2017年03月27日

三舟、奔る!

三舟、奔る!
仁木秀之   実業の日本社   2016.7
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 幕末の三舟といわれた、山岡鉄舟・勝海舟・高橋泥舟の三人の、若き姿を描く時代小説である。
 山岡鉄舟が、明治21年に、勝海舟に向かって、若き日の生き方を語るという形をとる。まだ出世前だ。
 後に山岡鉄舟は、西郷隆盛と江戸城の無血開城の談判をするが、その前の話である。
 小説とはいえ、どこまで史実か気になるところ。
 父が飛騨高山の郡代になったので、高山で育ち剣や禅などを学んだ。17歳にして父の死後、幼い弟5人を連れて三千両を守りながら江戸に出る。途中で賊に襲われたりするのだが、それがきっかけで若き勝海舟や高橋泥舟と出会う。時は幕末に近く、今までの秩序が壊れそうな時代で、いくつかの事件をえて、何とか生き延びる。
 幕末の活躍の苦労話がないと何となく物足りない。これからこの小説のクライマックスを迎えるぞ、というところで話が終わってしまうのだ。
 だから「三舟、奔る!」というより、「鉄舟の助走」と言いたい。
 著者らしく、暗い面もしっかり見つめているので、話に厚みを持った。
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2017年03月18日

落日の譜

落日の譜   雁金準一物語
団 鬼六   筑摩書房   2012.12
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 雁金準一といえば、碁好きにとっては、伝説的な人物であった。
 この本で、具体的な人物像を知ることができた。
 明治・大正・昭和初期の囲碁界は混乱の時代である。明治維新によって幕府の庇護がなくなり、自分の力で生きる道を探さねばならなかった。
 囲碁界の重鎮である本因坊家も明治のはじめには断絶の瀬戸際まで追い詰められながら、なんとか命脈を保った。
 雁金準一は伊藤博文に才能を認められ、庇護を受けながら専門棋士として成長していった。本因坊 秀栄を尊敬しながらも、対立的団体である方円社に所属し、同時代の棋士の信望を集めていた。
 本因坊 秀栄の希望と秀栄没後は秀栄未亡人の要請もあり、次の本因坊の声が高かったが、アクの弱さが災いし、田村保寿(21世本因坊秀哉)にとられてしまう。結局、実力的にも棋界の頂点を極める前にプロ棋界を去ることになる。
 本因坊家以外では、方円社・裨聖会・棋正社・瓊韻社などが設立されては潰れていき、それに関わる人たちを、良くも悪くもいきいきと書いている。
 高田民子の囲碁界への援助には驚く。それによって明治の碁会が保たれたようなものである。
 棋士の品格も、人間としての品格と同じで、決して別な世界の話ではないことを示している。

 この本は著者の死去により未完である。高木祥一九段が「その後の雁金準一」を書き加え完成させた。
 著者は高木祥一九段の紹介で、瓊韻社(けいいんしゃ)の富田忠夫八段に面会し、話を聞き資料を集めている。

参考
雁金準一 1879〜1959、1941年に瓊韻社を創設。
本因坊秀栄1852〜1907
本因坊秀哉1874〜1940 本名は田村保寿(やすひさ)。
富田忠夫 1910〜2002 雁金準一門下。学習院大学卒。1941年飛付三段、1997年名誉九段。門下に王銘エン、鄭銘瑝、鄭銘g、郭求真、渋沢真知子など。1994年大倉喜七郎賞受賞。
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2017年02月19日

銀河乞食軍団 つづき

銀河乞食軍団 つづき
 消滅!? 隠元岩礁実験空域
野田昌宏  早川書房   2009.11

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 まえに紹介した 銀河乞食軍団 の続きである。
 これで「発動!タンポポ村救出作戦」が完了する。
 もう一度言うが、A4三段組み5冊合本というのは無理があるなあ。図書館では他の作家の本だが、束が5センチ以上ある本がある。見ただけで読む気がなくなる。

 わたしは金庸小説のような、女の子や老人が活躍する話が好きだ。この本も女の子が活躍する。
 “銀河乞食軍団”つまり星海企業の宇宙船整備工は、下の“おネジッ子”はなんと12〜13歳、初級の学校を卒業すると、すぐに整備工としては働かねばならない。それを引っ張る班長のお七と副班長のネンネは17〜18歳。こんな子どもたちが、宇宙船を整備し操縦する。免許証はとれたのだろうか。免許制度は無いかもしれない。
 人類が宇宙に進出して、この銀河の辺境に来て千年以上(?)もたっていて、軍事的専制国家。新兵器を開発して、中央に進出し制圧しようという、軍産複合体が支配する。庶民の人権はなきがごとし。
 星海企業はその軍産複合体の裏をかく。

 金持ちの娘が偽善でやっている慈善事業で歌われる男声合唱は「月光とピエロ」で、歌の様子を細かく説明している。

   月の光の照る辻に…
   ピエロ…ピエロ…
   ピエロ淋しく立ちにけり…
   ピエロの姿、白ければ
   月の光に濡れにけり
     ‥‥‥‥

 検索してみたら、今でも歌われている。こんな所は現実的。

 前に書いた、「ん」を「ン」と書くやり方は、一冊目の半ばから復活している。
 全体的には、江戸時代のような社会で、名前や運用体制は明治時代。機械類は昭和時代と宇宙時代の混合。登場する人物は冒険心にあふれている。
 敵役の軍産複合体も内部事情は複雑で、星海企業を一気に押しつぶすようなことはしない、できない。
 
 終わり方が唐突だった。まだ作戦途中なのに、あちこちの伏線が回収し終わっていないようなのに、タンポポ村が帰ってきたので、つまり目的が達成されたので、切ってしまったような終わり方。予定変更もあったらしい。第二部があるので、そちらで回収するか。
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2017年02月18日

銀河乞食軍団

銀河乞食軍団 合本版
野田昌宏   早川書房   2009.6  (1982初版)

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 銀河乞食軍団(全十七巻)は、日本SF(スペースオペラ)では一二を争う傑作だと思っている。

 文庫版はもう手に入らないが、なんと合本版が有ったではないか。
 早速注文した。2冊で十一巻まで、第一部「発動!タンポポ村救出作戦」完結である。
 A4三段組み。重い。気軽に持ち歩くことはできない。
 残念だが、イラストは変わってしまった。

 さて、著者の特徴である、独特な仮名づかいがある。
 なんてかかられたら、あたい、死ンじゃうわ。
 わかったもンじゃないわ。
 もろにつンのめる形になって、
 おねえさン。

 「ん」を「ン」と書くのだ。はじめの十ページくらいまでは何度か出てくるのに、その後は全然使わなくなってしまっている(まだ読み終わっていないので後に出てくるか)。新しく組み直したので、校閲で訂正してしまったのか。初版もそうだったのかな。
 この方法は便利なので、わたしもまねして使っている。
   この小説はなんておもしろいンでしょう。というように。
 電話するのにダイヤルを回すのも懐かしい。あの頃はケータイなんてなかった。

 著者は、古いアメリカSFのコレクターで有名である。それらをクズと喝破した。
 たとえば西部劇の馬を宇宙艇に変えただけだったり。
 最近の映画でも、エイリアンは野蛮な侵略者だったりする。何十万光年の彼方から来ることのできた宇宙人は、地球人よりよほど進歩した文明の生物だと思うのだが。
 本書では、著者は逆手にとって、宇宙時代に江戸時代を再現する遊びをしている。いろいろ矛盾もあると思うが、承知の上である。
 たとえば、舞台は星涯(ほしのはて)星系の第四惑星である白沙(しろきすな)とか。 軍団のリーダーのひとり、お富さんの登場シーンは、
 事務所の長火鉢で煙管(キセル)の刻みを詰め替えながら
 という具合。これでもお富さんは核融合炉のスペシャリスト。番頭さんや奉行もいる。
 宇宙空間で日本語が普通に通じるのも、設定を工夫しているからだ。
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2017年01月31日

失われてゆく、我々の内なる細菌

失われてゆく、我々の内なる細菌
マーティン・J・ブレイザー   みすず書房   2015.7
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 ヒトの体を構成する細胞の70〜90%がヒトに由来しない。逆に言えば体の中にそれだけの細菌が住んでいる。その数は100兆個にもなる。(3万種類、1000兆個という説もある。また70〜90%というのは数量で、重量ではなさそう)
 P28には細菌だけなら3ポンドほどという。
 テレビ“ためしてガツテン”で、腸内細菌は2キロほどいると言っていた。
 わたしは紹介していないが90%が細菌という本もあった「あなたの体は9割が細菌」。
 これらの数字はかなり矛盾しているようで、どう解釈したものか。
 驚いてしまうが、それらのほとんどの細菌は害をなすことはない。それどころか体を守ってくれているのだ。

 腸内細菌は、人間の食べた食物を消化し、腸が吸収できるようにしている。人には消化の能力がほとんどなく、消化を腸内細菌にさせている。腸内細菌は必要な栄養素も作り出す。だから腸内細菌は消化の下請け作業を請け負っていることになる。
 (糞便の95%はこの腸内細菌やその死骸である。という説もある)
 腸内細菌のバランスが崩れるとどうなるか。いろいろな病は、このバランスの変化と死滅によって引き起こされると思われる。
 これらの細菌は、人類誕生以来、人類と共に進化してきた。人類と細菌は運命共同体なのだった。これは他の動物でもそうで、独特の細菌群を持っている。
 こんな話を、細かく例を挙げて説明している。

 1例を挙げると、胃の中にピロリ菌がいる。胃潰瘍などの原因になることが知られているが、健康のために必要(特に子ども)な細菌であった。
注:もちろんわたしに確認できることではない。他の専門家が追試で確認するとか、否定するとかをして、正しいかどうかはっきりする。
 参考: NATROMの日記 http://d.hatena.ne.jp/NATROM/ 2017.01.16「ピロリ菌は胃がんの原因の何%か?」にピロリ菌の別な観点からの記述がある。

 さて、問題は害をなす細菌が入ってきたときだ。昔はしばしば死の病があった。最近になって抗生物質ができて、外来細菌を殺し、死の病を治すことができるようになった。しかし、この抗生物質は外来細菌ばかりでなく、下請け作業をしている細菌まで殺してしまう。そうなると、バランスが崩れ新しい病を引き起こすことになる。
 さらに抗生物質は畜産でも使われている。早く体重を増加させるためだ。これが食物連鎖で人体に蓄積していく。また病院でも過剰に抗生物質を処方する。そうなると人体も太りやすくなる。
 現代は世界的に“肥満”が異常に多くなっている。それがここ二十年間に起こっていることなのだ。その他アレルギーや喘息など、「害」の深刻さに我々はようやく気がついてきた。
 なんと、金持ちは死滅した腸内細菌を求めて、原始社会の抗生物質を使ったことのないヒトの腸内細菌(つまり糞便)を求めているという。
 そんな警告、特に抗生物質の使いすぎ(特に幼児)に対する警告の書である。

参考: 肥満に関しては、こんな本もある あなたは、なぜ太ってしまうのか? 肥満の原因は一つではない。
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2017年01月24日

天と地の守り人

天と地の守り人
上橋菜穂子   新潮社   2011.6
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 これはロタ王国編・カンバル王国編・新ヨゴ皇国編の三部作となっている。シリーズ通算8〜10冊目になる、完結編である。
 どこの国もどの人も、それぞれ立場があり、生きる理由があり、外からは見えない苦悩がある。それらが納得できる物語だ。

 故国新ヨゴ皇国が南の海の向こうのタルシュ帝国に飲み込まれようとしている。それを救うためには、となりのロタ王国と北のカンバル王国と同盟を結び、タルシュ帝国の侵略軍と対抗するしかない。
 新ヨゴ皇国の皇太子チャグムはタルシュ帝国に囚われの身になったが、海に飛び込んで脱出し、ロタ王国に向かう。ロタ王国では南北問題(南の反乱の兆し)を抱えていて、単独では同盟できない。チャグムはさらに北に向かいカンバル王国を説得する。そしてロタ王国と同盟を結び、同盟軍を率いて新ヨゴ皇国に向かう。その間もバルサに助けられている。
 すべての人がその立場ならではの事情を抱えている。チャグムやバルサも例外ではない。
 ロタの内紛もカンバル王の迷いも、それぞれに苦悩の事情があるのだ。新ヨゴ皇国も帝と皇太子チャグムは、国が滅びようとしている時でも対立関係にある。
 タルシュ帝国でさえ、内部では対立していて、統治方法に異論がある。今まではタルシュ帝国に支配されれば、過酷な目にあうと考えられていたが、実情は少数民のタルシュ帝国と、多数民の被支配国の関係は、協力関係にあり、過酷ではない。過酷では反乱が予想されるのだ。国の中枢は被支配地の異民族出身者もいる。
 こうしてあちこちで異論があり、対立しているが、それでも何とか協力の道を探している。
 さらに新ヨゴ皇国の都は、タルシュ帝国にも勝る圧倒的な自然の力によって、滅びようとしていた。ナユグ(異世界)に春が来たのだ。何百年に一度の春だ。
 ふたつの国難をどうやって防ぐのか。16歳のチャグムは成長した。
 バルサは、緒戦の犠牲になったタンダを探しに行く。そして瀕死のタンダを見つけ看病する。
 タンダを世話していた村人に「つれあいです」と宣言する。

 なお、この最終巻の発行のため、荻原規子・佐藤多佳子・上橋菜穂子の3人の対談が巻末にある。平成23年3月22日。なんとあの東日本大地震直後の余震の中での対談だった。小説と重なるではないか。
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2017年01月23日

神の守人

2016.12.20 記

神の守人
上橋菜穂子   新潮社   2009.8

ロタ王国では富の南北問題があった。豊かな南と貧しい北と。
それは民族問題でもあった。
過去に王国を築きながら、今では抑圧される北の貧しいタルの民には、過去の出来事に対する、ロタ王国建国の伝説とは異なる伝説があった。
そして、伝説の恐ろしき神<タルハマヤ>を呼び寄せる力を持つタルの少女アスラが現れた。巨大な力ゆえに大事件を起こし、追われる身となる。
 その恐ろしき神<タルハマヤ>の力を使ってよいものか、その選択をする少女アスラの背負うものが大きすぎるのだ。

   いずれ災いの種になるから、殺したほうがいい。

 一見まともな主張のようだが、民族差別はそんな主張から生まれる。可能性があるからと殺して良いのか。
 立場の違いによって、解釈は異なる。自らを守るすべを持たない少女が危険になったとき、バルサは少女の背景を知らずに、少女を守るという選択をする。
 だんだん背景が判ってきたが、少女を守るという選択は変わらない。それは少女の恐ろしき神<タルハマヤ>に対する解釈にも影響を与えている。

 南北・民族・宗教・教育などの問題、かなり重いテーマの本だった。この本が書かれた頃、イラク問題があったという。
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2017年01月22日

虚空の旅人

2016.7.2 記

虚空(そら)の旅人
上橋菜穂子   新潮社   2008.8

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 「精霊の守り人」の冒険から3年後、14歳になった「新ヨゴ皇国」の皇太子チャグムと、星読(ほしよみ)博士のシュガが、サンガル王国の新王の即位式に招かれて危難に遭遇。バルサは思い出に出るのみ。
 チャグムが成長している。皇太子としての覚悟が出来ている。これが頼もしい。しかも権力欲に汚されていない。
 海洋国家サンガル王国の国土や政治、民族特に漁民の風俗生活ぶりが生き生きとかかれている。
 現王が元気だが新王を即位させるのも、この国の特徴。そして女たちが意外に権力があって活躍する。
 新ヨゴ皇国の南に海に突き出た半島のサンガル王国は海の諸島も支配している。しかしその支配は緩やか。主な島守の妻は王女。
 南の大陸のタルシュ帝国がサンガル王国を狙っていて、今までの作品に出てきた国々も脅威を感じることになる。
 まず海域から侵略と、島民たちを利用しようとする。それに乗せられるものもいる。
 島守のリーダー格のアドルは、次のように考える。
(賢いカリーナ。おまえは、サンガル王家が消えたときどうする? 俺がやったことは裏切りではなくて、おれたちの暮らしを守るためのもっともよい選択だったのだとわかってくれるかな)
 夫の態度に疑問にもつ王子に、妻のカリーナ(王女)は言う。
「ヤドカリが、それまでの殻を捨てて、大きな殻の下に入ろうとしているようなものでしょう。タルシュ帝国は自分たちの血を流さないでサンガルを手に入れようと…」
 夫のアドルが利用されていることを見抜いている。

 シュガがチャグムに協力する関係になっている。
「わたしは、殿下に誓いましたから。―陰謀を知りながら、だれかを見殺しにするようなことは、決して、させぬと」
「清い、輝く魂を身に秘めたままで、政をおこなえる方がいることを、わたしは信じます」

 未来を暗示する言葉だ。
 タルシュ帝国の最初の接触はくじいたが、そこまでで、続きがあることを感じさせる。
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2017年01月21日

精霊の守り人

2017.4.27 記

精霊の守り人
上橋菜穂子   新潮社   2007.4
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 今年、NHKでドラマ化された。その第1回を見た。調べてみて原作小説があることを知り、直ちに本屋に行った。
 ドラマは4回で第一話が完結だが、第2回を見る前に読み終えた。
 わたしはファンタジーが好きである。ハリポタは全巻そろえて持っている。十二国記はすべて読んだ。彩雲国物語は図書館から借りた。グインサーガも全巻持っていたが、今は大部分手放した。
 金庸小説も武侠ファンタジーであり、全巻そろっていて、もう三回以上読んだ。
 解説によれば、「精霊の守り人」が書かれたのは1996年である。なんとわたしが金庸小説にはまった年である。それなのにこんなにおもしろい小説を知らなかった。
 もっとも、文庫化にあたり、漢字を増やしたりして大人に読みやすくしたというので、これでよかったかもしれない。それでも文庫化は2007年、すでに9年たつ。
 ファンタジーは現実ではない。だから舞台設定をきちんと行わなければならない。つまりその世界を設計することだ。話の都合で適当に能力を付加したり世界を変えたりしてはいけない。
 この小説はその世界がきちんと出来ている。それで引き込まれる。小説もドラマも続きが楽しみだ。
 ドラマと小説では差異がある。主人公バルサが二ノ妃に皇子チャグムの護衛を頼まれるあたり、かなり異なる。そうなるとその後の展開もそれに沿わなければならない。それがきちんと出来ているかどうか、それがドラマの世界が出来ているかどうかということだ。矛盾はなかった。
 現在は第一話は完結している。期待通りだった。第二話は来年の一月という。
 ドラマのバルサ役は「綾瀬はるか」だ。なんと迫力のあることよ。
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2017年01月01日

周 理想化された古代王朝

周 理想化された古代王朝
佐藤信弥   中央公論新社   2016.9
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 理想化された周の実像に迫る学術書(のよう)である。
 一般的には取っつきにくいといえよう。周に対して興味のない人には手がでないだろう。
 だが、 封神演義 や宮城谷昌光の小説「太公望」などを読んだ人は、本当はどうなんだろうと思うだろう。その答えである。周の歴史、特に西周に焦点を当てている。

 わたしは誤解していた。本の題名から、なぜ理想化されたのか、という本だと思っていたのだ。
 至聖林(孔林) に書いたが、 商人の子貢が、全国を回って商売をし、行った先々で、うちの先生(孔子)は偉いと宣伝した。それで孔子が偉いということになってしまった。 という考え方をしている。
 その孔子が周を理想化したので、後に各王朝が利用した、その理由を研究したのか。と思っていたのだ。

 著者は西周時代の青銅器銘文などの研究家である。従来日本にはほとんど紹介されなかった時代である。新しい資料(青銅器銘文など)が次々に見つかり、全体像が構築できた。
 孔子は周を理想化したが、現実は、恒常的に戦争を続けていた国家であったのだ。
 後世、儒を理想としても現実には無理で、まねをしたら政治が破綻してしまうのも当然である。
 西周が滅び(前770)東周として再興する(前722)までけっこう時間がかかっている。
 あと、外部勢力に言及していないので、この時代の東アジアの様子が判らないのが残念。

 現代では目にすることのない特殊な文字は、初出時だけでなく何度も仮名を振って欲しい。読めなくて意味も通じなくなりやすい。
西周(BC11世紀−BC771年)
東周(BC770年−BC256年)(春秋期+戦国期)
 この間に、政治軍事の中心は王から地方の諸侯に移っていった。結局小国に分離独立し、周は消滅して始皇帝の時代になる。
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2016年12月27日

子どもを守るために知っておきたいこと

子どもを守るために知っておきたいこと
メタモル出版   2016.7

 13人の専門家による共著である。
 子どもを守ることだけでなく、大人も自分を守るために知っておきたいことばかり。
 いま世間では、どのようなデマ情報が流れているのか、そしてどのような問題が起きているのか。
 インターネット上では、根拠のない適当な記事を量産しているところもあり、親たちを混乱させている。それどころか学校や公的機関や医師でさえ、間違った情報を発信したりする。
 極めつけはホメオパシー、薬は大量に摂れば毒になるが、適度に薄めて、薬として役立てている。これを極度に薄めあめ玉にしたもの。本来の成分などないに等しい。根拠はイギリスでは認められているというのだが、逆にイギリス以外は認められていない。イギリスでも効かないことは判っているが、希望者がいるから禁止していない、だけのもの。
 本来の成分がなくとも水が記憶しているそうだ。まさか。
 食べ物でも、あれを勧めたりこれを勧めたりと混乱するが、偏食で良いはずがなく、マイナス面も検討せねばならない。
 あるいは「江戸しぐさ」。なんと学校で取り上げたという。わたしも騙されてしまったが、芝三光なる人物の捏造と判っている。なかなかいいことも言うが、基本が捏造である以上、検討せずに信じてはならない。
 放射線の話もある。薬と同じように程度問題なのだ。津波による原子炉爆発があったが、今では福島でも他と同じ程度になっている。もともと自然界には放射線は一般的にあるので、福島が特に危険ということはない。もちろん危険地域は存在する。これははっきりさせねばならない。

 よく自然食品を推薦する人がいる。自然の意味は曖昧だ。
 わたしは登山の友人と話したことがあるが、自然の植物は毒を含むものが多く、山菜より八百屋やスーバーに並ぶ野菜の方が、遙かに旨くて安くて安全である。
 そんな常識の本である。
 これで完璧ということはなく、不備な点もあるだろう。詳しい人なら間違いを見つけるかもしれない。
「ニセ医学」に騙されないために と同じく、冷静な状態なら誰でも正しく判断できることなので、いざとなる前に読んでおきたい。
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2016年12月07日

それも一局

それも一局
弟子たちが語る「木谷道場」のおしえ
内藤由起子   水曜社   2016.10
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 昭和の前半を代表する棋士、木谷實九段。冠は少ないが、(もちろん当時はタイトル戦が少なかった)プロ棋士を次々と育て上げ、呉清源九段と並び称された、昭和初期の大棋士である。
 自宅を「木谷道場」として、育てたプロ棋士は51人、日本の棋士育成を独りでやったようなもので、一時はタイトルは木谷門下のたらい回しと言われたこともある。
 木谷道場は平塚にあった。著者も平塚出身で碁を学び観戦記者となる。
 弟子は通いの弟子もいるが、ほとんどは住み込みである。著者はその弟子たちに接し、直接話を聞いて、木谷道場の様子を綴っている。

 いったいどのように教育したのか。
 弟子たちの碁を見て、「それも一局だね」とは、木谷がよく口にしていた言葉。
 この言葉は本来盤上をさして言う言葉である。碁が打たれ、途中で別な手段もあって、その後の展開が変わるとき、その別な手をさして言う。続けて打ってみれば拙い手もあろう。しかし、そのとき、その手が悪手とはいえず、その後が違った碁になるならば、「それも一局だね」と評価する。
 決して上から頭ごなしに指導することはなかったという。
 塾頭格の大竹英雄、三羽烏と言われた石田芳夫・武宮正樹・加藤正夫、さらに小林光一・趙治勲などそれぞれ個性が違う。それ以外の棋士も独特の個性で光り輝いている。これらの人が互いに磨き合っていた。
「それも一局だね」には「それも一つの人生だね」という意も込められている。どんな人生も一つの人生なのだ。
 木谷夫人の美春さんはもと地獄谷温泉の旅館の長女であった。毎日三十人分もの食事を作ったのも、その経験が生きたのかもしれない。夫人は七人の自分の子も、弟子たちと区別しなかった。個性を尊重した。そのため七人は全く違う道を選んでいる。
 プロ棋士ばかりでなく、周りの人たちの話もある。

 第11章では、海外の子どもたちの夢をお手伝い 小林千寿 
として、小林千寿六段の話がある。
 多くの欧州の青少年の世話し、二人のプロ棋士を育てた、異色の経歴の持ち主である。
 木谷家の長男である医師の健一さんから電話があった。
「君は父がやりたかったことをやっている。父は戦後の焼け野原をみて、『もし世界中の人が囲碁をやっていれば、こんな戦争は起きなかっただろう』ってよく言っていましたから」
と、海外普及の努力を評価した。
 順調だったわけではない。初めて育てたハンスピーチ六段は囲碁普及のおり、グアテマラで強盗の凶弾に倒れて亡くなっている。
 それから13年。今年になり、アンティ・トルマネン君が入段した。二人目のプロ棋士だ。

 不肖私は小林千寿六段のアマの弟子である。木谷九段の孫弟子と言うことになる。千寿会に参加してもう15年になった。入会して1年後の正月にハンスピーチ六段の訃報を聞いた。ハンスピーチ六段には一年間で十局ほど指導碁を打っていただいた記憶がある。
 千寿会に参加しなかったならば、全く違った人生を送ったことだろう。それも一局なンだが。

参考  ハンスピーチさん死去
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2016年11月27日

リビア砂漠探検記

リビア砂漠探検記
石毛直道   講談社   1973.6

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 1968年、リビア王国を探検した人がいた。
 リビアは王国だったのか、と疑問に思う人もいるだろう。あのカダフィー大佐の革命の前の話である。著者は砂漠の小さな村の生活ぶりを詳しく書いている。
 民は税金を払わず、政府は石油収入によってえた金を、広く薄くばらまいて統治していたのだ。そのため砂漠でも多くの人が生活している。
 住めば地獄だろうが、著者はどんなことにも平然と、客観的に見ているので、砂漠の生活が楽しそうに思えたりする。食事も粗末だが、普通に食べられそうに思えたりする。
 そして後半はリビア砂漠の道なき道を、荷物運送のトラックに乗って、南のチャドへ行く冒険旅行の話になる。その冒険旅行によくある事件の数々を、著者は鋭い観察眼で気負わずに書いている。
 五十年近く前の砂漠地帯の生活は、極地体験であろう。
 グーグルアースを見ると、今ではかなり数の円形の畑地がある。住宅も多いようだ。それでも場所によっては、今でも当時と似たような生活をしているかもしれない。
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2016年11月21日

あなたは、なぜ太ってしまうのか?

あなたは、なぜ太ってしまうのか?  肥満が世界を滅ぼす!
バリー・ポプキン   朝日新聞出版   2009.12

 世界的な肥満増大に対する警告の書だ。近年の社会の変化が、肥満と病気を引き起こしていることを具体的に解説している。(全訳である)
 まず、太る原因は、摂取カロリーの過多である。食べる量が多すぎるか、運動などで消費するカロリーが過小であるか、どちらかだ。そのカロリーは糖質であろうと脂質であろうと同じこと。
 ではなぜ多く食べてしまうのか、なぜ運動不足になるのか。その原因を検証している。
 アメリカの例、中国の例、インドの例、その他世界中を俯瞰して、その原因は食のグローバリゼーションであるとする。時期的にもその時期に一致する。アメリカでも50年前は肥満は少なかったのだ。
 外食中心(中食を含む)で、ハンバーガーのようなジャンクフードが多くなった。
 飲み物もジュースやコカコーラなど糖分の多い飲み物となり、その分食べる量は減らさねばならないのに、飲まないときと同じように食べている。

 これらの例を具体的に細かく説明している。しかし、わたしが読んでいて、そんな具体的な例が必要なのか疑ってしまう。
 エレンとボブの日常の暮らしぶり。どこに住み、何時何歳の子どもを学校に送り、何を食べ…何を飲み…、これがあまりに細かい。もちろんわたしの知らない人である。エレンとボブの特殊例ではない。それがジャックあろうがベティであろうが成り立つ話だ。ならば特定の例にせず、その町の平均的な生活で良いのではないか。まあ、これがアメリカ的な書き方か。
 ダイエットをしようとした人なら、そんなことはわかってるだろう。だがうまくいかない。再確認の必要がある。
 読んでいて、「だからどうした、だからどうした」と、いらいらしてくる。250ページあるが、50ページ程度にまとめられるそうな気がする。
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2016年11月12日

砂の文明 石の文明 泥の文明

砂の文明 石の文明 泥の文明
松本健一   岩波書店   2012.8 (2003版の改訂版)
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 世界を、砂の文明・石の文明・泥の文明と分類し、その特徴をもって、古今の世界の状況を判りやすく説明している。
 特に今の中東情勢を、砂の文明と石の文明の衝突として解釈するあたり判りやすい。
 ただし、何度か「○○であるとすれば、……はこうなる」と説明しているように、これは仮説であって、できれば、逆に「○○でないとすれば、……はこうなる」という説明も欲しいところ。
 まるで誰かから「○○であるとすれば、」という宿題に答えたようだ。
「自分は信じていないが、○○であるとすれば、…はこうなる」と言っているみたいだ。
 自分の考えなので、「次のように考えた」でいいはず。

 石の文明とは薄い土地の下が石の地域で、中部欧州などを指す。ここは草地となり、農業に適さず、産業は牧畜であり、生産を拡大するには、外に土地を求めることになる。そのために西洋文明が起こった。そして世界を侵略する、つまり世界のあちこちを植民地化した。
 砂の文明とは、砂漠地帯を指す。土地は不毛でそこでは永住できない。砂漠周辺の人を対象とする商業活動を行う。そのため、ネットワークを利用し交易する。国境という概念がない。
 泥の文明とは、アジアモンスーン地帯など、豊かな土地のこと。ここでは定住して農業を行う。生産をあげるには、土地や品種を改良し質を高める。土地を広げようとすると、となりの土地とぶつかることになるからだ。

 こう考えると、石の文明が拡張して他地域を占領し独占し、それと国境を無視する砂の文明とが衝突することになるのが理解できる。
 また砂の文明では、不毛の太地で孤独に生きる精神的な支えとして、絶対神である一神教を信じることなる。
 泥の文明地帯では生命が満ちあふれ、そのため多神教となる。自然の山や川が地域の境となり、お互いに境界を守る。インド・華南・韓国・日本など。
 ここで注意すべきは、北朝鮮・華北などは泥の文明地帯ではない。
 なおインドの独立に当たって、ガンジーは「非暴力的抵抗」で成功した。これは泥の文明の考え方という。
 世界を代表するような文明の仮説であって、例外(たとえばギリシャは石の文明)も多いが、論旨が明快で、文明などに対する一つの見方として、一考の価値がある。
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2016年11月06日

代替医療の光と闇

代替医療の光と闇 魔法を信じるかい?

ポール・オフィット    地人書館   2015.9
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 代替医療とは、「通常医療の代わりに用いられる医療」を指す。今のところ、通常医療に取って代わるような代替医療は存在しないという。
 代替医療でも効果がはっきり証明できれば、つまり科学的根拠があれば、それは通常医療に組み込まれよう。代替医療ではなくなる。
 代替医療は効果があることを証明できないので、医療といっていいのか。
 元気なときに、正しい知識を身に付けて、わが身を守らなければならない。
 この本で書かれた悲劇は、ほとんどがアメリカの話だが、今後は日本でも同じような悲劇が起こりそうなのだ。
 治るはずの通常医療を拒否し、代替医療に頼る。その様子を丁寧に解説している。
 すべてが詐欺師ばかりではない。間違った信念で「病が治る」と思い込んでいる人もいる。その「間違った」が通る歴史的いきさつや、社会状況の詳しい説明がある。
 アメリカのサプリメント業界の暴走ぶりが、なんと法的なお墨付きの下で行われているのだ。
 そのような、インチキ代替医療に騙されてしまった人たちへの、思いやりが読み取れる。
 代替医療だって、プラセボ効果で効くことも多い。だから代替医療とインチキ医療が見分けにくいのだ。

 一例としてビタミン大量投与があげられている。どんな薬でも摂りすぎはよくないはず。
 鍼に対しても否定的だ。鍼は体を熟知していないと効果は薄い。しかし、それなりの効果があるといわれている。科学的に証明できないのが問題か。


 最後に…、副題の「魔法を信じるかい?」は原文に有り、代替医療のことをいっているようだが、代替医療は魔法ではない。騙された人たちも魔法だとは思っていないだろう。魔法は信じていないはず。
 わたしは「魔法」とは祈祷医のようなものと思って読み始めた。たとえば、牧師にお祈りしてもらうとか。偶像に祈るとか。未開地域における祈祷師とか。
 全体的には読みにくい。言葉は易しいが、訳がこなれていないので、止まってしまう。
 「ひとりの男が…」とあると、「あれ、これはひとりでなくても、女でも該当すると思うが…、」と考えてしまうとか。
 延々と寄付者の名前と金額が並べられたりするが、「その名前や金額にどんな意味があるのか」とか。
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2016年10月30日

すばらしい黄金の暗闇世界

すばらしい黄金の暗闇世界
椎名誠  日経ナショナルジオグラフィック社   2016.6
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 椎名誠の本は、小説よりエッセイの方がおもしろい。
 この本は、そのエッセイの特におもしろいところばかりを集めたような、わくわくする本だ。
 世界中を旅し、それぞれの深部に入り、一介の旅行者では見ることのできない部分まで、見て経験している。日経ナショナルジオグラフィック社の素晴らしい写真集もある。
 無人島での漆黒の闇、空飛ぶ蛇、食肉ナマズ、ニューヨークの地下トンネルに住み着いた数千人のホームレス、パリの地下墓地、奥アマゾンの筏家屋などという、エッと言うような話が多い。
 立ちションをすると、その流れを遡って尿道口に突っ込んでくる食肉ナマズの話など、まさかと思ってしまう。(アマゾンの話)
 光あふれる日本社会への批判もある。東日本大震災以後、エネルギーの浪費を考えさせられたのに、懲りずに元に戻ってしまった。

 わたし(謫仙)は何回か中国旅行をしているが、一回の旅行で、一年分のエネルギー以上のエネルギー(ジェット機の燃料など)を消費する。自動車を持っている人はさらに多く使うであろう。
 著者がこうして世界中を巡っているとき、どれほどのエネルギーを消費しているか。そんなことにも言及して欲しいものだ。それに比べたら、一般庶民のエネルギー消費などたかがしれている。無駄は省かなければならないのは当然だが、一言欲しい。

 それはともかく、著者の冒険心には、判っていても感服してしまう。こんなすてきな本を書く才能にも驚く。専門書ではない。専門家でないわたしにとって、それが真実であることが判る程度でよいのだ。この本のような、読んで面白いわかりやすいというのが大事だ。
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2016年10月15日

主食をやめると健康になる

はっきり言ってこの本は、糖尿病関係の病がある人のための本で、一般人には不要な内容である。
逆に一般人には不健康になる。
雲外の峰−医師が教える最善の健康法を参照。

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2013年9月21日 記
主食をやめると健康になる   糖質制限食で体質が変わる!
江部康二   ダイヤモンド社   2011.11
 この本は快書か怪書か
 この本を図書館で予約して数ヶ月になる。題名も忘れていた。あるダイエット成功者に紹介された本である。
 副題にもあるように、糖質を制限することがダイエットや糖尿病退治の基本という。カロリー制限では難しい。肉食ならいくら食べても太らないと。ここでいう主食とは、米・小麦・トウモロコシ・蕎麦・芋などのことである。
 ここでいくつかの疑問が浮かぶ。

1.わたしは、「必要とするカロリーより多く摂れば太り、足りなければ痩せる」と思っている。肉食で摂りすぎたカロリーはどうなるのか。
2.俗に肉食といわれるアメリカ人の多くが太りすぎなのは説明できるか。
3.米を主食とする日本食はヘルシーといわれているが、この定説を覆せるか。
4.米はアメリカなどでダイエット食として食べられていると聞くが、それは間違いか。
5.著者本人がこれで、糖尿病を克服しダイエットに成功したというが、個別な例を一般化していないか。因果関係は確定したか。
 などなど。

 内容をざっと言うと、
 糖質食によって血糖値が上がり、それを抑制するインスリンが大量に出る。インスリンは肥満ホルモンであり、故に糖質食によって肥満になる。
 だからダイエットには糖質食を避ければよいと説く。

1.については、「肥満の原因は糖質の摂りすぎ」と繰り返して説明しているが、p59には「摂取カロリーが消費カロリーより多ければ太る」と矛盾する記述がある。p184にはカロリー節約体質の人は、糖質制限に加えてカロリー制限で痩せる人もいる、と。
 p127には、ある焼き肉屋の主が、いろいろ試みて糖質制限にたどりつき「何だ、カロリー制限なんて気にせずに自分の店の焼き肉を食べればいいということか」で、10キロも減量し標準体重になった、という。話は本当であろうが、誰でもこうなるといえるのか。

2.については、貧しい人が糖質食に偏ったという。しかし、前に紹介した、 ルポ貧困大国アメリカ では、むしろ貧しいが故に脂質食が多くなって、肥満児が増えたという。
 どちらの説が正しいか。

 なぜ糖質制限なのかについては、農耕以前は肉食系であったろうという。
 チンパンジー・ゴリラ・オランウータンなど、類人猿が草食系であることを考えると、説得力に乏しいが、人類だけが例外ということもあるし、数百万年のうちに変わったとも考えられる。
 糖質食は農耕が始まってからで、まだ一万年ほど。人類の身体はまだ糖質食に合っていない、というが、一万年では絶対変わらないともいえない。
 昔は肉食なので寿命が短かった。現代は糖質食なったので寿命が延びた。ともいえるではないか。

3.4.については、糖質が多くNGという。
 単に否定するだけでなく、誤解の原因も説明して欲しい。これでは日本食を食べていて痩せている人の説明がつかない。東南アジアは米食地帯だが、米を食べていて太っていない人は多い。説明がないとわたしなど、結論が逆になってしまう。
 肉食系で太っている人の方が日本食で太っている人より多い。それも桁違いに多く感じられる(感じるだけで統計資料は持っていない)。

5.については、病院の理事長でもあり、この時点で1400以上の例があるらしい。しかし失敗例はどのくらいか。10例か1000例かで評価が変わる。ただし、本来糖尿病の治療として行ったことだ。ダイエット目的でもできるか、これは信用できない。
 わたしは肉食でも食べ過ぎれば太ると思う。

 本論から外れるが、
 農耕以前の食べ物が本来の食べ物かどうか。本来の食物ならいいが、そうではないときはストレスを伴う。農耕によってようやく本来の食べ物を取り戻した可能性もあるのだ。
 類人猿のことを考えて、農耕以前は肉食であったという話は疑ってしまう。
 雑食だったが、基本は草食であったと思える。穀物は少ないので今のように糖質食を飽食することはできなかった。だから身体は少しでも栄養に余裕があれば肥満にまわして、飢餓に備えていた。
 現在は穀物食になって、飢えることなく常に余裕がある。故に太りやすい。普通の人で1日なにも食べずに過ごした人は珍しいだろう。

 コメントのリンクが間違っているので、ここに訂正します。
   蘭嶼11 風格ある社会

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2016年10月15日 追記

 10月8日にNHKで、血糖値スパイクという問題を取り上げていた。糖質食を摂ると、その後一時的に血糖値が上がる。
 人によっては上がりかたが高すぎる。これを血糖値スパイクという。様々な病の原因になる。その可能性のある人は日本で1400万人ともいう。
 詳しくは、血糖値スパイク http://takusen2.seesaa.net/article/442815806.html で。

 主食をやめると健康になる、可能性のある人は1400万人だけだった。
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2016年10月09日

日本海 その深層で起こっていること

日本海 その深層で起こっていること
蒲生俊敬   講談社   2016.2
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 日本海の成り立ちや、小さいながら独立して生きている理由などの解説である。
 深海の生物などを考えていたが、それはなかった。
 日本海の広さは、世界の海域の広さの0.3%でしかない。
 対馬海峡・津軽海峡・宗谷海峡・間宮海峡という浅くて狭い海峡で外海とつながっている。そのため海水の出入りが少なく、干満の差がわずかである。水深は最大3800mとかなり深い。
 このような地形では、深層は死の海となる。その例が黒海だ。
 ところが日本海は、比較的塩分濃度の濃い対馬暖流が北上して、酸素をたっぷり含んだ海水が北で冷やされ、重くなって沈み込む。そのため循環が生じ下層では掻き回され、100〜200年で循環は1周する(熱塩循環)。そのため深層でも酸素を含んだ生きた海水である。大洋では、その10倍2000年もかけて循環が1周するといわれている。黒海はこの循環が生じていないため、低層は死の海になる。
 こんなことから、日本海は豊かな海になり、季節風もあって対馬海流の蒸気が雪(雨ではなく)になり、国土も豊かになった。
 日本海はずっとそうだったわけではない。8000年前は死の海だったという。
 日本列島と大陸との微妙な距離、日本海の微妙な形が成立して豊かさをもたらすようになった。そのため、気候変動の影響を受けやすい海でもある。
 そんなことをいろいろな資料を用いて説明し、日本の歴史も考察する。
 そして今、温暖化によって、北海での冷え込みが弱まり、沈み込みが少なくなっている。循環が弱まり、深層では酸素が少なくなっている。同時に雪不足になり、日本の豊かさを損ねることになる。
 これが世界の海に対する警告となっているのだ。
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2016年10月02日

村上海賊の娘

村上海賊の娘
和田 竜   新潮社   2013.10
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 武侠小説ばりの痛快小説であった。
 村上海賊と言えば、後に村上水軍と伝わる瀬戸内海の有力海賊である。その娘の景(きょう)の活躍ぶりである。引用すると、
 和睦が崩れ、信長に攻められる大坂本願寺。毛利は海路からの支援を乞われるが、成否は「海賊王」と呼ばれた村上武吉の帰趨にかかっていた。折しも、武吉の娘の景は上乗りで難波へむかう。家の存続を占って寝返りも辞さない緊張の続くなか、度肝を抜く戦いの幕が切って落とされる。第一次木津川合戦の史実に基づく一大巨篇。

 戦国の織田信長の軍勢と、大阪にあった本願寺との戦いがあった。本願寺では兵粮が決定的に不足していた。そのため毛利に兵粮を依頼する。
 毛利は村上海賊の力を借りて、船で難波海から木津川を通って運ぼうとする。それを防ごうとする、織田方泉州侍、その一部は泉州海賊である。
 この荒くれ男の大活躍が話の中心である。
 本屋大賞を受賞した。

 さて、景(きょう)は醜女として名が高く、誰も嫁に迎えようとはしない。それが泉州では美しいと絶賛される。いったいどんな女なんだろう。これが第一の謎。
 ハーフかもしれない。西洋人(マリア像など)に慣れた人と、知らない人との差とか。となると出生の問題が生じるが、そのようには見えない。
 泉州海賊の長である眞鍋七五三兵衛(しめのひょうえ)の超人的能力がすごい。ヘビー級レスラーを遙かにしのぐ身体能力。これは第二の謎。
 銛を投げると、当たった小舟は爆発して木っ端微塵。大きな穴が開いたなら判るが、爆発する理由が判からない。書いてないが、爆弾も仕掛けてあったのか。
 敵味方ともかなり損耗したはずなのに、実際の被害は五分の一程度。中心的部隊が壊滅すると残った兵は戦闘能力を失うので、五分の一でもほぼ全滅か。
 壮大な海戦の一部を大げさにした部分も、内力(超能力のようなもの)に逃げるようなことはない。泉州侍の言うことや考え方などまさかと思うが、全体的には史実に基づいているので、小説として成り立つ。かなりの長編だが休まず読んだ。
posted by たくせん(謫仙) at 14:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする