千寿会のHPに発表される予定。桜美林大学(東京・多摩市)で修士課程に在籍する。
 日本の棋士は高学歴の人はほとんどいない。珍しい方だ。学校に時間を割いて碁の勉強時間を削っては、大成は難しいのだ。二次会では台湾の話で盛り上がったりした。
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2009年12月20日

クリスマス碁会

 12月19日、今年最後の千寿会は、ホテルニューオータニ 翠鳳の間。ホテルニューオータニ囲碁サロンとの、合同クリスマス碁会であった。
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       ホテルニューオータニ

 わたしは少し早めに行ったところ、まだ数人しかいなかった。受付で、「始まるまでこの方と打ちませんか」と誘われた。妙齢の美女。年や美しさは碁とは関係ないのだが、一応書いておきたくなった。その態度振る舞いは落ち着いている。漢字の名前から韓国の人と思えた。「ニューオータニ囲碁サロン」の囲碁インストラクターであった。もと院生であるという。
 わたしは三子でお願いする。碁は穏やかな展開になった。だんだん人が集まってくる。
 それぞれが対局を始めた。隣では千寿会の大師兄Fさんと与謝野馨さんの対局が始まった。たっぷりとスペースを取ってあるので、隣の対局を覗くことはできない。
 与謝野さんは政界一の実力者といわれている。実力6段。インターネット「幽玄の間」で小沢一郎さんと対局したことがある。その時は痛恨の敗北であった。本人は絶対に勝てるつもりでいたらしい。もちろん碁に絶対はないが、そのくらいの気持ちであったのだ。しかし小沢さんもかなりの腕前。二人にそれほどの差はないらしい。
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 わたしの碁は中盤、まだ、置き石の効が残っているが、力の差から予断を許さない、というところで終わりにした。指導碁の時間になったのだ。
 小林健二先生に指導碁を受けていると、Fさんが指導碁を受けるため隣に来た。「与謝野さんは強かったが、なんとか勝ちましたよ」と言う。
 指導碁のあと二局打ち、コーヒーを飲んで一休み。もちろん碁盤型などのケーキもあるのだが、わたしは残念ながら食べられないのだ。
 このあと、アンナちゃん(千寿先生のお嬢さん、中三)のピアノ独奏と木谷實さんの息子さんなどの演奏と歌。この日はちょうど木谷實さんの命日でもあった。
 そして、小林覚九段と常石隆志アマ名人の公開早碁がNHK方式で行われた。手合いはアマ名人の定先。時計係は巻幡多栄子三段。アマ名人とはいえ、アマが定先で一流棋士と対局するのはきつい。
 千寿さんが聞き手で、小林健二七段の解説。
 結局は、覚九段の4目勝ちだが、序盤にリードしてそのまま押し切った。わたしの碁なら4目は数えてみないと判らないが、プロにとっては4目は大差。途中で黒が潰れそうになったが、覚さんはその強手を打たず終局した。

 その他では、かささぎさんが六子置くという埼玉の強豪Kさんが参加。プロ並みの力を持つ。話す機会がなかったが、来年からは、千寿会に参加するとか。
 ともかく今年は終わりました。
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2009年11月04日

基本定石か?

03.12.1記

 普通、碁を始めるとき最初に教わることは何だろうか。四目取りと石の死活。ここまで30分ほどか。その次に、打ち方として、星の定石であろう。その最初が、下に示した基本定石である。
 11月30日の千寿会は、チイちゃん(千寿先生)がお休み。釼持丈先生と高梨聖健先生の二人が指導に当たった。大盤解説のとき釼持先生が、基本中の基本ともいうべき定石に疑問を呈したのにびっくり。
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矜持

03.9.8記

 先日の千寿会に二十歳のドイツ青年がきた。亡くなったハンスさんの実家近くの人である。院生修行をする。もちろんプロを目指す。
 千寿さんがこの夏にハンスさんの墓参りをかねてドイツに行ったところ、本人が希望したので日本に呼んだ。ただし日本に来るのは初めてではない。
 青年のお母さんの条件は「絶対に甘やかさないないでくれ」というものであった。
 家を出たら自分の力で生活する、絶対他人の居候をしてはならない、という強い矜持を持つ。そのため千寿さんは子供教室の管理とその指導役を命じた。
 考えてみれば、日本の囲碁は日本的矜持によって成り立っている。対局ルールにしても、紳士協定の部分がかなりあった。例えば第一手を右上ないし天元に打つなど。もちろん、これに違反しても罰則はない。02.4.7「終局の仕方」で起こった問題も、この矜持の持ち方の差かも知れない。
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2009年11月03日

グアテマラの現地事情

03.2.16記
  
 昨日の千寿会はハンス師追悼碁会になりました。
 事件の起こったグアテマラについて、行ったことのある方が、現知事場を説明してくれました。とにかく危険なところで、高速道路でさえ夜は通らないほど。出勤で通る道も毎日ルートを変えた。外を歩くときは、粗末ななりで金目のものは一切持たないようにした。といいます
 ハンス師の行こうとした観光地は遠くて、一日がかりのところですが、さらに途中にある湖によるため、脇道に入った。そこは見るほどのところではなく、しかも強盗の巣ともいえるところ。現地事情を知っている人なら、必ず止めます。もし、強盗に遭っても覆面強盗なら、助かる可能性が高い。なぜなら顔を見られないから。逆に素顔の強盗は危険です。
 そんな危険なところに派遣したことに憤りを感じました。

 さて。
 久しぶりに千寿さんの指導を受けました。
 辺の黒石の真ん中に打ち込まれた白石。どうやらこの一団の黒は死んだらしい。それに気付かす続けて打つと、千寿さんは手で拍子を取るように膝を叩く。これを見て、わたしはすでに死んだことに気付く。この手の動き、千寿先生は無意識にやっているのでしょうか。それとも意識的に投了を催促しているのでしょうか。
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ハンスピーチさん死去

03.1.18記
    
17日帰宅後、千寿会のHPを見て、凍りついてしまいました。ハンスさん死去の二ユースです。
 夕刊を見ましたが載っていません。今朝の朝刊にようやく載りました。
 ハンスさんは、このサイトにも何度か名前がでました。わたしが千寿会でもっとも多く教えていただいた先生です。あの優しい目や、剃髪したこと、去年の夏休みには、ドイツを横断する自転車旅行をした話などを思い出します。
 来週25日の千寿会でも、教えを請い、一緒に新年会をする予定でした。
 残念です。
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2009年11月01日

両師の指導碁

02.11.22記

 前に三師三様を書いた。その続きである。
千寿先生
 ウナギのように捕まえどころのない、難解な指導碁を打つ。焦点がぼけて、どこを目標にしたらよいのか、判りにくいのだ。ひとによっては、「千寿さんには勝ちやすい」という。この方には、目標が見えるのであろう。
 局後の解説は判りやすい。特に下手の心裏を穿った説明は特筆ものだ。自分でも気がつかなかったことまで、説明してくれる。
「この手はあなたのレベルが相手なら、いい手のように見えますけど、こういう反撃があって悪い手です」
 わたしはその手を読んでいて、その上でいい手だと思っていたのであった。

ハンス先生
 先日、ハンスさんの三十目近い石を殺したことがある。おそらく、わたしが取りかけに行ったので、最後まで正しく打てるか見てくれたのであろう。
 その後の打ち方が生意気だったため(反省)、なんとこの碁を負けてしまった。これは一例だが、ハンスさんは判りやすい指導碁を打つ。今どこを攻めるべきか、守るべきか、目標がはっきりしやすい。わたしは手段では迷うことが多いが、目標で迷うことはほとんどない。ところが、局後の解説は、「ここはどうでしたか」と、こちらから迷ったところを積極的に問わないと、手段の解説だけになりがちだ。
 この、ここに何かありそうだと、ハンスさんの話を促すのが、もう一つの勝負になってくる。
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大盤解説の聞き手

02.9.29記

 9月21日、前に書いた元高校選手権者のMさんが来ていた。前回と異なり、碁の勝負以外の緊張感が取れて、ときどき笑顔をみせたりで、ずいぶん落ち着いていた。
 わたしが院生の時のことを訊いた時、「一組だった」と言う。
「ABCじゃないの」
「今はそうだけど、制度はよく変わるから」
 テレビで碁を放送するときは、解説者と聞き手がいて、コンビで大盤に並べて説明しているのを放送する。
 Mさんは、その練習をさせられた。ハンスさんを解説者にして、その「聞き手」になる。
 Mさんがプロになれたとして、トーナメントプロになるのは難しい。レッスンプロにならざるをえない。特に低段のときは、聞き手は重要な仕事なのだ。
 千寿さんが聞き手をやっていたころの体験談を交えながら、指導していた。
「自分が判ってもだめで、見ている人が判るようにしないと聞き手は務まらない」
「判らなくても、テレビの場合は黙ってしまってはダメ、「先生どうするのですか」と解説者に話を振ってしまいなさい」
「解説者が口にする前に、必要な参考手順をタイミングよく並べないと、見ている人はいらいらしてしまいますよ」
「高段になると聞き手はやりにくい。見ているほうも聞き手が知っていることを知っている。聞きにくくなるんです」

 指導碁である。千寿さんの声が聞こえる。
「死ぬのは白と黒が協力しないと難しい。白だけではなかなか死なない」
 笑い声が立つ。覗き込むと説明していた。
「ここで黒を殺すことができた。でもわたしはこちらに打って、好きなように生きなさいというのに、生きないものだから、死んでしまった。……」
 ひとごとではなかった。わたしを指導していたとき、
「ここに打つと死んでしまうけど、どうするつもり」と言いながら別なところに打ったことが何度かある。
 わたしにはそこまで口にしないといけないわけで、これが指導される者のレベルの差である。それが一局で二度あると、今日は勝たして頂けないなあ、と思う。

 久しぶりに二次会に出席した。
 千寿さんの碁の話が出たのだが、アマ高段者でも、わたしの「三師三様」と同じ感想をしたのがおかしかった。この指導の仕方は、どうやらわたしの時だけではなかったのだ。
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