2015年07月16日

おもいでエマノン

梶尾真治   徳間書店   1983
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 エマノンのシリーズの最初の本である。
 この本は、すばらしいアイディアはあったが、周辺の諸々の知識がまだ未熟であった若い頃の雰囲気を持っている。それだけに斬新なアイディアは魅力的だ。エマノンとは違うが、特別な能力の持ち主が多い。
 単細胞生物の時代の記憶について、ちょっと書いてあるが、さすがに無理っぽい。植物にもエマノンと同じような運命の草があった。こちらも納得できたが、やはり無理っぽい。記憶とはなにかと考えると、単細胞生命体や植物にある得るのか。
 そのほかにも、全体的に強引な感じがする。
 このあたり、著者が高齢になって、物語が自然に流れるようなったあとから出た本を、先に読んでしまったからか。

表紙の絵は新井苑子。エマノンはしっかりした大人の雰囲気。
先に読んだ後期の表紙は鶴田謙二。エマノンは痩せすぎだが少女らしい雰囲気がいい。
異国風の彫りの深い顔立ち。すんなりと伸びきった肢体。ジーンズにナップ・サック。ながい髪、おおきな瞳、そしてわずかなそばかす。
 この本、新井苑子の絵のほうがこの描写に近いと思えるが、少女らしさが欲しい。その点は鶴田謙二の絵の方が少女らしい。
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2015年07月07日

女性の貧困

女性の貧困
“新たな連鎖”の衝撃
NHK「女性の貧困」取材班   幻冬舎   2014.12

 カバーに書かれた三行
「理想はないですね、基本」友美さん・19歳
「30歳まで生きたら、もうそれでいい」キキさん16歳
「普通に過ごすって、なんていいものなんだろう」理恵さん23歳

 このような特別な女性の話と思っていたら、これがかなり一般的な話になっているという、衝撃的な本だつた。カバーの裏表紙側には、
 非正規雇用の若年女性の8割が「困窮」
 母子所帯の57.6%が貧困
 結婚の障害となることに「結婚資金」を挙げる男性43.5%


「NHKクローズアップ現代」で取り上げた、若年女性を中心とした現代の貧困問題である。
 母子家庭になり生活できなくなる、こどもは進学どころか中学校小学校にも満足に行けなくなり、就職が難しくなる。
 その困窮はその子に及び、貧困の連鎖となる。そんな話を細かくレポートしている。
 しかもそれを救う性産業がある。住まいや託児所を用意し再生の計画も一緒にたてて、若い女性を従事させる。それで生活できると喜ぶ女性も多い。本来、自治体のやるべき仕事を肩代わりしているのだ。役所に行けば、無理難題を言って追い返される。二度と役所に行かず、苦しんでいる。もっとも自治体にも言い分はあるだろう。公のお金を扱うのだ。
 本の担当編集者は、原稿を読みながら、「これが現代の日本で起きていることなのか」と驚き、怒り、たびたび絶望的な気持ちになったという。

 このような問題は昔からあり、つまり今でも少なくなっていないという話でもある。少なくなっていないことに衝撃をおぼえる。今では表面が華やかなため、形が変わり見えにくくなってしまった。あらためて掘り起こしたといえる。
 奨学金という名の600万円もの借金。若い女性が普通では返すことのできないほどの借金を背負う。
 母子三人でネットカフェに住んでいるひとは一ヶ月18万円もかかるのだ。そのお金で安い部屋を借りられないものか。(保証人などクリアできない問題があるのか)
 当人たちの無計画もあるが、余裕がないと見えるものも見えなくなってしまう。

 わたしは不思議に思ったことがある。NHKにも出版部門がある。それなのになぜ、幻冬舎から発行しなければならなかったのか。
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2015年07月01日

楊家将演義読本

楊家将演義読本
岡崎由美・松浦智子 編集   勉誠出版   2015.6
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 先に紹介した「楊家将演義」の解説書である。この小説の解説ばかりでなく、その虚実や異本・異伝・劇など、さらにテレビドラマまで詳しい。また楊家将ばかりでなく、中国伝統文化をも幅広く解説している。
 七八割が虚構の楊家将であるが、幾分は史実もある。ところが、伝説が先に立ってしまい、史実が判っても、直しきれないあたりはおもしろい。だから演義なんだ。
 たとえば八王のことは前に書いたが、それ以外では、
 楊業など、位は低かった。しかも降将なので、いつも最前線に行かされていた。ほとんど辺境にいたので、都の大邸宅はなかったらしい。
 太宗は五台山の参詣はしておらず、当然、幽州で遼軍に囲まれたことはない。だから楊業たちが助けに行ったことはなく、長男楊淵平・次男楊延定・三男楊延輝がその戦いで、戦死するはずがない。実際には楊業より後に亡くなった。
 楊業の跡を継いだ六郎楊延昭(えんしょう)は長男だと思われる。先に六男説があったので、変えられなかったのだろうとか。
 潘仁美は悪役だが、史実の潘美は太祖の時からの功臣だった。
 よく幽州が五台山の近くで出てくるが、幽州とは今の北京(あたり)であり、直線距離で260キロほども離れている。距離感がかなりおかしい。楊家将ばかりでなく他の話でも、このように北方の地理は不正確なのに、南方は正確。おそらく作者は南方の人であろうとか。

 わたしが、「楊家将演義」を読んで書こうとしたことなど、この本に遙かに詳しく全部書いてある。書いたら恥をかくところだった。
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2015年06月27日

楊家将演義

完訳 楊家将演義
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岡崎由美・松浦智子訳   勉誠出版   2015.6
 昨年の 第10回武侠迷大幇会2 で岡崎由美先生が、「いま楊家将を翻訳しています」と言っていた。それがようやく完成し、6月5日に勉誠出版から出版された。
 わたしは事前に予約しておいたので、5月31日に受け取ることができた。上巻・下巻の二冊本であるが、同時に解説本もあって計三冊。
 上下巻を読み終えたところである。
 楊家将演義(ようかしょうえんぎ)は明代に成立したいわゆる通俗小説だ。元ネタの楊一家の伝説はかなり前から有った。
 訳者解説によれば、楊家将演義は「北宋志伝」全五十回と、「楊家府演義」全五十八則の2作品ある。同じようでも内容に異同がある。北宋志伝は体裁は歴史書に近づき、「楊家府演義」はファンタジーに近い。今回の翻訳は「北宋志伝」である。
 前に北方謙三の 楊家将 を読んでいるが、翻訳ではなく翻案に近い。内容は北方謙三の著作と言うべきで、おもしろいが物足りなかった。これでは楊家将を読んだとは言えないからだ。

 全五十回のうち楊家(の楊業)が登場するのが第九回。それまでは呼延賛を中心とする「呼家将演義」であり、本来は別物だったらしい。呼延賛も潘仁美に苦しめられ、一度は宋から離脱する。
 このように主役が登場する前が長いのが、中国文学の特徴だ。三国志の諸葛孔明が登場するまで、金庸なら倚天屠龍記の張無忌が登場(誕生)するまで、笑傲江湖なら令狐冲が登場するまで、というように。

 北漢が宋の侵攻に苦しみ楊家に助けを求める。それでいながら楊家は裏切り者扱いされ、楊業は北漢を見限り宋に臣従することになり、北漢は滅んでしまう。
 以後、楊家軍は宋の北方の守りの要となり、遼(契丹)と対峙する。
 ある日、…これで何年もたっている。
 宋の二代太宗は五台山に行幸した(第十六回)。ここは国境に近い。「前方に幽州を控え、後ろは太原」というが、太原から地図の幽州まで直線でも四百キロもある(行政区の幽州はここまで広かったのかな)。この後も幽州の名が出るが、地図の幽州とは別かもしれない。しかも太宗は景色がいいと幽州に入っていく。
 遼軍に知られ、邠陽城で囲まれてしまう。楊業が助けに行き、ここで戦いになる。
 楊業には、七男二女いた。
 この戦いで、長男楊淵平(えんぺい 延平とも書かれる)、次男楊延定(えんてい)、三男楊延輝(えんき)が戦死。
 四男楊延朗(えんろう)は捕虜となる。まもなく遼の瓊娥公主の駙馬(むこ)になっている。
 五男楊延徳(えんとく)は、五台山に逃げて出家する。
 この後、楊業は六男楊延昭(えんしょう)七男楊延嗣(えんし)とともに雄州に当たる。前線である。
 もう一人、義子の楊懐亮(かいりょう 懐亮)がいて、「南宋志伝」に出た。「北宋志伝」では出てこなかった。「北宋志伝」は「南宋志伝」の続きになる。
 長女は八娘(はちじょう)と呼ばれる。
 次女は九妹(きゅうまい)と呼ばれる。
 ふたりは母とともに汴京(宋の都)にいる。

 また戦いが始まる。それまで何年経ったか。
 総大将は宋の重臣である潘仁美で、その下に楊業と呼延賛がつく。結局、楊業は潘仁美の策謀により単独で戦い、敗戦となり李陵碑に頭をぶつけ自決する(第十八回)。しかも助けを求めた七郎は、罪もないのに潘仁美の命で射殺される。
 潘仁美は楊業などを死地に追いやったのがばれて、庶民におとされる。
 それからは六郎楊延昭が楊家当主となって活躍する。

 さて、下巻である。六郎楊延昭が中心となって、遼と対決する。
 出家していた五郎に援助を頼んだり、四郎に助けられたりしながら、なとんか遼を押さえ込む。その間に宗保(六郎の長男)が育って行く。
 六郎楊延昭が若くして亡くなり、楊宗保が当主となるころ、急に西夏が、勢力拡大をはかり、宋に侵略を図る。西夏との戦いで宗保は危機に陥る。そこで楊家の寡婦たち十二人が将となり、宗保を助け、西夏を打ち破る。

 全体的に「前号までのあらすじ」のような記述が多く、あまり思い入れが生じない。特に脈絡もなく、いきなりとてつもない超人が出てきたりして、アレッと思ったりする。そんな人物がいるならそれに備えよ、と思ってしまう。もっとも現代と違い、通信手段も限られているので、知らなかった、なのかな。そのあたりは演義らしい展開である。
 それから八王(趙徳昭)という楊家に好意的な王がいる。初代太祖の子であり、神宗を助ける。
 史実では、初代太祖の子は相次いで不審な死に方をした。趙徳昭(951−979)は太宗が即位するとまもなく亡くなっている。自殺したといわれる。趙徳芳(959−981)も不審にな死に方をした。神宗の即位のかなり前だ。だから八王は架空の人物と言うべき。その他楊家の女将たちも架空らしい。

 物語は、開宝8年(975)から乾興元年(1022)。およそ47年間。
以下は史実。
976  二代太宗 趙匡義(在位976−997)即位。
979  北漢が滅ぶ。
     太祖の子 趙徳昭(951−979)自殺。
981  太祖の子 趙徳芳(959−981)没す。
997  三代真宗(在位997−1022)即位 太宗の子。
1004 澶淵の盟(せんえんの盟)、遼と講和条約を結ぶ。
     歳費として絹20万匹・銀10万両を、宋から遼に支払うことになった。
1022 四代仁宗(在位1022−1063)即位。
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2015年06月24日

舟を編む

三浦しをん   光文社   2015.3

 玄武書房の馬締光也が、新しく刊行する国語辞典「大渡海」の編集メンバーとして辞書編集部にスカウトされる。そして他の編集者たちと一緒に辞書つくりに没頭する。
 採用した言葉に抜けがあり、大勢が長期会社に泊まり込みで確認するあたりが山か。仕事に対する迫力が伝わる。
 15年かけて、ついに刊行に至るが、それが改訂作業の始まりで、辞書には完成がない。
 どんな人でもよく知ってみると個性的ではある。それにしても登場人物はかなり個性的。だから小説として面白いンだが。
 15年なので、ときどき時間がとんでしまうので、気をつけていないとどのくらい経ったのか判らなくなる。特に馬締光也があっという間に結婚してしまうあたり、もう少し説明して欲しい。

 この中で、各国は国語辞典の作成に国を挙げて取り組んでいるのに、日本では個人ないし出版社が、国の援助なしに取り組み刊行している、という話に感銘を受けた。
 そのため、国の圧力を受けて歪むことなく、自由に刊行できた。
 そういえば、他の芸術でも、日本では多くは政府の弾圧に抵抗する形で、民間で発達しているのが多い。

 もとは雑誌に連載されたが、2011年9月に単行本として刊行され、2012年本屋大賞を受賞している。その文庫版だ。
 のちに映画化されて有名で、今更わたしが紹介するまでもないのだが、お勧め本として紹介させて頂く。
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2015年06月18日

僕僕先生 零

僕僕先生 零
仁木英之   新潮社   2015.1
     bokubokurei.jpg
 王弁と僕僕は吐蕃から長安に向かう。その退屈な旅の途中で、僕僕は蓬莱での昔話を語る。
「物語は時には残酷だ。それでも聞くかい」
「先生の話すことなら」
 と、昔話が始まる。そして最後までその話。王弁の出番は最初の数頁のみ。
 黄帝軒轅・炎帝神農・西王母などという、神話時代。そこに拠比と、料理人として僕僕が登場。
 全ての始原である「一」の破片探しを炎帝から命じられる。けっこう楽しい話だ。
 どうやら、今までのシリーズとは趣を変えたようだ。「一」の破片を探し終えたわけではないので、今回限りではなさそう。
 今までに出てきた昔話は、僕僕にとって悲しい思い出のようだったので、今回のような楽しい話が多いと読むのが楽になる。

 引用する。
その少女、名を僕僕。後に伝説となる仙人なり。
天地が今よりもずっと熱く、神々がその主人だった頃のお話。成熟を迎えた神仙たちの社会に、突如異変が襲った。水を司る神・拠比は、相棒の料理仙人・僕僕とともに異変を解消すべく、創造主・老君が天地開闢に用いた宝具「一」を探す旅に出る。時を同じくして、黄帝は「人類」を創出し、世界変革を試みるが……。美少女仙人×ヘタレ神コンビによる新たなファンタジー冒険譚、開幕。

 
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2015年06月13日

クロノス・ジョウンターの伝説

梶尾真治   徳間書店   2015

 1994〜2008年に発表された連作中編集。名前に記憶があるのだが、何も覚えていない。読もうとして読まなかったか。
「クロノス・ジョウンター」はタイムマシンといっても「物質過去噴出機」で、中の物が過去に行き、マシンが過去に行くわけではない。
 過去へ行った物や人は、短い一定の時間が過ぎると、戻されてしまうのだが、そのとき未来まで弾き飛ばされてしまうという欠陥があった。
 それでも人は、さまざまな想いがあって過去へ行く。過去へ行って恋する人を救いたい。真相を知りたい。その何人かが、過去世界でも絡み合う。

 タイムトラベルはSFではありふれているが、限定された性能の未完のマシンで、新しい緊迫感を出している。
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2015年06月06日

レモン月夜の宇宙船

レモン月夜の宇宙船

野田昌宏   創元社   2008.11

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 レモン月夜の宇宙船は短編小説である。この本はそれ以外に、エッセイのような小説や、小説のようなエッセイが満載。
 レモン月夜の宇宙船は1968年9月にS−Fマガジンに掲載されたという。
 わたしが野田昌宏を知った頃には本屋になかったので、読むことができなかった。その後、「銀河乞食軍団」に夢中になって以来、ますます読みたくなった小説である。
 なんと2008年に本になっていた。
 
 アポロ計画が進行していた頃のこと。
 加寿羅勘三郎という隠れた老SFマニアがいて、膨大なコレクションを持っている。この老人は、総理大臣を自由に動かせるほどの実力者らしい。
 “僕”と“佐渡守”は偶然この老人に会うことができて、コレクションを見せて貰う。そして、言われる。
「私はいよいよ今晩、月世界へ出発しようと思います」と。

 膨大なコレクションの細かい説明や、この老人がなぜそんなロケットを持っているのか、など興味深い。
 コレクションの話は本当で、著者はSFコレクターとして知られている。「レモン月夜」以外は、そのコレクターぶりを書いている。
 また、野田昌宏宇宙軍大元帥の登場する話もある。のちに著者は野田大元帥と言われることになる。
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2015年05月28日

仙丹の契り

仙丹の契り 僕僕先生
仁木英之   新潮社   2014.8

 「鋼の魂」では程海で活躍した僕僕先生とその弟子王弁は、程海の話に切りをつけ、薄妃や蒼芽香と別れて吐蕃を目指した。陰の中に劉欣もいた。
 ところが吐蕃では王が病に倒れ治療中らしい。再会した吐蕃の医師ドルマはなんと王子であった。ここでも陰謀渦巻き、一行は、いにしえの呪いがかけられてひっそり生かされている王の治療をしながら、陰謀の解決を目指す。
 ツンデレの僕僕先生と草食男子の王弁との間に危機が…、違った、チャンスが到来するのだが。
 王弁はゆっくりながら成長が感じられるし、僕僕先生だってまんざらではないことが確認された。次回からは新しいチーム編成になりそう。
 今回も楽しく読めた。
 著者の仁木英之は、耶律徳光と述律・李嗣源・朱温・千里伝・夕陽の梨、など暗い話ばかり書いているので、このシリーズのユーモアにはほっとするところがある。
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2015年05月23日

矢澤潤二の微妙な陰謀

秋梨惟喬   東京創元社   2014.8

 トンデモ本というのがある。そこに書かれたことはもっともらしいが、常識を働かせれば、多くは素人でも嘘を見破れる。
 この連作短編集は、各編の主人公たちを、矢澤潤二がトンデモ情報をもっともらしく解説し、説得するのだ。
 結果は、本当かどうか判らなくても説得には成功する。しかし、何の目的でという疑問がのこる。
 昨年の大幇会(たくせんの中国世界)で、秋梨惟喬さんと話をする機会があった。そのとき、「またおかしな話を思いついたら書きますよ」と言っていたが、もしかすると、この本が頭にあったのかも知れない。

 トンデモ本といえば、松岡圭祐の万能鑑定士Qのシリーズなどもトンデモ本に近い。そのトンデモぶりを書いたら、松岡ファンらしき人から、何度か罵詈雑言を含むトンデモコメントが入った。そのコメントはわたしの書いたことを理解していない、見当違いのコメントなので、今は残していない。
 秋梨さんは金庸の侠客行のオチを「ぶっ飛びますぜ」とどこかに書いていた。それを肯定できる人だから、トンデモ本のおかしさを簡単に見破れるのだろう。そして逆にトンデモ本のおもしろさを利用してこの本を書いたのか。
 もっともらしく語る超能力、UFO、徳川埋蔵金、百匹目の猿理論、等々。
 その目的は、金庸と同じく、「訊かない約束です」かも知れない。

 例を挙げる。
 百匹目の猿というのは、幸島の猿が芋を洗うことを始めた。まねをする猿が出てくる。これがある水準(たとえば100匹)に達すると、全部の猿が洗うようになり、同時に関係の無い他の島・他の地域の猿も洗い出す。同じ原理で、殺人事件が発生する。この矢澤の説明は本当か。
 こんな怪しい説明は何のためか。これが矢澤潤二の微妙な陰謀という連作短編集だ。

 幕末の小栗上野介の隠した黄金の話もある。
 財政は逼迫し、薩長軍あいての軍も満足に組織できないほどなので、幕府に黄金があるはずがない。徳川幕府再興のための黄金があるなら、それを今使って幕府を守れば良い。あったとしても、その隠し場所をわざわざ暗号化して、公表する必要は無い。黙って子孫に伝えればよいはず。黄金伝説にはこのような動機が怪しい話ばかり。
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2015年05月14日

かりそめエマノン

梶尾真治   徳間書店   2001.10
 わたしにはこのシリーズの三冊目。

 エマノンに拓麻という双子の兄がいた。
 幼くして孤児となった拓麻は子のない夫婦に引き取られ、それなりの人生を送ることになる。
 拓麻には、異常な能力があった。それ故その人生において、成功も失敗もするが、常に幼いときの手のぬくもりの記憶があった。
 自分は何のために生まれたのか。そして事件がおこり、エマノンが危機に陥る。そのエマノンを助けたとき、それが自分が生存していた理由と悟る。その危機は宇宙生命体との攻防戦。考えにくい危機であり、それで三十数億年の記憶の中でたったひとりの兄を登場させてバランスをとったのか。
 その後、拓麻は隠棲し、何十年も経った108歳のとき、死を迎えようとしていたところへ、エマノンがお見舞いに来る。その手を握った拓麻は100年前の手のぬくもりの記憶はやはりエマノンだったと知る。
 エマノンの三十数億年の記憶の中でたったひとりの兄の物語。

 三十数億年の記憶を持つといっても、単細胞の時代は記憶というものがあるのか。十億年前に多細胞生物になってからと思われるが、ある種の遺伝は記憶に近いが、それでも記憶と言えるのか。
 実際問題として、ほ乳類になってからの記憶なら、ある程度理解できる。その頃「きょうだい」がいなかったというのは不思議(^。^)

 さて、いつも少女というエマノン。大人になり、女の子を産んで、その子に記憶を移してたちまちに記憶を失う。女の子は成長し、少女となって旅を続ける。その繰り返しとなれば、肉体的には超短命の家系といえる。たったひとりの兄の死を看取ったエマノンは、兄と別れてから何代目かのエマノンで、同一人物ではない。
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2015年05月10日

うたかたエマノン

梶尾真治   徳間書店   2013.11
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 わたしにとって二作目だが、長い連作の最新作。
 エマノンは三十数億年の記憶を持つ美少女。その記憶は母から娘へ代々受け継がれていく。
 それが40年前に訪れたカリブ海の島の記憶が欠落していて、何があったのか確認のために再訪する。
 記憶があることの苦しさ。それにもかかわらず、記憶の欠落は気になって仕方ない。
 島では日本に来る前の小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)やタヒチに渡る前のゴーギャンなどとともに、不思議な冒険をすることになる。
 その時、行動を共にしたジャン少年は、長い年月をえて、エマノンと再会するのだが、再会に気づかないうちに、エマノンはいなくなってしまう。
 高齢者に、初恋や、初めて手を繋いだ、初めてキスをした、などという思い出を一瞬よみがえらせるファンタジー。それはどこか懐かしいような、かすかな苦みのあるうたかたの思い出である。
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2015年05月05日

ゆきずりエマノン

梶尾真治   徳間書店   2011.5

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 長い髪、粗編みのセーター、ジーンズ、ナップザック、というエマノン。
 エマノンは常に旅人だ。特別な目的があるのではなく、何かに呼ばれるような衝動を感じて旅をする。地球に生命が生まれてから現在までの記憶を持ち続ける、不思議な少女のファンタジー。
 連作短編で、各編の主人公が、エマノンと知り合って不思議体験をする。
 わたしは知らなかったが、9年ぶりの新刊でそれ以前にも何冊か出ている。
 はじめは1979年というからかなり経つ。最近のSFを読まなくなったわたしには、その当時の設定は波長が合う。
 続けて前の作品も読むつもりだ。
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2015年04月28日

みをつくし料理帖

みをつくし料理帖  天の梯(そらのかけはし)
田 郁(かおる)  ハルキ文庫   2014.8

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 みをつくし料理帖もこの第10巻をもって完結した。
 澪(みを)は享和2年の大阪の大水害で、幼くして親を亡くし、料理屋「天満一兆庵」の女将である芳(よし)に奉公人として引き取られる。
 水の味が変わったことが判ったことから、主人の嘉兵衛に見込まれ、女ながら料理人の修行をすることになる。
 あるとき店は火事になり、嘉兵衛とその妻芳と澪は江戸の支店に来るが、嘉兵衛の息子佐兵衛は店をつぶして、行方不明であった。心労で嘉兵衛は亡くなる。
 澪(みを)は小さな店「つる家」で料理人として働き、芳と一緒に生活を続けた。
 医師源斉の言葉「食は人の天なり」を励みに、人々が健やかに生きることを目指して、料理を作る。
 こうして6年、幼なじみの野江が吉原にいることを知り、四千両を工面して救いだし、佐兵衛を料理人に戻して、江戸に天満一兆庵を再興させ、自分も医師源斉に嫁ぎ、ともに大阪に行き、新しい人生をはじめる。
 その後、料理屋「みをつくし」を開店することになるはず。付録にある11年後の料理番付が暗示している。

 超あらすじはこんなところだが、江戸の人の暮らしぶりや人情などかなり細かく描写されている。澪の料理の工夫ぶりも細かい。しかも架空の料理ではなく、小説の話をまとめたレシピまでついている。
 最終話になり、ページが残り少ないのに問題解決の先が見えず心配したが、違和感なくまとまっている。話は始まりから終わりまで一貫して練られているので、読後は爽やかで後味が良い。

 あちこちで涙が止まらなくなった。
 たとえば、つる家には下足番となった十三歳の“ふき”がいる。ふきは七歳の弟健坊が奉公先の登龍楼に戻るのをいやがったとき、心を鬼にして「登龍楼に戻れ」と叱るあたり。
 住む家もなく、二人で生きるすべもなく、幼い二人が生きてゆくために、ふきは苦渋の決断をしなければならなかったのだ。
 その前に、健坊の初めての藪入りの時は、ふきは健坊をふきの奉公先つる家に連れてこず、登龍楼ちかくをふたりでうろうろして白玉を食べただけ。
 つる家の皆は、ふきが健坊を連れてくると思っていたので残念がったが、ある人が、「そりゃあ、連れてくることはできないだろう」と、ふきの心情を喝破するところとか。
 わたしはどうも、無力であるが故に選択肢がなく無理を強いられる話に弱い。

 心残りは、二人の少年(太一と健坊)が将来どうなるのかが、はっきりしないこと。サブキャラとはいえ、感情移入してしまった。
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2015年04月23日

日本語の科学が世界を変える

松尾義之   筑摩書房   2015.1

 判りにくい題名だが、「日本語で科学を考える」であって、「日本語を科学的に解明する」の意味ではない。
 日本の科学の質の高さは、日本の科学者は日本語で科学を考えられるからではないか、という。
 諸外国では母語とは異なる英語で科学を学び、英語で科学的思考をする。
 欧州でさえ、その傾向があるという。
ところが日本では、自国の言葉で書かれた用語・教科書で大学教育が受けられる。これは希有なことだという。
 西周(にし あまね)や福沢諭吉などが英語の科学用語を和製漢語に変えてきたために、高度な科学的思考が可能な言語となった。
 世界中が英語で考えるため面白い発想が浮かびにくくなった。しかし、日本では日本語で考えられるので、英語と日本語の発想がぶつかり、英語だけにはない発想が生まれる。多くの日本人科学者の画期的な発想の基礎になっている。

 その発想が世界を変える。

ノーベル賞受賞者は欧米以外はほとんど日本人だが、貰えなかった人でもノーベル賞級の科学者が大勢いる。

 ガラパゴス化する可能性もあるが、積極的に良い面を取り上げたのが本書だ。
 このことを敷衍すると、現在のカタカナ言葉の氾濫は日本の科学にマイナスに働くことになる。そのことに言及していないが、どう考えてているのだろう。
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2015年03月12日

耶律徳光と述律

耶律徳光(やりつとくこう)と述律(じゅつりつ)
仁木英之  朝日新聞出版(朝日文庫)  2011.10

五代とは五代十国(907−960)の時代に華北に興った次の五国を指す。
後梁 907−923  朱全忠(朱温)在位(907−912)
後唐 923−936  李存勗
後晋 936−946  石敬瑭
後漢 947−950  劉知遠
後周 951−960  郭威

 この時代に塞外でも耶律阿保機が契丹国(遼)を興して皇帝となった。
在位907−926  耶律阿保機
 その後継者に、阿保機の妻で実力者である述律(じゅつりつ)が、長男をさしおいて次男の堯骨(徳光)を指名する。
在位926−947  耶律徳光(堯骨 ぎょうこつ)(902−947)
 堯骨(徳光)は母の述律の後押しもあり、契丹をまとめる。そして華北に侵攻する。
 述律は南進を望まず、このあたりから堯骨(徳光)と述律の意見の違いが現れるようになる。
 下巻は華北の地が舞台の中心となり、各地の実力者たちの争いと、華北を征服しようとする契丹との争いとなって、視点が多様化する。
 契丹の徳光は石敬瑭を中原の天子におしたて、代わりに「燕雲十六州(現在の北京、大同を含む地域)」を手に入れる。
 各地の実力者たちの争いは暗い。兵力を養えず、民からの略奪を繰り返し国は疲弊していく。
 そんな中、ようやく中原に進出を果たした徳光だが、その土地は前支配者が収奪しまくった後なので、疲弊の極にあった。30万の軍を養う力はない。この軍がいなければ支配できない。しかも収奪しようにも収奪するものさえない。進出する時期が悪かったと言っていいのか。時期を間違えたと言うべきか。
 結局撤退することになるが、その途中で命を落とす。享年46。

 述律の出番は少ない。題名の「述律」はない方が良くないか。
 それから巻頭の地図が内容とは無関係と言えるほどで、役に立たない。一度か二度出てくるか、一度も出てこないような地名ばかりで、本書で扱われている中心となる地名が載っていない。しかも重要な黄河や万里の長城(これは名前さえ出てこない)あるいは山脈や重要な道路なども載っていない。
 たとえて言うなら、秀吉の高松城ぜめの参考地図に、日本の分国白地図を添えるようなもの。そのため各地の名が判りにくい。そして人名も多く、いつも「この人誰だっけ」となりがち。
 また球場で演説をするという話がある。この時代の球場ってなんだろう。

 歴史では、このとき地方で力を蓄えていた劉知遠が、後漢947−950を興す。
 同著者の 朱温 と 李嗣源 はすでに紹介している。
 小前 亮の 趙匡胤 は趙匡胤が郭威に協力し、後周(951−960)を建国するが、三代目が幼く、趙匡胤に禅譲され宋を建国する。
 残るは、後漢(947−950)劉知遠か。
 天龍八部の耶律洪基(在位1055−1101)は八代目になる。
 この後、宋が燕雲十六州を取り戻せと叫ぶことになる。しかし、宋の建国以前に契丹(遼)の支配下になっている。取り戻せと言っても、宋の支配下にあったことは一度も無い。
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2015年02月24日

お父さん! これが定年後の落とし穴

お父さん! これが定年後の落とし穴
大宮知信   講談社   2009.9
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 少し古いが内容は今でも通用する。
 定年後をどうするか、これは多くの人が抱える問題だ。定年を迎えて、生活に全く問題の無い人は少ないだろう。
 そんな人に対して、その問題にある陥りやすい失敗を紹介している。目次を見ればある程度の察しがつこう。定年後のバラ色の人生を描ける人も、ちょっと目を通して確認してみたい。

第一章 再雇用・転職・独立、どれを選んでも茨の道
第二章 なけなしの老後資金が水の泡に
第三章 夢の海外移住の現実
第四章 田舎暮らしのスローライフは意外に疲れる
第五章 退屈地獄を乗り切る趣味探し
第六章 定年夫は邪魔な存在か
第七章 脱会社人間! 悔いなき人生を

 たとえば第一章で、社会的能力の錯覚をついている。
 起業して「独りビジネスの落とし穴」としては、個人では社会的に全く信用がなくなり、銀行は相手にしてくれなくなる。人脈だって、起業したときは多少あっても、同年代ならすぐに定年退職して無くなる。自宅では公私の区別がつかなくなって時間がとれなくなる。再雇用では給料は数分の一。しかも今までとは全く違う体力の要る現場労働、我慢できますか。
 第二章では、投資を考えた人が陥る落とし穴。高配当の誘惑、悪徳商法、株、投信、友人からの勧誘等々。
 まだ会社に勤めているうちに、しっかり勉強して用意しておかないと、起業も投資も難しいのだ。
 海外ではいまは物価が安いと言っても、数年後にインフラが整備される頃は日本並みになる。(現在では、円安もあり日本の方が安いくらいだ)現地の発展を無視して、その時の金額だけで考えてはいけない。海外生活能力も必要。
 同じことは田舎暮らしにもいえる。むしろ自動車の要らない都市生活の方が老後は生きやすい。買い物ができない。医者がいない。近所づきあいも大変。そんなことは気にしない人には、もちろんいいこともあるので、そのつもりで。
 ときどき話題になる熟年離婚。男は定年で新しい生活をと思っても、妻は現在地に生活基盤ができていて、「田舎へ行きたいなら、あなたひとりでどうぞ」ということになる。そうなると、男には居場所がない。

 総じて、普通に社会生活をしていれば判るようなことばかりだが、それでいて、いわれるまで案外気がつかないことも多い。
 判っていれば事前に準備できるので、楽しい老後を過ごしましょう、という話だ。一読の価値あり。
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2015年01月28日

彩雲国物語

彩雲国物語
雪乃紗衣  角川書店  2003.10〜2011.7 全十八巻
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 彩雲国(さいうんこく)物語は中華風ファンタジー。名前や制度などが唐に似ている。しかし同じではない。あくまでも唐風だ。後に漫画になり(見ていない)、アニメになっている。
 わたしはアニメを先に見た。面白いのだが、ローマ字字幕なのであちこちで混乱してしまった。とにかく人物が誰が誰だか判らない。10回目あたりから中国語字幕になって、ようやく名前の区別がつくようになった。途中で終わる。
 日本語では彩雲国は王国で王は主上と呼ばれるが、中国語は帝国で皇帝は皇上と呼ばれていた。

 あらすじはウィキを引用する。
 架空の国、彩雲国を舞台に名門紅家直系長姫ながら貧乏生活を送っている紅秀麗が、あるきっかけで「官吏になりたい」と一度諦めた夢を追い求め叶えようとする物語。
 昏君(バカ王)を演じていた劉輝や王の側近である絳攸らの尽力によって官吏となるも、州牧に大抜擢されたかと思うと冗官(無位無官の官吏)に落とされるなど、毀誉褒貶の激しい人生を送る。
 その過程で建国にもかかわったとされる「彩八仙」にもかかわってゆき、最期には王からの寵愛を一身に受け妃となり、女児を産み、その短い生涯に幕を閉じ終劇となる。


 原作があることを知り、図書館で見つけて読んだ。ようやく、意味が理解できた箇所が多々。
 貧乏貴族紅家のお嬢さん紅秀麗が、家計を助けるため王の教育係として後宮に入る。そして退くと、官吏になる。その間いろんな人が絡んでくる。
 最初の疑問は何で貧乏なのかということ。この本を読み始めてすっきりした。と同時に新しい疑問が生じる。紅秀麗の父は、裏では(裏社会ではなく、政治の裏側)大変な実力の持ち主。なので飢えるほどの貧乏になったのが疑問になった。
 少女向けライトノベルなので、言葉は厳密ではない。
 物語が進むに従って意外に奥が深いことが判る。上に書いた疑問など、片隅問題で片付いてしまう。

 初めは官としての出世競争かと思った。紅秀麗本人は、官となって世の中をよくしたい一心であり、まわりの人を応援したりするにしても、形は出世競争になる。
 それで紅秀麗は無意識だが、派閥争いに巻き込まれる。官である以上仕方ない。しかし、王の臣としての派閥ばかりではなく、国試の官僚と貴族の勢力争いでもあり、地方閥の争いでもあり、さらに大きく王派と非王派の争いでもあった。なんと王族にも王を認めない高官がいる。腹の中では“王位継承順位は私が上だった。王位をよこせ”と。
 大官長老は王を人形くらいにしか思っていない。
 それらの争いも明確に区分される訳ではない。争っていることにも気がつかないほど曖昧だ。
 遠大な計画で、王の側近が次々と左遷されていき、王の手足となる官僚は、少女の紅秀麗ひとりとなってしまう。ただし紅秀麗は部署の仕事があり王のそばにいる訳ではない。
 そうなってはっと気づくのだった。

 静蘭はこういうやり方が絶妙にうまい人を知っていた。
(この、詰め碁のように隙のない勝負の仕掛け方−)
 静蘭が何度挑んでも、ついに一度も勝てなかった。どんなに先を読んでもさらに先を読み、とっくに負けていることさえ静蘭に気づかせずに勝負を決めた。


 短い文章ながら正確。ここ以外にも何カ所か「碁を打った」などという記述があるが、実際の打碁の記述はない。著者は碁を知っていそう。
 特に「とっくに負けていることさえ静蘭に気づかせずに…」に迫力を感じる。
 それから、「手元に碁石がなかった」という表現もある。信頼できる頼める人物がいないの意味。

 言葉は平成語も多く使う。
 半端ない。頑張れよ自分。ちょううれしい。いーじゃん。こんな言葉がつぎつぎと出てくる。「わたしのが強い」これはちょっと考えてしまった。略されているのはどうやら「方が」らしい。つまり「わたしの方が強い」だ。
 それでも、親の世代は高官らしくきちんとした言葉を使う(でもないか)。難しい漢語もそれらしく使いこなし、多くは仮名を振っている。「常用漢字」には吹き出したが、彩雲国でも「常用漢字」はあるだろう。

 全体的に、後から「実は……」ということが多い。それで矛盾していないか、調べる気にはならないが、心配になってくる。特に、現王を否定している実力者は前回のクーデターのとき、つまり前王を殺したとき、若い現王を即位させておいて、大人になったらまたクーデターを行おうとするのが理解できない。

 物語は面白かった。よくぞここまで構想できたと感心してしまう。ところどころで、ラノベとは思えないほど、深い洞察を示す。
 結局、現王と紅秀麗の夢が実現したといっていいのではないか。戦はせずできる限り人は殺さず、平和で豊かな世界を目指した。女性にも活躍の場を与え、人の平等を目指した。
 紅秀麗が夢に向かって疾走する。それを読者は見守ることになる。
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2015年01月08日

星空のカラス

モリエサトシ   白泉社   2013.2

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 先日日本棋院の二階で見つけ、五巻そろえて買った。囲碁漫画である。
「会員割引になりませんかァ」
「棋院発行の本なら割引の対象なんですけど」
 少女マンガらしく恋愛ものだ。かなり碁に詳しい人が書いたと思う。ヒカルの碁が入門から始まったが、こちらはプロ入りを目指すところから始まっている。
 けっこう面白いと思った。
 ヒカルの碁と比べると物足りないが、ヒカルの碁ができすぎだったので比べるのは酷だ。
 特徴はというと、主人公ほか数名以外はほとんど同じ顔。極端に言えば、名前を呼ぶ人がいないと誰だか判らない。そして、駒割がごちゃごちゃしていて、見にくいのは問題かな。
 いきなり話が飛ぶこともあった。一ページ抜けたような感じだ。そのためわたしには説明不足になる。
 登場人物が極端にやせていて、首が首長族(カヤン族)の特定の女性のようなのはどうだろう。慣れないわたしには気味が悪い。作者の特徴かな。
 対局時の緊張感や、各人の心の問題や家庭の問題など、引き込まれる。
 それらはともかく、続きが読みたいと思えるでき。
posted by たくせん(謫仙) at 07:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月30日

万能鑑定士Qの事件簿 [〜]U

万能鑑定士Qの事件簿 [
2014.12.10記

 台湾で海水を淡水化する技術ができた。ただし、盗まれないように公開していない。竹富町の町会議員がそこに出かけ、コップ数杯の海水を淡水化できるのを見て、12億円で買おうとする。
 その録画だけで議会から承認を受けるが、ここからして疑問。そんな実体のないものに支払いをするだろうか。
 技術だけにそれだけの価値があるのか。その技術を用いてメーカーが大量の淡水化装置を作れば、その装置なら買うだろう。技術だけなら、世界が利用できるのに独占する意味はない。波照間島の水問題の解決のためであって、島で工業化しようという話ではないのだ。
 お粗末なトリックに、たまたま騙された人がいたという話になる。
 台湾に振り込まれた12億円がその日のうちに現金化される。台湾の銀行がいきなり12億円の支払いができるほど、日本円を用意しているだろうか。疑問を持たず現金を渡してくれるだろうか。
 これを台湾の老婆が船で石垣島に運び、そこの銀行からどこかに振り込もうとする。
 老婆は間違えて郵便局に持ち込む。この時点でばれていたのだが、そこに至る経過が綱渡り。
 日本の銀行で、外国の老婆が12億円もの現金をいきなり持ち込んだら、銀行員は疑問を持つだろう。それくらいのことも犯人は察しないのか。
 それだけの犯罪の実行者にしては犯人はお粗末。老婆が正直に実行してくれると安心しているが、そのままねこばばされることは考えられないのか。
 そこまで計画できるなら、たとえば香港の銀行へ振り込み、さらに日本の銀行に分けて振り込むなどして、マネーロンダリングしないのか。
 トリックに絡む中国語の問題、まさかねえ。“汽車”と“火車”を間違えるなんて。汽車もバスでは“公共汽車”とあるはず。中国語になじみのない人は、そんなものかと思うかも知れない。
 場所の勘違いもあり得ないと思う。湖を海と勘違いするなんて。被害者は“海の民”なのに。
 スピーカーの話もかなり嘘っぽい。(説明は省く)
 犯罪者の目的が判ってみると、その計画実行はかなりあやしい。まるで推理のために創作された犯罪みたいだ。
 良かったのは、莉子の故郷や同級生に対する思いが、まわりの人にもはっきり判ったこと。莉子が劣等性だったことを知っている幼なじみの驚く様子もいい。

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万能鑑定士Qの事件簿 \
2014.12.13記

 モナリザが震災後の日本に来ることになった。
 そのためにルーブル美術館が日本の臨時学芸員を募集する。ルーブル美術館の休みの日に、館のあちこちに偽物を飾り、その中から本物を当てさせる。まさかと思うが、本当にそんなことがあったとしたらおもしろい。
 莉子と里桜(りさ)が本物を当てて合格した。そして日本で、準備をする前に二人に直感で本物を当てる訓練をさせる。実はその訓練は偽物。莉子の鑑定眼が狂ってしまう。
 鑑定は細かく観察して判断を下すもの。直感ではない。
 莉子は鑑定眼を取り戻すまで、絶望的な苦しい日を過ごすことになる。救い出そうとする小笠原が少し活躍。
 莉子が自己を取り戻すラストは爽快。

 始めに尾行を恐れて新幹線で横浜に行く話がある。なぜそれで尾行を防げるのか、意味が判らなかった。
 モナリザ盗難の犯人に、はい・いいえの首の振り方が逆というブルガリア人特有の性質が出てくる。特有の性質かな。また、それがとっさに思わず出てしまったというのではない。大がかりなグループなのに、そんなことを注意しないものだろうか。
 電卓の改造もある。そんなことができるだろうか。
 相変わらずたくさんの雑学が出てくる。モナリザの雑学もびっくりするほどだが、本当でしょうね。
 いつも言うが、思わず終わりまで読んでしまうほど小説はおもしろいのに、疑問点が多い。

 番外
「ゴッホの『ひまわり』が偽物だったとき、ミンクの『叫び』は本物。
では、『叫び』が偽物だったとき、『ひまわり』は?

 直ちに答えるのは難しいだろうな。しかしメモしながら考えると簡単に答えが出る。

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万能鑑定士Qの事件簿]
2014.12.23記

 莉子はなぜ、難事件を解決できるほど賢くなったのか。その成長する過程が描かれている。
 話は莉子が万能鑑定士として開業した時にさかのぼる。
 開業したものの、莉子は騙されてばかり。見かねた恩師・瀬戸内は、ある思考法を授ける。それは詐欺を見分けるのに大いに役に立った。
 その中の、メモの取り方で、記号「=」と「VS」と「→」を使って物事を整理する・考える、というのは判りやすいが、それだけでどんなことにも正解にたどり着けるという。

 さて、最大の謎、 事件簿T・Uで、
 資本主義社会のすべてを支えてきたシステムが消失した。
 タクシーの初乗り四万五千円だが、利用者はいない。
 銀行では20万円までしかおろせず、それでは弁当三個しか買えない。
 今の日本はまさに無法地帯だ。アジアの最貧国になった。

 そこまでに至った日本が、偽札はなかったので元に戻せ、という首相声明で数日で元に戻る。できるかなあ。
 資本主義社会のすべてを支えてきたシステムが消失したら、元に戻るのに何年もかかるはず。「消失」が言葉の綾としても、あの混乱で全財産を失った人も多くいたことだろう。数日ではとうてい無理だ。
 しかし、数日で戻れたとすれば、というSFとして読まねばならない。

 一流美容院チェーン・レティシアの経営者、笹宮麻莉亜はきちんと管理していたはずの社印を使われ、チェーン店のすべてを手放す羽目に陥った。
 その社印が使われた謎を探る。裁判ではその書類の社印の印影が本物かどうか争われる。
 電子顕微鏡で3000倍に拡大した画像を用いて同一と結論するのは無理がある。印を押すときの朱肉のつき具合や押す力などで、ぶれたりにじんだりで、押すたびに形は違うだろうし、そもそも電子顕微鏡でそんなことするのか。光学顕微鏡だろう。
 そして、同一だったとして、それだけで店の権利は移動するのか。なぜ暴力団が手に入れることになったか、対価はどうなったか、警察としては当然私文書偽造で捜査することにならないか。
 普通社印は領収書や通知書などに使われ、偽物を作ろうとすれば難しいことではない。だから、なぜその印を押すに至ったかという課程が重要になる。
 そして、最高裁で原告や原告代理人の弁護士が知らないうちに、第三者が原告側証人になって実際に証人席に立つ。そして、問われてもいないことを話し始める。あり得ないだろう。
 そして犯人の目的が大量の髪の毛を手に入れるためとあっては、それだけのことでそんな大がかりな詐欺事件を企むのかと首をかしげてしまう。
 ただ事件そのものは大きな矛盾もなく、展開していく。

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万能鑑定士Qの事件簿 XI
2014.12.26記

 京都に音隠寺という新興の貧乏寺があった。その音隠寺が未来を予測したために大ブレークする。
 未来を予測するトリックを操る住職の水無施瞬は、莉子のもとの勤め先の先輩であった。瀬戸内陸の薫陶を受けている。

 京都は観光都市であるが、中心は寺社仏閣における観光ビジネスであろう。信仰とは無関係ともいえる。寺社仏閣もそうでなければ維持できないのだ。
 その観光ビジネスを正面に押し出した水無施は、立派な事業者といえるだろう。しかし、他の寺院(たてまえは宗教者)から反発を受ける。
 未来を予測するトリックに問題はなさそうだが……、(スミマセン、いつも問題ばかり言い立てていますが)社会的には問題がありそう。それは犯罪か、詐欺罪になるのか。
 いつものごとく、鑑定士・凜田莉子に小笠原が協力してその謎を解く。今までで、一番謎を解くことが中心になっていると思う。つまり鑑定の場が少ない。

 解決に当たって、安倍晴明が使ったという「晴明六壬式盤」探しがある。山科の亥趙塚古墳で探し出す。この古墳の構造がおかしいと思っていたら、架空の古墳だった。
 小笠原がかなり莉子に近づいたようだ。

 本書の雑学に「奈良の大仏」というのがある。千葉県市原市にある。知りませんでした。

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万能鑑定士Qの事件簿 ]U
2014.12.30記

 万博の太陽の塔が公開される。それに当たって準備しているころ、普通の主婦の誘拐騒ぎが起き、凜田莉子に主婦捜し依頼が持ち込まれる。
 ほとんどが太陽の塔を巡る話で、それなのに話は大きく、「えっ、まさか」と思うようなことが多い。
 いつもの読みやすさがなく、少し引っ掛かる感じがする。それは無理に謎にしているような感じがするからか。主婦の誘拐騒ぎの原因がわかってみると、そこまでするか、と思ってしまう。
 雨森華蓮が登場するシーンはさわやか。
 謎の解き明かし方がいつもと違うようだ。謎が謎がと続いて、いきなりあっという間に解決。謎解きの楽しみがない。もしこれがシリーズでなかったら、読まなかっただろう。と言ってもそれは読んでから判ることだが。

 一応最終巻であるが、次の同じシリーズの一区切りである。
「事件簿」は終わり「推理劇」へと続く。
 シリーズを通していえば、謎のための謎が多い。意味が判ってみると、なんでそんな手間をかけて謎にするんだ。というような話。凜田莉子という魅力的な人物を登場させて面白くしたのに、最後に「ん?」と思わせる。
 それでも、久しぶりに痛快といえるほど面白い小説に会いました。
posted by たくせん(謫仙) at 08:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする