2017年03月05日

室生寺1977年

室生寺1977年

 室生寺(むろうじ)は、奈良県宇陀市にある山岳寺院で、真言宗である。女人禁制だった高野山に対し、女性の参詣が許されていたことから「女人高野」の別名がある。機会があったらシャクナゲの時季に行ってみたい。
 室生口大野からバスに乗って山に登る。バスの時間はたいしたことはないが、このとき乗り物酔いで目的地の少し手前で降りた。

290303008.jpg
 仁王門から入る。

290303009.jpg
 金堂へ階段(鎧坂)を上る。全体的に山の中腹にあり、坂道と階段が多い。

290303010.jpg
 金堂
 雨が降ってきた。こうなるとカメラを出すのも面倒になる。
 中には国宝や重文の像が並んでいるが、記憶にない。暗くて見えなかったか。

290303011.jpg
 屋外にある五重塔では最も小さいという国宝の五重塔(平安時代初期)。法隆寺五重塔に次ぐ古塔でもある。
 1998年に台風で一部破損した。もちろん修理された。いまの写真を見るとイメージが一新。まるで新品のようだ。
 特徴は小さいこと以外に、屋根の大きさが一層目と五層目であまり変わらないこと。にもかかわらず、塔身は上層がかなり小さいこと。

290303012.jpg
 奥の院への長い山道の途中。

290303014.jpg
 門から出て、室生川の下流方向。

290303015.jpg
 同じく上流方向。

290303016.jpg
 小雨になった。
 バスで山を下りる。

290303018.jpg
 駅の近くにある大野寺の弥勒磨崖仏。

290303017.jpg
 川の向こう側であり、像ははっきりしない。晴れていればきれいに見えたか。
posted by たくせん(謫仙) at 08:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月19日

銀河乞食軍団 つづき

銀河乞食軍団 つづき
 消滅!? 隠元岩礁実験空域
野田昌宏  早川書房   2009.11

2017.2.153.jpg 2017.2.154.jpg
 まえに紹介した 銀河乞食軍団 の続きである。
 これで「発動!タンポポ村救出作戦」が完了する。
 もう一度言うが、A4三段組み5冊合本というのは無理があるなあ。図書館では他の作家の本だが、束が5センチ以上ある本がある。見ただけで読む気がなくなる。

 わたしは金庸小説のような、女の子や老人が活躍する話が好きだ。この本も女の子が活躍する。
 “銀河乞食軍団”つまり星海企業の宇宙船整備工は、下の“おネジッ子”はなんと12〜13歳、初級の学校を卒業すると、すぐに整備工としては働かねばならない。それを引っ張る班長のお七と副班長のネンネは17〜18歳。こんな子どもたちが、宇宙船を整備し操縦する。免許証はとれたのだろうか。免許制度は無いかもしれない。
 人類が宇宙に進出して、この銀河の辺境に来て千年以上(?)もたっていて、軍事的専制国家。新兵器を開発して、中央に進出し制圧しようという、軍産複合体が支配する。庶民の人権はなきがごとし。
 星海企業はその軍産複合体の裏をかく。

 金持ちの娘が偽善でやっている慈善事業で歌われる男声合唱は「月光とピエロ」で、歌の様子を細かく説明している。

   月の光の照る辻に…
   ピエロ…ピエロ…
   ピエロ淋しく立ちにけり…
   ピエロの姿、白ければ
   月の光に濡れにけり
     ‥‥‥‥

 検索してみたら、今でも歌われている。こんな所は現実的。

 前に書いた、「ん」を「ン」と書くやり方は、一冊目の半ばから復活している。
 全体的には、江戸時代のような社会で、名前や運用体制は明治時代。機械類は昭和時代と宇宙時代の混合。登場する人物は冒険心にあふれている。
 敵役の軍産複合体も内部事情は複雑で、星海企業を一気に押しつぶすようなことはしない、できない。
 
 終わり方が唐突だった。まだ作戦途中なのに、あちこちの伏線が回収し終わっていないようなのに、タンポポ村が帰ってきたので、つまり目的が達成されたので、切ってしまったような終わり方。予定変更もあったらしい。第二部があるので、そちらで回収するか。
posted by たくせん(謫仙) at 08:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月18日

銀河乞食軍団

銀河乞食軍団 合本版
野田昌宏   早川書房   2009.6  (1982初版)

2016.12.5.jpg 2016.12.13.4.jpg
 銀河乞食軍団(全十七巻)は、日本SF(スペースオペラ)では一二を争う傑作だと思っている。

 文庫版はもう手に入らないが、なんと合本版が有ったではないか。
 早速注文した。2冊で十一巻まで、第一部「発動!タンポポ村救出作戦」完結である。
 A4三段組み。重い。気軽に持ち歩くことはできない。
 残念だが、イラストは変わってしまった。

 さて、著者の特徴である、独特な仮名づかいがある。
 なんてかかられたら、あたい、死ンじゃうわ。
 わかったもンじゃないわ。
 もろにつンのめる形になって、
 おねえさン。

 「ん」を「ン」と書くのだ。はじめの十ページくらいまでは何度か出てくるのに、その後は全然使わなくなってしまっている(まだ読み終わっていないので後に出てくるか)。新しく組み直したので、校閲で訂正してしまったのか。初版もそうだったのかな。
 この方法は便利なので、わたしもまねして使っている。
   この小説はなんておもしろいンでしょう。というように。
 電話するのにダイヤルを回すのも懐かしい。あの頃はケータイなんてなかった。

 著者は、古いアメリカSFのコレクターで有名である。それらをクズと喝破した。
 たとえば西部劇の馬を宇宙艇に変えただけだったり。
 最近の映画でも、エイリアンは野蛮な侵略者だったりする。何十万光年の彼方から来ることのできた宇宙人は、地球人よりよほど進歩した文明の生物だと思うのだが。
 本書では、著者は逆手にとって、宇宙時代に江戸時代を再現する遊びをしている。いろいろ矛盾もあると思うが、承知の上である。
 たとえば、舞台は星涯(ほしのはて)星系の第四惑星である白沙(しろきすな)とか。 軍団のリーダーのひとり、お富さんの登場シーンは、
 事務所の長火鉢で煙管(キセル)の刻みを詰め替えながら
 という具合。これでもお富さんは核融合炉のスペシャリスト。番頭さんや奉行もいる。
 宇宙空間で日本語が普通に通じるのも、設定を工夫しているからだ。
posted by たくせん(謫仙) at 09:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月11日

「幽玄の間」終局問題

「幽玄の間」終局問題

 先日、インターネット碁「幽玄の間」の対局で、おかしな事件(?)が起こった。
 わたしはすでに10年5千局以上打っているのであるが記憶にない。それが2日続いた。過去にもあって、管理者に解決してもらっていたのかもしれない。

2017.2.9.1.jpg
 黒がわたしである。いま▲を打ったところ。その前の一線の白も問題だが、それは無視。
ここで白から何度も“終局要請”のメッセージが送られてきた。
一度目は“拒否”、二度目は「今は終局場面ではない」と書いて拒否、ちょうど管理者がいない時間帯だったので、三度目は「投了か引き分け要請かを押しなさい」と書いて拒否。
五回目で、自動的に“保留”になって終了した。

2017.2.9.2.jpg
 続いて次の日にも別な人だが同じことが起こった。
 これもわたしの黒で、この場面で白から数度の“終局要請”、そして自動的に“保留”になって終了。
 自動的に保留になる機能があるなんて知らなかった。

2017.2.9.3.jpg
 画面の右下にはこんなボタンが付いていて、ここをクリックするのだ。

 管理者から、丁寧な連絡を頂いた。こんな事が起こりやすいので、解決策を考えているという。
 ネット碁になれた方なら、事の意味が判り、解決策なるものも推察できよう。
 そうでない方のためにちょっと詳しく書く。

2017.2.9.4.jpg
終局図
 これはまだいくつかダメがある。しかしこれで終局である。中国サーバーでもダメが空いた状態で終局しているので、終局には問題はないだろう。
 問題は、ダメが無くなったとき手が生じる可能性があることだ。それを片方が気づいていて、片方が気づいていないとき、どうするか。
「終局ですね」「……」となれば、「終局ですね」と言った方も、相手が同意しないのでまだ手があることに気づく。
 かと言って、相手は同意してしまっては、その手を打つことができず、勝ちを逃がすことも考えられる。
 こんな場合を考えて、プロは対局ルールが変わった。終局ですねと同意を求めることはやめて、黙ってダメを打つ。ダメがなくなったとき手の生じることに気づけば、その時点で手入れをする。気づかなければパスし、相手は打ってしまってよろしい。
 しかし、アマでは、今でも「終局ですね」と同意を求める。それが幽玄の間では“終局要請”だ。
 だから、この終局図はお互いが同意した結果の終局なのだ。幽玄の間はこれで勝敗が決まる。碁盤碁石を使うリアル碁では、この後にダメをつめ整地して地を数える。

 わたしは終局要請の時は“パス”をすることにしている。相手もパスをすれば終局である。だが手があると思えば、相手は続けて打ってよい。それがパスだ。
 これで上の問題の半分は解決できる。つまり終局要請に等しいが、相手は拒否ができ、着手権が手に入り好きに打ってよい。これでも悪意のある時は防ぎきれないにしても。
“終局要請”は着手権が移動せず、そこで止まってしまうのが問題だった。
 つまり解決策の一つは、双方“パス”による終局である。
 いまでは、パス(終局要請)したのに、相手からあらためて“終局要請”が来ることが多い(笑)。
 幽玄の間の解決策とは、別な解決策かもしれない。
posted by たくせん(謫仙) at 19:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月31日

失われてゆく、我々の内なる細菌

失われてゆく、我々の内なる細菌
マーティン・J・ブレイザー   みすず書房   2015.7
     2017.1.5.1.jpg
 ヒトの体を構成する細胞の70〜90%がヒトに由来しない。逆に言えば体の中にそれだけの細菌が住んでいる。その数は100兆個にもなる。(3万種類、1000兆個という説もある。また70〜90%というのは数量で、重量ではなさそう)
 P28には細菌だけなら3ポンドほどという。
 テレビ“ためしてガツテン”で、腸内細菌は2キロほどいると言っていた。
 わたしは紹介していないが90%が細菌という本もあった「あなたの体は9割が細菌」。
 これらの数字はかなり矛盾しているようで、どう解釈したものか。
 驚いてしまうが、それらのほとんどの細菌は害をなすことはない。それどころか体を守ってくれているのだ。

 腸内細菌は、人間の食べた食物を消化し、腸が吸収できるようにしている。人には消化の能力がほとんどなく、消化を腸内細菌にさせている。腸内細菌は必要な栄養素も作り出す。だから腸内細菌は消化の下請け作業を請け負っていることになる。
 (糞便の95%はこの腸内細菌やその死骸である。という説もある)
 腸内細菌のバランスが崩れるとどうなるか。いろいろな病は、このバランスの変化と死滅によって引き起こされると思われる。
 これらの細菌は、人類誕生以来、人類と共に進化してきた。人類と細菌は運命共同体なのだった。これは他の動物でもそうで、独特の細菌群を持っている。
 こんな話を、細かく例を挙げて説明している。

 1例を挙げると、胃の中にピロリ菌がいる。胃潰瘍などの原因になることが知られているが、健康のために必要(特に子ども)な細菌であった。
注:もちろんわたしに確認できることではない。他の専門家が追試で確認するとか、否定するとかをして、正しいかどうかはっきりする。
 参考: NATROMの日記 http://d.hatena.ne.jp/NATROM/ 2017.01.16「ピロリ菌は胃がんの原因の何%か?」にピロリ菌の別な観点からの記述がある。

 さて、問題は害をなす細菌が入ってきたときだ。昔はしばしば死の病があった。最近になって抗生物質ができて、外来細菌を殺し、死の病を治すことができるようになった。しかし、この抗生物質は外来細菌ばかりでなく、下請け作業をしている細菌まで殺してしまう。そうなると、バランスが崩れ新しい病を引き起こすことになる。
 さらに抗生物質は畜産でも使われている。早く体重を増加させるためだ。これが食物連鎖で人体に蓄積していく。また病院でも過剰に抗生物質を処方する。そうなると人体も太りやすくなる。
 現代は世界的に“肥満”が異常に多くなっている。それがここ二十年間に起こっていることなのだ。その他アレルギーや喘息など、「害」の深刻さに我々はようやく気がついてきた。
 なんと、金持ちは死滅した腸内細菌を求めて、原始社会の抗生物質を使ったことのないヒトの腸内細菌(つまり糞便)を求めているという。
 そんな警告、特に抗生物質の使いすぎ(特に幼児)に対する警告の書である。

参考: 肥満に関しては、こんな本もある あなたは、なぜ太ってしまうのか? 肥満の原因は一つではない。
posted by たくせん(謫仙) at 08:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月24日

天と地の守り人

天と地の守り人
上橋菜穂子   新潮社   2011.6
     2017-01-21-300.jpg

 これはロタ王国編・カンバル王国編・新ヨゴ皇国編の三部作となっている。シリーズ通算8〜10冊目になる、完結編である。
 どこの国もどの人も、それぞれ立場があり、生きる理由があり、外からは見えない苦悩がある。それらが納得できる物語だ。

 故国新ヨゴ皇国が南の海の向こうのタルシュ帝国に飲み込まれようとしている。それを救うためには、となりのロタ王国と北のカンバル王国と同盟を結び、タルシュ帝国の侵略軍と対抗するしかない。
 新ヨゴ皇国の皇太子チャグムはタルシュ帝国に囚われの身になったが、海に飛び込んで脱出し、ロタ王国に向かう。ロタ王国では南北問題(南の反乱の兆し)を抱えていて、単独では同盟できない。チャグムはさらに北に向かいカンバル王国を説得する。そしてロタ王国と同盟を結び、同盟軍を率いて新ヨゴ皇国に向かう。その間もバルサに助けられている。
 すべての人がその立場ならではの事情を抱えている。チャグムやバルサも例外ではない。
 ロタの内紛もカンバル王の迷いも、それぞれに苦悩の事情があるのだ。新ヨゴ皇国も帝と皇太子チャグムは、国が滅びようとしている時でも対立関係にある。
 タルシュ帝国でさえ、内部では対立していて、統治方法に異論がある。今まではタルシュ帝国に支配されれば、過酷な目にあうと考えられていたが、実情は少数民のタルシュ帝国と、多数民の被支配国の関係は、協力関係にあり、過酷ではない。過酷では反乱が予想されるのだ。国の中枢は被支配地の異民族出身者もいる。
 こうしてあちこちで異論があり、対立しているが、それでも何とか協力の道を探している。
 さらに新ヨゴ皇国の都は、タルシュ帝国にも勝る圧倒的な自然の力によって、滅びようとしていた。ナユグ(異世界)に春が来たのだ。何百年に一度の春だ。
 ふたつの国難をどうやって防ぐのか。16歳のチャグムは成長した。
 バルサは、緒戦の犠牲になったタンダを探しに行く。そして瀕死のタンダを見つけ看病する。
 タンダを世話していた村人に「つれあいです」と宣言する。

 なお、この最終巻の発行のため、荻原規子・佐藤多佳子・上橋菜穂子の3人の対談が巻末にある。平成23年3月22日。なんとあの東日本大地震直後の余震の中での対談だった。小説と重なるではないか。
posted by たくせん(謫仙) at 09:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月23日

神の守人

2016.12.20 記

神の守人
上橋菜穂子   新潮社   2009.8

ロタ王国では富の南北問題があった。豊かな南と貧しい北と。
それは民族問題でもあった。
過去に王国を築きながら、今では抑圧される北の貧しいタルの民には、過去の出来事に対する、ロタ王国建国の伝説とは異なる伝説があった。
そして、伝説の恐ろしき神<タルハマヤ>を呼び寄せる力を持つタルの少女アスラが現れた。巨大な力ゆえに大事件を起こし、追われる身となる。
 その恐ろしき神<タルハマヤ>の力を使ってよいものか、その選択をする少女アスラの背負うものが大きすぎるのだ。

   いずれ災いの種になるから、殺したほうがいい。

 一見まともな主張のようだが、民族差別はそんな主張から生まれる。可能性があるからと殺して良いのか。
 立場の違いによって、解釈は異なる。自らを守るすべを持たない少女が危険になったとき、バルサは少女の背景を知らずに、少女を守るという選択をする。
 だんだん背景が判ってきたが、少女を守るという選択は変わらない。それは少女の恐ろしき神<タルハマヤ>に対する解釈にも影響を与えている。

 南北・民族・宗教・教育などの問題、かなり重いテーマの本だった。この本が書かれた頃、イラク問題があったという。
posted by たくせん(謫仙) at 18:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月22日

虚空の旅人

2016.7.2 記

虚空(そら)の旅人
上橋菜穂子   新潮社   2008.8

     soranotabibito.jpg
 「精霊の守り人」の冒険から3年後、14歳になった「新ヨゴ皇国」の皇太子チャグムと、星読(ほしよみ)博士のシュガが、サンガル王国の新王の即位式に招かれて危難に遭遇。バルサは思い出に出るのみ。
 チャグムが成長している。皇太子としての覚悟が出来ている。これが頼もしい。しかも権力欲に汚されていない。
 海洋国家サンガル王国の国土や政治、民族特に漁民の風俗生活ぶりが生き生きとかかれている。
 現王が元気だが新王を即位させるのも、この国の特徴。そして女たちが意外に権力があって活躍する。
 新ヨゴ皇国の南に海に突き出た半島のサンガル王国は海の諸島も支配している。しかしその支配は緩やか。主な島守の妻は王女。
 南の大陸のタルシュ帝国がサンガル王国を狙っていて、今までの作品に出てきた国々も脅威を感じることになる。
 まず海域から侵略と、島民たちを利用しようとする。それに乗せられるものもいる。
 島守のリーダー格のアドルは、次のように考える。
(賢いカリーナ。おまえは、サンガル王家が消えたときどうする? 俺がやったことは裏切りではなくて、おれたちの暮らしを守るためのもっともよい選択だったのだとわかってくれるかな)
 夫の態度に疑問にもつ王子に、妻のカリーナ(王女)は言う。
「ヤドカリが、それまでの殻を捨てて、大きな殻の下に入ろうとしているようなものでしょう。タルシュ帝国は自分たちの血を流さないでサンガルを手に入れようと…」
 夫のアドルが利用されていることを見抜いている。

 シュガがチャグムに協力する関係になっている。
「わたしは、殿下に誓いましたから。―陰謀を知りながら、だれかを見殺しにするようなことは、決して、させぬと」
「清い、輝く魂を身に秘めたままで、政をおこなえる方がいることを、わたしは信じます」

 未来を暗示する言葉だ。
 タルシュ帝国の最初の接触はくじいたが、そこまでで、続きがあることを感じさせる。
posted by たくせん(謫仙) at 09:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月21日

精霊の守り人

2017.4.27 記

精霊の守り人
上橋菜穂子   新潮社   2007.4
     2016.4.7-1.jpg
 今年、NHKでドラマ化された。その第1回を見た。調べてみて原作小説があることを知り、直ちに本屋に行った。
 ドラマは4回で第一話が完結だが、第2回を見る前に読み終えた。
 わたしはファンタジーが好きである。ハリポタは全巻そろえて持っている。十二国記はすべて読んだ。彩雲国物語は図書館から借りた。グインサーガも全巻持っていたが、今は大部分手放した。
 金庸小説も武侠ファンタジーであり、全巻そろっていて、もう三回以上読んだ。
 解説によれば、「精霊の守り人」が書かれたのは1996年である。なんとわたしが金庸小説にはまった年である。それなのにこんなにおもしろい小説を知らなかった。
 もっとも、文庫化にあたり、漢字を増やしたりして大人に読みやすくしたというので、これでよかったかもしれない。それでも文庫化は2007年、すでに9年たつ。
 ファンタジーは現実ではない。だから舞台設定をきちんと行わなければならない。つまりその世界を設計することだ。話の都合で適当に能力を付加したり世界を変えたりしてはいけない。
 この小説はその世界がきちんと出来ている。それで引き込まれる。小説もドラマも続きが楽しみだ。
 ドラマと小説では差異がある。主人公バルサが二ノ妃に皇子チャグムの護衛を頼まれるあたり、かなり異なる。そうなるとその後の展開もそれに沿わなければならない。それがきちんと出来ているかどうか、それがドラマの世界が出来ているかどうかということだ。矛盾はなかった。
 現在は第一話は完結している。期待通りだった。第二話は来年の一月という。
 ドラマのバルサ役は「綾瀬はるか」だ。なんと迫力のあることよ。
posted by たくせん(謫仙) at 08:05| Comment(3) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月18日

江の島

江の島
    2016.12.17.chizu.jpg  横千ピクセル

 今更江の島もないが、前回見てからのあまりの変わりようにびっくりして、載せることにした。
 名前は「江の島」と「江ノ島」の両表記がある。

2016.12.17.40.jpg
 小田急江ノ島線で片瀬江ノ島まで行く。

2016.12.17.44.jpg
 江の島弁天橋。これは歩道であり、左には車道の江ノ島大橋がある。

2016.12.17.46.jpg
 弁財天仲見世通り。狭いとはいえ、この島の中心的存在である。

2016.12.17.47.jpg
 瑞心門を前にして、江島神社の辺津宮にお参りせずに右へ行く。岩屋へ向かった。本来の参道は左に行く。

2016.12.17.48.jpg
 人通りの少ない道だ。

2016.12.17.50.jpg
 江島神社の奥津宮

2016.12.17.51.jpg
 江の島は南側は岩礁が入り組んでいる。大正時代の関東地震のとき、島全体が2メートルも隆起した。

2016.12.17.52.jpg
 稚児ヶ淵辺りから富士を見る。近い。

2016.12.17.54.jpg
 ボートが多い。
 1910年(明治43年)に逗子開成中学校の生徒12人の乗ったボートが転覆し、全員死亡という事件があった。「七里ヶ浜の哀歌(真白き富士の根)」で歌われている。
 最後にこの歌詞を載せておく。
「真白き富士の嶺」と書く例もあるが、本来は「根」であった。
 12人は学校の許可なく乗り出したが、冒険を後押しする雰囲気があって歌になったとか。

2016.12.17.56.jpg
 岩屋への道はきれいに整備されている。道というより橋だ。これには驚いた。

2016.12.17.57.jpg
 わたしの記憶はこのような道で、洞窟には入れなかった。
 この廃道は途切れている。
1993年(平成5年) - 22年にわたり閉鎖されていた岩屋が調査・整備の後、有料観光施設として再開された。
 と藤沢市の説明があるので、わたしが前に行ったのは、その前ということになる。

2016.12.17.60.jpg
 第一岩屋の入り口近く。与謝野晶子の歌碑。
 
沖つ風 吹けばまたゝく 蝋の灯に
志づく散るなり 江の島の洞
  晶子


2016.12.17.62.jpg
 この奥で小さい蝋燭が手渡される。

2016.12.17.63.jpg  2016.12.17.65.jpg
 小さな風よけに絵が描いてあったが、写真でははっきりしない。

2016.12.17.66.jpg
 第一岩屋の最奥

2016.12.17.68.jpg
 第二岩屋へ

2016.12.17.69.jpg
 第二岩屋の入り口

2016.12.17.70.jpg
 天井は電飾である。

2016.12.17.71.jpg
 第二岩屋の最奥

 これから植物園に入り、江の島展望灯台に上がったりしたのだが、写真はない。


   七里ヶ浜の哀歌 (真白き富士の根)
1.眞白き富士の根 高フ江の島
  仰ぎ見るも 今はなみだ
  歸らぬ十二の 雄々しきみ霊に
  捧げまつる 胸と心
2.ボートは沈みぬ 千尋(ちひろ)の海原(うなばら)
  風も浪も 小(ち)さきうでに
  力もつきはて よぶ名は父母
  恨みは深し 七里ヶ濱邊
3.み雪は咽(むせ)びぬ 風さへさわぎて
  月も星も 影をひそめ
  み霊よいづこに 迷ひておわすか
  歸れはやく 母の胸に
4.御空にかヾやく 朝日のみ光り
  闇(やみ)にしずむ 親の心
  黄金(こがね)も寶も 何しに集めん
  神よ早く 我もめせよ
5.雲間に昇りし 昨日の月影
  今は見えぬ 人のすがた
  悲しさ餘りて 寝られぬ枕に
  響く浪の おとも高し
6. 歸らぬ浪路に 友よぶ千鳥に
  我も戀ひし 失(う)せし人よ
  つきせぬ恨の 泣く音(ね)は共々
  今日もあすも かくて永久に
 
posted by たくせん(謫仙) at 11:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする