2017年01月23日

神の守人

2016.12.20 記

神の守人
上橋菜穂子   新潮社   2009.8

ロタ王国では富の南北問題があった。豊かな南と貧しい北と。
それは民族問題でもあった。
過去に王国を築きながら、今では抑圧される北の貧しいタルの民には、過去の出来事に対する、ロタ王国建国の伝説とは異なる伝説があった。
そして、伝説の恐ろしき神<タルハマヤ>を呼び寄せる力を持つタルの少女アスラが現れた。巨大な力ゆえに大事件を起こし、追われる身となる。
 その恐ろしき神<タルハマヤ>の力を使ってよいものか、その選択をする少女アスラの背負うものが大きすぎるのだ。

   いずれ災いの種になるから、殺したほうがいい。

 一見まともな主張のようだが、民族差別はそんな主張から生まれる。可能性があるからと殺して良いのか。
 立場の違いによって、解釈は異なる。自らを守るすべを持たない少女が危険になったとき、バルサは少女の背景を知らずに、少女を守るという選択をする。
 だんだん背景が判ってきたが、少女を守るという選択は変わらない。それは少女の恐ろしき神<タルハマヤ>に対する解釈にも影響を与えている。

 南北・民族・宗教・教育などの問題、かなり重いテーマの本だった。この本が書かれた頃、イラク問題があったという。
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2017年01月22日

虚空の旅人

2016.7.2 記

虚空(そら)の旅人
上橋菜穂子   新潮社   2008.8

     soranotabibito.jpg
 「精霊の守り人」の冒険から3年後、14歳になった「新ヨゴ皇国」の皇太子チャグムと、星読(ほしよみ)博士のシュガが、サンガル王国の新王の即位式に招かれて危難に遭遇。バルサは思い出に出るのみ。
 チャグムが成長している。皇太子としての覚悟が出来ている。これが頼もしい。しかも権力欲に汚されていない。
 海洋国家サンガル王国の国土や政治、民族特に漁民の風俗生活ぶりが生き生きとかかれている。
 現王が元気だが新王を即位させるのも、この国の特徴。そして女たちが意外に権力があって活躍する。
 新ヨゴ皇国の南に海に突き出た半島のサンガル王国は海の諸島も支配している。しかしその支配は緩やか。主な島守の妻は王女。
 南の大陸のタルシュ帝国がサンガル王国を狙っていて、今までの作品に出てきた国々も脅威を感じることになる。
 まず海域から侵略と、島民たちを利用しようとする。それに乗せられるものもいる。
 島守のリーダー格のアドルは、次のように考える。
(賢いカリーナ。おまえは、サンガル王家が消えたときどうする? 俺がやったことは裏切りではなくて、おれたちの暮らしを守るためのもっともよい選択だったのだとわかってくれるかな)
 夫の態度に疑問にもつ王子に、妻のカリーナ(王女)は言う。
「ヤドカリが、それまでの殻を捨てて、大きな殻の下に入ろうとしているようなものでしょう。タルシュ帝国は自分たちの血を流さないでサンガルを手に入れようと…」
 夫のアドルが利用されていることを見抜いている。

 シュガがチャグムに協力する関係になっている。
「わたしは、殿下に誓いましたから。―陰謀を知りながら、だれかを見殺しにするようなことは、決して、させぬと」
「清い、輝く魂を身に秘めたままで、政をおこなえる方がいることを、わたしは信じます」

 未来を暗示する言葉だ。
 タルシュ帝国の最初の接触はくじいたが、そこまでで、続きがあることを感じさせる。
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2017年01月21日

精霊の守り人

2017.4.27 記

精霊の守り人
上橋菜穂子   新潮社   2007.4
     2016.4.7-1.jpg
 今年、NHKでドラマ化された。その第1回を見た。調べてみて原作小説があることを知り、直ちに本屋に行った。
 ドラマは4回で第一話が完結だが、第2回を見る前に読み終えた。
 わたしはファンタジーが好きである。ハリポタは全巻そろえて持っている。十二国記はすべて読んだ。彩雲国物語は図書館から借りた。グインサーガも全巻持っていたが、今は大部分手放した。
 金庸小説も武侠ファンタジーであり、全巻そろっていて、もう三回以上読んだ。
 解説によれば、「精霊の守り人」が書かれたのは1996年である。なんとわたしが金庸小説にはまった年である。それなのにこんなにおもしろい小説を知らなかった。
 もっとも、文庫化にあたり、漢字を増やしたりして大人に読みやすくしたというので、これでよかったかもしれない。それでも文庫化は2007年、すでに9年たつ。
 ファンタジーは現実ではない。だから舞台設定をきちんと行わなければならない。つまりその世界を設計することだ。話の都合で適当に能力を付加したり世界を変えたりしてはいけない。
 この小説はその世界がきちんと出来ている。それで引き込まれる。小説もドラマも続きが楽しみだ。
 ドラマと小説では差異がある。主人公バルサが二ノ妃に皇子チャグムの護衛を頼まれるあたり、かなり異なる。そうなるとその後の展開もそれに沿わなければならない。それがきちんと出来ているかどうか、それがドラマの世界が出来ているかどうかということだ。矛盾はなかった。
 現在は第一話は完結している。期待通りだった。第二話は来年の一月という。
 ドラマのバルサ役は「綾瀬はるか」だ。なんと迫力のあることよ。
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2017年01月18日

江の島

江の島
    2016.12.17.chizu.jpg  横千ピクセル

 今更江の島もないが、前回見てからのあまりの変わりようにびっくりして、載せることにした。
 名前は「江の島」と「江ノ島」の両表記がある。

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 小田急江ノ島線で片瀬江ノ島まで行く。

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 江の島弁天橋。これは歩道であり、左には車道の江ノ島大橋がある。

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 弁財天仲見世通り。狭いとはいえ、この島の中心的存在である。

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 瑞心門を前にして、江島神社の辺津宮にお参りせずに右へ行く。岩屋へ向かった。本来の参道は左に行く。

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 人通りの少ない道だ。

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 江島神社の奥津宮

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 江の島は南側は岩礁が入り組んでいる。大正時代の関東地震のとき、島全体が2メートルも隆起した。

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 稚児ヶ淵辺りから富士を見る。近い。

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 ボートが多い。
 1910年(明治43年)に逗子開成中学校の生徒12人の乗ったボートが転覆し、全員死亡という事件があった。「七里ヶ浜の哀歌(真白き富士の根)」で歌われている。
 最後にこの歌詞を載せておく。
「真白き富士の嶺」と書く例もあるが、本来は「根」であった。
 12人は学校の許可なく乗り出したが、冒険を後押しする雰囲気があって歌になったとか。

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 岩屋への道はきれいに整備されている。道というより橋だ。これには驚いた。

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 わたしの記憶はこのような道で、洞窟には入れなかった。
 この廃道は途切れている。
1993年(平成5年) - 22年にわたり閉鎖されていた岩屋が調査・整備の後、有料観光施設として再開された。
 と藤沢市の説明があるので、わたしが前に行ったのは、その前ということになる。

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 第一岩屋の入り口近く。与謝野晶子の歌碑。
 
沖つ風 吹けばまたゝく 蝋の灯に
志づく散るなり 江の島の洞
  晶子


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 この奥で小さい蝋燭が手渡される。

2016.12.17.63.jpg  2016.12.17.65.jpg
 小さな風よけに絵が描いてあったが、写真でははっきりしない。

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 第一岩屋の最奥

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 第二岩屋へ

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 第二岩屋の入り口

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 天井は電飾である。

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 第二岩屋の最奥

 これから植物園に入り、江の島展望灯台に上がったりしたのだが、写真はない。


   七里ヶ浜の哀歌 (真白き富士の根)
1.眞白き富士の根 高フ江の島
  仰ぎ見るも 今はなみだ
  歸らぬ十二の 雄々しきみ霊に
  捧げまつる 胸と心
2.ボートは沈みぬ 千尋(ちひろ)の海原(うなばら)
  風も浪も 小(ち)さきうでに
  力もつきはて よぶ名は父母
  恨みは深し 七里ヶ濱邊
3.み雪は咽(むせ)びぬ 風さへさわぎて
  月も星も 影をひそめ
  み霊よいづこに 迷ひておわすか
  歸れはやく 母の胸に
4.御空にかヾやく 朝日のみ光り
  闇(やみ)にしずむ 親の心
  黄金(こがね)も寶も 何しに集めん
  神よ早く 我もめせよ
5.雲間に昇りし 昨日の月影
  今は見えぬ 人のすがた
  悲しさ餘りて 寝られぬ枕に
  響く浪の おとも高し
6. 歸らぬ浪路に 友よぶ千鳥に
  我も戀ひし 失(う)せし人よ
  つきせぬ恨の 泣く音(ね)は共々
  今日もあすも かくて永久に
 
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2017年01月11日

城ヶ島

 12月16日17日、三浦海岸で一泊の碁会があった。17日の昼に解散し、わたしは足を伸ばして、城ヶ島を一周してきた。
 三崎口からバスに乗り、三崎港で降りる。そこで昼食。バスでは遠回りなので、船で城ヶ島に渡った。

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 船に乗ろうとすると、その近くに三崎館本店という、なにやら床しいような場違いなような家がある。料理屋だ。

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 2分ほどで城ヶ島に着いた。富士山がはっきり見える。

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 歩き出す。時計逆回りに海岸を行く。度重なる海底の隆起と褶曲、そして火山の影響も有り、海岸線は複雑になっている。

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 狭い道を行く。両側は閉まっている店が多い。季節外れかな。

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 城ヶ崎灯台の前にこの像がある。

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 ここには行かなかったが、なにやら洋風。

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 城ヶ崎灯台、東京湾の入り口にあたる。海面から灯火まで約30メートル。中には入れない。

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 こうして複雑な地形をしている。地層は何重にも積み重なって、曲がりくねっている。
 曲がり具合を写した写真がないのが残念。
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 馬の背洞門が見える。

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 馬の背洞門から上がる。ここでも何層もの地層が見える。

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 馬の背洞門は自然の彫刻。上は通れない。通ってはいけない。
 南東へ城ヶ島公園までは見晴らしのきかない道が続く。

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 城ヶ島公園の一番東にある安房岬灯台。

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 公園の見晴台から、北西を見ると、島の南西側が樹木に覆われていることが判る。
 島の北東側つまり海峡側の平地はほとんどが埋め立て地だ。民家などが集まっている。白秋が三崎に住んでいたころとは、かなり趣が違うだろう。

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 城ヶ島大橋は、下を船が通るため橋桁はかなり高い。

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 有名な北原白秋の詩碑である。

作詞:北原白秋
作曲:梁田貞
雨はふるふる 城ヶ島の磯に
利休鼠の 雨がふる
雨は真珠か 夜明けの霧か
それともわたしの 忍び泣き
舟はゆくゆく 通り矢のはなを
濡れて帆上げた ぬしの舟
ええ 舟は櫓でやる 櫓は唄でやる
唄は船頭さんの 心意気
雨はふるふる 日はうす曇る
舟はゆくゆく 帆がかすむ


この上の2行が刻まれている。
なお、「通り矢」は今は埋め立てられてしまった。三崎側に地名が残っている。
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2017年01月01日

周 理想化された古代王朝

周 理想化された古代王朝
佐藤信弥   中央公論新社   2016.9
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 理想化された周の実像に迫る学術書(のよう)である。
 一般的には取っつきにくいといえよう。周に対して興味のない人には手がでないだろう。
 だが、 封神演義 や宮城谷昌光の小説「太公望」などを読んだ人は、本当はどうなんだろうと思うだろう。その答えである。周の歴史、特に西周に焦点を当てている。

 わたしは誤解していた。本の題名から、なぜ理想化されたのか、という本だと思っていたのだ。
 至聖林(孔林) に書いたが、 商人の子貢が、全国を回って商売をし、行った先々で、うちの先生(孔子)は偉いと宣伝した。それで孔子が偉いということになってしまった。 という考え方をしている。
 その孔子が周を理想化したので、後に各王朝が利用した、その理由を研究したのか。と思っていたのだ。

 著者は西周時代の青銅器銘文などの研究家である。従来日本にはほとんど紹介されなかった時代である。新しい資料(青銅器銘文など)が次々に見つかり、全体像が構築できた。
 孔子は周を理想化したが、現実は、恒常的に戦争を続けていた国家であったのだ。
 後世、儒を理想としても現実には無理で、まねをしたら政治が破綻してしまうのも当然である。
 西周が滅び(前770)東周として再興する(前722)までけっこう時間がかかっている。
 あと、外部勢力に言及していないので、この時代の東アジアの様子が判らないのが残念。

 現代では目にすることのない特殊な文字は、初出時だけでなく何度も仮名を振って欲しい。読めなくて意味も通じなくなりやすい。
西周(BC11世紀−BC771年)
東周(BC770年−BC256年)(春秋期+戦国期)
 この間に、政治軍事の中心は王から地方の諸侯に移っていった。結局小国に分離独立し、周は消滅して始皇帝の時代になる。
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2016年12月27日

子どもを守るために知っておきたいこと

子どもを守るために知っておきたいこと
メタモル出版   2016.7

 13人の専門家による共著である。
 子どもを守ることだけでなく、大人も自分を守るために知っておきたいことばかり。
 いま世間では、どのようなデマ情報が流れているのか、そしてどのような問題が起きているのか。
 インターネット上では、根拠のない適当な記事を量産しているところもあり、親たちを混乱させている。それどころか学校や公的機関や医師でさえ、間違った情報を発信したりする。
 極めつけはホメオパシー、薬は大量に摂れば毒になるが、適度に薄めて、薬として役立てている。これを極度に薄めあめ玉にしたもの。本来の成分などないに等しい。根拠はイギリスでは認められているというのだが、逆にイギリス以外は認められていない。イギリスでも効かないことは判っているが、希望者がいるから禁止していない、だけのもの。
 本来の成分がなくとも水が記憶しているそうだ。まさか。
 食べ物でも、あれを勧めたりこれを勧めたりと混乱するが、偏食で良いはずがなく、マイナス面も検討せねばならない。
 あるいは「江戸しぐさ」。なんと学校で取り上げたという。わたしも騙されてしまったが、芝三光なる人物の捏造と判っている。なかなかいいことも言うが、基本が捏造である以上、検討せずに信じてはならない。
 放射線の話もある。薬と同じように程度問題なのだ。津波による原子炉爆発があったが、今では福島でも他と同じ程度になっている。もともと自然界には放射線は一般的にあるので、福島が特に危険ということはない。もちろん危険地域は存在する。これははっきりさせねばならない。

 よく自然食品を推薦する人がいる。自然の意味は曖昧だ。
 わたしは登山の友人と話したことがあるが、自然の植物は毒を含むものが多く、山菜より八百屋やスーバーに並ぶ野菜の方が、遙かに旨くて安くて安全である。
 そんな常識の本である。
 これで完璧ということはなく、不備な点もあるだろう。詳しい人なら間違いを見つけるかもしれない。
「ニセ医学」に騙されないために と同じく、冷静な状態なら誰でも正しく判断できることなので、いざとなる前に読んでおきたい。
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2016年12月07日

それも一局

それも一局
弟子たちが語る「木谷道場」のおしえ
内藤由起子   水曜社   2016.10
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 昭和の前半を代表する棋士、木谷實九段。冠は少ないが、(もちろん当時はタイトル戦が少なかった)プロ棋士を次々と育て上げ、呉清源九段と並び称された、昭和初期の大棋士である。
 自宅を「木谷道場」として、育てたプロ棋士は51人、日本の棋士育成を独りでやったようなもので、一時はタイトルは木谷門下のたらい回しと言われたこともある。
 木谷道場は平塚にあった。著者も平塚出身で碁を学び観戦記者となる。
 弟子は通いの弟子もいるが、ほとんどは住み込みである。著者はその弟子たちに接し、直接話を聞いて、木谷道場の様子を綴っている。

 いったいどのように教育したのか。
 弟子たちの碁を見て、「それも一局だね」とは、木谷がよく口にしていた言葉。
 この言葉は本来盤上をさして言う言葉である。碁が打たれ、途中で別な手段もあって、その後の展開が変わるとき、その別な手をさして言う。続けて打ってみれば拙い手もあろう。しかし、そのとき、その手が悪手とはいえず、その後が違った碁になるならば、「それも一局だね」と評価する。
 決して上から頭ごなしに指導することはなかったという。
 塾頭格の大竹英雄、三羽烏と言われた石田芳夫・武宮正樹・加藤正夫、さらに小林光一・趙治勲などそれぞれ個性が違う。それ以外の棋士も独特の個性で光り輝いている。これらの人が互いに磨き合っていた。
「それも一局だね」には「それも一つの人生だね」という意も込められている。どんな人生も一つの人生なのだ。
 木谷夫人の美春さんはもと地獄谷温泉の旅館の長女であった。毎日三十人分もの食事を作ったのも、その経験が生きたのかもしれない。夫人は七人の自分の子も、弟子たちと区別しなかった。個性を尊重した。そのため七人は全く違う道を選んでいる。
 プロ棋士ばかりでなく、周りの人たちの話もある。

 第11章では、海外の子どもたちの夢をお手伝い 小林千寿 
として、小林千寿六段の話がある。
 多くの欧州の青少年の世話し、二人のプロ棋士を育てた、異色の経歴の持ち主である。
 木谷家の長男である医師の健一さんから電話があった。
「君は父がやりたかったことをやっている。父は戦後の焼け野原をみて、『もし世界中の人が囲碁をやっていれば、こんな戦争は起きなかっただろう』ってよく言っていましたから」
と、海外普及の努力を評価した。
 順調だったわけではない。初めて育てたハンスピーチ六段は囲碁普及のおり、グアテマラで強盗の凶弾に倒れて亡くなっている。
 それから13年。今年になり、アンティ・トルマネン君が入段した。二人目のプロ棋士だ。

 不肖私は小林千寿六段のアマの弟子である。木谷九段の孫弟子と言うことになる。千寿会に参加してもう15年になった。入会して1年後の正月にハンスピーチ六段の訃報を聞いた。ハンスピーチ六段には一年間で十局ほど指導碁を打っていただいた記憶がある。
 千寿会に参加しなかったならば、全く違った人生を送ったことだろう。それも一局なンだが。

参考  ハンスピーチさん死去
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2016年12月03日

六義園 紅葉2

六義園 紅葉2

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 桜の大木。園内には大木が多い。

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 草木染
 吟花亭跡の近く、穏やかな色であることよ。
 池の周りの写真も撮ったが、4月の写真の方が良いので、重ならないように省略する。

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 見上げれば輝きがある。人が見ようが見まいが、樹は冬支度をしている。

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 滝見の茶屋から千鳥橋。

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中の島も冬支度。

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 出汐の湊の近く。櫨(ハゼ・ハゼノキ)、ウルシ科なので、かぶれることもある。外来種で、日本への渡来は安土桃山時代の1591年。

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 櫨紅葉(はぜもみじ)は秋の季語。

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 宜春亭(きしゅんてい)は茶室である。

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 心泉亭は開いていた。こちらは集会場。

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 心泉亭でお茶をいただく。

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 喫茶去(きっさこ)「どうぞお茶でも召し上がりなさい」

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 渡月橋
 お茶をいただいた後は、櫨も楓も枯れ葉もみな同じように美しく……、見えるような人になりたいが、凡人のわたしにはなれませんでした。
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2016年12月01日

六義園 紅葉1

六義園 紅葉1

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 寒い日であった。六義園が紅葉しているという。(11.26)
 2014年4月に訪れたとき、北側の剡渓流(ぜんけいのながれ)辺りにカエデが多く、紅葉の季節に訪れたいと思っていた。その機会が訪れたのだ。
 前回は通れなかった染井門から入る。入るときは空いていたが、帰りは門前に並んでいた。

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 11時半頃の染井門

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 木陰の中に陽がさして。

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 下は剡渓流(ぜんけいのながれ)である。

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 山陰橋から剡渓の流れ越しにつつじ茶屋をみる。
 前回は工事中で入れなかった所だ。

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 上の写真の反対側から、つつじ茶屋に入る。

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 細くて曲がったつつじの木を用いている(サルスベリもあるらしい)ので土台も工夫している。
 
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 右の斜めまっすぐな木は補強のため。
 
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 座っていいのか心配になる。

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 上を見れば、ここでも組み合わせている。

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 山陰橋

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 紅葉よりみどりがまぶしい。

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 多くの紅葉は茶色に近く、陽がささないと冴えない。こうして紅葉らしい輝きがあると鑑賞に堪える。
posted by たくせん(謫仙) at 13:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 探花・探鳥 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする