2016年01月05日

支那そば館の謎

支那そば館の謎  裏京都ミステリー短編集
北森 鴻   光文社   2003.7
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 前に ぶぶ漬け伝説の謎 を紹介している。その前編である。
 京都の人さえ知らないといわれた、京都一の貧乏寺、嵐山の古刹大悲閣。その寺男、有馬次郎に奇妙な事件が持ち込まれる。
 有馬次郎は逮捕されたことはないが元広域窃盗犯。その直感は鋭く、時には裏社会の情報さえ利用し、住職の助言もえて、解決していく。
 大悲閣は実在の寺であり、わたしは行ったことがある。渡月橋から川沿いに20分ほど歩き、山道を登るのに20分もかからず到着するが、その様子は、 京都2 大悲閣(千光寺) を見てほしい。
 これは小説なので、実際の寺とは差を感じることもある。

 みやこ新聞の記者の折原けいが持ち込む最初の事件は、えげつないムンちゃん登場の話。
 そのほか殺人のアリバイ作りに別な殺人事件とか。
 時々有馬次郎が行く、居酒屋十兵衛の料理はいつもおいしそう。その主の弟弟子のやはり十兵衛という別なところにある店が、格落ちしてしまう。その原因を探ると、痛ましい事情があった。
 というような、ちょっとやるせない話が多いが、基本はコメディーと本格ミステリーを加えような楽しい話。
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2016年01月01日

大江戸しあわせ指南

大江戸しあわせ指南  身の丈に合わせて生きる
石川英輔   小学館   2012.8
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 著者は江戸文化の研究家でもあり、作家でもある。
 今までにいろいろと江戸の文化や生活の評論や小説を書いている。そのため新しく書いたとはいえ、読んでいて既読感のある話ばかり。それでも楽しく読めた。
その中から「江戸生活のしあわせ」に的を絞った。この中で江戸庶民は貧しいながら、身の丈に合わせて生きることで幸せ感を得ていることを力説している。特に省エネ省資源生活を強調する。

 実際、九尺二間の狭いひと間で、荷物はほとんどなく、共同トイレで、銭湯に行く、と言うと貧しい生活だが、昭和の半ばまで、そんな生活をしている人が多かった。多くの人がそうだったので、それほど不幸とは思わなかったであろう。
 ただいつも思うが、その裏でその江戸の富を生産する地方の人々の生活や、虐げられた人の生活、差別の故に苦海に身を沈める女性たち、そんな視線がほしいと思うことがある。
 地方で食い詰めた人が、飢え死にする前に江戸に出ることができた。江戸なら何とか食える。そこで前と比較して幸せ感を得られるのではないか。独身者だから何とか生きている程度だ。幸せといっても何とか食える程度なのだ。
 省エネやリサイクルも極端に生産性が低いので、つまり周りもきわめて低収入生活なので可能なのであろう。仕方なくそんな生活をしているわけで、それで満足しているとは思えない。本当に幸せ感を持っているか疑問に思ってしまうのだ。本当に省エネ省資源なのか。持続可能なのか。
 そんな中の、「身の丈に合わせて生きる幸せ」、というプラスの部分に焦点をあわせた本である。

 本書に限らないが、著者のいう「持続可能な社会」が望ましいという趣旨は大賛成だ。
 化石燃料に頼る文明は、化石燃料の枯渇により衰退する。石油・石炭・天然ガス、化石ではないがウランも枯渇が近い。その前に環境の悪化によって終末を迎えようとしている。
 現在の科学文明は、産業革命以来数百年しか経っていない。にもかかわらず、終末が議論されている。
 今世界が注目しているのが縄文文化だといわれる。発生から終末まで一万年以上持続した。
 そう考えると、江戸時代は悪いばかりではない。特に現代の倫理観念で判断を下すと、誤るかもしれない。マイナス面をしっかり見つめることも忘れてはならない。
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2015年12月23日

ショートショートの花束7

ショートショートの花束5〜7

阿刀田 高・編   講談社  2015.4
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 ショートショートといえば星新一で、わたしは今でも思い出して読むことがある。星新一以外では阿刀田高くらいだろうか。二人以外のプロの作家を知らない。
 原稿の枚数で原稿料が払われる出版界では、プロが成り立たないらしい。
 長い間、ショートショートの新作は読まなかった。だがアイディア勝負のショートショートはアマチュアの作家が活躍していて、小説現代に応募がある。
 その中から阿刀田高が選んだショートショート集。今回読んだのはシリーズの5〜7冊目。(その前にショートショートの広場20冊がある)阿刀田高の寸評が光る。
 紹介しようにもオチを言わなくては、おもしろくないが、かなりレベルの高い話もある。そして、題名も重要だ。中には題名が見事なオチになっている作品もある。
 ショートショート集として懐かしく読んだ。
 カバーの絵は、閻魔大王がパソコンで仕事を処理すると‥‥(^_^)。
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2015年12月15日

青天

青天 包判官事件簿
井上祐美子   中央公論社   2014.10

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 宋の時代、包青天と言われた判官がいた。名は包拯(ほうしょう・ほうじょう)字は希仁。28歳にして科挙に合格し、地方の知(知事)となり、後に都開封の東半分開封県の知となる。
 清廉潔白、裁きは公平。晴れ渡った空のごとし、人よんで包青天。北宋第4代皇帝・仁宗に仕えた実在の政治家である。
 包希仁の話は、日本では大岡政談のモデルといわれている。
 中国では何度も小説やドラマになっているらしいが、あいにくわたしは見たことがなかった。この井上祐美子の小説で初めて接することになる。(もしかすると二回目?)

 五編の連作短編集である。
 登場人物は包希仁のほか、「孫懐徳」という年配の下役人、転落する運命から助けられた「楊宗之」という書生で、三人を中心にしたミステリー。
 主人公の希仁は若い(?)ながら、達観していて、富貴を求めず、いつの間にか弱き人々を助けているが、話が終わってみると、けっこう推理力や洞察力があり、細かく予測していたことが判る。
 それでいながら、日常はけっこうとぼけている。机の上のものを落としたり、墨で服を汚したり、知でありながら書生の格好をしていたり。そのギャップが親しめる。
 さて、これらの話、著者の全くの創作だろうか、伝わっている講談や劇の小説化だろうか、知りたいところだ。続きが読みたいが書いてくれるかな。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 南唐の皇帝で後主李Uというのが地の文に出てくる。しかし李Uは王であり皇帝にはなっていない。(初代が皇帝、二代目は皇帝として即位し後に王となる、三代目李Uは王として即位した)
 いろいろと登場人物に架空の人物が出てくるとはいえ、地の文で王を皇帝というのは、小説でも許されないのではないか。
 三田村鳶魚なら、そんなことも判らないのか。と言うところ。
 金庸なら、登場人物の設定はけっこう変えているが(たとえば大理の皇統)、地の文を変えたところは気がつかなかった。
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2015年11月20日

植物はすごい

植物はすごい  生き残りをかけたしくみと工夫
田中 修   中公新書   2012.7

 植物の不思議を集めている。中学高校程度を対象にした書き方だが、大人の入門書にもなる。
 地球に生命が誕生し、ここまで進化したのだから、多くの“すごい”があっただろう。それをわかりやすく説明している。もちろん動物だって同じだが、ここは植物に限定。
 まず、植物も海から陸に上がった。海で弱い光で光合成の“すごい技”を手に入れて陸に上がる。ところが陸では太陽光線はあまりに強く有害だった。太陽の光をもろに受け活発に光合成するが、光を使い切れない。そして紫外線という害のある光線を新たに受けることになる。活性酸素が発生するのだ。それを押さえるためにビタミンCなどを合成する。南国の果実レモンにビタミンCなどが多い理由だ。
 そんな風に防衛手段を次々と手に入れている。
 
 トゲを生やす、毒をもつ。この本を読んでいると、ほとんどの植物に毒がありそうに思える。よくぞ人はその中から毒のない植物を探し当てたと感心してしまう。
 たとえば山菜、毒を抜くために工夫せねばならない。あく抜きである。
 銀杏は大量に食べてはいけないとか。モロヘイヤは葉以外は毒があるとか。日常に食べているジャガイモさえ毒を持つのだ。青いところや芽は食べてはいけない。
 マンゴーの果汁にかぶれるという。
 暑さ寒さへの対処もある。

第一章 自分のからだは、自分で守る
第二章 味は、防衛手段!
第三章 病気になりたくない!
第四章 食べつくされたくない!
第五章 逆境に生きるしくみ
第六章 次の世代へ命をつなぐしくみ

 あと進化の話が欠けている。海から陸に上がったといっても、歩いて上がったわけではなく、進化という形で上がった。なぜ太陽光線を使い切るように進化しなかったか。ほかにも、ではなぜこうならなかったのかという疑問が相次ぐ。
 いろんな説明も、それで結論は、と思っていると別な話に移ってしまう。
 毒も、食害を防ぐために作ったと説くが、多数の偶然の中に、たまたまそのような能力あり、それで生き残れたのではないか。ほとんどは別な進化をして滅んでしまっただろう。残ったのは例外なのだ。それをまるで目的を持って毒を合成したような書き方に、あれっ、と思うことがある。
 おそらく、専門家には疑問の多い書き方をしているだろう。証明していないし、異説の説明もない。
 すごい、にしても確かにすごいが、逆にそのくらいできないと、生存できなかった、当然のことのように思えたりするのだ。
 こういうことに興味を持ってほしい。が本書の目的かな。
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2015年10月04日

日本酒。

株式会社プレジデント社   2014.10
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 日本酒の案内書である。「酒」と言えば日本酒に決まっていたが、近頃は日本酒と言わなければ通じないことが多い。そんな時代の酒蔵(製造所)や杜氏や販売の案内である。
 時代を表すのが「。」であろう。下の目次もそうだが、本来の意味には使っていない。
 わたしは8月30日に、市ヶ谷のホテルグラントヒルの一室で、碁会の打ち上げ会に出席した。アルコールは、まずビールで乾杯したが、その後は各人が酒バーに取りに行く。ビール・焼酎・白ワイン・赤ワイン・ウイスキーまたジュースなどが用意されていた。
「酒はありませんか」
「どんな酒ですか」
「…日本酒を」「それではとってきます。燗ですかひやしますか」「冷酒(れいしゅ)をお願いします」
 念のためいうと、「ひや酒」とは常温のことである。間違えないよう冷酒と言った。
「器はどうしますか」「ワイングラスに入れてください」
「ではお持ちしますので、席でお持ちください」
 かなり時間がたったが、なかなか届かず、わたしは白ワインをとってきた。結局酒は届かず、白ワインを飲み終える頃、同席の友人が、徳利に入った冷酒を持ってきた。わたしも取りに行って、徳利の冷酒をワイングラスに入れて持ってきた。
 徳利は温めるための器。何のために冷酒を徳利に入れるんだ。
 あとで考えたが、「冷蔵庫から持ってきます」「猪口はいくつですか」の意味だったか。
 先日赤羽の「つぼ八」で注文したとき、「○○を…ワイングラスに入れて…」と言ったら、はい、と返事をして、数分後に注文通りの酒が届いた。

 さて、本書では酒と日本酒業界の様子を細かく報告している。
 目次を見よう。

なぜいま「新政」なのか
銘酒の系譜。
いま飲みたい35蔵を考える
「注目の若手蔵」10!
スター杜氏の白熱教室 「造り」の話をしよう。
家飲みの時間
アテの名作


 磨きと称して精米度を高める競争をしているようないま、新政は精米度90%、これでおいしい酒を造るのだ。
 その他の蔵もいろいろと工夫して特徴のある酒を造っている。それらの蔵の紹介。人気の蔵元の造り手の思い入れがいい。
「銘酒の系譜。」では歴史を。
1950年代から1960年代。酒といえば日本酒であった時代。アルコール度で特級一級二級と区別された。税金のためにアルコール度で区別されたのだ。
70年代 地酒ブームとなり、知る人ぞ知るおいしい地酒が、税金のため二級酒を名乗った。
80年代後半から 吟醸・山廃・純米と進化。
92年に級別制度が廃止され、今のような分類となる。
90年代後半 蔵元杜氏の時代。杜氏が高齢化し引退したため、若い蔵元が自ら杜氏となって、研究し好きに作り始めたのだ。無濾過生原酒が出回る。
2010から 国際化・全量純米・酸のある日本酒など。
「夏子の酒」では、夏子が他の人には判らない雑味があると言うシーンがある。この雑味が酸の味で、今までは嫌われたが、今ではそれも酒の味と、酸味のある酒を造る人が出てきた。

 九十年代においしい酒が出回るようになり、今では、いわゆるまずい酒が見当たらなくなった。わたしが見なくなっただけで、大量に出回っているのかも知れない。
 酵母 麹 米の磨き(精米)なども詳しい。
 販売所つまり酒場では、客の好みをいかに聞き出して、好みの酒を提供できるかに腐心するという。もっともわたしはそんな酒場に行ったことがない。本当にあるの?
 全国の地酒の紹介も楽しい。
 酒と燗と食べ物の相性の話もある。刺身に日本酒があうとは限らない。器と酒の相性の話も、たとえばワイングラスにはあわない酒もあるとか。わたしは犬飲みを避けるために「ワイングラスに」というのであって、味があうかどうかは考えていない。
 生酒は味が変わってしまうから出さない、という蔵もある。
 甘い辛いの区別も普通の甘い辛いとは異なる。
 こんなあれやこれやの薀蓄が満載だ。
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2015年09月23日

碁を打つ女

2007.7.5 記
2015.9.23 追記

   著 山颯(Shan Sa)  訳 平岡敦  早川書房 04.8
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 碁の強い満州娘と日本の青年士官が、満州のある町の千風広場で碁を打つ。
 この碁は何日も打ち次ぐ。そうして心が通じ合うのだが、それを言う前に別れの日を迎える。
 それぞれ苦悩を抱えた二人だが、日本の青年士官は北平(北京)へ移動する。
 娘はその前に、故郷の町にいられなくなり、男と一緒に北平に行く。だが、その男に愛想をつかし、故郷まで戻ろうとする。その途中で、日本青年士官と再会する。
 進退窮まって、二人は……。

 著者の山颯は名前で判るように中国人である。
 北京生まれ、11歳で詩集を出版、18歳までに4冊。1990年、17歳で渡仏。2001年フランス語で書いた3冊目の本がこの「碁を打つ女」。
 前の2冊はフランス語について、助けてもらったが、この本はすべて自分で書いたという。まさに言葉の天才であろう。
 わたし(満州娘)の話と、私(青年士官)の話が、数ページずつ交互に現れる。まるで碁を打つようだ。そして、千風広場で運命の出会いがある。
 日本の侵略を告訴する話ではなく、民衆の苦しみを訴える話でもない。敵対する国の、二人の出会いの重さを語る小説といえようか。
 さて、著者の棋力が問題となりそうだが、わたしの感じでは、碁は知っているが、あまり強くはないと思う。

 霧氷につつまれ、千風広場で碁を打つ人々は、まるで雪だるまであった。鼻から口から白い息を吐き出している。縁なし帽の端から、小さな氷柱が地面に向かって伸びでいた。

 冬の戸外で碁を打つのだが、満州では、この凍てつく寒さの中で碁を打ったものなのか。このシーンが不思議であった。
 言葉を交わさずとも、石を打つ音で相手の気持ちがわかる場面。まるで金庸小説のようだ。

 日本に対する知識は「よく勉強しました」という程度だが、その勉強の程度が半端ではない。普通の日本人では太刀打ちできないだろう。ただ現場を知らない技術者の意見のような、どこか現実感の薄い表記が目立つ。
 たとえば刀。まるで日本軍の主力兵器のように書くが、刀は兵器としては役に立たなかった。これが武器となったのは、武器が禁じられた平和な時代だけだ。ただし象徴にはなる。この区別が判っていないと…。この区別が一番判っていないのは日本陸軍だ、という説もある。
 満州における日本軍の行動も、そういう風に中国の教科書に載っていました、というごとく。
 もっとも戦中戦前のことは日本人でも知らない人が多く、わたしでもよく知らない。だからわたしの指摘が見当違いである可能性も高い。

 一般民衆が息を潜めて生活していた、誰かがあの人はおかしいと言っただけで一家が離散した。そんな文化大革命時代が終わるころ著者は生まれている。その時の記憶が中国社会に残っていただろう。
 そんな時代の中国軍が現実のモデルではないか。
 そんなことを承知で読むと、読めます。わたしの場合、囲碁ネタでなければ読まなかっただろう。

   …………………………………………
2015.9.23 追記
 この話が 囲棋少女 として映画化されるという。
 主役はあの劉亦菲(liu2 yi4 fei1)だ。
 あの、というのは、武侠ドラマで何度か紹介しているからだ。
 山颯と劉亦菲は8年前に映画化を計画したが、種々の原因で延び延びになっていた。このたび、二人は会って、当時の夢を完成させようとした。という。
 8年前といえば二十歳頃、「神雕侠侶(神G侠侶)」が完成してまもなくだ。
 映画のために改変もあるだろうが、小説の基本は崩さないでほしい。
「囲棋少女」は劉亦菲のもっとも好きな小説だという。
 劉亦菲は碁を打てるのだろうか。
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2015年09月22日

ライオンの棲む街

ライオンの棲む街  〜平塚おんな探偵の事件簿1〜
東川篤哉   祥伝社   2013.8
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 高校時代、ライオンと言われていた生野(しょうの)エルザと、その友で、猛獣使いを自称する川島美伽のコントのような探偵譚。ユーモアミステリー短編集。
 東京生活の夢が破れて、平塚に帰ってきた美伽にエルザから「仕事を手伝え」との連絡。行ってみると探偵事務所であった。
 話は烏賊川市シリーズ(紹介していない)の女探偵版である。コントのおもしろさは相変わらず。
「美伽」「エル」と呼び合うと、ミカエルを思い出すが、ミカエルは無関係。それでも、それぞれに魅力的。
 大事件も東川篤哉が書くと、ただのコントになってしまう。平塚市でそんなに殺人事件は起きないと思うが…(^。^)

 本格的ミステリーファンには物足りないと思うだろうが、わたしはコント部分を楽しんでいるので満足。
 カバーの絵はマッチしない。二人とも27歳だが、二十歳前後に思える。
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2015年08月20日

銀二貫

田 郁   幻冬舎   2014.4(第11版)(2010初版)
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 寒天問屋の主人和助が仇討ちを銀二貫(約金三十三両)で買うという、突拍子もない話から始まる。
 主人和助・番頭善次郎・手代ひとり・丁稚梅吉という小さな店に助けられた松吉(10歳)は、武士の子ながら商人として生きることになる。
 十五歳のとき、十歳の真帆と知り合い、三十二歳にして一緒になるまで。
 銀二貫は天満天神宮への寄進のためのお金で、和助はそれで仇討ちを買ったため、再び貯めることになった。こつこつ貯めては、他のことに使う羽目になり、結局松吉が三十二歳になった時にようやく寄進がかなう。
 この間、絡む商人たちが、自分の仕事に誇りを持っていて、生きる姿勢がいい。その中で松吉は寒天を工夫し、真帆の助力もあって、練り羊羹を作る。その作り方も独占せず、自分は材料の寒天の卸売りで繁盛する。
 この中で「〜させて頂きます」という言葉の使い方がうまく、読んでいて心が暖かくなる。たとえば「寄進さして頂きましたで」など、寄進できることが幸せで、寄進を受けて貰えることが喜びであるという、そんな気持ちが伝わってくるのだ。
 決して、「頂く」必要のないところで「頂きます」とは言わない。このすがすがしさは感動もの。
 この間、何度も大火が大阪の町を襲う。それによって大勢の人の運命が変わっていく。その最たる人が真帆である。しかし、凜とした生き方は変わらない。

 余談であるが、著者も阪神淡路大震災のとき、家が半壊してしまったという。大阪の大火を重ねてみたことであろう。
 この話は、テレビドラマになった。わたしは何回か見たが、あまり面白いとは思わなかった。それで途中で見るのをやめてしまったのだが、「みをつくし」を読んで、ドラマの原作者と知り、本を読んでみる気になったのだ。
 ドラマのために、付け加えたり変えたりした部分が、原作に届かなかった。原作通りに作れば良かったのに。もっともそれでは時間が持たないか。
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2015年08月01日

睦月童

睦月童(むつきわらし)

西條奈加   PHP研究所   2015.3
 SF時代小説といえよう。
 日本橋で下酒問屋(くだりざけどいや)を営む平右衛門が、東北の村から座敷童のイオを連れてくる。このイオを見ると、後ろ暗い人は、みな震えだして、悪事を白状してしまう。平右衛門の息子の央介も更生した。
 睦月(むつき)神の加護を受けたイオはそんな能力があるのだった。その超能力者を生み出すのは睦月の神とその里。
 そして一年間、央介とイオはいくつかの事件の解決に加わるが、そのあたりは江戸の人情話の様子。人は誰でも暗い面があるだろう。そんな人も暖かく包む。
 イオは自らの力に動揺することもあるが、央介が「罪を映すのではなく、良心を映しているのだ」と気持ちを楽にさせる。
 一年経ってイオは睦月の里に帰ることになる。
 武家の小出はイオとは同郷の女ナギを愛したため、睦月の里の秘密を知ることになり、ナギの望みで、この里をなくすことにした。央介はイオと睦月の里に行く。同じ時に小出も別に行く。
 睦月の里は睦月の神の摂理で支配されている。八百比丘尼の妹を頭に、若くて美しく見える女性ばかり。だが、それが原因で、その里は既に滅亡の途中にあった。
 小出は睦月の神と里を滅亡させてしまう。
 個人ばかりでなく社会でも闇の部分がある。その闇とどう向き合うかを問われ、少し重い話でもある。
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2015年07月16日

おもいでエマノン

梶尾真治   徳間書店   1983
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 エマノンのシリーズの最初の本である。
 この本は、すばらしいアイディアはあったが、周辺の諸々の知識がまだ未熟であった若い頃の雰囲気を持っている。それだけに斬新なアイディアは魅力的だ。エマノンとは違うが、特別な能力の持ち主が多い。
 単細胞生物の時代の記憶について、ちょっと書いてあるが、さすがに無理っぽい。植物にもエマノンと同じような運命の草があった。こちらも納得できたが、やはり無理っぽい。記憶とはなにかと考えると、単細胞生命体や植物にある得るのか。
 そのほかにも、全体的に強引な感じがする。
 このあたり、著者が高齢になって、物語が自然に流れるようなったあとから出た本を、先に読んでしまったからか。

表紙の絵は新井苑子。エマノンはしっかりした大人の雰囲気。
先に読んだ後期の表紙は鶴田謙二。エマノンは痩せすぎだが少女らしい雰囲気がいい。
異国風の彫りの深い顔立ち。すんなりと伸びきった肢体。ジーンズにナップ・サック。ながい髪、おおきな瞳、そしてわずかなそばかす。
 この本、新井苑子の絵のほうがこの描写に近いと思えるが、少女らしさが欲しい。その点は鶴田謙二の絵の方が少女らしい。
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2015年07月07日

女性の貧困

女性の貧困
“新たな連鎖”の衝撃
NHK「女性の貧困」取材班   幻冬舎   2014.12

 カバーに書かれた三行
「理想はないですね、基本」友美さん・19歳
「30歳まで生きたら、もうそれでいい」キキさん16歳
「普通に過ごすって、なんていいものなんだろう」理恵さん23歳

 このような特別な女性の話と思っていたら、これがかなり一般的な話になっているという、衝撃的な本だつた。カバーの裏表紙側には、
 非正規雇用の若年女性の8割が「困窮」
 母子所帯の57.6%が貧困
 結婚の障害となることに「結婚資金」を挙げる男性43.5%


「NHKクローズアップ現代」で取り上げた、若年女性を中心とした現代の貧困問題である。
 母子家庭になり生活できなくなる、こどもは進学どころか中学校小学校にも満足に行けなくなり、就職が難しくなる。
 その困窮はその子に及び、貧困の連鎖となる。そんな話を細かくレポートしている。
 しかもそれを救う性産業がある。住まいや託児所を用意し再生の計画も一緒にたてて、若い女性を従事させる。それで生活できると喜ぶ女性も多い。本来、自治体のやるべき仕事を肩代わりしているのだ。役所に行けば、無理難題を言って追い返される。二度と役所に行かず、苦しんでいる。もっとも自治体にも言い分はあるだろう。公のお金を扱うのだ。
 本の担当編集者は、原稿を読みながら、「これが現代の日本で起きていることなのか」と驚き、怒り、たびたび絶望的な気持ちになったという。

 このような問題は昔からあり、つまり今でも少なくなっていないという話でもある。少なくなっていないことに衝撃をおぼえる。今では表面が華やかなため、形が変わり見えにくくなってしまった。あらためて掘り起こしたといえる。
 奨学金という名の600万円もの借金。若い女性が普通では返すことのできないほどの借金を背負う。
 母子三人でネットカフェに住んでいるひとは一ヶ月18万円もかかるのだ。そのお金で安い部屋を借りられないものか。(保証人などクリアできない問題があるのか)
 当人たちの無計画もあるが、余裕がないと見えるものも見えなくなってしまう。

 わたしは不思議に思ったことがある。NHKにも出版部門がある。それなのになぜ、幻冬舎から発行しなければならなかったのか。
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2015年07月01日

楊家将演義読本

楊家将演義読本
岡崎由美・松浦智子 編集   勉誠出版   2015.6
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 先に紹介した「楊家将演義」の解説書である。この小説の解説ばかりでなく、その虚実や異本・異伝・劇など、さらにテレビドラマまで詳しい。また楊家将ばかりでなく、中国伝統文化をも幅広く解説している。
 七八割が虚構の楊家将であるが、幾分は史実もある。ところが、伝説が先に立ってしまい、史実が判っても、直しきれないあたりはおもしろい。だから演義なんだ。
 たとえば八王のことは前に書いたが、それ以外では、
 楊業など、位は低かった。しかも降将なので、いつも最前線に行かされていた。ほとんど辺境にいたので、都の大邸宅はなかったらしい。
 太宗は五台山の参詣はしておらず、当然、幽州で遼軍に囲まれたことはない。だから楊業たちが助けに行ったことはなく、長男楊淵平・次男楊延定・三男楊延輝がその戦いで、戦死するはずがない。実際には楊業より後に亡くなった。
 楊業の跡を継いだ六郎楊延昭(えんしょう)は長男だと思われる。先に六男説があったので、変えられなかったのだろうとか。
 潘仁美は悪役だが、史実の潘美は太祖の時からの功臣だった。
 よく幽州が五台山の近くで出てくるが、幽州とは今の北京(あたり)であり、直線距離で260キロほども離れている。距離感がかなりおかしい。楊家将ばかりでなく他の話でも、このように北方の地理は不正確なのに、南方は正確。おそらく作者は南方の人であろうとか。

 わたしが、「楊家将演義」を読んで書こうとしたことなど、この本に遙かに詳しく全部書いてある。書いたら恥をかくところだった。
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2015年06月27日

楊家将演義

完訳 楊家将演義
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岡崎由美・松浦智子訳   勉誠出版   2015.6
 昨年の 第10回武侠迷大幇会2 で岡崎由美先生が、「いま楊家将を翻訳しています」と言っていた。それがようやく完成し、6月5日に勉誠出版から出版された。
 わたしは事前に予約しておいたので、5月31日に受け取ることができた。上巻・下巻の二冊本であるが、同時に解説本もあって計三冊。
 上下巻を読み終えたところである。
 楊家将演義(ようかしょうえんぎ)は明代に成立したいわゆる通俗小説だ。元ネタの楊一家の伝説はかなり前から有った。
 訳者解説によれば、楊家将演義は「北宋志伝」全五十回と、「楊家府演義」全五十八則の2作品ある。同じようでも内容に異同がある。北宋志伝は体裁は歴史書に近づき、「楊家府演義」はファンタジーに近い。今回の翻訳は「北宋志伝」である。
 前に北方謙三の 楊家将 を読んでいるが、翻訳ではなく翻案に近い。内容は北方謙三の著作と言うべきで、おもしろいが物足りなかった。これでは楊家将を読んだとは言えないからだ。

 全五十回のうち楊家(の楊業)が登場するのが第九回。それまでは呼延賛を中心とする「呼家将演義」であり、本来は別物だったらしい。呼延賛も潘仁美に苦しめられ、一度は宋から離脱する。
 このように主役が登場する前が長いのが、中国文学の特徴だ。三国志の諸葛孔明が登場するまで、金庸なら倚天屠龍記の張無忌が登場(誕生)するまで、笑傲江湖なら令狐冲が登場するまで、というように。

 北漢が宋の侵攻に苦しみ楊家に助けを求める。それでいながら楊家は裏切り者扱いされ、楊業は北漢を見限り宋に臣従することになり、北漢は滅んでしまう。
 以後、楊家軍は宋の北方の守りの要となり、遼(契丹)と対峙する。
 ある日、…これで何年もたっている。
 宋の二代太宗は五台山に行幸した(第十六回)。ここは国境に近い。「前方に幽州を控え、後ろは太原」というが、太原から地図の幽州まで直線でも四百キロもある(行政区の幽州はここまで広かったのかな)。この後も幽州の名が出るが、地図の幽州とは別かもしれない。しかも太宗は景色がいいと幽州に入っていく。
 遼軍に知られ、邠陽城で囲まれてしまう。楊業が助けに行き、ここで戦いになる。
 楊業には、七男二女いた。
 この戦いで、長男楊淵平(えんぺい 延平とも書かれる)、次男楊延定(えんてい)、三男楊延輝(えんき)が戦死。
 四男楊延朗(えんろう)は捕虜となる。まもなく遼の瓊娥公主の駙馬(むこ)になっている。
 五男楊延徳(えんとく)は、五台山に逃げて出家する。
 この後、楊業は六男楊延昭(えんしょう)七男楊延嗣(えんし)とともに雄州に当たる。前線である。
 もう一人、義子の楊懐亮(かいりょう 懐亮)がいて、「南宋志伝」に出た。「北宋志伝」では出てこなかった。「北宋志伝」は「南宋志伝」の続きになる。
 長女は八娘(はちじょう)と呼ばれる。
 次女は九妹(きゅうまい)と呼ばれる。
 ふたりは母とともに汴京(宋の都)にいる。

 また戦いが始まる。それまで何年経ったか。
 総大将は宋の重臣である潘仁美で、その下に楊業と呼延賛がつく。結局、楊業は潘仁美の策謀により単独で戦い、敗戦となり李陵碑に頭をぶつけ自決する(第十八回)。しかも助けを求めた七郎は、罪もないのに潘仁美の命で射殺される。
 潘仁美は楊業などを死地に追いやったのがばれて、庶民におとされる。
 それからは六郎楊延昭が楊家当主となって活躍する。

 さて、下巻である。六郎楊延昭が中心となって、遼と対決する。
 出家していた五郎に援助を頼んだり、四郎に助けられたりしながら、なとんか遼を押さえ込む。その間に宗保(六郎の長男)が育って行く。
 六郎楊延昭が若くして亡くなり、楊宗保が当主となるころ、急に西夏が、勢力拡大をはかり、宋に侵略を図る。西夏との戦いで宗保は危機に陥る。そこで楊家の寡婦たち十二人が将となり、宗保を助け、西夏を打ち破る。

 全体的に「前号までのあらすじ」のような記述が多く、あまり思い入れが生じない。特に脈絡もなく、いきなりとてつもない超人が出てきたりして、アレッと思ったりする。そんな人物がいるならそれに備えよ、と思ってしまう。もっとも現代と違い、通信手段も限られているので、知らなかった、なのかな。そのあたりは演義らしい展開である。
 それから八王(趙徳昭)という楊家に好意的な王がいる。初代太祖の子であり、神宗を助ける。
 史実では、初代太祖の子は相次いで不審な死に方をした。趙徳昭(951−979)は太宗が即位するとまもなく亡くなっている。自殺したといわれる。趙徳芳(959−981)も不審にな死に方をした。神宗の即位のかなり前だ。だから八王は架空の人物と言うべき。その他楊家の女将たちも架空らしい。

 物語は、開宝8年(975)から乾興元年(1022)。およそ47年間。
以下は史実。
976  二代太宗 趙匡義(在位976−997)即位。
979  北漢が滅ぶ。
     太祖の子 趙徳昭(951−979)自殺。
981  太祖の子 趙徳芳(959−981)没す。
997  三代真宗(在位997−1022)即位 太宗の子。
1004 澶淵の盟(せんえんの盟)、遼と講和条約を結ぶ。
     歳費として絹20万匹・銀10万両を、宋から遼に支払うことになった。
1022 四代仁宗(在位1022−1063)即位。
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2015年06月24日

舟を編む

三浦しをん   光文社   2015.3

 玄武書房の馬締光也が、新しく刊行する国語辞典「大渡海」の編集メンバーとして辞書編集部にスカウトされる。そして他の編集者たちと一緒に辞書つくりに没頭する。
 採用した言葉に抜けがあり、大勢が長期会社に泊まり込みで確認するあたりが山か。仕事に対する迫力が伝わる。
 15年かけて、ついに刊行に至るが、それが改訂作業の始まりで、辞書には完成がない。
 どんな人でもよく知ってみると個性的ではある。それにしても登場人物はかなり個性的。だから小説として面白いンだが。
 15年なので、ときどき時間がとんでしまうので、気をつけていないとどのくらい経ったのか判らなくなる。特に馬締光也があっという間に結婚してしまうあたり、もう少し説明して欲しい。

 この中で、各国は国語辞典の作成に国を挙げて取り組んでいるのに、日本では個人ないし出版社が、国の援助なしに取り組み刊行している、という話に感銘を受けた。
 そのため、国の圧力を受けて歪むことなく、自由に刊行できた。
 そういえば、他の芸術でも、日本では多くは政府の弾圧に抵抗する形で、民間で発達しているのが多い。

 もとは雑誌に連載されたが、2011年9月に単行本として刊行され、2012年本屋大賞を受賞している。その文庫版だ。
 のちに映画化されて有名で、今更わたしが紹介するまでもないのだが、お勧め本として紹介させて頂く。
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2015年06月18日

僕僕先生 零

僕僕先生 零
仁木英之   新潮社   2015.1
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 王弁と僕僕は吐蕃から長安に向かう。その退屈な旅の途中で、僕僕は蓬莱での昔話を語る。
「物語は時には残酷だ。それでも聞くかい」
「先生の話すことなら」
 と、昔話が始まる。そして最後までその話。王弁の出番は最初の数頁のみ。
 黄帝軒轅・炎帝神農・西王母などという、神話時代。そこに拠比と、料理人として僕僕が登場。
 全ての始原である「一」の破片探しを炎帝から命じられる。けっこう楽しい話だ。
 どうやら、今までのシリーズとは趣を変えたようだ。「一」の破片を探し終えたわけではないので、今回限りではなさそう。
 今までに出てきた昔話は、僕僕にとって悲しい思い出のようだったので、今回のような楽しい話が多いと読むのが楽になる。

 引用する。
その少女、名を僕僕。後に伝説となる仙人なり。
天地が今よりもずっと熱く、神々がその主人だった頃のお話。成熟を迎えた神仙たちの社会に、突如異変が襲った。水を司る神・拠比は、相棒の料理仙人・僕僕とともに異変を解消すべく、創造主・老君が天地開闢に用いた宝具「一」を探す旅に出る。時を同じくして、黄帝は「人類」を創出し、世界変革を試みるが……。美少女仙人×ヘタレ神コンビによる新たなファンタジー冒険譚、開幕。

 
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2015年06月13日

クロノス・ジョウンターの伝説

梶尾真治   徳間書店   2015

 1994〜2008年に発表された連作中編集。名前に記憶があるのだが、何も覚えていない。読もうとして読まなかったか。
「クロノス・ジョウンター」はタイムマシンといっても「物質過去噴出機」で、中の物が過去に行き、マシンが過去に行くわけではない。
 過去へ行った物や人は、短い一定の時間が過ぎると、戻されてしまうのだが、そのとき未来まで弾き飛ばされてしまうという欠陥があった。
 それでも人は、さまざまな想いがあって過去へ行く。過去へ行って恋する人を救いたい。真相を知りたい。その何人かが、過去世界でも絡み合う。

 タイムトラベルはSFではありふれているが、限定された性能の未完のマシンで、新しい緊迫感を出している。
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2015年06月06日

レモン月夜の宇宙船

レモン月夜の宇宙船

野田昌宏   創元社   2008.11

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 レモン月夜の宇宙船は短編小説である。この本はそれ以外に、エッセイのような小説や、小説のようなエッセイが満載。
 レモン月夜の宇宙船は1968年9月にS−Fマガジンに掲載されたという。
 わたしが野田昌宏を知った頃には本屋になかったので、読むことができなかった。その後、「銀河乞食軍団」に夢中になって以来、ますます読みたくなった小説である。
 なんと2008年に本になっていた。
 
 アポロ計画が進行していた頃のこと。
 加寿羅勘三郎という隠れた老SFマニアがいて、膨大なコレクションを持っている。この老人は、総理大臣を自由に動かせるほどの実力者らしい。
 “僕”と“佐渡守”は偶然この老人に会うことができて、コレクションを見せて貰う。そして、言われる。
「私はいよいよ今晩、月世界へ出発しようと思います」と。

 膨大なコレクションの細かい説明や、この老人がなぜそんなロケットを持っているのか、など興味深い。
 コレクションの話は本当で、著者はSFコレクターとして知られている。「レモン月夜」以外は、そのコレクターぶりを書いている。
 また、野田昌宏宇宙軍大元帥の登場する話もある。のちに著者は野田大元帥と言われることになる。
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2015年05月28日

仙丹の契り

仙丹の契り 僕僕先生
仁木英之   新潮社   2014.8

 「鋼の魂」では程海で活躍した僕僕先生とその弟子王弁は、程海の話に切りをつけ、薄妃や蒼芽香と別れて吐蕃を目指した。陰の中に劉欣もいた。
 ところが吐蕃では王が病に倒れ治療中らしい。再会した吐蕃の医師ドルマはなんと王子であった。ここでも陰謀渦巻き、一行は、いにしえの呪いがかけられてひっそり生かされている王の治療をしながら、陰謀の解決を目指す。
 ツンデレの僕僕先生と草食男子の王弁との間に危機が…、違った、チャンスが到来するのだが。
 王弁はゆっくりながら成長が感じられるし、僕僕先生だってまんざらではないことが確認された。次回からは新しいチーム編成になりそう。
 今回も楽しく読めた。
 著者の仁木英之は、耶律徳光と述律・李嗣源・朱温・千里伝・夕陽の梨、など暗い話ばかり書いているので、このシリーズのユーモアにはほっとするところがある。
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2015年05月23日

矢澤潤二の微妙な陰謀

秋梨惟喬   東京創元社   2014.8

 トンデモ本というのがある。そこに書かれたことはもっともらしいが、常識を働かせれば、多くは素人でも嘘を見破れる。
 この連作短編集は、各編の主人公たちを、矢澤潤二がトンデモ情報をもっともらしく解説し、説得するのだ。
 結果は、本当かどうか判らなくても説得には成功する。しかし、何の目的でという疑問がのこる。
 昨年の大幇会(たくせんの中国世界)で、秋梨惟喬さんと話をする機会があった。そのとき、「またおかしな話を思いついたら書きますよ」と言っていたが、もしかすると、この本が頭にあったのかも知れない。

 トンデモ本といえば、松岡圭祐の万能鑑定士Qのシリーズなどもトンデモ本に近い。そのトンデモぶりを書いたら、松岡ファンらしき人から、何度か罵詈雑言を含むトンデモコメントが入った。そのコメントはわたしの書いたことを理解していない、見当違いのコメントなので、今は残していない。
 秋梨さんは金庸の侠客行のオチを「ぶっ飛びますぜ」とどこかに書いていた。それを肯定できる人だから、トンデモ本のおかしさを簡単に見破れるのだろう。そして逆にトンデモ本のおもしろさを利用してこの本を書いたのか。
 もっともらしく語る超能力、UFO、徳川埋蔵金、百匹目の猿理論、等々。
 その目的は、金庸と同じく、「訊かない約束です」かも知れない。

 例を挙げる。
 百匹目の猿というのは、幸島の猿が芋を洗うことを始めた。まねをする猿が出てくる。これがある水準(たとえば100匹)に達すると、全部の猿が洗うようになり、同時に関係の無い他の島・他の地域の猿も洗い出す。同じ原理で、殺人事件が発生する。この矢澤の説明は本当か。
 こんな怪しい説明は何のためか。これが矢澤潤二の微妙な陰謀という連作短編集だ。

 幕末の小栗上野介の隠した黄金の話もある。
 財政は逼迫し、薩長軍あいての軍も満足に組織できないほどなので、幕府に黄金があるはずがない。徳川幕府再興のための黄金があるなら、それを今使って幕府を守れば良い。あったとしても、その隠し場所をわざわざ暗号化して、公表する必要は無い。黙って子孫に伝えればよいはず。黄金伝説にはこのような動機が怪しい話ばかり。
posted by たくせん(謫仙) at 07:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする